3年前の7月5日6時4分 龍と水の都 アルトマ~「君をひとりぼっちじゃなくすために、37564《みなごろし》にした」
これは一人の処女で少女な女の子の話。一人の今日戦死する狂戦士が生まれるまでの序章。一つの花が枯れるただの除草。一つの戦いが始まるまでの助走。その程度のものだ。
◇◇◇
龍神を信仰しそれで街を振興してきた龍と水の都アルトマは絶滅危惧種である、龍人族の最後の砦であり、この都市が無くなればいよいよ龍人族も大トリだ。
そこに暮らす一人の処女である少女は今、夕焼け小焼けに照らされる小川を進む小さな船に乗っていた。このような船は水の都アルトマでは主要な交通手段であり、別段子供一人で乗ることも珍しくはない。しかしラティアは今起こっていることに怒っていた。
「もうお兄ちゃんネロさんと話があるからって、私をおいていってしまうなんて信じられない。これが真実って嘘でしょ!」
彼女は淡い色の赤毛を初夏のそよ風に揺らしながら、独り言ちる。
ラティアは都一番の戦士である兄ラティオを誇りのように思いつつも、デリカシーとリテラシーとデモクラシーのなさが埃のようにも思っていた。
でも心のどこかでお兄ちゃんは最恐で最強で最狂の優しい戦士だと信じていた。兄ラティオは元々孤児で養子として家族になったので血のつながりはないのだが、それが真実であることを疑わなかった。
◇◇◇
少し古くさびれた寂しい雰囲気のドアを開けるラティア。
「ただいまー!」
「おかえりなさい、、、ラティオは一緒じゃないの?」
「ラティオ兄さんは、ネロさんと話があるからって言っていなくなったよ」
「そう困った子だねえ」
少し皺を作った母が小さな角をつけたラティアの頭をなでながら出迎える。彼女の指の関節には赤く硬く辛くひびが入っていた。母の手だやっぱりこの人はお母さんなのだ。ラティアは頭をなでられながら、自分自身の気持ちに気持ちがいいほどの自信と確信をもつ。
家の居間には今しがた帰ったのであろう父がコーヒーの湯気で眼鏡を曇らせている。
「ねえねえお父さん、、、」
「なにかな?」
「午後コーヒー飲むのって良くないんだよ、、、カフェリンが入ってるから」
「そうかそうか、カフェリンが入っているのか。それはどんな物質なんだい?」
少し馬鹿にする感じでお父さんはラティアに聞いた。
「眠れなくなるんだ。覚醒するんだよ、、、」
「覚醒するのか、、、それは怖いね」
そういいながらお父さんはコーヒーを口に運ぶ。
「男というのは馬鹿バッカだ全く」
ラティアはあきれながらプンプンして、部屋に戻ってふて寝した。
この時はあんな悲劇的な惨劇が起こるなんて思いもしなかった。
◇◇◇
ラティアの脳内ではいつもその惨劇がフラッシュバックしブラッシュアップされることはなくクランクアップされる。もちろんバックアップもない。
その5日ほど後海の水の都アルトマは火の海となっていた。
天海衆と呼ばれる武装組織が都を襲った。理由は簡単で単純で淡白なものが二つ。高い武力を持った龍人が邪魔だったという事と、後は戦争において親の顔より見る宗教上の都合という理由。
天海衆はかつて始まりの天龍サバクを殺した初代剣聖ランスロットを信仰している。その始まりの龍を奉る私達は当たり前みたいに邪魔だったのだろう。
燃え盛り、燃え滾り、燃え上がる、火の粉を吸い込みラティアはむせび泣き噎せ返る。その煙の中から出たラティアは町が一望できる時計塔のある丘に出た。
都から飛んでくる灰の雨がまるで季節外れの雪みたいだった。
ラティアがそこで見たのは、天海衆と思われる笠を深くかぶった女性。その女性の顔はよく見えないがちらりと赤い目を黄昏の空に輝かせていた。そしてその女性と一緒に飛行船に乗り込もうとしているラティオの姿だった。
「兄さん何やってるの、、、」
「何やってるんだろうな俺は、たぶん覚醒したんだな俺は、」
「意味わかんない」
「わかる必要はない。」
ラティアから見たラティオの様子が異常だ。都がこんなことになっているというのに兄さんは通常以上に通常だ。ラティアは怒れ叫べ砕け、そんな言葉がのどから出そうになったがこらえる。
「そんなことよりさ、兄さん?八百屋の息子ハリマロンにあった?あいつどんくさいから逃げ遅れてないかな?」
「俺が564た」
ラティアには何も聞こえない。
「ねえねえ兄さん?魚屋の娘ピジョンにあった?あの子優しいからだれかをまだ助けているんじゃないかな?」
「俺が564た」
何も聞こえない。
「ねえねえ兄さん?お兄ちゃんの師匠レックウさんにあった?あの人は強いから大丈夫だと思うけれど?」
「564た」
何も聞こえない。
「お父さんとお母さんは?」
「37564にした」
ラティアの頭の中がどんどん黒ずんでいく。舌と下を見るとラティアの吐瀉物で汚れていた。吐いたことにも気がつかない。だからかはわからないがラティオはラティアの吐いた言葉にも気がつかない。
「行かないで」
ラティアにはそれしか言えなかった。
「、、、」
ラティアは必死に声を張り上げることはなく淡々と単純に淡白かつ純粋に呼びかける。
「行かないで、行ったら許さない、、、」
「ラティア許すな、、、俺の事を許さなくていい。」
俯いているラティオの顔は見えない。
「いかないで!」
ラティアがヒステリックにミステリアスなラティオを呼び止めると、深く笠をかぶった女性が私の方向に死の芳香を漂わせながら一歩踏み出す。それをラティオは右腕で止める。
「俺がやります、、、」
ラティオの小さな声が響いた。ラティオの青い髪の毛の上に灰色の雪が積もっている。
「ごめんな、いかないよ」
そういったラティオはゆったりとラティアに近づいていく。ラティアの目の前に近づいたラティオはラティアの胸に手刀を突き刺す。
「お前はひとりぼっちじゃないさ。みんな殺したから、、、俺が、、、だからひとりぼっちなのは、、、」
何かをあきらめるみたいにラティオは言った。ラティアにはその言葉を最後まで聞き取ることは出来ない。
ラティアの胸は赤色の染まっていく。走馬灯すら見えない。ラティアが最後に見えたのは時計塔だった。その時の日にちは3年前の7月5日で時計塔の時刻は6時4分。
「いかないで、、、」
その声はおそらく聞こえてはいない。それは恐ろしくもない。ラティアにとっては口から出てしまった戯言だ。
◇◇◇
気が付くと目の前にはネロ・グリフィスさんがいた。ラティアは彼とあまりしゃべったことはない。どちらかというと彼は龍と水の都アルトマではラティオとばかりしゃべっていた。
彼はラティアの考え鑑みていることなど知りもせず簡単に淡々と言った。
「君には今日からこの国の戦士になってもらいたい。気分はどうかな?」
「今日戦死したい気分です。」
そんなことを言ったって最低で最悪な気持ちは変わらない、気持ち悪いなとラティアは思った。この日からコーヒーを飲みすぎたみたいにラティアは眠れなくなった。




