ファーステン 交渉 その1
ゲーム世界との邂逅です。
『マスター。ファーステンの冒険者ギルドのギルドマスターから連絡が届いています』
その日、『はなみずき』の厨房に立っていたら、ロットが話しかけてきた。
「ファーステン?ってどこだっけ。まだ行ってないよな、オレ」
『……そうですね。マスターイチは行ってませんね』
「その言い方は、マスターゼロの知り合いか?」
『はい。オンラインゲーム『Another Life』の中ですね』
「…って、ちょっと待て!ゲームって、じいちゃんがやってたゲームか?
え?ゲームの中も行けるのか?」
『しつこいですよ。当然行けますとも』
「当然……て……そういやお前、ガチャイベントの景品だったっけな」
『おや、よくご存じで』
「じいちゃんが手紙で書き残してたんだよ。『バグじゃないか』ってな」
『失礼な。これほど高性能なAIはいないと思いますが』
「高性能じゃない、アーティファクトクラスなんだよ、お前は」
『…………』
「今の人間が持ってる技術じゃ絶対お前は作れない。動力源を解析することすら出来っこないんだ、どう考えてもあり得ない、ここに届かないんだ」
『なるほど。それでどうしますか、マスターは?』
「じいちゃんも相当考えた、と思う。それでも『このまま』でいい、としたんだ。なら、オレもそれを踏襲する」
『では?』
「ギルドマスターに連絡取ってくれ。じいちゃんの事、伝えないといけない」
『了解しました。都合を合わせますのでしばらくお待ちを』
2日後。
『はなみずき』の入り口は、ギルドの地下訓練所に接続、固定された。
約束の時刻。
ギルド地下訓練所の入り口は封鎖され、禁足令が出されていた。
その場所に居るのは、ギルドマスターのカイン、鍛冶屋のワレント、魔道具屋のギン3人のみ。
今回はほかの誰とも交流しない、その意思表示と共に『はなみずき』から指定があった。
「よし、行くか」「うむ」「あいよ」
顔を見合わせ、頷くと。目の前に開いた穴の向こう、小さな明かりめざして入り込んだ。
カランコロン カラカラカラカラ・・・・・・
可愛いベルと引き戸の音が響く。
その横にあるランプには 『 食事処 はなみずき 』の文字が。
「『食事処 はなみずき』?あいつ、こりょうりや?とか言ってなかったっけ?」
「あ、ああ、そうだな。どちらにしても儂には違いが分からんが」
「食事処、ねぇ…」
それぞれ複雑な思いで眺めた後、店内に一歩踏み込む。
「えっ」「むぅ……」「やはり、ね」
店内の様相が一変していた。
周囲に張り巡らされたのは白と黒の縦じま模様の布。壁をすべて覆い隠し、カウンターすらも見えなくなっているために、いつもよりぐっと狭く感じられた。
そして正面奥にあるのは白木の壇とこぼれんばかりの花束。その中央に黒いリボンで縁取られてあるのは。
「店主……」
「…………」
「ほぉ」
在りし日のマスターゼロ、全太郎の写真だった。
「いらっしゃいませ、『はなみずき』へようこそ」
唐突にかけられた声に3人はハッと我に返った。それほど大声でもなかったのだが、遺影に気を取られた分、周りへの注意がおろそかになっていたのだ。
見ると、遺影の右横、自分たちのいる場所から少し離れた場所にひっそりと立つ人影がある。まだ年若い、この世界では成人ギリギリといった年齢の若者に見える。彼は黒い服に身を包み、3人に向かって深々と頭を下げた。
「本日はお越しくださり、ありがとうございます。オレ、いや私は当店のマスターを引き継ぎました『イチ』と申します」
「引き継いだ…てことはマスターゼロは、もう……?」
カインの言葉に目を伏せて答える。
「はい。心の臓の病にて急死いたしました。こちらの時間で、2か月ほど前になりますか」
「そう、か。ゼロが、な……」
うつむき、目頭を押さえるワレント。ギンは深く帽子をかぶりなおして表情を見せない。
「お伝えするのが遅くなり申し訳ございませんでした。深くお詫びいたします」
再び頭を下げて謝罪する若者……マスターイチに、
「いや、わざわざ知らせてくれてありがとうよ。俺たちも薄々は分かっていたんだが……連絡の取りようがなくってな。今回、ギルドからの連絡に答えてもらって、かえってうれしかったんだ」
「本人はこの日が来ることを覚悟していましたが、思ったより余裕がなかったようで、いろいろとご迷惑をおかけしたかと思います」
「その辺は問題ない。ギルドマスターの権限を発動するまでもなく、収まっているからな」
「そうですか。ありがとうございます。あ、立ったままの対応で失礼しました。どうぞおかけください」
その会話で気づくと、奥の祭壇(?)と自分たちの間にテーブルと席があった。
いつから、いや、最初からあったのか?3人ともに目線で問いかける。
(気づいてたか?)(いや、儂は分からん)(アタシもはっきりとはねぇ)
とはいえ、このままでいるのもおかしい。入ってきたままに3人は腰を下ろした。
中央にカイン、左側にワレント、右側にギン。座ってみて気付いたが、椅子もテーブルも以前から使用していたもののように思えた。
目の前のテーブルには一人ずつ紙が敷かれている。
紙には花が描かれていた。白と薄赤く彩られた、同じ形状の花だ。そこにそれぞれ、スプーンがのっている。
脇には白い布が湯気を立てて。
マスターゼロの時から付き合っている3人は「おしぼり」だと分かっていた。手に取ると程よい温度で指先を温め、ふんわりと包み込んでくれる。
そっと顔をぬぐい、戻したタイミングで店主が現れ、3人の前に四角の木の器と横長な皿を置いていく。木の器には透明な水に似た液体が八分目ほど注がれており、横長の皿には3種類の具があった。店主が説明する。
「今日はマスターゼロとお付き合いのあった皆様方に、故郷のお酒を用意しました。四角い器は『ます』といい、清酒……お酒を飲むときの器になります。お皿にあるのはそのおつまみとして用いられるもの。左から昆布、塩、ナッツです。どうぞお召し上がりください」
葬儀会場というよりお別れ会のイメージで描きました。




