14話『ドジ娘の提案により』
やぁみんな、俺だ。
シレンティウム家の娘、魔力操作大好きガールこと、アストラ・ディ・シレンティウムである。早いもので、あれから約一年半の月日が流れた。現在俺は八歳である。
この月日が流れた間に起こった、変化をお伝えしよう。
あのレイド兄様監修の《《特別訓練》》。
俺はてっきり「こんな地獄の日々が毎日続くのかよ」と絶望していたのだが、なんと訓練が始まった次の日から、難易度が易しくなったのである。
いや大変なことに変わりはないんだけど、あんな無茶苦茶なものじゃなくなったというか。もしかしたらあの後、シオン先生が何か言ってくれたのかもしれない。大演習場では凄い姿を晒してた彼女だけど……立派な先生でもあるからな。
難易度が『鬼畜』から『ちょい難』レベルまで下がり、程よい訓練の継続を行ったおかげで、俺の魔法の技術も着々と向上していった。
と、ここまで約一年半の生活を振り返ってきたわけだが、ここからが本題である。
俺の兄、レイドについての話だ。
兄貴は現在十七歳と半年である。あと半年も経てば十八歳──つまり宮廷へと向かう時期を迎えるのだ。早い! 本当に時間が流れるのって早いもんだな。シレンティウム家の中にも『卒業シーズン』のような空気が流れていたんだけど、特にその傾向が強く出ていたのが――ドジ娘でおなじみのエマだ。『大のレイド好き』でおなじみでもあるな。
おそらくシレンティウム家の使用人の中で最もレイドを好いているのは、彼女で間違いない。それくらいの熱意があるし。
そんな彼女がレイド兄様の旅立ちの日が近づいてくるとどうなるのか――これは容易に想像できるだろう。
とんでもなく、悲しむのである。
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「すっ、少しお時間よろしいでしょうか、アストラ様ぁぁぁ!」
とある日の午前、窓から陽の光が差し掛かる心地の良い朝の時間帯。自室でゆっくりと過ごしていたとき、静寂は唐突に破られた。
見れば、開かれた扉の前に――乱れた息を整えながらこちらを見つめる、エマの姿があった。
「う、うん。大丈夫だけど。 転んじゃうからあまり走らないようにね」
「転びませんよっ。誰が転ぶものですか! 今の私にドジを踏んでいる余裕なんて、微塵もないんですからっ!」
「そっか……」
説得力は相変わらず皆無である。
「それで、そんな急いでどうしたのさ。まぁきっとまた兄様関係――」
「そーですよアストラ様! その通りレイド様についてです……うぅ……っ」
「え、泣いてる? 泣いてるなこれ」
エマはその場にしゃがみこみ、涙を流していた。
彼女がなく姿は日常生活の中でもよく目にする。大抵、レイドの尊い姿を見たことによる歓喜の涙なのだが、今日のエマの涙は、明らかに悲しみからきたものだ。
「……ってことは、もしかして。レイド兄様がもうすぐ、宮廷に行っちゃうことと関係してたり?」
「はい、はいそうですともアストラ様……レイド様が、このお家を離れ! 華やかな宮廷魔導士への道を進む日が刻一刻と近づいているんですよ! あとたったの半年です! 半年でいなくなってしまうのです! うぅっ、私は喜ぶべきなのに、寂しさも負けじと湧き上がってきて……っ」
「なるほどねぇ。たしかに私も、兄様がいなくなったら寂しいっていうのはわかるかも」
色々と存在感が強いからな兄様。
「あっ、アストラ様もやっぱりそう思いますよねぇ……!? うぅぅ……レイド様の尊いお姿を毎日拝めなくなるなんて……私の人生、もう真っ暗ですぅ……っ」
「そんなに?」
「そんなにですよぉ! 私がどれだけレイド様命なのかアストラ様のおわかりでしょう!?」
そうだ、一年半での変化はもう一個あったな。
エマはレイドへの愛を、俺の前だけでは隠さなくなった。エマとの仲が深まっていく過程で、彼女はレイドに対する本音を俺に言っては、二人で兄様の朴念仁ぶりについて語り合う……まさか、これがあの『女子トーク』ってやつなのだろうか。
「まぁそれは……とにかく、エマ。落ち着いて話を聞かせてください。 兄様についての話なら、私も無関係じゃないので」
「はっ、はぃ……」
俺は彼女を立ち上がらせ、部屋の真ん中に置いてある椅子へと座らせた。
そして彼女は、ポツポツと話し始める。
「アストラ様のおっしゃった通り、レイド様はもうすぐ本格的に宮廷魔導士への道を進み始めます…そうなれば必然的に、このお家からもいなくなってしまうことになります」
「うんうん」
「そこで……会えなくなってしまう前に、その……せめて何か素晴らしい『贈り物』をお渡しできればいいなと思いまして」
「ほう、贈り物か。それでつまり、私にも一緒に選んでほしいってことですか?」
「そうです! 悔しいですが、レイド様のことに関してはアストラ様のほうが私よりもずっと詳しいので……やはりここは、妹様であるあなたの助言が必要だ、と!」
「なるほど……とは言っても、兄様は家族でも読めないとこが多いからなぁ。兄様って何が好きなんだろ……」
「も、もしかしてアストラ様でもお手上げですか!?」
無論レイドとは長い月日を過ごしてきたが、ヤツの全てを知り尽くすことは不可能に近い。というか多分家族ってそんなもんだよな?
でも流石に好きなものくらいは分かるか……うーむしかし、アイツは本当に読めない。
「うん……誕生日のときも、プレゼントとか特に渡したりしなかったし。代表して母様が渡してたから」
「で、ではそのとき奥様は何をプレゼントしてましたか!」
「基本装飾系で……あとは部屋のインテリアとか。何かの本も貰ったりしてて」
「なるほど……! 無難にアクセサリー類とかがいいんでしょうかねぇ……」
レイドは何を貰っても同じくらい喜ぶような人間だから、多分「これが好き!」とかではなく、贈り物をくれたという事実自体が嬉しいのだと思う。
だから、好みがいまいち読めない。わかりやすく飛び抜けて嬉しがってた物とかがあればよかったんだけど。
エマはしばらく唸っていたが、やがて顔をバッと勢いよく上げ、俺の顔を凝視してきた。眼力が強い。
「……アストラ様、一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「お願い?」
「はい。ええっと――私と一緒に、《《王都》》へと買い物に付き合ってほしいんです!」
えっ。
「この辺りにあるお店も良いんですけど、レイド様への贈り物です。どうせなら最高級の物をお渡ししたいじゃないですか! ですから少し足を運んで、より良いお店の集まる王都――マギストリアに行きたい! と、言うわけです」
「実はですね? 先程奥様に王都行きの許可をいただきに行ったのですが、『エマ一人で行かせたら、絶対にどこかで転んで帰り道がわからなくなるからダメ。しっかり者のアストラが一緒ならいいわよ』と条件を出されてしまいまして……」
「あぁ、なるほど。私をダシに使……いや、『引率役』として一緒に行きたいってことね」
「ダ、ダシだなんてそんな! アストラ様と一緒にレイド様への贈り物を選べたら、きっと素晴らしいものになると思ったのも本当ですよ! もちろん!」
必死に弁解するエマの姿に、俺は思わず苦笑してしまう。
まぁ、母様の心配はごもっともだ。このドジっ娘を一人で王都なんかにやったら、気がついたら隣国まで迷子になっていてもおかしくない。
王都、か。
正直に言えば、俺にとっても悪い話ではなかった。この一年半、レイド兄様とシオン先生という『二大災害』のせいで、俺は屋敷の地下演習場と自室を往復するだけの引きこもり生活を余儀なくされていたからな……。
たまには、あの二人から離れて、外の平和な空気を吸うのも悪くない。
それに、なんだかんだで俺もレイド兄様には世話になっている。(主に命の危機という意味でだが)
宮廷へと旅立つ兄への餞別くらい、一緒に選んでやるのも妹の役目だろう。
「わかったよ、エマ。僕も一緒に行こうか」
「ほ、本当ですかっ!? ありがとうございます、アストラ様ぁぁっ!」
エマは感極まったように俺の手を握りしめ、ブンブンと上下に振った。
「そうと決まれば、善は急げです! すぐに出発の準備をしましょう! 護衛の方の手配も、奥様がすでに――あべしっ!?」
勢いよく振り返ったエマの足が、見事に椅子の脚に引っかかった。
俺はため息をつきながら、倒れゆくエマの体を、展開した極小の風魔法でそっと受け止めるのだった。
……うん。引率役、がんばろう。




