3話『新任べっぴん教師』
あれから五年経過した。
俺は今五才。この歳になると、自分の力でやれることも大幅に増えた!
まず他の人間との会話が可能となった。そろそろ普通に話せるようになってもいい時期だろうと踏み、ついに会話を解放したのである。いやー、話せるって素晴らしい。言語という素晴らしいツールがあるのに使えないもどかしさときたら!
ちなみに、文字もなんとなくだが理解できるようになってきた。
本の中身すべてを理解するのは難しいけど、簡単な文章くらいは書ける。とにかく、コミュニケーションが可能となったのはかなりデカい。
そしても一つ! 誰かに抱っこされなくても移動できるようになった。
今まではエレノアやら使用人さんの腕の中で大人しくするしかなかったけど、そんな不自由な生活ともおさらばである。会話もできるし、自力で移動もできる。もちろん、赤ん坊の頃から続けてる『魔力操作』の暇つぶしも継続中だ。今じゃ体内の魔力を、指先だろうが髪の毛の先だろうが、1ミリの狂いもなく動かせるようになっちゃったし!
謎の達成感があるな。でもこれからも続けていくぞ。一応。
そんなこんなで、ここから俺のシレンティウム家での暮らしも充実していくなか、
エレノアからある日、とある人物を紹介された。
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場所はシレンティウム家、アストラこと俺の自室。五歳になった記念に、なんと俺の部屋をプレゼントしてもらったのだ。五歳で自室を持つって、流石貴族のお家である。
だがまぁ、なんというか……いろいろな意味で落ち着かない。
こんな広い部屋に住んだことなんてないから、ソワソワするのである。それと、今の俺はシレンティウム家の『娘』だから、部屋も『女の子っぽい』ことになってしまったのだ。
大きめな、ぬいぐるみが数個。天蓋付きベッド(白とピンク)。幼女用のフリフリした服が入ったクローゼット……そして現在も、スカートを履いているという始末。
いまだに慣れない!
約三十年間、男として生きてきたし。五年で慣れるのは、なかなか難易度が高い。少しづつ時間をかけて、適応していくしかないな……うん、頑張ろう。
そんなわけで。
俺の部屋には今、俺含め三名の人物がいた。一人はエレノア、俺の母親である。綺麗な服に美しい顔、今日も女神っぷりは健在だな。
そして、エレノアの隣にいる人物。この人が本題だ。黒いスーツのようなものを身にまとった、ポニーテールの若い女性だった。
眼鏡の奥で光る瞳は鋭く、見るものすべてを恐縮させてしまいそうな圧力感がある。
「アストラ、今日からこのお家に住むことになった、新しい先生よ」
どうやらこの人は先生、らしい。
シレンティウム家には、専属の教師がついている。学校に通うなんてことはなく、プロの家庭教師を雇っているのだ。雇われた先生はこの家に住み込みで働くことになる。
エレノアに紹介された女性は一歩前に出て、無駄のない動作でお辞儀をした。
「お初目にかかります、アストラ様。奥様よりご紹介に預かりました。本日から専属の教師として務めさせていただく、シオン=グラシアニマと申します」
彼女――シオン先生は、淡々とした声色で自己紹介をした。
やっぱりイメージ通り、なかなか厳しそうな人だな。
「シオン先生は、前任のイザベラ先生の受け継ぎで来てくれたの」
イザベラ先生って……そんな人もいたようないなかったような。
そうだ、数回話した記憶がある。多分歳は六十代くらいだったかな。朗らかな笑みを浮かべる、とても優しい女性だった。
そうか、あの人辞めたのか。いつの間に。挨拶くらい来てくれても良かったのに! まぁ色々都合があるのだろう。子供が口出しすることじゃないか。
「これまで数多くの貴族のお子様を指導して参りましたが、シレンティウム家の方を教えるのは私も初めてです。しかし、必ずや、立派な魔導士に育て上げてみせましょう」
相変わらずの冷徹な声。
しかしどこか、自信を感じられる声でもあった。まだ若いのに、既に多くの経験と功績を残しているのだろう。
名門家の教師になるくらいだからな。
「シオン先生。アストラはまだ小さくて、お兄ちゃんみたいにドカン! とはできないから、基礎的な部分からお願いね。あまり無理はさせないように」
ドカンて。合ってるけど。
「承知いたしました、エレノア様。ゆっくりと、そして確実に知恵と力を蓄えさせていきますので」
シオン先生は眼鏡をくいっと押し上げ、鋭い目で俺を上から下まで値踏みするように見つめた。
「……(なるほど。エレノア様によく似た、天使のように愛らしいお顔立ち。しかし――)」
ん? なんか今、シオン先生が心の中で何かを分析している気配がするぞ。
「……(しかし、レイド様のような圧倒的な魔力の奔流はまったく感じない。いや、体に纏う魔力すらごく僅か……。五歳にしては悪くないですが、あの『規格外』のレイド様の妹としては、少々凡庸ですね。)」
いや声に出てる! 心の声、普通に漏れてるから!
そしておい、あの化け物(レイド兄様)と比べるんじゃないよ。月とスッポン、いやそれ以上に差がありまくるんだからな!
兄貴が天才だと比べられる妹は苦労するわけだよまったく。
「えぇ。あ、そうだわ。せっかくだし、レイドと一緒に教えてくれるかしら。そのほうがアストラもお兄ちゃんの姿を見て、やる気が出るかもだし」
「かしこまりました。ではアストラ様、ご一緒に地下へ参りましょう。授業場所は、『シレンティウム大演習場』です」
――『シレンティウム大演習場』。
どうやらあの地下は、そう呼ばれているらしい。
ここにきて初めて知った! 軽い衝撃を受ける俺に気づくわけもなく、シオン先生は部屋のドアを開け、「ついてこい」と言わんばかりの表情で振り返ってきた。
ご、五歳にしていい顔じゃないぞ先生……! そんなわけで、俺はまた地下へと行くことになる。
あの長ーーーい階段を、今回は自分の短い足で下りながら。
マジでエレベーターつけてくれ我が家!




