2話『暇つぶしの魔力操作』
息子との突然の別れから、およそ三十分は経過した、と思う。
なかなかショックな出来事ではあるが……起こってしまったことは仕方がない。次はもっと立派な男のもとへ行けるよう、心の中で祈っておくとしよう。よし、早いところ気持ちを切り替えるぞ俺! 息子よ、達者でな!
そんなわけで俺は今――おそらく母親であろう女性に抱きかかえられながら、ある『暇つぶし』をしていた。
俺の丹田を襲った、あの熱についてのことなんだけど、
結論、あの熱は動かせる!
根気よく意識し続けてたら、微妙に動き始めたんだ。
最初はあっちゃこっちゃいってたけど、段々とコツを掴んできた。丹田から胸元へ、胸元から両腕へ。逆に足先へ移動させたりと。この数十分でまあまあ自由に動かせるようになった。これがなかなか楽しい。良い暇つぶしになるのだ。
『熱』の正体については、なんとなく予想はついている。 仮に俺のいる世界が『ファンタジー』の中だとするのなら、この『熱』はいわゆる『魔力』と呼ばれるものだろう。『宮廷魔導士』なんて単語が出てきているから、魔法が存在する世界のハズだ。 魔法を使うために必要な要素の一つ、それが魔力。
ということは、今俺がやっているのは……『魔力操作』と言ったところか?
『魔力制御』とも言えるかもしれない。
これができたからといって、いつどんなふうに役立つのかはわからないが、今の俺にできることなんて、寝るか魔力を動かすかくらいしかないからな。
「この子ったら、本当に大人しいわねぇ。まるで泣き方を知らないみたい……」
頭上から、母親の声が聞こえてきた。
俺があまりにも静かだったので、母親は全く泣かない様子を不思議に思っているようだった。でもその顔はどこか嬉しそうである。もしかしたら、この子は手のかからない子だと高評価を頂いているのかもしれない!
任せてくださいよ奥さん。
俺は夜中に泣いたり、食わず嫌いをするような子供にはなりませんから。子供なのに大人の風格を漂わせてみせますから。
前世の俺が食べれなかったものなんて、梅干しくらいだ。
あれ嫌いな食べ物めちゃめちゃ子供っぽくね?
まぁいい。
苦手はこれから克服していけばいいのだ。異世界に梅干しみたいな食べ物があるかはわからんが。
と、そのとき。
コンコンっ
「入ってもよろしいでしょうか、母上」
ノック音とともに、少年の声が聞こえてきた。
声変わりはしていないが、どこか落ち着きのあるトーンである。母親が「えぇ、入ってきてちょうだい」と言うと、部屋の扉が開かれ、
そこから入ってきた人物を見た瞬間――俺の目は、文字通り釘付けになった。
あれ? 王子様?
いやこれ、容姿が完全に白馬の王子様なんだけど。わかりやすく言えばとんでもないイケメンである。プラチナブロンドの髪がよく似合っていて、少女漫画なら、背景にバラ百本はくだらないだろう。
しかし、しかしそれだけではない!
この少年が部屋に入った瞬間から、とてつもないオーラに気圧されてるみたいな感覚に襲われているのだ。なんだこれ、あの子から溢れ出るカリスマだったりする? それとも……ちょっ、近づいてくるな! 距離が縮まった分さらに圧がきてるから!
「いらっしゃいレイド。アストラのことを見に来てくれたのね」
「はい、訓練の途中でしたが……可愛い妹の姿が、頭から離れなくて。居ても立っても居られなくなり」
「ふふっ、分かるわよぉその気持ち。ずっと見てても飽きないくらい、本当に可愛いもの」
「えぇ、本当に……僕に妹ができたなんて、いまだに信じきれません。嬉しいな」
少年――レイドは優しく微笑み、母親と同じように頭を撫でてきた。どうやら、レイドは俺の兄貴みたいだ。
てか、頭皮がすごくピリピリしてんだけど? 電気マッサージみたいになってるから。あ、マッサージと考えれば意外と悪くないかもしれないな。
とにかく、この子が嬉しそうにしてくれているし、まぁいいか。うん、完全に少年の美貌にあてられているな。
でもやっぱりこのオーラ……コイツ、絶対に只者じゃないに違いない。俺の頭皮をピリピリさせているこの正体。それはおそらく、レイド兄様が持つ『圧倒的な魔力の気配』そのものなのだ。
**************
あれから半年の月日が流れた。
急に時間が進んだけど、まぁこの半年間特にやることも変わらなかったしな。
そう、『魔力操作・制御』の訓練である。半年も経てば身体は大きく成長し、自力でその場に座れるくらいにはなった。とは言ってもやはりできることは限られまくるので、ほとんどの時間は魔力操作の訓練に費やしたようなものである。
そのおかげもあって、魔力は前よりもスムーズに動かせるようになった。全身を一周させるのにかかる時間が、一分から十秒まで縮んだ。 最初は泥水を無理やり押し流してるみたいだったけど、今はサラサラの清流が血管の隅々まで行き渡るような感覚だ。
すごいことなのかはわからないけど……完全に自己満である。
半年の間で、俺はいくつかの情報を獲得した。まずは名前について。
あの女神様のような女性は、エレノアというらしい。やはり母親であった。エレノアも、兄貴であるレイドも笑顔が絶えない、明るく優しい人たちだ。
ただ、やはり兄貴のほうが色々とおかしい。 アイツの周りだけ空気が揺れるような錯覚を覚えるのだ。それに加えて身体から溢れ出る魔力の奔流。俺からしたらあれは規格外ってものだ。でもこの家の人間は、これが当たり前であるかのように過ごしている。
それが『宮廷魔導士の家系』と言われるゆえんなのだろう、と勝手に納得した。
魔法大国『アルヴェルギア』にいる、宮廷魔導士の家系であるシレンティウム家。
俺がいる場所は『アルヴェルギア』と言う名前の国らしい。
魔法大国を名乗っているだけあって、魔法に精通した場所なんだそう。そんな国にある家がここ、シレンティウム家だ。代々宮廷へ仕える魔法使いを出してきた名門中の名門。そんな場所に転生してしまったのがオレ!
これなんてドッキリ?
ドッキリにしては規模がデカイなんてレベルじゃないなこれは。貴族の家に生まれ変わるなんて話は沢山あるけど、まさか自分が体験するとは思わんじゃん?見えるもの全てが色々豪華すぎて、目がチカチカしてくるんだよな、我が家。あと廊下が長い。異様に長い。部屋を行き来するのにも一苦労する。
俺は移動時には抱えられてるから、別に疲れたりしないんだけどさ。
シレンティウム家の狭い場所って言ったらどこだ? 多分せいぜいトイレの個室の中くらいだろう。これだけデカイ家だと、必然的に使用人さんも雇うことになる。彼らの年齢層は幅広い! 最年長で七十代、若い人ではまだ十代の人もいるのだ。十代で名門家の使用人ってすごくない? どれだけ優秀なのだろう。
あー、窓から見える空が綺麗だ。雲ひとつない晴天である。誇張とかではなくマジで。
俺は今何をしているかと言うと、母親に抱えられながら、シレンティウム家の廊下を歩いていた。通りかかる使用人たちが次々に挨拶をしてくれる。彼らの会釈にエレノアは聖母と遜色ない笑顔で応えていく。その微笑みを間近で見る俺。
これが役得ってやつか。なかなかに素晴らしい。
「いい天気。今日は絶好の魔法日和ね〜。お兄ちゃんの訓練も捗るわ。ね、アストラ」
あ、そうっすね〜。こんな日には火球の一発放ちたいものですねぇ。
なんだ魔法日和って。聞いた事のない表現を使うのやめてくれない? 洗濯日和みたいなテンションで言うんじゃないよ。
という言葉は喉の奥に閉まっておく。まだ生後半年だし。流暢に喋り始めたら流石に怖いからな。いい頃合になるまでは赤子を演じておくことにしよう。
そういえば、兄貴のレイドは今魔法の訓練を行っているらしい。
エレノアは兄貴の訓練の様子を、俺に見せたがっているようだ。つまり俺は今、訓練場に連れてかれているのである。みんな貴族家の魔法訓練って聞くと、どんなものを想像する? だいたい中庭的な場所で、的当てゲームみたいに魔法を放つのを思い浮かべるんじゃないんだろうか。俺もそれを想像してた。
してたんだけど。
「中庭のおじいさん、今日もお疲れ様です〜。おかげで今日も、綺麗な庭園が見られました」
「おぉ、エレノア様にアストラ様! いえいえ、私にできることなんて、これだけですから」
中庭担当のおじいさんに挨拶をして、そのまま通り過ぎて行った。
あれ、ここで訓練するんじゃないの? 的のひとつもない。色とりどりの花が咲き誇っているだけだ。うん、よく考えたら中庭で訓練ってまぁまぁ危ないよな。シレンティウム家は安全を考慮して、別の方法を取っているのかもしれない。
流石名門、ただ魔法をバンバン撃つだけじゃないんだ。
しばらく歩いていると、やがて階段に到着。
両壁にランプのついた道が、ずっと下へと続いている。これ地下に行くパターンか? 訓練場、シレンティウム家の真下にあるのかもしれん。
カツカツと音を立てながら、長い階段を下っていく。
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
下る
到着!
うん、かなり長かった。俺史上最長記録更新の瞬間である。ちなみに今までの一位は、地下鉄駅から地上へ出るまでの階段だ。
なんて言ってる場合じゃない。階段を下りきった瞬間に、ズンッと空気一帯が重くなったような気がする。まずいな、これは的当てゲームなんていう優しいものじゃない気がしてきたぞ。
レイド兄様といえば、肌を突き刺すような魔力の持ち主で有名である。そんな男の魔法訓練……見なくてもわかる、やばいやつやん!
奥の方に開けた空間が見えるのだが、人影が見えた。人数は一人……いや二人? とりあえず、訓練場はあの空間のことを指しているのは間違いなさそう――
――ドガァァァァァァンッッッ
うわぁっ!?? 何だ今の音と半端ない振動!
あと数歩で広い空間に出るというところで、凄まじい《《破壊音》》が鳴り響いた遅れて風が発生し、エレノアと俺の髪を激しく揺らす!
訂正、俺はまだ揺れるほど髪の毛が生えてなかった。
これはいいとして。
てか、ちょっとちょっと。エレノアさん?
なんで何事もなかったかのように平然と歩いていられるんです? 彼女は一切の迷いなく、広間へと歩み続けているのだ。
恐ろしや母上。流石名門家の奥様と言ったところか。
エレノアに抱えられたまま、俺はなす術もなく広間へと連れて行かれた。
めちゃめちゃ広い。東京ドーム一個分は確実にあるな。壁には幾何学模様が描かれており、淡く光を帯びている。なんだあれ、結界的なものか? こんなデカい結界を張らなきゃいけないほど、この家系の魔法訓練はヤバいってことか。我が家ながら恐ろしい……。
そんなだだっ広い空間で、破壊の限りを尽くしている人物が一人。
「はぁぁぁっ!」
ドゴォォッッッ!!!
少年――レイドは、魔鋼人形の腹部目掛けて正拳突きをお見舞いしていた。
それだけだ。たったの一撃でゴーレムの腹に穴が空き、そのまま吹き飛んでいったのだ。
どゆこと?
自分で言ってて訳わからなくなったぞ。
俺は魔法の訓練を見に来たはずなのに、体術訓練? とにかく、レイドは明らかに屈強なゴーレムをワンパンしたのである。
いや待て、よく見ろ俺の目!
兄貴の拳、アホみたいな量の魔力が『これでもか!』ってくらい無造作に纏われているぞ。青白い光がバチバチと放電みたいに散っていて、もはや拳の形が見えないくらいだ。
つまりアレだ。繊細な魔法を撃つんじゃなくて、莫大な魔力を拳にギュッと押し込めて(なおダダ漏れ)、ただ殴る。
燃費最悪、 ゴリ押しここに極まれり!
それ魔法の訓練って言わないから! 魔力を使っただけの物理破壊だから!!
「ふぅ……あ、母上にアストラも! 来てくださったんですね」
レイドは俺達の存在に気が付き、トコトコと歩いてきた。
「えぇ。アストラに一度、お兄ちゃんの訓練の様子を見せたくて。今日も貴方の魔力は健在ね、レイド」
「はい! ご覧の通り、ゴーレムも難なく破壊できます! ……ですが」
先程まで誇らしげだったレイドの顔が、少しだけ曇った。
正拳突きを放った拳を見つめている。
コイツ、どんな表情してもイケメンだな。
「やはり僕はまだ、魔力の扱いが未熟で。攻撃時の破壊力は、すべて魔力量に依存してしまっています。だから余計な消費が多いというか……全然ダメで」
どうやら本人も、自分の戦法がゴリ押しであると自覚していたようだ。
しかし魔力量に依存、か。天才なりの悩み事って感じだなぁ。単純に魔力制御が苦手なのか、そもそも魔力が多すぎて制御どころじゃないのか。
よく分からないけど、兄様はどうにかしたいと思っているらしい。
「なら、それはそれでいいじゃない」
自嘲の笑みを浮かべるレイドに、エレノアが口を開いた。
「そ、それでいいって、どういう」
「あなたはもしかしたら、自分には技術が足りないって思ってるのかもしれない。けれど、その《《莫大な魔力》》を秘めておきながら、難なく生活できているのも立派な技術なのよ。普通人がそれだけの魔力を保持したら、体が耐えきれなくなるものなの。ひどい人だと、本当に亡くなってしまう人もいるくらい」
「あ……」
「レイド。あなたは赤ん坊の頃から、魔力量がすごかったのよ。でもビックリ、健康面でもなんの問題もなし。それどころか成長するにつれて、魔力が増えていった。魔力に飲み込まれずに、ちゃんと自分の武器にできている証拠。でしょ? だからいいじゃない。魔力を限りなくぶつける……レイドらしくて、お母さんは好きだよ」
エレノアの言葉は家族愛に満ち溢れていた。
規格外の魔力を持つレイド兄様。彼はただの脳筋チートキャラではなく、コンプレックスと向上心のある少年だった。そんなレイド兄様を、エレノアは優しく肯定した。
なるほど、俺はどうやらひどい勘違いをしていたようだ。
たしかにこの家の人達は優しい。
でも根っこの部分は《《宮廷魔導士の名門家》》なのだから、どこか「力だけを求める冷たい貴族」の要素もあるのではないかと思っていたのだ。
でも違った。
「家族愛に溢れた温かい家」だったのだ。
最初は「名門家に生まれ変わるなんて!」と恐怖していたものだが、その心配もする必要はなさそうだな。
この人たちとなら、きっと上手くやれるだろう。
「……そう、言っていただけるとは。ありがとうございます、母上! 母上のおかげで、心のモヤが晴れたきがします」
レイドは晴れやかな顔でエレノアを見つめた。
そして後ろを向き、指をパチン! と鳴らした。急にどうしたんだ? 決めポーズ?
とか思っていると、破壊されたゴーレムが再生し始めた。
壁の模様の光も増しているため、おそらくこの広間に施された力的なあれなのだろう。ごめん、まだよくわかってない。
見渡せば、周囲にも何体かのゴーレムが転がっていて、それらもすべて復活した。
「見ていてください、母上。そしてアストラ!」
レイドが両手を広げると同時に、急激に周囲の温度が上昇した。
見ればレイドの両手のひらに、巨大な火の玉が生成されつつある。段々とサイズが大きくなり――最終的には、レイドの身長の二倍はある火球が誕生していた!
え、うそだろ? まてまて! それを放つつもりなのか!?
「これが今日一番の一撃!」
火球がゴーレム目掛け、寸分の狂いもなく放たれる。
炎が空気を斬る音が鳴り、空間が歪むような錯覚を覚える。
やがて二つの巨大な赤い拳は、ゴーレムに直撃し――
ドゴォォォォォォッッッッッッ!!!
鼓膜を揺らす轟音。
ゴーレムたちは文字通り《《破壊され粉砕した》》。
この日、天才少年レイドの戦術が、エレノアの言葉により確立したのだった。結局脳筋戦法になってるし!




