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昼下がりの幸福


 帝都の西、赤金横丁にある酒場『彷徨える勇者の休息亭』。


 西日の差し込む気怠い昼下がり、店内の熱気は最高潮に達していました。


 「聞いたか? 売り出し中だった新人パーティーの『青い樫』が消息不明らしいよ」


 入り口近くの円卓(テーブル)で、大柄な女戦士ジェーンが筒杯(ジョッキ)を置き、不穏な噂を口にしました。


 「第三層に最近出るって噂の人狼にでも出くわしたのかしら。無謀なのよ、あんな練度で潜るなんて」


 向かいに座る魔法使いナンシーが、高学歴ゆえの高飛車な口調で、消息を絶った者たちを批難します。


 「おいおい、あの人狼の噂ってなぁ、本当なのか?俺は眉唾ものじゃ無ぇかって疑ってるんだがな。何故なら、今まで一度も三層で人狼なんてものに出くわした事は無いし、知り合いのパーティーもそうだ。この酒場の連中だって『はっきりと見た』って奴は誰もいない。人狼が『絶対にいない』とは言い切れないが、潜る前から心配したって仕方が無いじゃないか。景気良く飲もうぜ!」


 中堅パーティー『銀の針』の頭目(リーダー)、カイルが声を張り上げ、酒場は安堵と陽気な笑い声に包まれました。


 喧騒を遠くに酒場の最奥。


 古びた寝椅子(ソファー)靠布団(クッション)に沈む、そこそこ腕の立つ助っ人の盗賊のキロは、先ほどから微睡みの中にいました。


 その右側には薄紫色の髪を揺らす魔法剣士「魔剣の天使」ルーシーが、左側には純白の盛装(ワンピース)姿の聖女ビディが座っています。


 「ねえパウル、あんたも頭目なら少しはカイルさんみたいに武勇伝の一つも作りなさいよ!」


 酔っ払ったナンシーの大声が響き、彼女のパーティー『光の右手』の頭目、パウルが、飲んでいた麦酒を思わず咽せそうになりました。


 隣にいたパーティー仲間のチェンドンは、咽せているパウルの背中を叩きながら大笑いしています。


 「……ったく、騒がしいわね。キロ、あんた本当によく寝てられるわ」


 ルーシーが屈託のない笑顔でキロの肩を叩きますが、キロは「……ふぅ……」と寝息を漏らすばかりです。


 その様子を、ビディは穏やかな微笑みを絶やさず眺めていました。


 ルーシーが放つ爽やかで開けっぴろげな好意と、自身のキロへの深い愛情。


 ビディは、キロと過ごす、酒場の怠惰で退屈な時間を楽しんでいました。


 「おい、エゴン! 新人が飲みすぎて暴れてるぞ、つまみ出せ!」


 店主ガルバンの怒号が飛び、用心棒のエゴンが巨体を揺らして動き出しました。


 看板娘のミラが「あー!?、もうっ!ちょっとーっ!大人しくしてよね!」と慌てて駆け寄ります。


 そんな酒場の騒ぎも、人狼の噂も、二人の美女の想いも、キロには届きません。


 今は全て微睡みの底。


 彼はただ、大好きな女たちの香りに包まれながら、心地よい喧騒の中でいつまでも眠り続けていたいと願うのでした。


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