16話『ドジ娘の冒険により』
魔法大国『アルヴェルギア』。この国の中心に位置する王都――名を『マギストリア』という。
ガタゴトと、馬車が石畳を揺らす。豪華な馬車の中、俺は深々とローブについたフードを被り、窓の外を凝視していた。
俺達は今、マギストリアのメインストリートを通っているのだが、驚くほど綺麗に整備されている。石畳は平らに舗装され、道の両脇には淡く光る『魔石』を埋め込んだ街灯が等間隔で並んでいる。
行き交う人々も小綺麗で、どこからか魔法を使った大道芸のような光の粒まで飛んできたりして、活気に満ち溢れていた。
実は、俺が王都に来たのは今日が初めてである。
これまでは外出の機会があっても、屋敷からすぐの安全な場所にしか行くことはなかった(というか、あの二大災害のせいで地下演習場に引きこもっていた)。だから、今俺はかなり感動しているのだ。異世界初王都!
今日は俺の中で、すごく記念すべき平和な一日になりそうだな。
「うわぁ~! 見てくださいアストラ様ぁ! お店がいっぱい出てますよぉ!」
エマは馬車の窓に張り付き、流れていく屋台を見つめていた。
町のお祭りに来た子供のように、目をキラキラとさせている。彼女は家を出てから現在まで、ずっと楽しそうである。
「エマ殿、そんなに身を乗り出したら危ないですよ。アストラ様、乗り心地は悪くありませんか? この馬車には、揺れを軽減する風魔法の術式が組み込まれておりますが」
「大丈夫だよ、ラックさん。すごく快適。ありがとう」
真面目すぎる護衛のラックさんが、声をかけてくれる。
平和だ。平和すぎる。魔力の暴発に怯えることもなく、背後から火球が飛んでくることもない。外の世界って、こんなに素晴らしい場所だったんだな。
普段の生活とのギャップで風邪をひきそうだ。
「アストラ様! 実は私、気になるお店をもう見つけているんです! 雑貨屋さんみたいな場所なんですが、『妖精の隠れ家』って名前で。もう名前が可愛くて行ってみたくてですね!」
「流石エマ、兄様への贈り物のために事前サーチも抜かりないね。雑貨屋さんなら沢山商品もありそうだし、いいかも」
「そのお店なら、私も聞いたことがあります。マギストリア限定の品が多く揃えられているとか」
限定品という言葉を聞いた瞬間、エマの瞳の輝きがより一層強くなった。「やはり私の選択に間違いはありませんでした…!」とどこか誇らしげである。
異世界の雑貨屋って何が揃ってるんだろうな。アルヴェルギアは魔法大国だし、魔法をコンセプトにした装飾品とかありそう。良さげなものがあったら、俺もなにか買っていこうかの。小遣いはたくさんあるからなへへへへ。
「いやー、それにしても」
そのとき。エマは窓から顔を離し、座り直した。
「なんだかこの三人、少数精鋭部隊って感じがしていいですね。ラックさんは騎士団のエリート! アストラ様は宮廷魔導士のご息女、魔法に愛された天才少女ですよ。そして私は……まっ、まぁそれはともかく? まさにあれです、なんちゃらになんちゃらってやつです」
どれだよ。
多分「鬼に金棒」的な格言でも言いたかったのだろうが、思い出せなかったみたいだ。
俺とラックはただ静かに、苦笑をこぼした。
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俺達は馬車を止め、ついにマギストリアへと降り立った。
この馬車、装飾がすごいからとにかく周りの視線がすごい。しかも馬車から出てきたのが、騎士とメイドと、その間に立つ俺だ。貴族であることがひと目で分かる。フード被ってても、あんま意味ない気がするなこれ。
目立つなあ、とか思ってる俺とは対照的に、エマは全身からワクワクを溢れ出させていた。
「ついに来ましたよマギストリア! アストラ様、ラックさん。これから私たちはあの親愛なるレイド様への贈り物を探しに行きます! 気合入ってますか? レイド様に感謝の言葉をいただき、頭を撫でられる準備は整っていますか!?」
「エマ殿、目的がだいぶ私情に寄っている気がしますが。私もアストラ様とエマ殿のお買い物にお付き合いできるのは光栄の至りですッ!」
ラックまでエマの熱量に感化されて、また姿勢を正してしまった。この二人の間に立っていると、なんだか俺が一番の年長者であるような錯覚に陥る。
いや待て。 実際、俺が一番歳上なのか。精神年齢的な意味合いで。
「二人の熱量に勝てる自信はないけど…兄様への贈り物はちゃんと選ぶよ。兄様には世話になっているし。日頃の感謝は伝えたい」
「あぁ…っ! なんと尊い家族愛ですかアストラ様ぁ! エマ感動です……」
エマ懐からハンカチを取り出し、潤んだ目頭を押さえた。相変わらず感情が豊かな少女である。
実際レイドには世話になってるからな。色んな意味で! 特に『命をかけた特別訓練』では、そりゃもうかなりお世話になっているわけですよ。
なんていう皮肉の含まれた言葉だったのだが、エマには純粋な『家族愛』によるものと捉えられたらしい。
「さぁアストラ様! さっそくお目当ての『妖精の隠れ家』へと向かいましょう! えーと、こっちの道であってますよね!?」
「エマ殿、お待ちを! そちらは裏通りへ続く道です。目的の店舗は商業区画の東側、私が先導いたしますので、お二人は絶対に私の後ろから離れないようにお願いします!」
ズンズンと見当違いの方向へ進もうとするエマを、ラックが慌てて引き止めた。
さすがは騎士、声はデカいが道案内や護衛としての仕事はしっかりしているらしい。俺とエマは大人しく、ラックの後ろをついて行く。馬車から見る街並みも素晴らしいものだが、実際に自分の足で歩くとまた違うな。その場の空気をより感じることができる。
道中、王都ということもあって本当に色んな種類の店が並んでいた。エマは目に映るものすべてを、瞳を輝かせながら眺めていた。
よそ見しながら歩くから、彼女は当然ずっこけそうになる。そこをすかさず助け、ドジが発動しまた助け。こうなるのは予想通りだったし、ちゃんと着いてきておいてよかった……と心の底から思える。一人で向かわせていたら、家に戻ることには全身ボロボロになってそうだし。
今は近くに俺とラックもいる、なんの心配もないだろう。
なんの、心配も……。
「お二人とも、こっちの道のほうがなんだか良さげな感じがしませんか?」
「急に曖昧すぎる提案しちゃってどうしたのさエマよ」
俺達の目的地である雑貨屋『妖精の隠れ家』への道中。
騎士ラックの案内のもと王都を歩いていたわけだが、やはり順調に進むわけもなく……。
エマは突然歩みを止め、ある道を指さしていた。
「なんといいますか、このまま真っ直ぐ進むよりもここを右に曲がったほうが近道になっている気がするんです! 私の勘がそう告げている、あまり外れたことのない勘が!」
「エマ殿、そちらの道ですと目的地とは真逆の方向に進む羽目になりますので……」
「あれ」
「『あれ』じゃないよまったく…」
なんてことだ。このドジ娘を一人で歩かせたら、本当にいつの間にか違う国にまで行きそうだな。
「それに、そちらは表通りから外れた裏路地です。治安の面からしてもお勧めできませ――あっ! こら、エマ殿!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけ覗いてみるだけですからぁ! それにせっかくの王都散策ですよ。どうせなら少し冒険してみるのも、一つの楽しみ方です!」
ラックの制止も聞かず、好奇心に従って、エマがタタタッと薄暗い路地の方へ足を踏み入れてしまった。
まずい、このままだと本当にどこか遠くの国に向かうことになってしまう! いや、エマのことだ。俺みたいに『異世界転移』をして、一生見つからない、なんてことになるかもしれない。
それはアカン! とにかく急いでエマの後を追わないと。瞬きしたら姿が消えてる可能性もなきにしもあらず! 俺とラックさんは顔を見合わせ、深いため息をつくと、エマを追いかけて路地裏へと足を踏み入れた。
一歩、足を踏み入れた瞬間。
メインストリートの華やかな喧騒が、嘘のように遠のいた。
日の光が届かない高い壁に挟まれた路地は、じっとりと冷たい空気が滞留しており、どこかカビ臭い。
あまり長居はしたくないな。早いところエマを捕獲(?)して出ていかなければ!
「エ、エマ殿ーっ! どこですか!」
ラックが声を潜めながら焦ってエマを探す。
しばらく進むと幸い、数メートル先に、すぐに立ち止まっているエマの背中が見えた。よかった、なんとか迷子になるのを防げたらしい。
「エマ、もう……。言わんこっちゃない。見ての通り、安易に通っちゃいけない雰囲気が流れまくってるじゃない。そんな場所を勝手に走っていったら危な――」
俺が説教しようとした、その時。
エマの背中の向こう、路地のさらに奥から、
「てめぇみてぇな獣が王都に来てんじゃねえよ、汚れが」
「これもいらねぇだろ、なっ」
――バキッ。
と、何かが壊れる鈍い音と、それに続く低い男たちの罵声が響いてきた。




