白い百合
詩鶴は詩翠の三歳年上の姉で、今年度から大学生になる。
だが、それは生きていればの話。
想像上の話だ。
実際の日向詩鶴は、もうこの世にはいない。
二年前に事故で亡くなってしまった。当時通っていたのが、ここ米姫女子高等学校である。そして詩鶴は、この生徒会に所属していた。
「姉が過ごした生徒会ってどんなところだったんだろうって興味があったんです。それで……」
事情を一通り説明した詩翠は、ふと気づいた。
周囲が静かに固まっている。さっきまで軽口の飛び交っていた空気がずっしりと重たい。
やってしまった。
詩翠はぶんぶんと慌てて手を振った。
「す、すみません! 重たい空気にしてしまって……!」
暗い雰囲気にするつもりはなかった。ここに訪れたのは、楽しい思い出を探すためだ。同じ場所で、詩鶴がどんなふうに笑っていたのか知りたった。
詩翠は意識して声色を明るくして、三年生の二人に訊いた。
「あの、会長と白瀬先輩は姉と活動時期が被っていたんですよね? どんな感じでしたか?」
先に口を開いたのは篠崎だった。
詩翠の心中を察してくれたのか、ハキハキとした声で答える。
「そうだなぁ……あくまで私の印象だけど、詩鶴先輩はヒーローみたいな人だったよ」
「ヒーローですか?」
口の中で、その言葉を転がしてみる。姉をそんなふうに意識ことはなかった。だが、言われてみればそうかもしれない。
詩翠が友人関係で悩んでいた時も、両親が揉めた時も、詩鶴は真摯に話を聞いて解決に力を貸してくれた。
「困っている生徒がいたら、誰彼構わず力になってた。生徒会の仕事の範疇なんて無視してさ。私も色々相談に乗ってもらったし……白瀬も兼部先の園芸部の復活を手伝ってもらったんだよな?」
急に話題を振られた白瀬は一瞬、目を丸くした。
それから、こくりとうなずいた。
「う、うん……」
白瀬は話し慣れない様子ではあったが、ゆっくりと説明してくれた。
二年前――白瀬と篠崎が入学した時、園芸部は人数不足で廃部状態になっていた。そんな中、残された植物の手入れをずっと続けていたのが詩鶴だった。土も苗も整備されていたため、白瀬の代で園芸部の復活はスムーズに進んだらしい。
「今、園芸部があるのは……詩鶴先輩のおかげ。本当に、感謝してる」
言い終えた白瀬の表情が、少しだけ柔らかくなっていた。伏し目がちの目元がほどけると、この先輩はずいぶん優しい顔になるらしい。
「あ、そうだ!」
篠崎が何かを思い出したように、ポンと手を叩いた。
「詩翠ちゃんに、アレ見せてあげよう!」
×××
一堂が向かったのは校舎の裏手。なだらかな斜面に建つビニールハウスの温室だ。
篠崎によると、これは地元の農家さんのお下がりらしい。新しいハウスに建て替える際、骨組みがまだ使えるから学校で使わないかと声をかけてくれたのだという。
入口の戸を横に引くと、外より一段あたたかい空気がふわりと頬を包んだ。
棚という棚に鉢が並び、土と緑の匂いが胸いっぱいに広がる。
鉢にはひとつひとつ名札がつけられていて、隣に並んだ白瀬がひとつずつ読み上げてくれた。
その奥に、ひときわ目を引く白があった。
温室に訪れた詩翠たちを出迎えるように、甘く濃い香りが鼻腔をくすぐる。
太ももの高さまで伸びた茎の先で、大ぶりの白い花が開いていた。
「綺麗ですね……これ、百合ですか?」
「うん、カサブランカって品種だよ」
白瀬が隣に膝をついた。
花を見るその目は、愛おしそうな色をしている。
「普通は球根から育てるんだけど……これは種から育てたんだって。すごく大変だったみたい。詩鶴先輩が言ってた」
「四、五年かかって……先日の入学式にちょうど咲いたんだよな」
篠崎が花の前で腕を組んだ。
「まるで、君の入学を待っていたみたいだ」
その言葉に、詩翠は目を丸くした。
もちろん、そんな奇跡があるはずない。カサブランカの開花は夏頃だが、温室で調整して春ごろの開花を目指していたのだと詩翠は後に知った。
それでも、特別な縁を感じずにはいられなかった。
姉の育てた花が、妹の入学式の日に咲いてくれた。天国の姉が出迎えてくれたような、温かな心地がした。
瞳の奥が、じわりと熱くなる。
出会ったばかりの先輩たちの前で、泣くわけにはいかない。
詩翠は必死に堪えようとした。
「うぅ、ぐす……!」
涙と鼻水をにじませているのは……一ノ瀬だった。
先ほどの生徒会室でのクールな雰囲気は消え失せていた。
「ちょっ!? 一ノ瀬先輩、大丈夫ですか?」
慌てる詩翠の肩を、小金井がぽんと掴んだ。
「あー、詩翠ちゃん。気にせんといて。コイツ、感動エピソードに弱いだけやから。昼休みも老猫のショート動画で号泣してたし」
「うる、しゃい!」
一ノ瀬がぽかぽかとパンチを繰り出す。小金井はけらけら笑いながら受け流し、白瀬がおろおろと二人の間で手を彷徨わせていた。
周囲はあっという間に収拾のつかない騒がしさになり、こぼれかけた涙は引っ込んでいた。
篠崎が苦笑しながら詩翠に向き直る。
「……とまぁ、ウチの雰囲気はこんな感じでやってる。多分、詩鶴先輩の代からそう変わってないと思うよ」
そして、彼女は手を差し出した。
「改めて、これからよろしく」




