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その1─偉い人たち篇─

「──経緯としましては、以上となります」


 キヨシたちがヴィンツェストを発ってから六日後、ヴィンツェスト中央都の法王府にて。


 ヴィンツ国教騎士団団長ジェラルド・キャスティロッティ及び、分隊長職を務めるレオ・キャスティロッティは、騎士の正装たる純白の鎧を着込んで跪き、此度の争乱──オリヴィー抗争についての嘘を交えた経緯報告をしていた。


 騎士というのはそもそも、人が想像するほど位が高いワケではないが、かの有名なキャスティロッティ家の正統なる血族であり、先の戦争で多大なる武勲をあげた『敗戦国の雄』。彼が跪く者というのはつまり、それほどの人物ということだ。


「よく分かりました。この度は、とんだ災難でしたね」


 そのお相手は、この国が定める宗教"創造教"の教皇、即ちこの国の頂点に立つ者──教皇ダンテ。


「いえ。軽率な独断専行を致しました」


「何を言いますか。あの空賊たちは、かねてより人民への蛮行により、害となっていた存在……まして今回は、トラヴ運輸なるハルピュイヤたちを殺傷し、甚大な損害を与えています。例えそれが義憤に駆られた上での行動だとして、誰があなた方を責められましょう」


「……痛み入ります。しかしながら──」


 ダンテの労いの言葉に対し、ジェラルドが驕ることなく謙遜する姿勢を見せると、ダンテの陰から細い姿がするりと現れ、ジェラルドの言葉の続きを紡ぐ。


「ヴィンツ国教騎士団はこの国の力と秩序の象徴。これでは示しがつかないのでは?」


 教皇の侍女、ヴィオラの言う通り。本来、オリヴィーを取り巻く諸問題は、国の利益を考えると、このタイミングで触れるのは不適切。国民は喜ぶだろうが、それはそれとして、褒められたことではない、というのが実情なのだ。


 だが、そんなヴィオラの懸念を、ダンテは一笑に付す。


「ホッホ……なるほど。ヴィオラの言うことにも、一理ありますね。とはいえ、この騒動はすでに一般の──特に、オリヴィーの住民たちの知るところとなっている。空賊排除の立役者を罰するとなれば、反発は必至。よって、構成員の大半を殺害したレオさんを含めて、罰することはできません。しかし表立って賞賛することもしない──そういうことで、どうでしょう?」


「……配慮を賜り、感謝の極みです」


「では、早速ですがオリヴィーにお戻りなさい。行ったり来たりとなって申し訳ありませんが、当事者として、事後処理に参加してもらいます。フェルディナンドさんが、今は仕切っているはずです」


「はッ。それでは」


 二人はより深々と頭を垂れて、立ち上がりきびきびと広間を後にした。


 正面の大きな扉が音を立てて閉じた後、ヴィオラはダンテにそっと耳打ちをするように、


「猊下、騎士団長は──」


「やはり、あのペンの所持者と共に?」


「はい。()()()()()()()も共にいましたので、間違いありません」


「そうですか。そうなると、騎士団長は私に一部虚偽の報告をしたことになりますね……残念ながら」


 そう、ジェラルドがした報告内に交えた嘘とは、言うまでもなく『創造の使徒』。ジェラルドは、キヨシの所在を掴んでいながら、それを騎士団はおろか、ダンテにすら報告しなかったのだ。


 その事実を伝える際、ヴィオラはどこか奇妙な言い回しをしたが、ダンテはその言い回しの意味するところを理解していた。


「して、彼等の行方については?」


「彼等は"飛行機"と呼ばれる空飛ぶ機械の製作をしていました。脱出にもそれを用いていましたので、追跡はほぼ不可能。行こうと思えばどこへでも行くことができますし、普通に行方を探すのは困難でしょうが……カルロッタの性格と目的を元に推察するに、空を飛ぶ機械の用途は恐らく、『騎士が固めている海路を使わずに、国外へと脱出すること』」


「となると、最有力候補地は……『アティーズ』。これも、"運命"でしょうかねえ」


「はい?」


「いえ、老人の戯言ですよ。アティーズであるという確証はないのですから」


 そう、二人の推理はあくまでも、カルロッタの性格と目的を元にした推理で─大当たりなのだが─特別と証拠はない。九九%間違いないとしつつも、一○○%でない限りは正しいとは言えないのだ。


「そのことなのですが……」


 とはいえ、当然そんなことはヴィオラも承知の上。承知の上での推理と、


「僭越ながら、私めに一つ提案が──」


 にこやかに語りかけるヴィオラの表情はどこか、恍惚としていた。


──────


「あんなデタラメの報告、バレた後のことは考えてるんだろうな?」


 数刻後、キャスティロッティ家の屋敷前で、レオは訝しげにジェラルドを窺う。やはりというかなんというか、レオもあの報告内容については、バレないなどとは思っていないようだ。


「そんなもん、アレだよ。『使徒とやら本人が、関与したことを秘匿することを選んだ。騎士団内でお尋ね者になってるような奴とは思わなかったし、背徳者に街を一つ救われたとあっては、法王府の威信が揺らぎかねないと判断した』で通る。言い訳としては若干苦しいが、後半は本当だしな」


 当然、ジェラルドもその辺りは一応考えてあり、若干投げやりな口調で説明をして肩を竦める。ここに戻ってから聞いた話が、自身の想像を絶していたからだ。


「ああ、まさかあの指が法王府から盗み出したものとは。やってくれる」


「ああ。しかもフェルディナンドをやっつけて、だ。不意を打っていたらしいとはいえ、俺にはアイツが敗北するなんて想像できない。でもまあ……オリヴィーでのことを鑑みると、それくらいはやってのけるだろ。キヨシ・イットは特に」


「……フムぅ…………」


「釈然としないって顔だな」


「決戦当日も言ったが、なぜ彼等──特にキヨシ・イットだ。なぜ彼をそうまで買い被る?」


 ジェラルドはレオがリオナに扮して抗争に参加していた時、そして三日前、オリヴィーにてキヨシのことを高く評価し、後者に至っては『革命の嚆矢に成り得る』とまで評しているが、それ自体レオにとっては疑問視せざるを得ない事柄だった。


「では、お前はどう思った?」


「何?」


「近くで彼を見ていて、どういう感想を持った?」


 質問を質問で返されて面食らったレオだったが、言葉を選ばずに率直な感想を述べる。


「……確かに、普通ではない。規格外の能力に裏打ちされたものではあるが、十分に知恵も回るし、その応用力にも感心するものがある。事実、それらを総動員してオリヴィーを救った……だが、あの戦い方──いや、"生き様"というべきか。アレにはどこか、おぞましい気配を感じた。常に死と隣り合わせの場所で生きていた人間が持っている、刹那的な感性の赴くままに、自らをも"駒"の一つとして使役する。やろうと思えばもっと穏当なやり方があっただろうに……犠牲は出ただろうが、キヨシはそれを自分一人の身で精算してみせた……傍から見れば、確かに英雄視されてもおかしくはない。だが、僕は全く違う印象を抱いた。まるで──」


 レオはその先を語るのを少し躊躇うように一瞬黙ったが、ジェラルドのオーダーに答えてこう結んだ。


「まるで……死にたがっているようだ」


「かもな。だが、だからこそ『革命の嚆矢』に成り得る。その才能が彼にはある」


「……分からんなぁ」


 レオのキヨシ評は、およそジェラルドのそれと変わらないものだった。下手を打てば死ぬような選択を何度もしてきた上、その選択をすることに全く迷いがない。この上なく勇猛で、この上なく危険な男。それがキヨシ・イット──いや、『伊藤喜々』という男なのだ。が、それらを相違なく理解していて尚、ジェラルドの中でキヨシの評価は依然高いまま。「それよりか」とジェラルドはレオが抱いている懸念を一蹴し、


「オリヴィーでの騒動が随分早く、法王府側に漏れていたことの方が気になるよ、俺としては。あのルキオとかいう構成員は? 一応幹部級の男の供回りをしていて且つ、色々聞き出しやすそうな奴を残したんだろ?」


「聞いたところ、例えばどこかに情報を流していただとか、そういう話は聞いたこともないそうだ」


「だよなぁ。けどオリヴィーには騎士の屯所もないし、衛兵隊が事態を把握したのは当日になってから。んで、それとは別に、『空賊側が一週間の約束を反故にして、襲撃してくる』と、俺たちに()()()()()()()()()もいる……キヨシ一行に、その辺りは悟られないようにしたか?」


「無論だ。少なくとも、僕の方からはキヨシ・イットたちに気付かれないようにしたさ。飛行機上でも、自ら索敵を買って出て、嘘の報告までして──」


「けどお前、キヨシが出発する方針を固めたのを聞いたときの演技は相当危なっかしかったぞ。『おっと、いきなり予想外ですが』ってなんだよ」


「う、うるさいな! リオナとしての演技の上からさらに演技を重ねるなんて、難し過ぎるんだよ!」


 実は決戦前のあの時点で、ジェラルドたちは空賊の一部が約束を反故にすることを知っていた。だからこそ、キヨシたちが出発した直後、トラヴ運輸の面々やアニェラたちに避難を促すことができたし、リオナとして戦線に参加していたレオは、キヨシたちを先に行かせて、構成員を一人選んで確保し、そして残りの口封じをすることができた。ジェラルド側は確保に失敗したが。


 少なくとも、空賊襲撃の情報を掴んで以降は、かなり計画的に動いていたのだ。


 ただ、生け捕りにしたルキオから何か引き出せるかも、という目論見は空振りに終わった。


「ともかくだ。空賊内部にそういう真似をする奴はいない。ロンペレ本人も、性格上そんな事をするとは思えない」


「お前が街で口止めした、一般住人はどうだ?」


「それも有り得ない。アイツらはあくまで、『創造の使徒』と空賊が小競り合いを起こした、程度のことしか知らない。我々に寄越してきたあの書面は、キヨシと空賊の間で交わした口約束のことを知っている体だった」


「そうなるとかなり身近にいた人間、ということになるぞ?」


「ああ、けど……このデカイ話の全容を知っている奴なんて、それこそキヨシ一行か我々しかいない。キヨシ一行が仮に知っていたとして、そんな真似をする意味もない……」


「そうなると、お前か? それとも僕か?」


「まさか……ハァ」


 段々と雲のように大きく、そして実体のない話になってきて、大きな溜息と共にガックリと肩を落とすジェラルドの顔を、レオはやや遠慮がちに覗き込む。するとレオの予想に反し、気が抜けてホッとしているジェラルドの顔が目に入った。


「ふゥッ。やっぱ、こういう息が詰まるようなのはヤだな。あー、今から休暇をやり直してえ!」


「……心配して損した」


「え、俺のこと心配してくれて──ア゛ぁ痛いッ!?」


 ジェラルドの脇腹を大槍の石突でつついて、その軽口を黙らせると、レオは果てしない呆れを隠そうともせずに、眉間を揉む。


「馬鹿なことを言ってないで、出発するぞ」


「え゛ェーッ!? もうちょっとゆっくりして行こうぜ。これから五日かけてまた戻るんだし、少しくらい怠けたって……」


「怠けていい道理になんぞなってない!」


「あーあ、飛行機についてキヨシ・イットからもっと詳しく聞いとけばよかったなあ! 馬よりアレのが絶対速いぞ!」


 オリヴィーとの往復で一週間近く費やし、どんどん疲労が溜まっていくことについても、ジェラルドはかなり辟易としていたが、それに対し真面目な我が子から更に苦言を呈され、ジェラルドの疲労が倍々になる。『眉間揉みたいのはこっちだよ』などと考えながら、屋敷の正面扉を開けたその時だった。


「親父!」


「お父様!」


「お?」


 屋敷に入った親子を、いくつもの元気な声が出迎える。


「お帰りなさいませ、お父様!」


「なんだよ、誕生日だから休暇取ったってのに、誕生日前に帰ってきちまったのか?」


「お休み、もらえなかったの?」


「おう! 元気にしてたかチビ共!!」


 大広間の階段を駆け下りてきた少年少女を、ジェラルドは腕を広げて身体全体で受け止めた。


 この子供たちは、ジェラルドが個人的に養子として引き取った、レオと似たような境遇の孤児たちだ。人間ばかりではなく、中には亜人種も含まれており、大きな屋敷内で仲睦まじく暮らしている。そしてその誰もがジェラルドを親と認め、敬意を持っている──レオはそれを表には絶対に出さないが。それでも、"クソ"がついても親父と言うくらいには、敬意は持っていた。


「使用人の出迎えがないな」


「そりゃそうだ。予定では、俺たちが帰ってくるのはまだ先なんだからな。悪いなお前ら、途中で色々あって切り上げなきゃいけなくなってな。でも、お前らがくれた休暇のおかげで、元気一杯だぜ! ウハハハハハッ!!」


「さっき『今から休暇をやり直したい』とか言ってただろうが……調子の良い男だ」


「ンだよリオナ、全然態度変わってねえじゃねえか」


「せっかく、お父さんと仲良くなれる機会だったのに……」


「余計なお世話だ! あと今はリオナじゃなくてレオ!」


 実は今回の休暇は、子供たちが取り計らって作られたもの。ある者は他の騎士に掛け合い、またある者はジェラルドたちの抜けた穴を埋めるべく動き、短いながらもジェラルドの誕生日に合わせて暇を作ったのだ。そして義兄弟間でも有名な、レオのつんけんとした態度も、二人きりで休暇を過ごさせることで軟化するのでは、という算段の元同行させたが──その目論見は外れる形となった。


「なあ、聞いてくれよ皆ァー。俺、実はこの後またオリヴィーに行かなくっちゃいけなくってさあ。ヤになっちまうよ、休暇切り上げてまで戻ってみたらこれだ」


「えぇーッ!? 少しくらいゆっくりしていけばいいのに……」


「だろォ!? けどレオがさあ、『怠けてないでさっさと出発するべきだ』っつっててさあ。酷くね?」


「マジかよリオナ最低だな!」


「お父様への敬意が足りないわッ!」


「なッ!? や、やり口が汚いぞジェラルド!!」


 ……こんなことだから、いつまで経ってもレオはこんな態度なのだが。


「よーし、民意を聞いて判断した結果、晩飯はここで食ってくことに決めた!」


「そんな民主主義があってたまるかこの……いやいやだから、今日中には出ないと──」


「今日中に家の馬車で出れば問題ない! さあ昼の内に買い出しだ! 厨房に掛け合ってる間に準備しといてくれよな!」


「おぉーッ!!」


「こ、このアホ共ッ……フン」


 厨房に向かって意気揚々と駆け出すジェラルドと、ノリノリの養子たちについていけず、頭を振って額を抑えるレオだったが、最終的には他の養子たちと一緒に買い出しの準備を進め始めた。


 取り巻く状況の際はあれど──キャスティロッティ家の日常はおおよそ、いつだってこのように過ぎていく。


 それがいつか、終わりを迎える日がやってくるということを、皆知りつつも──

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