11話『特別訓練』
いまたしかに『最終兵器』とか言う超不穏な単語が聞こえてきた気がするんだけど、これって気のせいってことでいい?
待て待て、落ち着けよ。
漫画とかアニメの二つ名と言ったら、そのキャラクターを象徴するカッコいい名前がつけられるのが定番なんだよ。
なのに。
兄貴の二つ名は?
『最終兵器』?
ロボットアニメでしか聞かん二つ名なんだけど。
「え、えっと。兄様、それは一体どういう」
「ははっ。やっぱりそうなるよね。無理はないさ。身内が『最終兵器』なんて呼ばれていたらね」
当たり前だろ。
いやまぁ、たしかに兄様は色々規格外だけどさ! 国家レベルでそんな危険物みたいな扱いされてるの!?
一体誰がつけたんだ? そんな物騒な名前。
「これはね、アストラが生まれる前のことなんだ。父様がまだ、この家にいたときの話さ」
えっ
「父様、が」
「うん。今こそずっと宮廷にいて帰って来ないけどね。父様はとにかく僕を褒め倒すような人で。僕が地下で訓練をしていた時だったかな。父様は僕の姿を見るなり――」
『――お前はまるで、生きる《《最終兵器》》だな! はっはははー!』
「――って、そう言ったんだ」
「兄様!? それ変な冗談とかじゃないんですか!? マジでですか!?」
「ふふっ、面白いだろう? これが本当に、冗談じゃないんだから笑えるよ。とても実の息子に言うようなことじゃないよね」
え、俺の父親ってそんなファンキーな御方なの? そんな豪快に笑うタイプの父親なのか? 名門の当主なのに?
いや、偏見は良くないよな。
貴族家の大黒柱はみんな厳格で、笑み一つこぼさないなんていう勝手な決めつけはダメか。
うんうん。
でもやっぱあんま納得できないヨ!
だがしかし、そうか。
俺の家族はみんな良い人ばかりだし、そもそも想像してたような貴族家とは違ったんだ。
それは当主である父親もまた、明るく優しい人だからなのかもしれない。
「それで、父様は宮廷でもこの二つ名を広めたらしくてね。結果的に、王都全体にも知れ渡ることになったんだ。僕自身、最終兵器と呼ばれるほどの力なんて持ち合わせていないのに」
いや、多分お前は最終兵器で合ってるぞ。
「そ、そんなことがあったなんて……今はひとまず、その話は呑み込むことにします。まだ衝撃が消えませんが」
「はは、そうしてくれると助かるよ。とまぁ、こんな感じ僕の二つ名の誕生秘話は終わりにしてね。本題に戻そう。……噂の力というのは凄まじいものだ。僕につけられた《《二つ名》》のお陰で、どうやらこの家を守る防波堤のような役割が果たせているらしい」
「防波堤……《《最終兵器》》なんて存在がいる一家には、誰も手を出したがらない、みたいなことですか?」
「そう。例えば、シレンティウム家に何かしらの憎しみを持っている貴族や、暗殺者とかね」
「我が家が恨まれるようなことって、なにかありましたかね」
「例えばの話だよ。でも貴族社会で生きている以上、いつ誰の反発を買っていてもおかしくない。それでもシレンティウム家が危険にさらされていないのは、僕が関係してるかもってことなんだ。傲慢だと思うかい?」
「いえ、その通りだと思いますよ兄様」
「あははっ、そうか」
レイドがシレンティウム家の防波堤か……納得だ。もし俺がシレンティウム家を敵対視する勢力にいても、こいつがいる場所に行こうとはとても思えない。自ら死にに行くようなものだし。
なるほど。レイドが心配しているのは、自分がいなくなったあとのシレンティウム家か。
レイドという防波堤が消えたら、これまで手を出してこなかった奴らが来るかもしれない…ってことだな。
「だから――僕は決めたんだ」
レイドが窓辺からゆっくりと歩み寄り、俺の目の前でしゃがみ込んだ。
彼の顔には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいる。だが、その瞳の奥には、家族を守らなければならないという『強すぎる決意』が宿っていた。
――ビリッ。
その瞬間、俺の肌が粟立った。
レイドから漏れ出す魔力が、彼の強い感情(家族愛)に呼応して、尋常ではない密度に膨れ上がったのだ。部屋の観葉植物が風もないのにザワザワと揺れ、窓ガラスがミシミシと悲鳴を上げ始める。
これはアカン! 兄様の魔力が暴走しかかっておる! 防御魔法じゃ防ぎきれないくらいの魔力がっ!
「僕が宮廷に行くまでの、この二年間。アストラ、君を――」
俺の焦りなどつゆ知らず、レイドは至極爽やかな笑顔で、しかし絶対に逃がさないという圧を伴って――
「――僕の代わりの《防波堤》になれるくらい、僕が直々にみっちり鍛え上げてあげるよ」
とんでもない宣告を下しやがったのだった。
*********
「ねぇアストラ。ここに二人だけで来たのって、もしかして初めてのことじゃないかな?」
場所はおなじみ、シレンティウム大演習場。
我が家の地下に存在する、結界に囲まれた広い広い空間である。
「そうですね。いつもは先生が一緒にいますから。兄様と二人っきりで来るのは初めてです」
「だよね! なんだかいつもとは違う訓練って感じがして、ワクワクしてこないかい?」
こねぇよ。
「あはは……たしかに。それで兄様、訓練というのは具体的にどんなことを?」
「うん。アストラはシオン先生の授業の中では、先生か僕との対人戦が多かっただろう? これでもいいんだけど、君ならもっと上のことに取り組んでもいいような気がするんだ」
お前、レイドたちとの対人訓練より上のことだって? ふざけないでほしい。俺はなんだ、破壊神とかと戦わされるのか?
レイドは壁に向かって歩き出し、幾何学模様の一部にそっと触れた。すると、触れた部分から波紋が広がり、大演習場内がわずかに揺れ始めた。
(これは、もしかして――)
その瞬間
大演習場の中心に、巨大な魔法陣が出現した。眩い光を放っており、俺は思わず目を腕で覆った。
レイドはそんなことなく、ただ魔法陣から出てくる《《なにか》》を見つめている。コイツに眩しいという概念はないらしい。
数秒後、中心に現れた《《なにか》》は、その姿をあらわにした。そこに立っていたのは――
(やっぱり――魔鋼人形か!)
あれは前にも見たことがある。レイドが訓練で使っていたやつだ。
一撃で破壊していたアレである。
しかしこれは……
「兄様、あれを使うのですか? でも魔鋼人形って、十歳を過ぎてからじゃないと使ったらダメだったんじゃ。シオン先生もそう言ってましたし」
「心配はいらないよ。僕の監視のもと、使用を許可するから。こういう部分も含めて、《《特別訓練》》なんだ」
ドヤ顔気味にレイドに言い放たれた。
この兄様、結構やりたい放題してやがる。あとで怒られても俺は知らないぞ。その時は全力で逃げさせてもらうっ。
魔鋼人形を利用して訓練の内容はシンプルだ。
襲いかかってくる魔鋼人形を相手に、魔法と知識をフル活用し、停止または破壊することができたらクリア。見るからに硬そうだが……レイドはこれをワンパンか。わけがわからない。あの魔鋼人形はこの国でも屈指の強度を誇るものだというのに。制作者泣くぞ。
大演習場の中央にいる魔鋼人形は、まだ動かない。合図があるまでは大人しく待機してくれるようだ。
「よし、早速始めてもいいかい? 大丈夫。最初は難易度を下げておくから。何かあったら、僕が助けるから安心してよ」
「は、はい兄様。ありがとうございます」
レイドは満足そうに目を細めると、魔鋼人形に触れ、魔力を流し込んだ。魔鋼人形の目元が光り、意思を持ったように動き始める。
魔鋼人形の強さは、流し込まれる魔力によって変化していくんだ。少量なら弱く、多めに流し込めばその分強くなる。
単純な仕組みだ。レイドはおそらく、少量の魔力を流し込んだだろう。
魔鋼人形の目が俺を捉えると、ゆっくりと歩き出してきた。訓練開始だ。とは言っても、最初はやっぱり難易度が低めに設定されている。
(あそこが弱点ってことか。わかりやすい!)
俺の目には、一部分が光っている魔鋼人形の姿が見えている。
人間で言うなら、ちょうど心臓部にあたるところか。あの弱点に思いっきり魔法を放てば……。
そうと分かれば話は早い!
俺は人差し指を突き出し、指先に魔力を込める。今から放つのは、おなじみの初級魔法――
「フラン・バーシス!」
シュンッッッ!!
炎の爆ぜる音ではない。空気が一瞬で焼き切られたような、鋭い断裂音が演習場に響いた。
初級魔法も訓練開始当初から成長しており、具体的には魔力密度が増加した。
以前のものよりも更に速く、威力もパワーアップしている。
放たれた火球《光線》は魔鋼人形の弱点に直撃し、そのまま貫いた。
瞬間、魔鋼人形の動きが停止し、その場に崩れ落ちる。
訓練成功!
あれ、なんだこんなものか?
特別訓練とか言って、案外簡単にクリアできたりして!
俺がほっと胸を撫で下ろしていると、背後からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「素晴らしいよ、アストラ」
振り返ると、整った顔をより一層輝かせながら近づいてくる、レイド兄様の姿があった。
「うん。君の魔法はやっぱり、何度見ても素晴らしいものだ。これならもっと難易度をあげても問題はないね」
レイド兄様は満足そうに頷き、頭を撫でてきた。レイドから溢れ出る魔力で肌が少しピリピリしているのだが、悪い気はしない。
一通り撫でたあと、レイドは倒れた魔鋼人形のもとに近づき、手をかざした。手のひらから濃い紫色のオーラが、魔鋼人形を包むように漂い始める。すると、倒れたはずの魔鋼人形が光を取り戻し、立ち上がった。
二度目の訓練が開始される。魔鋼人形の動きはさっきよりも早くなっているが、対処できないほどじゃない。弱点も相変わらずわかりやすく示されているし。
この調子で、段々と難易度が上がっていくかんじか。後半になればキツくなりそうだが、序盤は全然平気そうだな。それなりに大変な訓練を、俺はこれまで受けてきたんだ。中身はビビりの日本人だが、心はもう立派な名門の――
ガキィンッッ!!!
「――は?」
何が起こったのか。理解したのは数秒たった後のことだ。俺は今、咄嗟に飛んできた何かを防御魔法で防いだのだ。
弾かれたように、攻撃が襲いかかってきた方向を見ると――
「やっぱり――いい反応速度だね。アストラ」
見れば、俺に向かって、レイドが手のひらを突き出していた。




