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18話『浮世離れの獣人子』

「……へ?」

 

 裏路地に、ラックさんの間抜けな声が響いた。

 無理もない。彼が剣を引き抜いて「私が防ぎます!」と叫んだ直後、目の前の大男二人が、突然白目を剥いてバタッと倒れたのだから。


「エ、エマ殿……。今、彼らに何が……?」


「わ、私にもわかりません……。天罰……でしょうか?」

 

 混乱の極みに達している大人二人を横目に、俺はローブの袖の中で、密かに右手の人差し指を下ろした。


(……ふう、なんとか上手くいったな)


 俺が使ったのは、風魔法の極小・超圧縮弾(無詠唱!)

 一人目の右膝の裏の腱と、喉の急所(声を封じるため)。二人目の後頭部(脳震盪狙い)。

 それぞれに向かって、音も光も出ないよう極限まで魔力を抑え込み、同時に撃ち抜いたのだ。

 

 あの『歩く最終兵器』や『魔法変態教師』の猛攻を回避しながらミリ単位の防御魔法を張る訓練に比べれば、止まっている的を無音で撃ち抜くなんて、息をするより簡単だった。

 そう、これなんと無詠唱での発動が可能なのである! どういう原理化は分からないが、とにかく兄様と先生の訓練に付き合っていた結果解放された潜在能力ということにしておこう。


(とりあえず、気絶させるだけの最小出力で済んでよかった。完璧なステルス人助けだ)


 俺は心の中でガッツポーズをしながら、八歳児らしく「こわいねぇ」という顔を貼り付けておいた。


「エ、エマ殿。とりあえずこいつらは私が警備隊に引き渡します。彼らは完全に気を失っているようですが、念のため離れて――」


「あっ! あなた、大丈夫ですか!?」


 ラックが警戒を解かない中、エマはいち早く、うずくまっている獣人の子供のもとへと駆け寄った。

 彼女はためらいもなく、汚れた服を着た獣人の子と同じ目線にしゃがみ込み、ハンカチを取り出して差し出す。


「怪我はしていませんか? もう大丈夫ですよ。悪い人たちは、なぜか勝手に倒れてしまいましたから」

 

 エマの優しい声に、獣人の子供はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。泥と涙で汚れた顔。頭から生えた犬のような三角耳が、ぺたんと伏せられている。

 可愛い。じゃなくて、可哀想だ。


 だが、その鋭い金色の瞳は――優しく微笑みかけるエマでも、剣を構えるラックでもなく。

 ただ真っ直ぐに、彼らの後ろで「こわいねぇ」と幼児のフリをしている『俺』を、射抜くように見つめていた。


「怪我は……大丈夫、です。ありがとうございます……っ」


「良かったです……! ふふっ、あのチンピラ共が倒れたのはきっと、私の『悪いヤツは許せない!』という思いが神様に届き、天罰をくらわせてくれたのでしょう。えぇ、きっとそうです!」


 俺だよっ。わざわざ訂正するつもりはないけど。

 ラックが道具で――おそらく通信機のようなもの――連絡を取っているのを後ろに、俺もエマと獣人の少年のもとへと近づいていった。


「ねぇ君、もしかして迷子?」


 俺が子供らしい声を作って話しかけた、その瞬間。

 ビクッ、と。

 少年の体が、先ほどのチンピラに向けられたものとは違う、本能的な『畏縮』で跳ねた。

 頭の三角耳が警戒するようにピクリと動き、俺の一挙手一投足から目を離さない。エマには見せていなかった怯えの反応だ。


「……っ」


 少年は何かを言いかけ、しかし喉を詰まらせたように口を噤んだ。

 俺は少し困って首を傾げる。威圧したつもりは一切ないのだが、獣人特有の勘みたいなもので、俺の魔力に当てられてしまったのだろうか。


「アストラ様、この子は多分、王都の地理に明るくないのだと思います。お召し物も汚れてしまっていますし、このままにしておくのは忍びないです……」

 

 エマが少年の肩を優しく抱き寄せながら、俺を見上げてくる。

 その瞳は完全に「なんとかしてあげたいです!」と訴えていた。うん、うちのメイドは本当に人が良すぎる。


「そうだね。ラックさんの連絡が終わったら、少し話を聞いてみようか」

 

 俺がそう微笑むと、獣人の少年はハッとしたように目を伏せ、俺に向かって深々と、まるで主君に対するような最敬礼のようにお辞儀をしたのだった。





 ===================





 俺達のいる薄暗い裏道は、集合した人によって少し狭くなっていた。騎士のラックが連絡を取った、王都の警備兵たちが到着したのである。

 地面に突っ伏していたチンピラ二名が連れられていく景色を、俺は獣人少年の隣にしゃがみながら見つめていた。


「そうだ。君、名前は?」


「……リヴィア」


「リヴィアか。良い名前だね」


 俺が微笑むと、獣人少年――の頭の上の三角耳が、ピクリと嬉しそうに動いた。

 尻尾も少しだけ揺れている。可愛い。獣人って実際に見るとかなり可愛いな。口には出したりしないが、庇護欲を刺激するには十分な威力を持っている。こんな種族を差別するなんて、ひどい奴らがいたもんだ! 一人一人説教をして回ってやらんとならんな。


「……ねぇ」


「ん、どうしたのリヴィア?」


「その……お姉ちゃんは、名前なんていうの……?」


 ……たしかに、名乗らせといて自分の自己紹介がまだだったか。でも、ここは素直に名乗っても大丈夫なのだろうか。

 獣人は、このアルヴェルギアに限り、差別の対象だ。身分上、名を名乗ることは、シレンティウムの家名に傷をつけかねない。それ以外にも、様々なリスクが考えられる。……よし、決めた。


「……誰にも言わないって、約束してくれる? 私の名前を知っていることがバレたら、リヴィアに迷惑がかかっちゃうかもしれないから」


「え。う、うん……するっ」


 リヴィアは戸惑いながらも、健気に頷いた。

 俺は、エマがラックと何かを話している姿を確かめ、そしてそっと、リヴィアの耳元へと顔を近づける。


「……私の名前は、アストラ。家名は言えない、ごめんね」


「――っ!」


 そう言い、俺が顔を離すと……リヴィアの、真っ赤になった顔が視界に映り込んできた。

 リヴィアは信じられないものを見るように俺の顔をまじまじと見つめている。泥に汚れてはいるが、元はハーフエルフかと思わせるほどの整った、中性的な顔立ちの少年だ。ハスキーな声も相まって、将来は間違いなく女性を泣かせる色男に育つだろう。レイドといい勝負をすることになるかもしれないな。

 そんな『美少年』リヴィアだったのだが――顔を両手で覆い、うつむいてしまった。


(ん?  なんでそんなに顔を赤くしたんだ?  まさか熱でもあるのか?)


 俺が不思議に思っていると、横からエマが身を乗り出してきた。


「アストラ様! ラックさんの事後処理が終わったみたいですよ。この後はどういたしましょうか? リヴィア君のご両親を探しに行きますか?」


「そうだね。リヴィア、お父さんやお母さんはどこにいるかわかる?」

 

 俺が優しく尋ねると、顔を真っ赤にしたままのリヴィアは、小さく首を横に振った。

 それと同時に、さっきまで嬉しそうに揺れていた三角耳が力なくペタンと伏せられ、尻尾も寂しそうに地面へと垂れ下がった。

 やっぱり、迷子というか、身寄りがないのだろうか。一人でこんな裏路地にいた時点で、薄々そんな予感はしていたけれど。


 ふと視線をずらすと、地面に転がった木造りの人形が目に映った。チンピラに踏みにじられた、リヴィアが持っていたであろうものだ。

 リヴィアもまた、その無惨な姿になってしまった人形を見つめていた。どこまでも悲しげな瞳で。

 どうにかしてやれないだろうか。あいにく俺には物を復元させる類の魔法は使えない。


 だったら――新しく、もっと良いものを買ってやればいい。


「ねえ、リヴィア。これから私たち、王都の雑貨屋さんにお買い物に行くんだ。君も、一緒に行かない?」


 そう尋ねると、リヴィアは予想通り驚いたように顔を上げた。潤んでいた目が大きく見開かれる。

 俺の言葉に反応したのは、リヴィアの他にも二名。


「えっ。あ、アストラ様! 獣人を街へと連れて行くおつもりですか!? それはその、なんといいますか……」


 ラックである。

 彼の言わんとしていることはわかる。貴族の家が、差別の対象である獣人を連れて行くなど、この世界ではありえない話だ。ラックはシレンティウム家の名に泥がつくことや、リヴィアが街でさらし者にされるのを心配してくれているのだろう。

 ラックが常識的な反応をする一方、


「あ、それいいですねぇアストラ様! お買い物は人が多ければ多いほど、きっと楽しくなりますから!」


 ドジ娘エマは、偏見のカケラもない前向きなリアクションをした。

 家名云々は頭に入っていないらしい、が。


「ラックさんの言うこともわかるよ。だから――」


 俺は自分の肩にかかっていた、母親お手製の特級品のローブのボタンを外した。

 そして、リヴィアの頭の上から、そのローブをすっぽりと被せる。


「わっ……!?」


 八歳の俺サイズとはいえ、上等な生地で作られたフード付きローブは、俺より一回り小さなリヴィアにはかなり『ぶかぶか』だった。

 

「フードを深く被れば、耳も尻尾も隠れるから大丈夫。これなら誰も獣人だって気づかないし、お買い物にも行けるよ」

 

 俺はリヴィアのフードを優しく整えてやった。よし、これで完璧なカモフラージュだ。ちょっと「てるてる坊主」みたいで可愛いし。

 完璧な対策に自画自賛する俺だったが……。

 ローブにすっぽりと包まれたリヴィアは、なぜか顔を耳の先(フードで隠れているが)まで真っ赤にして、コクコクと激しく首を縦に振ることしかできなくなっていた。



(やっぱり、熱があるのかな……?)



 鈍感というのは酷なものである。

 彼女の匂いが染みついた特級ローブに包まれ、限界寸前までキャパオーバーを起こしている獣人の内心に、彼女はやはり気づけないのだった。





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