7話『パリィッは現実でもできる』
戦闘系のゲームをプレイしたことがある人は、おそらくこの単語を聞いたことがあるだろう。
『パリィ』
これは要するに『ジャストガード』のことを指す単語である。
「parry」という英単語からそのまま由来しているらしい。俺は書庫での防御魔法の研究途中に、この『パリィ』を思いついたのだ。ジャストガードはただ相手の攻撃を防ぐだけではない。ギリギリのタイミングで弾き、受け流し、相手のバランスを崩す。そしてこちらの反撃のチャンスを作り出すことのできる技術だ。
これを俺の防御魔法へと応用した。
つまりどう『パリィ』を発生させるかというと――
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――パリィッ!!!
コンマ数秒の差、レイドの拳(魔力による補強アリ)が俺の身体を捉えんとしたその瞬間、俺は防御魔法を展開した。
ただの防御魔法ではない。
ハチの巣型のハニカム構造に加えて、傾斜装甲の作りを取り入れた代物だ。
そして一番の特徴は、その『大きさ』である。
従来の防御魔法というのは、自分の上半身程の大きさで生成するのが一般的だ。
だが俺は『小さく、密度の濃い防御魔法』という選択肢を取った。
その大きさは、拳一つ分だ。
結果、本来の防御魔法よりも遥かに高い強度を持った結界の発動に成功したのである。
よし! 成功した! レイドの攻撃を受け流せたぞ!
この調子なら今日は結構いいところまで――
――パリッ
ん?
今の音は一体?
ジャストガードの音ではないな。
ジャスガはパリィッだし。
今のパリッだし。
困惑しながらも目を動かし、そして音の発生源にすぐさま気がついた。
なんと――
「なぁっ。け、結界がひび割れて――!」
――バキィンッ!!
……は? 割れ、た?
俺の、ハニカム構造と傾斜装甲を組み込んだ、理論上最強の極小結界が……一撃で!?
嘘だろ、お兄ちゃんマジで化け物かよ!
どんだけ規格外のゴリ押しパワーなんだ!
目の前に迫る、青く輝くレイド兄様の拳。
あ、これ死んだ。確実に死にましたね。
お父さんお母さん(前世の)、俺もう一回そっちに行くことになりそうです。
俺は耐えきれず、目をつぶった。
しかしいつまで経っても拳がぶつかる気配はない。
恐る恐る目を開けば、
「妹を本気で殴るわけ無いだろ? アストラ」
どこかイタズラっぽい表情で俺を見つめる、レイド兄様の姿があった。
兄様は魔力を飛散させ、俺の頭を撫でてくる。
「だ、だって。兄様、本気で魔力を込めてて」
「あれは本気じゃないよ。何度も言うけど、僕は最初からアストラを傷つけようだなんて一ミリも思っちゃいないさ」
「でも! 兄様、最初に『手加減はナシだー』とか言ってたじゃないですか!」
「それも冗談だよ冗談。僕なりの軽いジョークのつもりだったのさ。シオン先生からも咎められてたし」
コイツ、紛らわしいことを!
そんなことよりも、防御魔法が破られた衝撃が強すぎるぞまったく。
完璧に防げたと思ったんだけどなぁ……やはり兄様《化け物》相手だと、理論なんか通用しないってことなのか。
コイツへの勝ち筋が見えない……!
「うぅ……肝の冷えるような冗談はやめてください。兄様の場合、本気と似つかないんですから」
「あはは、ごめんごめん。次からは気をつけよう。それにしてもさ、アストラ。あの防御魔法はとんでもないものだよ」
「あの、兄様にたった今破壊されたアレがですか?」
「そんな言い方はしないでくれよ。今のもまた、君の魔力操作技術が限りなく発揮されていて――」
「――あぅ……あぁ……っ!!」
その時である。
兄様の言葉を遮る、妙に艶かしい声が聞こえてきた。
あれ、なんだかデジャヴな展開?
まさかと視線を移動させれば、やはりそこには驚きの光景が広がっていた。
彼女は床で四つん這いとなり、熱い息を吐いていた。
正直言って、R18案件である。
こんなの健全な男子が見たら気が持たないぞ!
犯人は言わずもがなシオン先生。
魔法フェチという性癖を持った彼女が、新たな俺の可能性に反応しないわけもなく……。
「や、やばい……っ、それはマズイですアストラ様……!」
「なにがじゃい」
「それ以上は私の理性が保ちません!! どうか、どうか私が変な気を起こす前に距離を!!」
「待て待て待て! それどういう意味!? 何しでかそうとしてんの!?」
これはたしかにマズイな。空気が不穏だ。
マジで早めに逃げたほうがいいかもしれない。
だが隣りにいる兄様は逃げるような素振りも見せず。
それどころか、シオン先生の言葉を待つような姿勢を取っていた。
「に、兄様? 逃げなくて大丈夫なんですか? これ」
「待て、アストラ。シオン先生がこんな状態になった時は、とても的を射た解説が始まる予兆だよ!」
「あぁ、もうそういうもんだと解釈してるんだ、兄様」
一理ありそうだけど。
発言がメタすぎないか?
シオン先生はその場に座り込むような体勢となり、息を整える。
そしてかろうじて、目だけをこちらへと向けてきた。
完全な上目遣い。
とても魔法の解説が始まる前とは思えない光景だぞこれ。
「言いたいことが多すぎて何から話せばいいのか……っ。もう結論から仰ってしまいますと、アストラ様……! 貴方は既に、《《宮廷魔導士へとなる資格》》を持っていると言っても過言ではありません! アストラ様が使用した防御魔法『アルケ二オ』は、とても小さく! とても美しく! 寸分の狂いもない、神業レベルの結界構築! 通常の上半身サイズの盾なら、大体その辺に張っておけば防げます。ですが、拳サイズの盾で防ぐということは、相手の攻撃を完璧に予測し、コンマ数秒のタイミングを合わせる必要があります! 六歳児がやっていい動体視力と空間把握能力ではありません! 尊い!! 崇めたい!! それに加えて、ハニカム構造も完全にマスターしているなんて……! 一周回って怖いです!」
「わぁ……やっぱりアストラ、そういうことだったんだね! 」
「しかもただ防ぐだけではない! レイド様の凄まじい衝撃をハニカム構造で耐え、同時に力を外側へと逃がした! レイド様、一瞬だけ、ご自身の拳の軌道が外へとズラされ、体勢を崩しそうになりませんでしたか!?」
「あぁ、確かにそうだったよ、先生。一瞬、僕の魔力が全部横に滑っていくような感覚があったんだ。急いで軌道を戻したんだけど、あれには驚かされたよ」
あの、情報量過多だから! そんな一気に喋らないでおくんなまし!
でもやっぱりこの先生、変人だけど腕前は本物なんだよな。一回見ただけで、ここまで的確に言い当てられるものなのか。きっと彼女の魔法フェチは、優秀すぎるシオン先生に神様が与えたデバフなのだろう。
いや、実際彼女の場合はデバフどころかバフになってるんだけどさ。
「ふぅ……ようやっと、少し落ち着きを取り戻してきました。申し訳ありません、私あまりの興奮にあんな姿を……」
「い、いやぁ気にしないでシオン先生。それくらい魔法への愛が強いってことだから。きっと指導者としてはいいことなんじゃないかな」
「そう言っていただけると救われます。……アストラ様。あなたの使いこなした技は、私が授業では教えなかったものです。つまりそれは、アストラ様自身で魔導書を読み込み、学習していったということ……そうですね?」
「は、はい。なかなか防御魔法は上手く使えなかったので、どうにかできないかと。次の授業までには、ちゃんと技として使えるようにしたいって思って」
「……ふむ。やはり、あなたは素晴らしい子です」
シオン先生は息をついて、その場に立ち上がった。
正装のシワを直し、俺へと向かい合う。その顔には、先程までの変人教師の表情はなかった。
「これまでも沢山の生徒を見てきましたが……やはり、あまり意欲のない子も多い。もしくは、自らの力を過信し、失敗し、そして投げやりになってしまうという生徒もいました。ですがアストラ様、あなたは自らの課題を見つけ、決して自惚れることなく、改善していく。六歳とはとても思えない姿勢で……いえ、もはや年齢など関係ありませんね」
彼女は微笑み、そして深く頭を下げた。
「ありがとうございます、アストラ様。そしてレイド様。私はあなた達のような、立派なお人の教師となることができて、本当に光栄です」
「シオン先生……」
いやいや、そんな大層な人間じゃないんですよ先生。
こちとら前世のゲーム知識と、戦車の仕組み(傾斜装甲)をパクって試してみただけの、ただのインチキ野郎ですから。
……なんて、口が裂けても言えるはずがなく。
俺は少しむず痒い気持ちになりながら、自分の小さな頭をポリポリと掻くのだった。




