19話『やっとこさ贈り物選び』
王都の大通りに面した、人気の雑貨店『妖精の隠れ家』。
店内は色とりどりの小物やアクセサリーで溢れかえっていた。女子なら目を輝かせる光景だ。そして俺の予想通り、魔法使いの杖を模したペンや、火球のような形のランプなど、魔法関連の道具も並んでいた。いいなあ、発想がなかなかオシャンティーである。部屋にどれか飾りたい。
メイドのエマは「レイド様にはどれが……!?」と鼻息荒く商品を物色し、護衛のラックも周囲の警戒をしながらも、店内を眺めていた。
そして、
「あ、アストラ…本当にボクがこんな場所にいて、大丈夫なんだよね……っ」
不安げに俺の袖を掴む――ぶかぶかローブを被った美少年、リヴィアも一緒だ。
フードの奥から覗く金色の瞳が、周囲の客の目を気にしておどおどと揺れている。
先ほどの路地裏で「獣人」という理由だけで酷い目に遭っていたのだから、こんな貴族や金持ちが集まる場所に入るのが怖いのは当然だろう。
「大丈夫だよ、リヴィア。フードを被っていれば誰にもわからないし、ラックさんも僕もいるからね」
「……うんっ」
俺が優しくポンと頭(フード越し)を撫でてやると同時に、フードの中で「きゅぅ……」と、子猫が甘えるような可愛らしい吐息が漏れた気がした。
リヴィアはさらに強く、まるで命綱を掴むように俺の袖を握りしめてくる。ぶかぶかの袖口から覗く白くて細い指先が、かすかに震えていた。
うん、可愛い。やっぱりこの子、将来絶対モテる男になるな。今はとにかく目一杯甘やかしてやろう。
「さてと。それじゃあ私たちも、壊されちゃったお人形の代わりになるような、とびきりいいものを探そうか!」
「……ボクに、買ってくれるの……?」
「もちろん。遠慮しないで、好きなものを選んでいいよ」
俺がそう言うと、リヴィアのフードの中で、隠れた猫耳が「ぴこんっ!」と跳ねるのが見えた。今の反応は多分、喜んでくれている…ってことでいいんだよな。耳や尻尾に感情が現れるから、わかりやすい。
少年は頬を真っ赤に染めながら、店内のキラキラした商品棚へと恐る恐る目を向けるのだった。俺はてっきりその奥にある人形コーナーへと向かうものだと思っていたから、少し驚く。
何を選ぶかはリヴィアの自由だし、いちいち口に出したりはしないけどな。
しばらく少年は棚を眺めていた。そこにおいてあったのは、綺麗な宝石が埋め込まれたアクセサリーである。その他にも、単純に明かりとして使うランプも置いてあったりと、色んな種類の商品が並んでいる。
そして、リヴィアは一つの商品を手に取った。
「……これ、綺麗」
リヴィアが選んだのは、手のひらの上で太陽のように赤くきらめく、美しい宝石のついた『髪飾り』だった。
(髪飾り? 男の子が髪飾り、か)
と思ったのと同時に、その疑問を俺は彼方へと吹き飛ばす。こういうのに性別は関係ないっ。自分の好きなものを選ぶのに、いちいちそんなことを気にする必要なんてないのだ。
「うん、すごく綺麗だね。ちょっとこっち向いて」
「えっ……あ、うん」
俺はリヴィアから赤い髪飾りを受け取ると、彼の被っているフードの中にそっと手を入れた。
そして、ふんわりとした獣耳の邪魔にならないよう、耳の横の柔らかな髪に、その赤い飾りをパチンと留めてやる。
「おっ、やっぱり似合う! リヴィアがそれを選んだときから、似合いそうだなって思ってたんだよ。私の目に狂いはなかったなあ、うんうん」
「っ……! あ、アストラが似合うって……言ってくれるなら……」
消え入るような声で呟き、リヴィアは顔から火が出そうなくらい真っ赤になって、その赤い髪飾りを、まるで世界で一番の宝物に触れるように、指先で形をなぞった。フードの下で、猫耳が恥ずかしそうにパタパタと小刻みに揺れているのが見える。
男の子のくせに、髪飾りの似合う照れ屋なイケメンか。本当に、将来が恐ろしいやつである
「んじゃ、それを買いに行こっか。っとその前に、エマの方はどうだろうなー……って」
ドジ娘の行方を調査すべく、店内を見渡す。しかし先に認知したのは彼女の姿ではなく、どこまでも必死な声である。
「少し良いですか店員さんっ! 実はあるお方への贈り物を探しているのですが、プラチナブロンドの髪に、見るものすべてを虜にするお顔の持ち主への贈り物として相応しいものをどれか一つオススメしていただけませんか! いえっ、一つと言わず何個でも大丈夫ですがっ!」
「え、ええっと……お客様、落ち着いて………!」
「流石エマ、レイド愛が凄まじい」
どん引きしている店員さんを横目に、どうやら俺たちの『本来の目的』である贈り物探しも、順調(?)に進んでいるようである。リヴィアに髪飾りを買ってやったら、エマの方に行くか。
それと、リヴィアをこのあとどうするかも考えないとな。
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「アストラ様! こっちに来てくださーいっ」
「はーい今行きまーす」
あの後リヴィアに髪飾りを買い、エマのもとへと向かった。リヴィアへの贈り物は、俺のお小遣いからの出費である。
「八歳のお小遣いなんてたかが知れてるよ、大丈夫なの?」とか思うかもしれないが、貴族家のレベルを舐めないほうがいい。わかりやすく例えるなら、毎月それなりの額のお年玉をもらっているような感覚である。
髪飾り一つの出費くらい、大したこともないのだよ。ふっふっふ……と、嫌な金持ちキャラみたいになってしまったが、今はレイドへの贈り物についてである。
「私、ついに見つけてしまったかもしれません。あのレイド様に相応しい、頭を撫でられるに値する贈り物を!」
「ほう。あの大のレイドファンで有名なエマがそこまで言うなら、相当自信がありそうですね?」
「大アリです! 私の中ではほぼこれで確定しているくらい……って、おぉ! リヴィアさん、随分と綺麗な髪飾りですね! とてもお似合いですよ」
「……っ、ありがとう、ございます……!」
エマに褒められ、リヴィアはさらに顔を赤くしてフードを深く被り直した。本当に可愛いな。
さて、それはそれとして。
「で、エマの自信作ってどれです?」
「ふふんっ! これです! 店長さんの太鼓判付きですよ!」
エマがドヤ顔で掲げたのは――異常なほどキラキラと装飾された、派手すぎる『銀のブローチ』だった。
「これは『魅了の輝石』と言いまして、持ち主の魔力に反応して美しく輝くそうです! ただでさえ輝かしいレイド様がこれを着ければ、宮廷中の視線を独り占めすること間違いなしです!」
(いや、兄様が着けたら魔力が強すぎて目潰しの閃光弾になるだろそれ……! 宮廷でテロリスト扱いされるわ!)
俺は慌ててエマの手からブローチを回収した。
「エ、エマ。兄様はすでにファンクラブがあってもおかしくないくらい目立ってるんだから、これ以上目立たせたら宮廷の仕事に支障が出るかもしれないよ。ここはもっと、実用的なものにしよう。例えば……これとか」
俺が指差したのは、これ何色っていうんだ? 黒銀? とにかく黒銀色の『魔力抑制の腕輪』だった。
「ええーっ!? そんな地味なもの、レイド様の美しさが台無しですぅ! あのお方にはもっとド派手な……!」
「む、失礼な。なら、エマがこれに綺麗に刺繍を入れたリボンを結んであげればいいじゃない。それならエマの気持ちも伝わるし、実用的でしょ?」
「っ!! アストラ様、天才ですか!? 採用です!!」
心変わり早っ。なんてちょろ……素直な子なんだろう。
「……アストラ、すごい。大人みたい……」
ポンコツメイドを一瞬で手懐ける俺の姿を見て、横にいるリヴィアがなぜか尊敬の眼差し(キラキラした瞳)を向けてくる。
いや、大したことはしてないんだけどね。単に、あの兄様が宮廷で魔力暴走事故を起こして、シレンティウム家に連帯責任が来る(俺の平和が脅かされる)のを防ぐための、純粋な自己防衛なのだから。
「では、アストラ様提案の腕輪を購入してきます! あ、でももしかしたら他にもなにか買っちゃうかもしれませーんっ!」
そう言い残し、トタトタとカウンターの方へと向かっていった。結局レイドへの贈り物、腕輪以外にももう二つくらい増えそうな気がするな……まあいいか。
ひとまずこれで買い物も終了だな。王都での用事は済んだか。じゃああとは……。
俺が視線を落とすと、ローブをすっぽりと被ったリヴィアが、俺の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
「アストラ様」
不意に、少し硬い声が横からかかった。
見れば、周囲の警戒を解かないままのラックが、真剣な眼差しでこちらを見下ろしている。
「少しよろしいでしょうか。……その子についてなのですが」
「はい。ちょうど私も、ラックさんに相談がありました」
ラックの言いたいことはわかる。
このまま獣人の子供を、シレンティウム家の屋敷に連れ帰るわけにはいかない。それは彼にとっても、我が家にとってもリスクが高すぎる。
俺は、彼が安全に、そして腹を空かせることなく生きていける場所を探さなければならなかった。
どこか、そうだな……『保護施設』のような場所があればいいんだけど。
レイドへの贈り物選びは無事に達成された。本来ならあとはもう帰るだけなのだが、俺達にはまだやるべきことがある。
俺がどうしたものかと思案していると、隣りにいたラックが声を潜めて口を開いた。
「私に心当たりがあります。王都の郊外に、教会の者が運営している孤児院が。そこならば、種族を問わず、子供たちを安全に育ててくれるはずです」
なんだと。
俺の理想通りの場所が王都には存在しているらしい。願ってもない話だ。種族を問わないというのが本当なら、これほどリヴィアにとって安全な場所は他にないはずだ。
「本当? よかった。じゃあ、そこにリヴィアをお願いできますか?」
「はっ! 騎士の誓いに懸けて、この子が安全に暮らせるよう必ず手配いたします」
ラックの頼もしい言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。これで一安心だな。
残っていた問題が、思ったよりも早く解決したぞ。
「よかったね、リヴィア。今日からは、もうあんな裏路地で怖い思いをしなくてすむ――」
俺が笑顔で振り返った、その時だった。
「……やだ」
「え?」
俺の服の裾を握るリヴィアの力が、ぎゅっと強くなった。
フードの奥、金の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「アストラと、はなれるの……やだっ……! ボクも、一緒に行きたい……っ!」
それは、今日出会ったばかりとは思えないほどの、切実で、魂からの叫びだった。
……そうか。この子は、たった一人で世界から虐げられてきたんだ。そんな時に手を差し伸べた人間に、強く依存してしまうのも無理はない。俺がリヴィアの立場だったとしても、きっと同じようにすがっていただろうな。
「リヴィア……」
「このままずっと、アストラと一緒にいたい……。ボクを、離さないで……っ!」
こんな頼み方をされたら、断るのは酷な話だ。それでも――
「ごめん、リヴィア。君を連れて行くことはできないんだ。そうしたいのはやまやまなんだけど……」
「……っ」
俺がうちの屋敷に連れ帰れば、彼女を『二大災害』や貴族社会のしがらみに巻き込むことになる。
何より、今の俺には彼女を正式に庇護するだけの権力も実力もない。
「だからさ、リヴィア。私とここで、一個約束をしよう」
俺はしゃがみ込み、俺の裾を握りしめているリヴィアの小さな手を、両手で優しく包み込んだ。
わずかに震える息遣いが伝わるほどの距離。それでも互いに、目を逸らさなかった。
「約束……?」
「そう。今日はこれでお別れだけど、ずっと会えなくなるわけじゃない。ほんの少しの時間だけ、お互い別の場所で頑張るってだけだよ」
俺は、彼の頭の赤い髪飾りにそっと触れた。
「君が孤児院でたくさん食べて、たくさん笑って、元気に暮らしてくれていたら。……私たち、また必ずどこかで会える。必ず、また会うって約束するからさ」
俺の言葉に、リヴィアは大きく目を見開いた。
彼の目から溢れていた涙が止まる。その代わりに、彼女の金色の瞳の奥に、さっきまでの『怯えた迷子』とは違う、確かな『熱』が灯るのが見えた。
「……必ず、会える?」
「うん。絶対の約束! もし破ったら、私がハリセンボン飲むよっ、なんて」
リヴィアは首を傾けていたが、やがてゆっくりと、だが力強く頷いた。
「……わかった。ボク、頑張る。アストラに教えてもらった場所にいって、たくさん強くなる」
「よしっ、その意気だよ、リヴィア」
「そして、次は絶対に……アストラにふさわしい、立派な姿になって……ボクの方から、必ずアストラを見つけ出すから……っ!」
それは、ただの子供の強がりには聞こえなかった。
俺の胸の奥にまで響くような、強い、強い誓いの言葉。
「あはは、楽しみにしてるよ。それじゃ、指切りしようか」
俺が小指を差し出すと、リヴィアは少し不思議そうな顔をしたあと、俺の真似をして小さな小指を絡めてきた。
こうして、王都の小さな雑貨屋の片隅で。
俺と『少年』との、遠い未来へと繋がる約束は交わされたのだった。




