終章 「小さな世界達の終わり」 その5
やがて遊び疲れ、俺達は砂浜に寝ころがった。
寒さなんてもう感じなかった。感じるのは、水分をたっぷりと含んだ二枚重ねの服のずっしりとした重みと、心地よい疲労感だった。
視界が雲と空のオレンジに埋め尽くされ、背中には砂のざらざらとした感触。
さっきまで水色とオレンジだった空は、今はオレンジ一色にとって代わった。
「はぁ……、疲れたぁ~」
「こんなに運動したの久しぶりだなー」
「思ったより体に堪えたな……」
「ぷっ、高山君なにそれ、おじさんみたい」
「じゃあ児玉はおばさんだな」
「なっ、失礼な!」
「女の子に年齢の話題はタブーですよ~、カズっちぃ」
「同じくらいなら問題ないだろぉ」
「あ、あたしまでおばさん扱い?ひどーい」
反論のあまりの必死さに高山が笑う。
それにつられて児玉も笑う。
黒田も笑う。
笑いが、共鳴して、共振して、空へと溶けていく。
誰もいない、この世界の片隅で、確かに生きている、息をしている、笑っている。
その素晴らしさを、全身に受けながら。
やがて笑い疲れ、時折思い出し笑いのような声が聞こえ、やがてそれもなくなっていった。
「はぁー。こんなに笑ったの久しぶり」
右を見ると、児玉が目尻に浮いた涙を指で拭っていて、
「ひー、笑いすぎてお腹が痛いぃ」
その奥では、黒田が大の字に寝そべっていた。
二人の胸元には、かつて電波塔に上った時に気まぐれでプレゼントした電波塔をモチーフにしたネックレスの赤と青が、きらりと光っていた。
あれから二人は毎日ネックレスを欠かさずつけていてくれていて、こちらとしては少々気恥ずかしいのだが、本人たちの好きにさせていた。
ふと空の色がまた変わっていることに気づく。
首から上だけを起こしてその方向を見ると、
「二人とも」
「ん、なーにーカズっち?」
「あれ」
沈みかけている夕焼けを指さした。
秋冬の澄んだ空気といつか習った軌道の違いでその色の濃度を増した太陽が、富士山だろうか、ビルの谷間から見える茶碗をひっくり返したような形をしたシルエットを浮かび上がらせながら、あの大きい天体とは思えないほど速いスピードで、そのシルエットへ隠れていく。
その様は、あまりにも綺麗で。
言葉もないまま、それが沈んでいく様を見続けていた。
筋のように広がっていた光は、やがて急速に明るさを減らし、太陽は、一瞬ダイアモンドのようにキラっと鋭い光を放ち、山の裾へと消えていった。
「沈んじゃったね」
児玉が名残惜しそうに言った。
空の端には夕焼けの名残のオレンジがわずかに残り、ほとんどが藍色に埋め尽くされていた。
その藍色も、夜に向かってその色を濃くしていくだろう。
「……なんだかこのまま寝そう」
「さすがに寝る前に焚き火で体乾かさないとまずいぞ」
「そうだけどさ、もうちょっとだけ、このままでいたい」
俺が見ている世界は一面の藍色で、ちらほらと星が輝き始めていた。
そんな世界を見上げながら、俺は、ふと漠然とした終わりを感じた。
別に俺らが消えるという予感なわけじゃ、ない。ないと思う。
だけど、そろそろこの旅が終わりを迎えるような、二人とこうして旅を続けることが出来なくなるような、そんな予感がしていた。
だから、恥ずかしいけど、今のうちに。
「児玉、黒田」
返事はなかった。
疲れてうとうとしているんだろうか、気にしないで続ける。むしろその方が都合がいい。
「今まで色々あったけど、二人と一緒に旅が出来て、よかった」
本当に、色々あった。
両親が消え、町の人たちがみんな消え、途方に暮れていた時に、児玉と会ったあの日。
どこか遠くへ行ってしまいたい、と言った児玉の声は、今でも覚えている。
そして、二人で旅を続けて、黒田に会った。
両親が消えた悲しみに暮れていた黒田に、三人で旅を続けよう、そう言った。
そんな中で、二人に振り回されながら、いろんなところを走ってきた。
旅の途中で吉川に会ったり、自殺という悲しい出来事に遭遇したり、分けの分からない男に遭遇したり、本当に様々なことがあった。
月並みな表現だが、三人だからこそ、辛いことも乗り越えられた。
一人で旅をしていたら、今頃ここでこうして寝転がっていることもなかっただろうし、もしかしたら死んでいたかもしれない。
だから、そんな言葉で表しきれない精一杯の感謝を込めて、
「あ――――」
思い出したようにびゅうっ、と吹いた風が、乾いた砂を巻き上げていった。
やっとここまでこぎつけることが出来ました。
三人はどうなったのか?そしてこれからも続く世界は?
あとほんと少しですが、おつきあいください。




