5話『氷結教師、魔法狂いにつき』
シオン=グラシアニマ
彼女はこれまで数多くの生徒に教えを施し、魔法の何たるかを叩き込んでいった。
まだ齢二十五にも満たない彼女。しかし彼女は、その年齢に似合わないほどの経歴を持っていた。
あるときは、王都立の学園へと臨時の特別講師として赴き。あるときは、自らが執筆した文献を世に出した。
多岐にわたる数多くの功績。世間一般的に見れば、彼女は優秀な人材であると言える。むしろ彼女を優秀と言わず、他の誰をそう呼ぶのか。
しかし、シオン=グラシアニマを知るものは、みな口を揃えてこう語る。
彼女は素晴らしい。
彼女は尊敬に値する。
彼女には憧れる。
しかしひどく、変人なのだ、と。
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シレンティウム大演習場内は、静寂に包まれていた。
そんな演習場内に、指を突き上げたまま、固まっている少年が一人。
俺だよ俺!
俺はたった今、人生初の魔法を使用したのだ。『フラン・バーシス』という、初級の炎魔法を。俺はせっかくだから、ある《《イメージ》》をしながら発動してみたのである。
そのイメージはそう――レーザービームだ。
普通炎魔法と聞けば、激しく燃え盛る迫力満点のものを思い浮かべるだろう。
まさにレイド兄様が放ったのがいい例だな。しかし俺は、だからこそ逆をいってやろうと思った。炎の光線ってカッコよくない?
レーザービームのように細く、速く貫く光線をイメージし、『フラン・バーシス』を発動した。
すると、
シュンッ
と小さく風を切る音と同時に、指先から赤い閃光が放たれたのだ。
それは大演習場の天井まで届き、しばらくして消えた。あれ、成功? イメージしてからの魔法発動、ちゃんとできてるんじゃね?!
何かを攻撃したわけじゃないから、威力がどれ程なのかは分からないけど。
「あ……ぁ…っ」
と、その時。
隣から途絶え途絶えの掠れた声が聞こえてきた。なんだなんだと隣を見ると、そこには衝撃の光景が!
俺たちの新しい指導者である、シオン先生。
彼女を象徴する冷徹なオーラが、なんとすっかり消え去っていたのだ。そしてその代わりに、異様な『熱』のこもった目を見開き輝かせ、ジッと天井を見つめていた。
え、なにこれ別人? この短時間で変わり身の術でも使ったのかい。
「わぁ……凄いじゃないかアストラ! 今の魔法、限界まで収束されて──」
レイドが俺を純粋に称賛しようとしたが、
「──なんてっ、素晴らしい!! エロティックな魔法を放つのですかアストラ様!!!」
は、え? ん????
エロティ? 今なんて?
シオン先生はレイドの言葉を遮り、頬を両手で包みもだえていた。
……うん、顔はめちゃくちゃ美人なんだよ。
ポニーテールの髪を少し振り乱し、メガネの奥の瞳をうるませて、上気した顔で熱弁を振るう姿は、一瞬だけ別の『エロティック』な何かを感じさせるくらいには。でも、言ってる中身が最悪なんだわ。
俺とレイド兄様は、完全に引きつった笑顔のまま、一歩後ずさった。
あれ、これもしかしてとんでもない人が家に来ちゃったんじゃないの? ありえない変態が俺達の教師になっちゃったんじゃないの!? シオン先生の顔は、それはもうとんでもなく赤くなっていた。さっきまではまるで「氷結の教師」感を出していたのに。
氷塊の内側に隠されていた本性が現れ、爆発したのである。
「私、これまでに沢山の子どもたちを見てきました! 彼らもやはりみな優秀で、素晴らしい魔法を目にしたときには『本当に美しい、もはや触りたい』と密かに思っていたくらいです。そうっ、レイド様の魔法も素晴らしかったのです! 見るだけで、空気を肌で感じるだけで伝わるあの魔力の激流……そこらの人間など比べ物にならないほどの圧力で、もう本当に最高でしたっ!」
「あ、ありがとう……? あはは、はは……」
流石のレイドの引き気味である。
まぁそりゃそうなるよな、俺もレイドと同じ顔してるぞ今。
多分、上手く笑えてない。
「ところがここからが本題ですアストラ様!」
「はっ、はいぃ! 私、ですか!?」
「先程から、貴方は年齢にそぐわぬ冷静さと情報整理能力をお持ちだなと実は思っていました。ですがっ、まさかここまでの力をお持ちになっているとは! あぁ、私知りませんでした。どうして教えてくださらなかったのですかアストラ様? レイド様は知っておられたのですか? 本来、炎魔法とは熱を周囲に撒き散らすもの。それを、熱と光を1マイクロメートルも外に漏らさず、ただ“標的を穿つ”ためだけに一点へと収束させる……!! 無駄な魔力という贅肉をすべて削ぎ落とした、この究極の『機能美』!! これほどエロティック(美しい)な術式を、五歳にしてやってのけるなんてっ! 寸分の狂いもない魔力制御・操作技術! 宮廷魔導士でも類稀なる技術をお持ちであることを、なぜもっと早く教えてくださらなかったのですか! いえ、違いますね。これは私の落ち度です。こんなに近くにいたのにも関わらず、アストラ様の秘めた力に気がつけなかった。しかし今日こうして、知ることができました! 改めて、感謝いたしますアストラ様」
「え、ええっとぉ……どういたしまして……で、合ってます……?」
息継ぎというものを知らないのかこの人は。
なんてこということだ、これはまずいぞ。シレンティウム家になんて人を呼んでしまったんだ!
これってつまりそういうことなのか? シオン先生は美しい魔法に興奮を覚える、「魔法フェチ」だというのか!?
そんなの聞いたことないぞ。日本でも「え、そんな性癖ホントにあんの? 嘘だろ?」となるものはあったけど、魔法フェチは初耳だな……。
俺は、そしておそらくレイドもこの瞬間に確信した。彼女はただの先生ではない。
先生の皮を被った、《《魔法狂い》》なのだ。
「私、ここまで完成された魔法を見た経験はおそらくありません。ありがとうございますアストラ様、貴方は神です」
「とんでもなく大袈裟だなこの人…」
「大袈裟ってこともないさアストラ。シオン先生の言う通り、実際アストラの放った魔法はとても綺麗だったからね。無駄が一つもなかったんだ。例えば──」
レイドは片手を大演習場の奥へと突き出し、そして、
「──『アクア・バーシス』」
レイドが詠唱した瞬間、兄様の手のひらから大量の『水』が放出された。
いや、これは単純に『水』と言うより、『大波』と言うほうがしっくりくるな。ザバァァンッと大きく水飛沫が鳴り、床を水浸しにしていった。しかしそのまま残る訳でもなく、放たれた水はやがて、ゆっくりと消えていったのだ。
これもおそらく、大演習場の効果なのだろう。
「僕の放つ魔法は、『バケツに大量に入った水をぶつける』ようなものなんだ。範囲は広いけど、威力が分散してしまう。一方、君は──そう、『高圧水流』だ。一点集中だけど、その一点に莫大な威力が詰まっている。つまり、僕と君の魔法の使い方は、対極的ってことだね」
と、レイドは説明をしてくれた。
なるほど、そういうことか!まず『魔力操作・制御訓練(暇つぶし)』と、放たれた魔法との関係性が、ここで判明した。
どうやら俺の暇つぶしは無駄ではなかったらしい。
俺が発動したフラン・バーシスが光線となったのは、俺の『イメージ』と『魔力操作・制御技術』の組み合わせによって起こったものようだ。
さっきレイドが説明したのと合わせると、『レーザービームというイメージを基に、魔力操作・制御により魔力が極限まで収束され、結果として光線のような細長い魔法が放たれた』と説明がつく。
ここにきて、俺の暇つぶしが真価を発揮するとは!
なんだか感慨深い部分があるよ。まぁそのおかげで、シオン先生の正体を暴くことになってしまったのだが……。そういえば、シオン先生もさっき似たような説明をしてたっけ。
あまりに衝撃的すぎて、あんま話の中身が入ってこなかったんだよな。
「そうなのですレイド様! そして何より恐ろしいのは、アストラ様のその『魔力消費量』です!」
急にシオン先生が、獲物を見つけた猛獣のような目で割り込んできた。
「普通、術式をここまで収束させるには莫大な魔力を消費します。ですが今、アストラ様から感じられた魔力消費は……ごく、ごく、ごく僅か……! コップ一杯にも満たない、おままごとのような魔力で、あの貫通力を生み出したのです! あぁ……なんという高効率……究極のエコ……尊いです……!」
「なんか先生の目が、さっきよりギラついてる気がするんだけど。魔法に尊いってなに……?」
「あはは、これはもう先生特有の感覚なんだろうね……」
レイドは一種の諦めの境地に達したらしい。
兄様の言う通り、彼女には彼女にしか分からない感性があるのだ。それを否定してはいけないが、無理に理解をする必要があるわけではない。よって俺達にできることは一つ、生暖かく見守ることなのである。
シオン先生は拝むような姿勢で天を仰いでいたが、やがて顔を下げ、バッと俺の方へと顔を向けた。
「アストラ様! ぜひ、ぜひもう一度先程の魔法を見せてください! せっかくですから、フラン・バーシス以外の魔法も使ってみましょう! えぇ、きっとそれがいいです!」
「し、シオン先生! それって基礎魔法ですよね!? 急にレベル上げたりはしないですよね!?」
「そこはご安心をアストラ様。私はちゃんと段階を踏む人間ですから。基礎から仕上げていくつもりです」
「急に落ち着いた……」
彼女はキリッとした表情を作り(顔はまだ赤いけど)、当然だと言うように頷いた。こういう部分はちゃんと教師してるなシオン先生。情緒とフェチがおかしいだけで。
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あれからも、魔法の授業は続いた。
結局俺は、再びシオン先生に魔法を見せることになり、彼女はまたもや感嘆の声を漏らしながら体をくねらせていた。
軽くホラーだったが、本人は楽しそうだったのでヨシ! だが魔法を撃って終わりではなかった。とりあえず、この世に存在する魔法の属性やら階級やらを教わったのである。
まず、魔法には全部で八つの属性が存在しているのだという。
順番に、
火系統
水系統
風系統
土系統
雷系統
木系統《《ラウル》》
光系統《《ルミナ》》
闇系統
と、こんな感じである。
基本となる属性が火〜土系統で、そこから複合・派生してできたのが雷〜闇系統らしい。
次に階級についてである。
RPGなどを思い浮かべてみてほしい。よく上級魔法とか中級魔法って言葉を聞いたりはしないだろうか。階級というのは、まさにこれのことである。
下から順に、
初級:バーシス
中級:メディア
上級:フォルト
この属性と階級を組み合わせて唱えるのが、魔法を使う上で欠かせない『詠唱』なのである。
風系統の初級魔法なら『ヴェント・バーシス』
土系統の上級魔法なら『ソイル・フォルト』と詠唱するのである。
まぁ詠唱が要らん人間も存在してるけど……(例:兄様)。
はい、ここで大事な情報! テストに出るのでよく復習しておくように! シオン先生は最初、こう話していた。
『魔法は詠唱さえすれば、まず誰にでも扱えるものなのです。それが子供でも、老人でも、男でも女でも。《《魔力さえ持っていれば》》、ですが』
と!
この説明を踏まえると、「え、じゃあちびっ子でも上級魔法を使えるんじゃん?」となる。それはその通りで、年齢関係なく上級魔法は使えてしまうのだ。ただし、《《十分な魔力を持っていれば》》の話で、魔力が不足していた場合は発動されないようになっている。
だがたまに、上級魔法を放てるだけの魔力を持つ子供も生まれてくる。まだ心も体も成長しきっていない子供が、上級魔法を撃つなんて怖すぎるよ! だから、上級魔法の暴発を防ぐための道具があるらしい。
アクセサリー型となっていて、子供に身に着けさせるだけで魔力量を抑えることができるのだという。これでお子様のご家族も安心安全! 今なら初回サービスで、無料でのご提供もいたします!
どこかのテレビショッピングくさくなってしまったが、実際にこんな感じの親切な対応も行われているらしい。
シレンティウム家は、この道具を常備していると言っていた。てことは、レイド兄様も小さい頃はつけてたのかな? でもエレノアはたしか、「レイドは小さい頃から魔力をものにしていた」みたいなこと言ってたし……気になる。
シオン先生の魔法フェチ発覚という強烈なイベントもあったが、この世界の魔法の基礎知識は押さえられたのでよしとしよう。
今日習ったのは『攻撃魔法』だったけど、この他に『防御魔法』もあるらしい。次の授業で教えてくれるみたいだけど、あとで『予習』しておこうかな。
俺は自室の机でメモを書きながら、シレンティウム家の『書庫』の在処を模索するのだった。




