4話『はじめての授業を受けよう』
シレンティウム大演習場。
そこは相変わらずの広さで、かすかに冷たい空気が頬を撫でる。
はぁーーっ!! 本当にありえん長いなあの階段は!
五才という若い身体のおかげか体力の消費はあまりなかったけど、こう気持ち的に疲れたと言うか……。エレノアはあれを、しかも俺を抱えながら平然と下ったというのか。
やっぱり薄々思ってたけど、エレノアも大概すごい人だよな?ともかく、いつかあそこは改築せねばならん。
魔法でうまいことできないのだろうか。
「あれ、シオン先生。それにアストラも」
前を見れば、既に到着していたレイド兄様がいた。
彼もこの五年で更に成長し、そのイケメンっぷりを増加させている。兄様はどうやら、先に先生との顔合わせを済ませていたらしい。でもレイドの言葉を聞く限り、一緒に訓練をする話しは、聞かされてないっぽいな。
そういえば。
レイド兄様は俺の九歳上で、現在は十四歳である。
つい先月誕生日を迎え、盛大な誕生日パーティーが行われたところだ。貴族の家のパーティーはすごいぞ。ホームパーティーなんて比にならん。冗談抜きでウエディングケーキみたいなの出てきたからな。それを一日で食べ切るのだ。
使用人さんたちにもお裾分けするから、意外と食べきるのは大変ではなかった。
なんて小話は一旦置いといて、
「レイド兄様。今日は二人で訓練をすると」
「なるほど、だからアストラも一緒にいるのか。というかアストラ、君は初めての訓練だろう? いやぁ嬉しいな僕。上手く言えないんだけど、こう。ね?」
兄様、語彙力が致命的に足りてない!
おそらく「妹の初訓練に立ち会えるなんて兄として嬉しい」なんてことを言いたかったのだろう。
天才も完璧ではないということか。
「そうですね。僕も兄様と一緒に訓練ができるなんて、嬉しいです」
「おぉ、そうかいそうかい! 可愛い妹からそう言ってもらえると、お兄ちゃん気合入っちゃうなーっ」
おっとマズイ。
この男をやる気にさせたら、本格的に周囲が魔法で吹き飛ばされかねん! いや、ここは大演習場の強度を信じよう。名門家の大演習場だぞ? そう簡単に壊れやしないさ。
これ、フラグになってないよな? 大丈夫だよな?
「さて、お二人とも気合十分なようですので……私の最初の授業を始めましょうか」
そう言うと、シオン先生は俺達の前に立ち、軽く開いた手のひらを上へと向けた。
すると彼女の手から光が放たれ、やがてそれは空中に《《文字》》を書き始める。これは……ホログラムみたいに、空中に映し出しているのか。だとしたらすごい技術じゃないか?
あれどうやってるんだろう……。
空中に書かれた文字の内容は、大雑把にこんな感じ。
『今日の授業内容』
1:魔法の歴史
2:魔法の基礎
3:魔法の実践
つまり、魔法とはなんたるかを基礎部分から教えてくれるようだ。
エレノアがお願いした通りだな。今日はどっちかと言うと、俺メインの授業になりそう。レイドはとっくに習ってることだろうし。兄様も映し出された文字の内容を把握したようだ。
しかしつまらなそうな顔をするわけでもなく、嬉しそうに微笑んでいた。
「ご覧の通り、こちらが本日の内容です。アストラ様は初めてということですので、あまり重い説明にはならないようにいたします」
「はっ、はい。よろしくお願いします、シオン先生」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ではまず、簡単に魔法の歴史から。
魔法とは、この世界に《《魔力という物質が発見されてから数年後》》に作られた、超常現象のことを指します。魔力なる物質の第一発見者を始め、数多くの研究者が魔力の解析に携わり、そして人間が扱えるものだと判明させたのです」
「魔力って、最初はその辺りにあった物質だったんですか? ええと、てっきり最初から人間の中にずっとあったものだと思ってて」
「元々魔力というのは、人間の中には存在していませんでした。しかし魔力が発見され、段々と世界に魔力の存在が知れ渡っていったある時――魔力を保持した赤子が生まれた。それを皮切りに、次々と最初から魔力を保有している人間が誕生していった……そう、文献には《《書かれています》》」
なるほど、そういう感じだったのか。
たまたま発見された《《魔力》》が、今となっては全人類が持つ日常の一部になったんだ。
魔力は後天的に世界に現れたもので、やがて人類に定着したわけか。
面白い。歴史は正直好きな分野ではなかったんだけど、これはなんだか興味深いな!
でもなんか、どこか含みのある言い方だったような……気のせいか?
「歴史はひとまずこの辺にして、早速魔法の基礎についてご説明いたします」
シオン先生が指を鳴らすと、空中に浮遊していたホログラムが形を変えた。
図形と、複雑な式が並んでいる。
これはまさか、
「左の図形、こちらは《《魔法陣》》。そして右に書かれているのが、魔法陣を文字で表した、いわゆる《《術式》》と呼ばれるものです」
やっぱり、ビンゴ!
ファンタジーの定番、魔法陣 and 術式だ。これぐらいは流石にわかるな。
こういうお決まりはきっちり押さえているのだよ。
「どちらも共通して、魔法の構築の基礎となるものです。しかしここで一つお伝えしておきたいのは、単なる魔法の使用に《《この術式や魔法陣を覚える必要はない》》ということ」
「覚える必要はないって、どういう?」
「そうですね。結論から申し上げると……魔法は詠唱さえすれば、まず誰にでも扱えるものなのです。それが子供でも、老人でも、男でも女でも。《《魔力さえ持っていれば》》、ですが」
「え」
なんだと。
詠唱さえすれば誰でも使えるだって?
そんな簡単に使えるものなのか。
「なら、どうして魔法陣や術式が存在してるんですか?」
「この魔法陣や術式は、魔法を使う上での補助……わかりやすく言えば、《《使う魔法のイメージを鮮明にするための手段》》の一つなのです。魔法の使用で最も重要なのは、イメージ力ですから。イメージが鮮明であるほど、比例して高い効果を持つ魔法の使用が可能となります」
「なるほど、術式を理解すればするほど、同じ詠唱でも威力や効果がまるっきり変わってくるわけか……あれ、でも先生。前に兄様が魔法を使う瞬間を見たんですけど、詠唱をしてなかったような気がして」
「無詠唱魔法、ですね。誤解を生まないようにお伝えしておきましょう。詠唱は魔法の行使において大切な役割、ですが必ずしも必要というわけではない。つまり、慣れれば詠唱無しでも、魔法は使えてしまいます。無詠唱魔法は天賦の才、努力ではどうにもならない……こう論じる者もいますが、私はそうは思いません。魔法への理解度と行使の回数が、ものを云うかと」
な、なるほど。たしかに無詠唱って選ばれし才能みたいなイメージあったけど……シオン先生は違うみたいだな。
にしてもイメージ力、か。だったら、前世で浴びるほど見たアニメのCGとか、物理の法則とか、あの忌々しい電車の衝突エネルギーとかのイメージでもいいんだろうか。試したことはないけれど。
もしこれでもいいなら、イメージ力にはかなり自信があるぞ。
「言葉での説明だけでは、掴みにくい部分もあるでしょう。早速移りましょうか。魔法の実践に」
シオン先生はホログラムを消し、改めて俺達へと向き合った。
きた、ついに魔法の実践! 魔力とはずっと過ごしてきたけど、コイツをちゃんと使うのは初めてだからな。
楽しみ半分、緊張半分である。
「最初は基礎中の基礎、初級魔法をお伝えします。イメージ云々は後々で結構。まずは詠唱をし、魔法を発現させる感覚を体験してもらいます。まずはお手本をお見せしましょう……そうですね、せっかくですから、ここはレイド様にお願いを」
「お、僕がアストラのお手本になっていいのかい?」
シオン先生の言葉に、兄様は目を輝かせた。
自分で言うのも何だが、コイツはどれだけ俺が好きなんだ? 本人は楽しそうだからいいけどさ。
レイドは軽くガッツポーズをし、俺の前へと出てきた。
「レイド様。どうやら無詠唱での魔法行使が可能のようですが……これはアストラ様へのお手本なので、今回は詠唱有りでお願いします」
「わかったよ、先生。可愛い妹の第一歩を、兄である僕が手伝ってあげよう」
レイドは頷き、そして人差し指を顔の前でピンと立てた。
そして、
「――『フラン・バーシス』」
光――赤い光が出現した。
光は熱を持ち、蜃気楼を発生させる。レイドの指先からは、赤く燃え盛る炎が噴き出ていた。
待て。
お兄ちゃん、それ『初級魔法』なんだよね?
指先から出てる炎、どう見ても家庭用のガスバーナーとかのレベルじゃなくて、火炎放射器のそれなんだけど!? 演習場の空気が一気にサウナみたいになってるから! すごいけど、お手本でこれを出されるとな……。
というか、今のが詠唱か。
『フラン・バーシス』
炎属性の初級魔法を発動させる詠唱。これを唱えれば、俺も炎を出せると。なかなかカッコいい名前だな。
この国の名前(魔法大国アルヴェルギア)といい、俺に刺さるネーミングセンスをしている。
「どうだいアストラ。今のが初級魔法『フラン・バーシス』。炎を出す魔法だけど、熱くないから大丈夫だよ。安心して、魔法への第一歩を踏み込んでくれ!」
「はい、兄様。お手本ありがとうございます。やってみます……!」
俺も兄様と同じように、人差し指を立てる。
目をつぶり深呼吸。シオン先生はイメージは後からでいいと言ってたけど、せっかくだしやってみるか。
そうだな……兄様みたいな火炎放射系は難しそうだ。というか怖い。それなら水晶みたいな綺麗な火の玉とか……これも違う。
よし、決めた。俺がイメージするのは――
「――『フラン・バーシス』」
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瞬間。
大演習場の天井めがけ、光線が穿つ。それは周囲を一瞬で照らすほどの光量を持ち、しかしどこまでも静かなもので。視認していなければ、発動されたことに気が付かないほどであった。
光線は天へと走る、走り続ける。
走り続けて、やがて消えた。しかし光が消えた後も、ある者はまだ天を仰いでいた。
鋭い目を見開き、体を震わせ、
白い頬を赤らめ、熱い息を漏らす者が、たしかにそこにはいたのである。




