6話『防御魔法の真髄』
一年経った。
あれからも、当然シオン先生による魔法の授業は続いていた。
とは言っても「魔法とはウンタラカンタラ」と馬鹿の一つ覚えのようにただ魔法について習うわけではなく、貴族としての礼儀作法なども叩き込まれた。あとは「貴族ならこれぐらいの教養は持っとけよ!」と算術や語学の授業もあって、これがまぁ大変だったわい!
元々座学は得意じゃない、というか大嫌いだったので、苦痛以外の何物でもなかったのである。この苦労の甲斐もあって、異世界の言語は難なく使いこなせるようにはなったけど。そう、本の中身がちゃんと理解できるようになったのだ!
そのため俺は、この世界の魔法について色々と書かれているあの本――魔導書へついに手を出してしまった。
エロ本みたいな言い方しちゃったけど決してそんなことはない。俺が初めて成人向けの雑誌を買ったときはかなりクールだったさ。こんな物でいちいち鼻息荒くする猿じゃあないんですよ。ちなみに何回使ったかは覚えていない、とだけ言っておこう。
閑話休題。
魔導書を読むにあたって、まず我が家の書庫を見つける必要があった。
書庫の存在自体は知っていたのだが、肝心の部屋の場所についての情報がゼロだったため、自力で探した。数分歩いて、案外すぐに見つかったので安心した。シレンティウム家の書庫はやはり規模が大きく、部屋のどこを見ても本、本、本だらけだった。すごく目がチカチカしたよ。
魔導書と言っても色々種類があるのだが、俺のお目当ては一つ――『防御魔法』についての魔導書である。
一年前の初授業の後、俺はすぐにでも魔導書を読んでやろうと鼻息荒く書庫へと向かったのだが、普通に字が読めなかった。すべて読めなかったわけではないけど、多分重要そうな箇所だけピンポイントで理解できなかったのである。
俺はこの時に理解した。やっぱ順序よくこなしていくのが一番だと! そんなわけで、結局防御魔法に触れたのは、シオン先生の授業が一番最初となった。防御魔法は攻撃魔法よりもシンプルで、そして奥深いものだった。
まずシオン先生いわく、防御魔法とは!
『そうですね。単純に言えば、魔力の塊で盾を作るようなものです』
であった。シンプル・イズ・ベスト!
魔力を粘土みたいにこねて固めて盾として使うらしい。防御魔法にももちろん詠唱は必要である。
試しに実際に使ってみよう。
「――『アルケ二オ』」
ブオン
重低音とともに、目の前に『結界』が現れた。色は透明だが、表面にうすく模様があり、波のように動いている。これが『基本的な』防御魔法である。魔力で作ったシールドを前方に展開するイメージだ。シオン先生が言っていた通りだな。
そうそう、今俺は書庫の一角に座っているのだ。防御魔法に関する魔導書が端っこの方にあったもんで。
人気がないので、魔法の研究にはちょうどいい環境だ。静かで集中できる。そう、俺はこの防御魔法も、自分なりに改良したいと思っているのだ。シオン先生の授業でも防御魔法の練習はしたんだけど……俺、防御魔法が下手っぴだったんだよな。
使えるには使えるんだけど、どうも形が歪んだり、強度が弱かったりして、俺の思うように発動できなかった。だから魔導書を読み込んで勉強するの会、開始! 次の授業までには、自分なりの防御魔法を完成させたい。そのためには、俺の手元にある魔導書を攻略しないとな。
俺は意気込み、一ページ目をペラリとめくった。
ペラペラ。
ペラペラペラリン。
体内時計では、あれから大体一時間が経過した。
小休憩を挟みながらも、魔導書を読み続けている途中である。
魔導書って意外とそんなに分厚くないものもあって、防御魔法について書かれたこれは、小説くらいの厚さである。
他には国語辞典並に分厚い物もあるから、それに比べればだいぶ薄いな。
中身を読み進めて、俺は新たに知識を獲得した。
どうやら防御魔法には、『一番効果を発揮できる形状』なるものがあるらしい。
それが『ハニカム構造』と呼ばれる、六角形を隙間なく並べたハチの巣のような構造。 前世の地球でも、軽くて最も衝撃に強い構造として、航空機や新幹線の素材なんかにも使われていたな。
なるほど、この世界の防御魔法も、物理の法則には逆らえないってことか。面白い。
ただ四角い結界を張っただけだと、硬度もろもろが微妙になるんだと。
俺は今まで盾をイメージして使っていたから、『ハニカム構造』からは程遠い、あまり強くない防御魔法を発動してしまっていたようだ。くそ、シオン先生これ教えてくれなかった! なんで! 子供だからって「まだ難しいから後にしよ〜」ってことかい! なんて不満を愚痴っていたのだが、その理由はすぐに判明した。
『ハニカム構造』について書かれているページの下に、こんなことが書かれていたのだ。
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ハニカム構造の結界は、魔力をミクロ単位で均等に分割・配置せねばならず、恐ろしく精密な魔力制御が要求される。宮廷魔導士でも中級以上の熟練者でなければ、実戦で発動させるのは不可能に近いとされる
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そう、これめちゃめちゃムズいらしい。
これはたしかにシオン先生も後回しにするわけだよ。最初から高度な技術を教えるような人じゃないしな、彼女は。段階を大切にする人だし。
というか、『宮廷魔導士でも中級以上の熟練者でなければ』って、宮廷魔導士もさらに位分けされてるってことか。初めて知ったぞい。
うんうん、なるほど。これは大変な道のりに――。
……ん? 待てよ。
『ミクロ単位の均等分割』だって?
それ、生後半年から『暇つぶし』で、魔力を指先から髪の毛の先まで1ミリの狂いもなく動かせるようになった俺にとって……一番、簡単で得意な分野なんじゃないか……?
いや、自惚れるな俺!
それはあくまで魔力を動かすのが得意なだけで、形にするとなると話は変わってくるだろうし。
だがしかし、初級魔法フラン・バーシスは、暇つぶしの成果出てたんだよな……やってみるか。やってみよう! 何事も試さにゃわからん!
頭の中で、ハチの巣の構造をイメージする。
正六角形を隙間なく並べ、攻撃の吸収に最適な防御を生成!
「――『アルケ二オ』!」
ヴォンッ
「え」
俺は思わず声を漏らした。
発動された防御魔法が淡く光を帯び、俺の顔を照らしている。目の前に展開されたのは、まるで最高級のダイヤモンドを精緻にカットして繋ぎ合わせたような、完璧な秩序を持つ正六角形の格子群。
表面には幾何学模様が浮かんでおり、どこか法則性があるようにも見えた。
俺の前がおかしくなければ、今目の前に現れているのは、
「できた……ハニカム構造の防御魔法!」
え、マジで?
また俺、なんかやっちゃいました?
じゃなくて。
本当にできてしまった!
正直かなり時間がかかる想定だったのに、これは嬉しい誤算だな。
見た感じ、強度も問題なさそうだ。乱れもない。
よし、まずは第一関門突破である。
ここからが第二関門。これをさらに、自分なりのオリジナリティを加えた防御魔法にしてみたい。
きっとこのままでも問題なく使えるだろうけど、どうせなら俺独自のやり方があったほうが……カッコいい。
男というのは、どれだけカッコよさを追求できるかだからな。
さて、どうしようか。
防御魔法をカッコよくするというのも、また難易度が高そうな話ではあるが……。
やっぱり、現代の知識と合わせるのがやりやすいだろう。
俺が日本で暮らしていたときに目にした、防御に関する知識を捻り出してみよう。
例えばー、そうだな……あ、思い出した!
戦車の装甲を思い出してほしい。
戦車は衝撃を吸収するために、装甲が《《斜め》》に作られている。
傾斜装甲とか、そんな感じの名前だったはずだ。
真正面から受け止めるよりも、壁を斜めにしたほうが伝わる衝撃が減少するのである。
これを上手く活用してみよう。
完成した防御魔法を、そのまま斜めにするイメージ?
いや、もう少しうまいことできるような気もする。
うーん、なにかいい案は……
そうだ! これなんかどうだろう?
すごくスタイリッシュな戦い方を見つけてしまったぜ。
次の授業で、試しに使ってみるとしよう。
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てなわけで、
「では、授業を始めましょうか。レイド様、アストラ様」
「「よろしくお願いします、シオン先生」」
場所はおなじみシレンティウム大演習場。
シオン先生の授業場所は、この大演習場か自室かの二つである。
座学のときは自室で、魔法の訓練時には大演習場へと来るのだ。
今日は魔法の訓練、その中でも俺達がするのは――
「本日の授業内容は前回同様、対人訓練がメインとなります。お二人とも魔法の行使に関しては、かなりの技術が身についておりますので」
そう、対人訓練!
一対一で行い、その都度課題点を見つけていくというやり方だ。
訓練は生徒と先生で戦うか、生徒同士で戦うかの二種類。
言わずもがな、レイドとの訓練は地獄である。
攻撃全てが魔力の暴力で作られているので、俺は毎度毎度死にそうな思いで取り組んでいるのだ。
一方シオン先生との訓練はと言うと……レイドとはまた違った難易度の高さを持っている。
レイドが圧倒的『パワータイプ』、俺が『テクニックタイプ』だとしよう。
シオン先生は、『オールラウンダータイプ』である。
どれか一つの技術が特化しているわけではない。
ただすべての技術が『模範解答通りの満点』なのだ。
そのため隙がない。
綺麗に追い詰められていくような感覚で、負けてもどこか清々しい気持ちになるのである。「まぁ、今のはそりゃ負けるわな」と。
それに加えて毎度のごとくベタ褒めしてくれるから、モチベーションが下がることがないんだ。
彼女は変人だけど、教師としてはかなり優秀だと思う。
「わかりました。今日は僕とアストラで? それともシオン先生と?」
「そうですね……では今日は、レイド様とアストラ様の対人訓練としましょうか」
げっ。今日の訓練は兄様とか……と普段ならなるところだが、今日の俺は一味違うのだよ!
防御魔法を完成させたからな。
しかもオリジナル改良アリだ。
兄様相手にどれだけ通用するかを試す良い機会だな。
「だってさアストラ! 今日も訓練頑張ろうね。手加減はなしだよ!」
「流石に少しは加減してくれないと、僕もこの建物も吹き飛びそうなんですけど……」
「大丈夫大丈夫、アストラなら死にはしないって」
「その言い方だと少なくとも重症は負うことになりそうなんですけど!?」
「レイド様、魔力をすべてぶつけるような行為は禁止としますので。あくまでもこれは授業、ですからね?」
「わかりました……僕の妹なら絶対平気なのに……」
そこまで信頼してくれてるのは嬉しいけど、「レイド兄様の本気」がどれだけ恐ろしいものなのか理解したほうがいいぞ兄様。
「よろしい。ではお二人とも、位置について。この訓練の目的は課題を見つけ改善すること。本気の戦いではありませんので、少しでも危険と判断すれば、私による強制中断が入ります。準備はいいですか?」
「もちろん、いつでも始められるよシオン先生」
「はい、僕も。兄様、よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」
俺とレイドは大演習場の中央に移動し、互いに向かい合う。
シオン先生は少し離れた、だが何かあればすぐに飛び込める距離に立っている。
この時間、ちょっと謎に緊張するんだよな。
五十メートル走のスタート直前に緊張するのと同じなのだろうか。
なんて考えてる場合じゃないな。今は訓練に集中だ。
書庫での練習の成果を発揮するときである。
シオン先生は二人の準備が整ったことを確認すると、静かに頷いた。
「それでは、両者集中して――訓練、始め!」
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「――アクア・バーシス!」
先に動いたのは白銀髪の少女、アストラだ。
彼の指先から放たれた初級魔法『アクア・バーシス』。本来であれば、桶を満たすほどの質量を出せれば万々歳と言われる初級魔法である。
しかし少女から放たれたのは、そんな生半可なものではない、『高圧水流』だ。
鋭い水流がレイドの胸元めがけ走っていく。一点集中、されど速度は早く、その威力は計り知れない。
だが、『兄』は迷わず。
「いいねアストラ、相変わらず君の魔法は!」
見れば、レイドは既に横へ飛び、回避を完了していた。しかしアストラは驚く様子もない。『避けられるのが当然』と言うように。
レイドの体を、かすかな光が包んでいた。あれは――『身体強化魔法』を使用した際に現れるものだと、少年は気がつく。
休む間もなく、笑顔を崩さない兄へと、少女は『水流』を穿ち続ける。何度も水が空気を切り裂く音が鳴り、レイドの腕を、足を狙い定めていく。
しかし彼の体をかすめることすら叶わず、そして、
「今度はこっちの番だね、アストラ」
「な――」
気づいた頃には、レイドの身体が、青く光る拳が――
――パリィッ!!!
「え」
弾かれた。違う、いなされた。
己の拳が妹に届くことはなく、《《見えない何かに》》受け流されてしまった。
そして、少年は視界に捉えた。妹が――美しき少女が目を見開きながらも、どこか嬉しそうな顔をしていたのを。
「ははっ」
そんなアストラの姿に、彼もまた、
「君は本当に、すごい子だ!」
目一杯の笑顔を咲かせて答えた。




