第二章-41『出所不明の嫉妬心』
「そこそこ、そこにフックっていうかあの、爪みたいなのあるだろ!? そこに照明の輪っかを引っ掛けてくれ……はいそこ! どうもありがとうッ」
白く輝くソルベリウムのランプが、ハルピュイヤたちの手で等間隔にぶら下げられていく。
三日目の夜もすっかり更けて、灯りはドレイクのチャクラが宿った、キヨシ御手製のソルベリウムランプだけになった。オールソルベリウム製の真白いガレージ建設作業は早くも大詰め、照明を取り付けて終了と相成り、どうにか晩飯時までには作業が終わりそうな見込みだ。
「ただチャクラをブチ込んでもらっただけだから、消灯はできないが……まあ残り四日間のほとんどをここで過ごすわけだし。別にいいか」
「よくねえよ。どこもかしこも真っ白なもんだから、光が滅茶苦茶に反射して眩しいったらねェぜ」
「うーむ、確かにドレイクの言うことにも一理あるな……。ジェラルドさん、明日街で黒い布でも買ってきてもらえます? 作業スペースの床面と壁にかけられるくらいの量で」
「かしこまりました。では、私は夕飯の支度がありますので」
「おう、お疲れ様でした」
キヨシのオーダーにジェラルドは丁寧に応じた後、厨房跡へと足早に駆けていった。
「とりあえず、頼んだものが来るまでは我慢して作業するしか──」
「あの、キヨシさん。あんまり騎士団長様の財に頼り過ぎるのもどうかと……」
「あー……まあホラ、本人もああいってるし。何より、石ころで金払うよりずうっと真っ当だろ」
「それはまあ、そうなんですけど」
「……できるだけ努めるよ」
優しいティナは、ジェラルドに頼り切りなここのところの財政に心を痛めているようで、恐る恐るキヨシに忠告してきた。確かにもっともな意見ではある。キヨシたちには一種の大義のようなものこそ存在するものの、客観的に見ればジェラルドを"パトロン"として動く胡散臭い集団でしかない。いや、臭い云々以前に人の金に集ること自体倫理的にどうなのか。
今後はできるだけ自重すべきだろう。無論、『ソルベリウム払い』は無しの方向で。
「ところで、あのランプのデザインはキヨシさんが?」
「お、そうなんだよ。見てみなよこれ」
キヨシは『良い質問だ』と、そして待ってましたとばかりに、高揚する気分を抑えようともせずティナに見せびらかすように指を振った。
「さっきも言った『次は頑張ろう』の実践と……実験も兼ねてな。どれくらい複雑な物を創れるかってのを知っておきたかったんだ、今後のため」
キヨシが顕現させたのは、今ハルピュイヤたちに取り付けてもらっているランプそのものだ。
「ホレ、プロのモデラ―もゲロ吐くような線数の物体も、頭の中にある程度固まったイメージがあれば一瞬で作れるぜ。多少であれば補完もしてくれるみたいだ。この尻尾の部分とか、俺あんまりイメージしてなかったんだけど、イイ感じについてたんだよ」
「えぇっと。それは凄いなあって──あ、それと"もでらあ"さん? は、大変だなあって思うんですけど、その、このデザインは……」
「あ、分かる? オリヴィーのサラマンダー伝説聞いただろ? アレをイメージしてみたんだよね」
「……─────」
頭上で二人のやり取りを見ていたハルピュイヤは、なんとも言えない微妙な顔をしていた。別にキヨシの行動が不謹慎だとか、そういうことを思っていたワケではない。遊びでやっているわけではないというのは言質が取れているからだ。問題は、先程から話題に上がっているランプ。
キヨシが元いた世界で言えば──高速道路のサービスエリア内にあるお土産売り場で、中学生の男子が買っちゃうキーホルダーのような意匠が、これでもかとあしらわれている……そんなランプ。
「こんな風に削って形を整えたり……逆に継ぎ足すことも一瞬でできるぜ。サラマンダーの首増やしてみるか?」
「へえ…………とてもカッコいいですね。そういえば、今日は本当にこの建物を建ててお休みするんですか?」
「ん? んー……元々はそのつもりだったし、ちゃんと余裕を持って計画してるけど……」
閑話休題、ランプのことはともかく今は飛行機だ。
当然、キヨシはこの場の雰囲気と、周囲から降り注ぐ視線には気付いている。ハルピュイヤたちは今、固唾を飲んでキヨシが何を言うのかを見ているのだ。そして彼女らの気骨と、瞬時に張り詰めた空気が言葉を尽くすよりもずっと効果的にキヨシに訴えかける。
『スッとろいこと言ってみろ、許さないぞ』と。
「……まあ、別に早くて困ることは何もないしな。晩飯前ギリギリくらいまで、"触り"くらいはしておくかね。トラヴ運輸の皆は、引き続きランプの取り付けを──」
「もう済んだ」
「あっ、ホント? 見込みよりずっと早いな……それじゃ、うーん…………じゃ、とりあえず資材置き場から材木持ってきてくれ。骨から作るからな」
「あるだけ持ってくるの? 加工用の道具とかは?」
「そう、あるだけだ。道具は不要」
「要らないの?」
「ああ、まあ見てな」
トラヴ運輸の面々には、先日身内で共有したキヨシの右手に関する情報を伝えていないので、何のことやらさっぱりといった表情をされたが、キヨシの指示通りに資材置き場へと向かっていった。
直後、ティナが今度は物憂げな心持ちを態度の端々から滲ませつつ、
「キヨシさん、その……」
「分かってるよ。カルロッタさんだけじゃなく、トラヴの皆も適度に休ませたいんだけどね……そのトラヴの皆が、そうはさせてくれなさそうだ」
既に三日が経過し、怨敵を前にただの斥候ばかりでフラストレーションが溜まる一方のトラヴ運輸。ただ見張るだけで倍疲れるような環境下にいる彼女らも、適度に休息を与えてやりたいというのが本音なのだが……爆発されても困るので、こうするしかないのだ。
「『気が紛れる』じゃねえけど……何もしてないより、何かやってたほうがいいだろう」
「……そうですね」
「で、そんな中で俺が何もしてないのは良くないな。感謝するぜ、ティナちゃん。おかげで気付けたんだからな」
「いえ、私はそんな……えへへ」
賛辞にまんざらでもない様子のティナを見て、キヨシはヤル気たっぷりに右肩をグリグリと回す。
「さて、始めるか」
カルロッタから受け取った図面を一枚一枚壁面へと貼り付けて、キヨシの仕事は始まった。
──────
万事順調。全てはキヨシの目論見、計算通りに進んだ。
通常、例えばこういった材木から何かを作る場合、材木を選ぶ段階で作る物に合わせ、それに寸法やら印やら何やらを書き込み、それに合わせて工具を用いて削り出し作る。一つ作るだけでも多大な労力と時間を要する。
一方今回の場合、キヨシの能力をもってすれば、適当に大きなサイズの材木から複数のパーツを作り出し、端材の一片に至るまでを使い潰すことで、格段に資材と時間を削減して飛行機の完成を急ぐ。カルロッタは相当に根を詰めてやり遂げてくれたようで、先の照明デザインと違って、補完する必要すらないほどに完璧な図面を引ききってくれていた。本人が聞いたら、『図面に補完が必要ならそれもう図面じゃないでしょ』と言いそうだが。
それこそ、パーツを作るだけであればキヨシの宣言通り、本当に一日足らずで作業は完了するだろう。
「……キッツ、マジで」
「わ、私。お水持ってきます!」
「頼む」
デメリットとしては、キヨシ以外の人間が立ち入る余地がないため、軽減された労力全てがキヨシに集中することだが。
やっていること自体は、壁に貼り付けた図面とにらめっこしながら指を振るだけ。それだけで完璧な仕上がりでパーツ一つできる。しかし、結局のところそれをキヨシ一人でやるワケであり、精神的にはかなり疲弊させられるし、目もゴロゴロして痛い。まだほんの一、二時間ほどの作業でこれでは、先が思いやられるというものだ。それでも普通にやるより圧倒的に速いのだが。
「……やっぱ組み立てだけじゃなくて、細かなパーツくらいはトラヴの皆にも手伝ってもらうかな…………えーっと、ここんとこのパーツはどんなだったかな」
鼓動に合わせて痛む頭を抑えながら、壁の図面の方へと歩き出そうとした瞬間、
「はいどうぞぉ」
「ギャッ!! な、ヴァイオレットさん!?」
いつの間にか壁から図面を剥がして差し出しつつ、耳に呼気のかかる距離でキヨシに囁いたのは『妖怪破廉恥ドクター』ことヴァイオレットだった。
「な、何しに来たこの! 驚かしやがって!」
「お夕飯の支度が整いましたので、ご報告差し上げますようにと、騎士団長様から預かっておりまぁす。ついで、患者様にあまりご無理はなさらぬようにと、忠告差し上げようかとぉ──あらぁ? あらあらあらぁ?」
相変わらずのだらだらとした気怠げな喋り方で、しかし矢継ぎ早と、今度はそこら中に散らばったソルベリウム片を興味深そうにヴァイオレットは眺め始める。
「……今度はなんスか、荒波立ちそうな声を上げ──うわッ」
「ふんふん、こうしてソルベリウムを生み、建物を作り出すだけでも凄まじいものですが、こうして材料の加工をなさって……」
一人で勝手に納得しながら、それを尻目に作業を続けるキヨシにスススと近寄ってくる。
このヴァイオレットという女にはわざとやっているのではないかと思うほどに、すぐに距離を詰めてくるというか、密着しようとしてくるようなきらいがある。ファーストコンタクトの時など、キヨシに突然抱きついたくらいだ。
「はぁ……見てて面白いもんなんて、何もないでしょうよ」
「いえいえ、そうでもありませんよぉ。エーテル体専師にとって、ソルベリウムを間近で、しかも直接手の触れる距離で観察するなんて機会、まさに垂涎モノ……高価ですからねえ。それもこんなに巨大な」
そういえば、『エーテル体専師』なんて肩書だったなとか、もうこの際そこで見てるのはいいから離れてくれねえかなとか、鬱陶しく感じてどう追い払おうかと思案していると、
「使徒様使徒様ぁ。こちらのソルベリウム片は、明らかに人の意思が介在した直線的な形状をしていらっしゃいますが、こういう形状の──」
「ああもう近い近い近い──!」
キヨシの意思に反し、どんどん距離を詰めて来るヴァイオレットが完全に密着するか否かの際、
「ぷふっ」
「……あらぁ?」
キヨシとヴァイオレットの間に何かが割り込み、キヨシとヴァイオレットの間にギュッと挟まった。その代わり、離れたヴァイオレットをキヨシにくっついてジトリと睨みつける少女がいた。
「……──────」
ティナである。
「……あの、ティナちゃん?」
「何」
「何て」
ティナらしからぬ高圧的な物言いに、一瞬『なんだセカイか』などと逆に安心しかけたが、瞳の色は澄んだ緑色。つまりティナはティナのままということだ。ただ、どうも今のティナは心中穏やかでないというか、そのような気分が感じ取れた。
「えー、もう大丈夫だから、離れてもらえる?」
「何が大丈夫なんですか」
「いや、ほら、ヴァイオレットさんも離れたし。ていうかヴァイオレットさんこっちスゲエ見てんぞ。そして絶対笑ってるぞ」
「別に、ヴァイオレットさんは関係ないもん」
「何が『もん』だ、何が……あれ。ティナちゃん、水は?」
「へ? あ、あれ?」
ティナはそもそも、先程まで疲れたキヨシを労るために飲み水を調達すべくここを離れていたはず。確かにティナは左手に大きめのコップを持っていたが、中は空っぽで、底面に数滴の水が引っ付いているだけだった。
「お、おかしいな。大変、全部零しちゃったんでしょうか。ここ床まで真っ白だから、どこに零したのか……」
「そんな感じしねえけど?」
「で、でも! さっきまで確かに入ってて……」
「分かった分かった、後で適当に拭いとくから。メシできたってよ」
「そ、そう、ですか……?……?」
摩訶不思議な現象にティナはどうにも納得がいっていない様子だったが、キヨシは特別気にも留めることなく、周りを簡単に片づけてからティナの手を引いて、ガレージから退出せんと歩き出す。
「……ご馳走様」
「あ、何? なんか言った?」
「なんでもありませんよぉ」
直後、その後ろをついてくるヴァイオレットが呟いた何かを、果てしなく疲れたキヨシは聞き逃してしまった。




