終章 「小さな世界達の終わり」 その4
「いろいろ見てみよう?」
黒田のもっともな提案で、とりあえず園内を一周してみることにした。
水族館のほかには、レストラン、管理事務所、ホテル、観覧車などがあった。
観覧車は分かるが、園内にホテルとはどういうことだろうか、謎だった。
観覧車は園内のどこにいても見えるほど大きく、頂からの景色は最高だろうが、今となっては無駄にでかいただの置物にすぎなかった。
いつかの本で読んだ一分の一スケールの模型というのはこのことか、と妙に感心した。
そんな中で唯一目を引いたのは、公園の高台にあったガラス張りの建物だった。
ガラス張り、というより、ガラスの箱、といった方が正しいだろうか。
建物の前に立ってみると、建物を間に挟んでいるはずなのに、まるでそこには何もないように、向こう側の景色が見えた。
「すごい……」
吹き抜けになっている所に車を止め、外に出た。
そこからは、広大な東京湾が見渡せた。
傾いてきている太陽の透き通った光に照らされ、水面がキラキラと輝いている。
しばし見とれた後、建物の中に入る。
自動ドアは動力を失っていたものの、鍵がかかっていたわけではないので少しの力で開いた。
微かに青みかかった白い空間を、上へ上へと階段が続いていく。
階段を上り終えて、最上階の通路から再び海が見えた。
手入れする人が消えてもガラスの輝きと透明度は衰えを見せず、ガラスなどまるで無かったように、海が見渡せた。
遠くの方には、置き去りにされた貨物船がぽつぽつと見え、その向こうには水平線が見える。
通路をゆっくりと歩き、建物の終端にたどり着くと、そこからはゆるやかな下りのスロープが伸びていた。
この眺めを惜しむようにゆっくりとスロープを下り、俺たちは建物を出た。
「なんか海に入りたくなっちゃった!」
「待てよ黒田、今の季節だと風邪ひくぜ!?」
「そーだけどっ!」
「……」
「……おい児玉?」
「なっ、何かなぁ?」
「やめとけって……」
他愛もない会話をしながら車に戻り、今度はさっき見えた砂浜へと向かう。
自動車道のようにしっかり舗装された道路を下ると、とたんに道路は石畳に変わった。
まっすぐ続く石畳の道路を、車は小刻みに揺れながら下る。両脇には芝生の広場が広がり、子供たちが遊んでいたのであろう遊具や自転車がそのまま置き去りにされていた。
途中、潮風に錆びたキックボードを大回りで避けて、園内地図の通りに海浜公園へと向かう橋のたもとに着いた。
「これ、車で行けるかな?一応自転車等進入禁止って書いてあるけどさ」
「カズっち」
「はいなんでしょう」
「無視だ」
「通れれば気にしなくていいと思うよ?」
「そんなもんかぁ……」
幸い門は閉まっておらず、元々小型の軽自動車は難なく橋を渡っていく。
橋の先には小さな三日月の形をした島があり、左の方にも同じような島があったが、橋はかかっていなかった。
向こうには、さっきよりも近く、でもはるか遠くに水平線が見える。
やがて車は橋を渡り切り、コンクリートの階段の横にあった車一台がぎりぎり通れるスロープを下り、砂の地面に降りた。
大きなテントの下を潜り抜け、やがて砂浜に出た。
*
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!海だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
言い出しっぺの高山より先に、黒田が興奮を抑えきれずに、車のドアをあけ放ち、波打ち際へと走っていく。
「小学生か!?」
「咲ちゃん待って!私も!」
児玉も黒田の後を追いかけていく。
高山もエンジンを切り、車から降りる。
初めて見る海だった。
小中高と、友達連中と連れ立って海に行こうだのといった話は一切なかったし、旅行でも海を目的に行動することはなかった。
だからというわけではないが、なんだか、すごく、感動した。
果てのない水面、遠くに見える水平線、絶えることなく打ち寄せてくる波、潮の匂い。
全てが初めての経験で、もう思考が追いつかない。
「ひえぇ冷たぁぁぁぁ!?」
黒田の叫び声で現実に戻される。冷たくて当たり前だよアホ。
「あたりまえだよ咲ちゃん……、ってちょっと私はそこまでは行かないよ!?」
「むー、ノリ悪いなぁー。それっ!」
「ひやっ!冷たいっ!」
「もういっちょ!」
「ちょっ、やめてって……。こうなったら!」
ばしゃっ
「ひぇぇぇ冷たいよぉ。優ちゃん酷いぃ」
「始めたのはどっちよ!?」
冷たいと分かっていながら、二人は水のかけ合いを始めたようだった。
そんな二人を横目に、一人で波打ち際まで歩いていく。
海とはいえ、周りは大都会東京。海水は透き通った青ではなく、少し茶色っぽく濁っていた。
両手ですくってみると、水温は立派に冬のそれで、流石に入りたいとは思わなかった。
飛ぶ鳥はおらず、ただ景色だけが目の前に広がっていた。
日はだんだんと傾き始め、この公園に着いた頃は青かった空が、だんだんと夕焼けの赤に染まりはじめていた。
ふと目の前にキラキラと輝く点が現れた。
直後に、さっき感じた冬の冷たさが体を冷やす。
まさかとは思ったが。
「カズっちー!ぼーっとしてんじゃないぞぉー!」
声の聞こえた方に目をやると、すでにびしょびしょになっている二人がいた。
そして―巻き込まれたわけだ。
「高山君もっ」
まさか児玉に引っ張られるとは思わず、驚いた。
だが、その一瞬がいけなかった。
不安定な足取りのまま海水につかり、引かれるがままによろけながら歩いた俺は、沈んでいた何かにけつまずいた。
「「あっ!」」
体勢を取り直そうとするも、柔らかく沈む砂の上でそれは叶うはずもなく。
ばっしゃーん
冷たい海へと不本意なダイブを決めこんだ。
「冷てぇぇぇぇっ!」
あまりの冷たさに一瞬で起き上がる。
「……ちょっとやりすぎた感あるね」
「……一応、ごめんね?」
「じゃ、じゃあそろそろ戻ろうかぁ、って―うわっ!?」
ここまでやられて、引きさがるのは癪だった。
「やったな!それっ!」
「うぉっ、やっぱ冷たい!?」
「それじゃ私も!」
「二人はずるいだろ!」
いつのまにか海水の冷たさは感じなくなり、子供のような水かけ遊びはしばらく続いた。
今が、無邪気に遊んでいる今が、最高に楽しかった。
ここ2週間くらい書く時間がなかなか取れず、大分間があいてしましました。
でも今日だけで文庫換算で8ページ分も書いた!すごい俺!いつもは3ぺージくらいなのに!(どうでもいい)
あともう少し、お付き合いいただけるとありがたいです。




