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二人の麗人


 帝都の午後は、穏やかな陽光が石畳を黄金色に縁取っていた。


 半月小路の「居心地の良い部屋」から表通りを隔てた先、赤金(あかがね)横丁に店を構える酒場『彷徨える勇者の休息亭』。


 その最奥にある、使い込まれた革張りの寝椅子(ソファー)がキロの定位置だ。


 「……ふわぁ。……眠いなぁ」


 黒い長袖の貫頭衣(Tシャツ)と細身の黒い穿袴(ズボン)に身を包んだキロは、背もたれに深く身体を沈め、半ば目を閉じていた。


 周囲からは「そこそこ腕の立つ盗賊」として認識されている彼は、今日も今日とて、怠惰な微睡みに身を委ねている。


 「あら、相変わらずね。あんた、そんなところで居眠りしてて良いわけ?」


 寝椅子が沈み、軽やかな声が響いた。


 薄紫色の短い髪を揺らし、白と黒の縦縞柄の連体着衣(ボディスーツ)に身を包んだ美女、美しき魔法剣士「魔剣の天使」ルーシーだ。


 彼女は慣れた仕草で脚を組むと、透けるような黒絹の肩掛け(ケープ)を整え、キロを覗き込んだ。


 「……ルーシーか。仕事なら昨日、二層に潜ってきたよ。小銭を稼ぐには十分だ」


 「ふーん。相変わらず欲がないわね。最近の迷宮は売り出し中の新人パーティーが幅を利かせていて、騒がしくて敵わないわよ。あんたみたいに気楽で自由な盗賊なら、そんな喧騒もどこ吹く風ってところかしら」


 ルーシーはサバサバとした調子で笑い、キロの足に自らの足を絡めた。


 彼女はキロの正体は知らないが、その洒脱で気負わない雰囲気に心地よさを感じ、こうして暇を見つけては彼と軽口を叩きにやって来る。


 そこへ、酒場の喧騒を鮮やかに彩るような、凛とした気配が忍び寄った。


 「……あら、皆様。ごきげんよう」


 入口に立っていたのは、至高の聖女ビディだった。胸元の大きく開いた純白の衣装を纏い、神々の造形と謳われる美貌には、揺るぎない品格と慈愛が宿っている。


 ビディは優雅な歩取りで店の奥へと進み、寝椅子に座るルーシーとキロに向かって微笑んだ。


 「ルーシー、キロさん、お久しぶりね」


 「ビディ。……大聖堂の仕事は終わったのかい?」


 ルーシーが親しげに声を上げた。


 「ええ。研究の方がひと段落つきましたので、少し風に当たりたくて。……ご一緒してもよろしいかしら?」


 ビディは淑やかな動作で、キロを挟んだ反対側の席に腰を下ろした。


 右に美貌の魔法剣士、左に至高の聖女。その光景は、酒場の荒くれ者たちが思わず声を潜めるほどに、美しくも静かな威厳に満ちていた。


 「ビディ。今日もまぶしいわね。休息亭も、あなたが来るとまるで大聖堂の一部みたいよ」


 「ふふ、ルーシー。貴女こそ、いつも美しいわ。」


 絶世の美女二人の穏やかな世間話が交わされる。


 気の置けない親友のルーシーとビディ。


 彼女達の間に流れるのは、静寂に近い和やかさ。


 キロは二人の麗人が放つ相反する空気を感じながら、ただ惚けた顔でエールを啜り、時折相槌を打つ。


 やがて、店主のガルバンが手紙を携えてやってきた。


 「ビディ司教、大聖堂から典礼の確認で至急の戻り要請です。……ルーシー、あんたも騎士団から指南役の呼び出しが来てるぜ」


 「……あら、残念。あまりゆっくりはできませんでしたわね」


 ビディは静かに立ち上がり、指先で金髪を整えた。


 彼女は人前でキロを誘い出すような無作法な口は利かない。


 ただ、去り際に一瞬だけ、彼と視線を合わせた。


 それは、他の誰にも悟られない、二人だけの()を約束する無言の誓いだった。


 「あたしも行くわ。キロ、また今度ゆっくりね」


 ルーシーもまた、快活に手を振って店を出ていく。


 初夏の陽光が翳ったような、気怠い午後の微睡みが戻ってきた。


 一人残されたキロは、二人が残していった残り香、聖女の清らかな香水と、女剣士の甘い汗の匂い、を感じながら、大きく欠伸をした。


 「……さて。俺もそろそろ、部屋へ戻るかな」


 彼は眠たげな目を擦りながら、寝椅子を立つ。


 その背中は、帝都を騒がせる二人の麗人に愛されている男とは思えないほどに、平凡で、どこまでも自由だった。



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