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喧騒の渦中にて


 帝都の西、赤金横丁の喧騒の象徴である冒険者が集う酒場『彷徨える勇者の休息亭』。


 扉が開くたびに、焦げた肉の匂いと安酒の香り、そして冒険者たちの粗野な笑い声が通りへと溢れ出します。


 「はいよ! 麦酒(エール)三つ、追加だ!」


 主人ガルバンが、丸太のような腕で筒杯(ジョッキ)を並べます。


 看板娘のミラとメルは、酔っ払った冒険者たちの間を蝶のようにすり抜け、皿を運んでいました。


 「ミラちゃん、こっちにも肉を頼むよ! 迷宮の四層で巨大蜘蛛に囲まれてよぉ、死ぬかと思ったぜ!」


 中堅パーティー『銀の針』の頭目(リーダー)、カイルが意気揚々と語れば、周囲の新人冒険者たちは目を輝かせてその武勇伝に聞き入っています。


 そんな酒場の最奥、喧騒から少しだけ切り離されたような寝椅子(ソファー)にキロがいました。


 そこそこ腕の立つ、助っ人(フリー)の盗賊として、冒険者界隈ではなかなか評判の良いキロは、黒い長袖の貫頭衣(Tシャツ)に細身の穿袴(ズボン)に丸腰という身軽な格好で、靠布団(クッション)に深く身体を沈めています。


 その色白で甘い顔立ちは、今にも居眠りを始めそうなほど緩んでいました。


 「また寝てるのかい、キロ。あんた、冒険者のくせに危機感がなさすぎるわよ」


 声の主は、美貌の魔法剣士「魔剣の天使」ルーシーでした。


 薄紫色の短い髪を揺らし、白と黒の縦縞が眩しい連体着衣(ボディスーツ)に黒絹の肩掛け(ケープ)を纏った彼女は、その抜群の容姿を惜しげもなくさらけ出し、キロの隣に腰を下ろしました。


 彼女が動くたびに、剣士としての鋭い気配と、華やかな香りが漂います。


 「……あぁ、ルーシーか。お帰り。迷宮に潜ってきたのかい?それとも騎士団で指南でも?」


 「指南よ。騎士連中に剣を教えるより、ここでこうしてあんたと飲んでる方がよっぽどマシだわ」


 ルーシーが屈託のない笑顔で彼の肩を叩きます。


 いつも眠そうで、惚けた感じなのに、表には出しませんが、実は教養が有り、気品が有り、(盗賊として、そこそこ)腕が立って、話が合う、そして身体の相性も抜群(?)な優男のキロをルーシーは大好きでした。


 そこへ、さらに酒場を静まり返らせるほどの光が差し込みました。


 「ごきげんよう、皆様。」現れたのはビディでした。


 首の線で揃えられた美しい金髪に、胸元が大胆に開いた純白のワンピース。


 太腿までの白い網長靴下(あみタイツ)高踵靴(ピンヒール)という装いは、至高の聖女としての気品と、抗いがたい色香を同時に放っています。


 「ビディ司教……!?、き、今日は、ひ、非番なのですか?」


 入り口近くにいたカイルたちが慌てて居住まいを正します。


 カイル達を取り巻いていた新人冒険者達は、帝都の崇拝を一身に集める絶世の美女を目の当たりにして息を呑みました。


 「ええ。非番では有りませんが。大聖堂の仕事が早く終わりましたから」


 カイル達に会釈をすると、ビディは酒場の最奥の寝椅子に目を向けました。


 「あら?、ルーシー、先日以来ね。お隣よろしいかしら?」


 ビディは最奥の寝椅子まで行くと、穏やかに微笑み、キロの隣にしなやかに座りました。


 キロを挟んで、都でも評判の、魔剣の天使と至高の聖女が並ぶという、奇跡のような情景です。


 ビディは、ルーシーとキロの身体の関係を知っていますが、特に嫉妬する訳でもなく、気にする素振りも有りません。


 大貴族の令嬢としての気品と余裕、至高の聖女としての誇り、そして何よりもキロへの深い深い信頼が、ビディを穏やかな笑顔にさせるのです。


 「ルーシー、相変わらず、お元気そうですわね」


 「あたしは元気だけが取り柄だからね。ビディこそ、肌艶(はだつや)が輝いてるわよ」


 絶世の美女と、美貌の女剣士との、和やかな挨拶。


 それを遠目に眺めていた冒険者達は、憧憬の深い溜息を吐きました。


 「……あれ?麦酒(エール)がもう無いよ。ガルバン、俺に……あぁ、あとこの二人にも麦酒(エール)を」


 周囲の羨望の視線を知らぬかの様に、キロが惚けた声で言いました。


 二人の麗人は顔を見合わせて微笑を浮かべます。


 「キロさんがそう仰るなら、頂こうかしら ルーシーはどう?」


 「勿論頂くわ! ここの麦酒は帝都一だからね」


 酒場は再び、爆発的な活気を取り戻します。


 カイルたちは彼女たちの美しさを肴に酒を呷り、新人は遠巻きに憧れの眼差しを向け、ガルバンは満足げに笑いながら筒杯(ジョッキ)を磨きます。


 超々凄腕の忍者にして高位呪文の遣い手、そして高位錬金術師でもあるキロですが、


 最高の麗人たちに囲まれながら、「そこそこ腕の立つ盗賊」として振る舞う今の生活は、彼にとって、何物にも代えがたい、居心地の良い場所、そのものなのでした。


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