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第二章-40『それでいい』

 遂に、飛行機の設計図は完成した。といっても、この飛行機の設計図自体に手を付け始めてから一週間と経っていないではある。作業期間だけを見るならば、突貫工事の産物にも思えてしまうだろう。


 しかしながら、『飛べない種族が空を飛ぶ』というプロジェクト自体は、キヨシがここに来る遥か昔──二年前から始まっていた。この設計図は言うなれば、二年間かけて描き出されたのである。そう考えると、キヨシの中には部外者ながら感慨深いものがあった。


「あ゛ーーーーーーーー食ったーーーーーーーーーーーーー!」


「もう、カルロったら……もう少し落ち着いて食べればいいのに」


「そんなんだからモテねえんだぜカルロはよォー。ガサツ女め、ケケ」


「テメーも焼いて食ってやろうかクソトカゲコラ」


「もうこんがり焼けてるもォーん」


 本人がそれを感じているかどうかはまた別の話だが。


 カルロッタはジェラルドが持ってきたピザの残りを、ティナとドレイクが再加熱するのも待たずに全て平らげてしまった。余程腹が減っていたのだろう。


「……晩飯の時にも顔を見せねえと思ったら、マジに何も喰わずに没頭していたようだな。おまけにその目の隈は……おたく、さてはロクすっぽ寝てもいないな?」


「こんな状況で寝てなんざいられっか」


「勘弁してくれよ。俺まで寝づらくなるじゃんか」


「なんでアンタまで寝づらくなんのよ」


「あーのーなー! 誰か一人が過剰に頑張ると、周りも同じだけ頑張るのを強要されたりとかして雰囲気悪くなるもんなの!」


 恐らくキヨシの故郷特有の思考ではあるが、過剰な努力が当たり前と化していく様というのはままあることだし、何よりあまり気分が良くない。いや、それ以前にカルロッタはこの件においても大事な戦力の一人で、欠くわけにいはいかないのである。多少キツい言い回しでも、咎めておく必要はあった。


「キヨシさん。その……」


 キヨシのジャケットの袖を引っ張って、ティナが首を横に振る。なんとなく意図を察したキヨシが再び顔を上げると、注視しなければ気付かないほどだがカルロッタの視線が下を向いていた。


「……まあ、ちゃんと余裕を持って計画してるってのは話したろ? 頼むから無理はするなよ、睡眠不足は良いことが何もないからな。頑張ってくれてんのは分かるしありがたいんだが」


「ハイハイ、分かりましたよ……」


「それにおたくには、まだ任務があるだろう」


「は?」


「アレッタさんと一緒に休め。来る時が来るまで、こっちからは干渉を控える」


「──!」


 カルロッタがここまで事態への対応に尽力できてしまう、その原動力は言うまでもなくアレッタだ。アレッタは今もアニェラの助けありきの腑抜けた状態のまま、立ち直れずにいる。そんな無二の親友アレッタの絶望を理解し、それに報いようと必死なのだろう。


 とはいえ、それで倒れられでもしたら元も子もない。『できる限りアレッタのためになる形で、休息もとってもらう』。ぶっきらぼう且つ不器用ではあるが、これがキヨシにできる精一杯の気遣いだ。


「……ゴメン。ありがとうね」


「うおっ!? カルロッタさんがしおらしい怖マ゛ッ」


 そしてキヨシの飾らない本音に、カルロッタは鉄拳で答えた。


「バカ! クソ白髪!!」


 余計な一言でカルロッタは『いつもの元気を取り戻し』、アニェラとアレッタのいるあの掘立小屋の方へとズンズンと歩いていく。


「……お疲れさん」


 ドレイクのキンキンと響く笑い声の中、大の字にブッ倒れたキヨシがポツリと呟いた一言も、きっと届いてはいないだろう。


「使徒殿、大丈夫ですか」


「キヨシさ──使徒様!」


 カルロッタの狼藉(?)で暴行を加えられたキヨシに、ティナとジェラルドが駆け寄ってきた。


「……すまねえな、ティナちゃん」


「はい?」


「今の俺には、こういうことしかできねえ」


 キヨシ開口一番の謝罪に困惑気味だったが、その意図を察したティナはクスリと笑い、キヨシの頭を優しく撫でる。


「……いいえ。キヨシさんは、それでいいと思います」


 ティナの判定、『よくできました』により、キヨシの少し沈んだ気分は急速浮上し、一挙に復活を果たすのだった。


「さてと、こっからは俺の仕事だ……ジェラルドさん?」


「……………………イイ……」


 何が『イイ』のかは分からないが、ジェラルドは拳をわななかせ、何かに打ち震えているようだった。


──────


 キヨシはまず手始めに、カルロッタから受け取った設計図をティナに渡すと、右手で地面を大仰に引っ掻いて壁を何枚と顕現させ、それらは重なり合って箱型の──丁度アレッタの家くらいの小さな建物ができあがった。中々すさまじい事象なのだが、ティナやドレイク、ジェラルドももう慣れてしまったのか、大して驚いていないようだった。


 むしろ、驚いたのはキヨシの方だ。


「……俺ってひょっとして、造形センスないのか?」


「あ、あの。キヨシさん?」


「なんだこのお豆腐ハウス……新米クラフターでもきょうびこんなの作んねーぞ……」


「お、おとうふ? くらふたあ?」


 作った建物の、あまりの飾り映えの無さに。


 これまで散々証明してきたように、顕現させるソルベリウムはキヨシの脳内イメージが基になる。とどのつまり、この真っ白な長方形はキヨシの遊び心の無さの象徴なのである。


「いや、別にそもそも遊びでやってんじゃないんだけど……しかしイラストレーター志望としては由々しき……でも正直人物画以外描きたくないし……」


「ウルセーなあ、別にそういう建物でもねえんだから造形ゼロで上等だろ」


「身も蓋もねえことを言うなッ! 一瞬でできるモンをこだわんねえでどーする!」


「どうでもいいモンのために期限のあるモンをこだわるなバカタレ。焼くぞ」


「ハイもっともです、すいません。分かったので、マジにケツに火ィつけるのばかりは……」


 トカゲに言い負かされる人類というのは、恐らくキヨシが全世界初だろう。


 そう、これに限らずなんでもそうだが、こだわり続けると落とし所が見つからずにキリがない事柄というのは得てして、無限永久に時間を食い潰し、大前提にある"納期"──もとい、期限を守るという目標を見失わせる。しかし無ければ無いで面白味は薄いし格好もつかない──キヨシのような人種を大いに悩ませるジレンマだ。


「……まあ、こっちはただの倉庫だしいいか。次は頑張ろうっと」


「え、次があるんですか?」


「いくらパーツ造形が一瞬で終わるとは言っても、結局作業の大半を占める"組み立て"は人力だからな……。屋外での作業は天気とか環境で事情が変わってくるから避けたいんだ。というワケなんで、三日目も昼を回って残り少ないし、作業場兼ガレージ造りに当てたいと思いまーす。当然、二人やドレイクにも手伝ってもらうぜ。とりあえずジェラルドさんは資材を今作った倉庫にブチ込んでおいてください。二日前の買い出しで一緒に買ってきたヤツが、わんさかありますんで。既存機のすぐ近くに布をかけた状態で置いてあるんで、置き場所は迷わないと思うし、実際に作業を始めるのは明日だから慌てなくても大丈夫ですよ」


「それは構いませんが……ちなみにその資材、量はどれほどで?」


「……あー、まあ確かにちょっと一人には荷が重い量ではあるけども。まあ騎士団長だし大丈夫だろ?」


「キヨシさん、今スゴい無茶苦茶言ってるって分かってます?」


 ティナの切れ味鋭いツッコミが入るが、そうは言ってもカルロッタがダウンしている現状、ジェラルド以外に割ける人員は──


「私たちも人員として計上してくださって結構ですよ、使徒様」


「ッ!? あ、リオナさん!」


 声のした背後を見やれば、ハルピュイヤたちを引き連れたリオナが斥候から戻ってきていた。


「本来であれば、昼食を摂り次第また拠点の監視に戻る予定でしたが……おそらく問題は無いでしょう。この二日間全く動きがありませんので」


「ラッキー! こういうの俺の故郷じゃ『渡りに船』って言うんだよね! おっしゃ、皆もジェラルドさんに──」


 ここまで口にしたキヨシは、リオナの後ろにいるハルピュイヤの表情を見て口を閉ざした。


 怒り、憎悪、不信感──ハルピュイヤたちの表情から読み取れる感情は様々だが、そのどれからもキヨシを心から信頼しようという純粋な心持は感じ取れない。二日間怨敵のアジトを目の前にしてただ見張るだけしかできないハルピュイヤたちが、仇討を良しとしなかったキヨシを前にして、穏やかでいられないのは当たり前だ。


 しかし、それでもキヨシへと向けるその感情が筋違いなものであると、理解しているのだろう。故に何も言わない。言ってしまっても、その失言を詫びる。


 そんな態度に、キヨシはハルピュイヤたちの高潔な精神を垣間見た。


 『もしかしたら、袋叩きに遭うかもしれない』。『罵声を浴びせられて、心が張り裂けるかもしれない』。そう思いながらも、キヨシは行動に移さずにいられなかった。


「……頼む、つまらないことだけど重要なことなんだ。手伝ってくれ」


 誰よりも前に出て、頭を下げた。


 誠意は行動で示す。だがこれしかできない。


 これしか知らない。


「……お願い、します」


「──!」


 すぐそばで聞こえた驚き隣を見やると、なんとティナが同じように頭を下げていた。


 恐らくキヨシと同じ種類の不安に苛まれ、体を小刻みに振るわせつつも、それでもキヨシの隣に並び頭を下げる──こんな状況においても、ティナは全くブレることはない。『隣を歩いている』というティナの言葉を体現したかのようなこの立ち振る舞い。『誠意を示す』というのは本来、こういうものなのだ。


 それを見たハルピュイヤの面々にその覚悟が伝わったのか、それともただいたたまれなくなっただけなのかは計り知れないが、彼女らは無言でジェラルドについて資材の置き場へと向かって行った。


「ありがとう、助かっ──」


「……ふぅ」


「ッ、ティナちゃん!」


 その瞬間緊張の糸が切れたらしく、ティナはそのままキヨシの方へと倒れ込んでしまった。


「……すみません。私にできることって言ったら、これくらいですから」


 ティナが疲れた微笑みを湛えて謝罪する。が、ティナの言う『これくらい』の些細なことで、状況はほんの僅かに、しかし確実に好転したのだ。そうしてただ役に立っただけではなく、キヨシはティナが一緒に頭を下げてくれたことが、本当に嬉しかった。


「いや……ティナちゃんは、それでいい」


 キヨシは力の抜けたティナを抱きかかえ、すぐ近くの休めそうな木陰へとティナを運び腰掛けさせ、右肩を回してバキバキと鳴らす。


「……無駄にはしないぞ」


 こうして、キヨシの仕事は始まったのである。

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