第二章-42『猛き闘争の源』
その街は、街というにはほど遠く静かだった。
その街は、街というにはほど遠く命の気配がなかった。
煤けた空、崩壊した家屋──そのどれもが、誰もが持っている"街"の形からはかけ離れた要素であり、元の姿を想像することを人に許さない。
そう、ここは街だった場所……今は戦場なのだ。しかしながら、戦場だというのに、銃声も、鬨の声も、呻き声すら聞こえない。死んだ。皆、死んだのだ。
「ハッ……ハッ…………」
聞こえるのは、一人の亜人の荒々しい息遣いのみ。
その戦場は、戦場というにはほど遠く静かだった。
「へッ……へへ、ハハハッ……なんだなんだ。こんなちまい島国、虫みてえに弱いのをプチプチ潰すだけだと思ってたんだがな」
彼はこの戦いに、兵として自ら志願したわけではなかった。
生まれ持った類稀なる闘争本能、そしてそれを活かすだけの才能は"上"の人々の耳にも入っており、そこを見込まれて戦後の多大な報酬を以て徴兵された。
彼の圧倒的暴威をもってすれば、国の命令だろうと何だろうと突っぱねることも可能だったろう。そもそも、国が彼に対してぶら下げてきた報酬など、戦いを至上の悦びとする彼にとっては全くの無価値も同然だった。それでも戦争は戦争、質はともかく明け暮れても足りぬほどの闘争がそこにあるだろうと、そう踏んでこの戦争への参加を決めた。
が、その想像は少なくとも彼にとっては『良い意味で』……裏切られることとなる。
「……誘いを無碍にするような真似、しなくてよかったぜ。やっぱ良いことはしておくもんだよな。そうは思わねえか?」
「……──────」
彼の問いに、相対すその者は何も応えず、声を上げることすらせず、尾をゆらゆらと振ってただじっと彼を睨んでいた。
その者は細い眼に絞られた瞳を爛々と輝かせ、しかし感情を微塵も感じさせない無機質な表情を、ところどころ鱗の張った顔面に浮かべながら、大きく裂けた口の端から"白き炎"を呼吸に合せて洩れ出でさせる。
およそ人の形をしていながら、大きく人とはかけ離れた特徴を兼ね備え、既知の亜人種ともまた違う。そんな容貌だった。
「なんだよつれねえなァ。ま……口が利けることを期待したワケじゃねえがな」
彼は生まれてこの方、敗北を知らなかった。
生まれ持っての気性、そして若さ故に、彼の人生には常に戦いがあった。そしてその全てに、これまた生まれ持った才覚を遺憾なく発揮し、常に勝利を掴んできた。
それが全く通用しない者が今、目の前に現れたのである。圧倒的劣勢──しかし彼の顔は驚喜に満ち満ちていた。
「……来いやァ」
彼が叫び、掌に生成した水弾を超高速で放つと、その者は恐らくは反射的に、全身から炎を放出させてそれらを掻き消し、辺りを焼き尽くしながら地を這うように彼へと猛進する。
望むところだ。彼はそう思った。
「ハッハァーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「……──────」
第一次レコンキスタ作戦、アティーズ本土上陸戦にて。
「お前……超つええじゃんッ!! えぇ!? 『蜥蜴女』よォッ!!?」
第二空襲部隊、総勢一四〇名──敵勢力の反撃により崩壊。
残ったのは、名も無きガーゴイルがただ一人。
「……──────」
敵兵力……総勢、一名。
──────
「ああ、思い出すなァ……生まれた時から俺はきっと闘争を愉しんでいたが、こうまで求めるようになったのはあの日以来だ。強かった。ホント強かったな……それに比べてよォ…………」
「ッハァーーーーーーッ!!」
一人、また一人、そして一人と次々彼に襲い来るガーゴイルたち。果ては一挙に何十人と彼に向かい突撃するも、
「弱いッ!!」
「ぐあああッ!!?」
それら全て一切の例外なく、破裂音と共にいっぺんに吹き飛ばされて地面を這いつくばるだけになった。
「なんだお前ら、脆弱だな貧弱だな惰弱だなァ~~~~~~。俺の名前使って暴れんのは勝手だがな、俺の下僕を名乗るんならもっとこう、あるだろうが」
「お、親分と戦えなんて無茶言わねえでくれよ……」
「うるせぇッ!! こうでもしねえと納まんねえんだよッ!!」
ここは西の採掘基地、遥か地下。ドッチオーネ空賊団の構成員の大半が現在逗留し、ロンペレが一週間の期間を心待ちにしている場所である。楽しい時間を過ごしていると時が経つのは早いもので、宣戦布告から早六日が経過し、己が設定した日限は明日にまで迫っていた。
そうして何もせずにただ座して待つだけの日々を過ごしていると、内にある闘争本能と衝動をどうにも抑えられなくなってくる。最近では、『十五年前のあの日の闘争』を夢にまで見る始末。そこで、こうして下僕たちに挑みかからせているのである。無論、闘争への渇望を満たすにはまるで足りないが、それでも何もしないよりはマシ──
──まるで、あの戦争に出向く前みてえだ。
ロンペレにとって、戦いとは呼吸や食事のようなもの。闘争に飢え、毒にも薬にもならない菓子のような戦いで食い繋いでいたあの頃、十五年前のアティーズでの出会いがロンペレの全てを変えた。されどあの"白き炎"のように熱く、鮮烈な闘争を味わうことはそれ以降長らくなかったのだ。
そんな折、"創造の使徒"は現れたのである。
全てが、十五年前と同じだった。
──アイツが使役していた"アレ"──見紛うはずもない。あの白い炎はあの時の……。
そう、確かにロンペレは創造の使徒──キヨシのソルベリウムを生成する図抜けた力にももちろん興味を持っていたが、それ以上にロンペレの興趣を引いたのは、キヨシがティナやドレイクに言いつけて演出に使っていた白い炎だった。
「あの白い炎を、創造主サマの使いが操る──アティーズのアイツが、ああも強かったのも道理ってワケだ。あの炎は、創造主サマ由来だったんだからなァー。あぁーッ、明日が待ち遠しいッ!! さあてめえら、へばってねえでもっと来いやァッ!!」
「ヒィーーッ」
目前に迫る究極の闘争を前に、どうやら下僕という名の"おやつ"は大した効果は無いようである。もっとも、付き合わされた下僕たちからしたら、堪ったものではないだろうが。
「うぐ……ギ…………痛えええ、そんでもって暑ィ……」
その付き合わされた者の中には、間延びガーゴイルのルキオもいた。
「ったく、オリヴィーの地下は異常に暑いから普通の飲み水も持ち歩けっていつも言ってるだろうよ」
「あ、兄貴ガボガボッ!!?」
その様子に呆れ果てた兄貴分のパオロがルキオの顔面目掛けて、水筒を逆さに振る。これで幾分暑さはマシになることだろう。
「で、どうだ。親分の気は少しでも紛れそうか?」
「てんでダメだぁ。俺たちじゃ親分の相手にもなんねえからよおお」
「だろうな」
「分かってて聞くなんて酷くねえ? あーあ……暑くてムシムシして最悪だってのに、気分まで落ち込んでくるうう……なんでこんな暑いんだろ。陽も当たらねえ地下なのによおお」
「地下だからだよ。地上付近ならともかく、ここはソルベリウムの採掘基地だ。当然それなりに掘り進んでるんだから、地熱で暑いに決まってるだろう。それに……オリヴィーはそれだけにとどまらねえ」
「オリヴィーってなんか特別なのか?」
「お前、本当に学がねえのな。しかも全く人の話を聞いてねえと来たもんだ。ここ何年かで、空賊団の間で分かったことがあるだろうが」
「ええー? なんか言ってたっけえ……?」
日々落ち込んでいっているパオロのルキオに対する評価が、またしてもガクッと下がった瞬間であった。この土地を外から見たことのある者であれば、誰にだって察しが付く事柄にルキオはまるで気が付いていないのだ。
「この土地は端っこが持ち上がってて、逆に内は深く沈みこんでるだろ? こういう地形を──」
「盆地って言うんだろ? それくらい分かるもんねェえええーッ」
「当たり前のことを威張って言うな、馬鹿が……で、オリヴィーがこうなってるのは、語り継がれる『サラマンダー伝説』の内容によれば、サラマンダーが暴れ回った爪痕ってことになってるが……こうやって掘り進めている内、どうやら太古の昔に火山だった土地が噴火して地面のマグマを吐き出し、できた地下空洞に地面が沈んでこうなったんじゃないかってことが分かったんだよ」
「あー、そういえばそんなこと昔聞いたような……? んで、そんなスゲエ発見をなんで触れ回らねえワケ?」
「教会にしょっ引かれたいんならそうすればいいんじゃねえか? サラマンダー伝説は、創造教が掲げる信仰の一部みたいなもんだ。それを根底からひっくり返すような発見を、お上が認めるわけねえだろ」
「そんじゃ、この暑いのとはどう関係があんの?」
「ここまで話してピンとこねえあたりが、お前らしいな」
もう面倒見切れようという溜息を吐き、パオロは疑問に淡々と答える。
「どうも、マグマが……まだ残っているらしい」
「えっ……ええーー!? ちょっと待ってくれよ、じゃあここヤバイんじゃ──」
「いや、余程刺激しない限りは大丈夫だろう。それこそ、親分含めた構成員が束になったって、マグマを目覚めさせるようなことは不可能だ。さあ、話は終わりだ。お前ちょっとこっち来な」
「ええー? もうちっと休ませてくれよおおおお」
「そんな暇はない。何せ"今日"にまで……迫っているんだからな」
パオロはルキオの襟首を引っ掴んで、半ば無理矢理についてくるように促す。ルキオが不服そうにされるがままになっているのを察したパオロは、向こうの方で高笑いするロンペレに聞こえないようにボソリと口添えする。
「……連中は、ここに来れねえよ。親分」
──────
「できたぞォォォーーーーーーーーーーーーッ!! やったァーーーーーーーーー熱ッツ!?」
「うるせえぞカス白髪ァッ!!」
一方その頃。
トラヴ運輸跡地に建設されたガレージの真っ黒い布が敷かれた一角にて、ついに完成した小型飛行機を前にしてキヨシは吠え、ドレイクから制裁を受けていた。
「おめでとうございます、使徒様!」
「どーだいティナちゃん! 俺はやると言ったらなんだかんだやる男! ちゃんと丸一日以上の余裕を持ってフィニッシュよ!!」
「はい、さすがです! ドレイクにはお仕置きしておきますから!」
「ええーっ、そんなあ酷えよォーー!」
祝福とは別にしれっとドレイクに対する制裁を表明され、キヨシは内心『やーい』と思わざるを得ない。今日この時に至るまで、何度となく顔面を這われた恨みつらみのようなものだ。
「身内に対して容赦ないティナちゃん嫌いじゃないよ♡ それはともかく……実はまだこれで終わりってんじゃねえ。派手に叫んだけど、心底から喜ぶのはまだお預けだ」
「……はい、分かってます。"テスト飛行"……ですよね」
ティナの言う通り。飛行機は周囲の協力もあり、こうして組み上がったワケだが、それではまだ半分……まだ完成したとは言えないのだ。結局の所、この飛行機がちゃんと空を飛ぶだけではなく、実用に耐えうるかどうかというのが全て。そうでないと分かれば更に手を加え、それもダメなら作り直しをしなければならない。いや、残された時間を考慮すると作り直している時間はないだろう。
言ってしまえば……大変なのはこれから、そういうことだ。
とはいえ、飛行機の完成ひいて決戦の時は、もうすぐそこまで近づいているということもまた、事実。
「よっしゃ。それじゃあみんな、こいつを外に運び出すの手伝ってくれ。滑走路は俺がさっと作──!」
「……分かった」
「……おう。頼むぜ」
トラヴ運輸のハルピュイヤたちの顔を見て、キヨシの脳裏にはある予感が。
その時が来れば、彼女らはきっと先日キヨシが止めたのも構わず食い下がってくるだろう。当然キヨシも引き下がワケにはいかない。事を大きくしたくないというのももちろんだが、これ以上彼女らに重荷を背負わせたくないのだ。
決戦の時は、もうすぐそこまで近づいている。それは何もドッチオーネ空賊団との、という意味合いだけではない。
今からどう言えばいいのかと思案しつつ、キヨシは来るべきその時へと向かって歩き出す。
タイムリミットまで、残り三十七時間。




