表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

雨音に溶ける蜜

 

 帝都を濡らす、しとしとと降り続く午後の雨。


 赤金(あかがね)横丁の喧騒は雨音に吸い込まれ、いつもより少しだけ世界が狭く、そして密やかに感じられた。


 『彷徨(さまよ)える勇者の休息亭』の二階。


 そこには、普段は開放されていない、蔦の絡まる小さな露台(バルコニー)がある。


 雨除けの(ひさし)が深く張り出したその場所で、キロは円卓に肘をつき、気怠げに外を眺めていた。


 「雨の日は嫌いじゃない。……足音が消えるからね」


 キロの呟きに応えるように、紅茶碗(ティーカップ)が皿に触れる繊細な音が響く。


 目の前には、聖職者の法衣を脱ぎ捨て、例の純白の短い丈の盛装(ワンピース)に身を包んだビディが座っていた。


 雨の湿気を含んだ金髪が、いつもよりしっとりと首筋に張り付き、その色白な肌を際立たせている。


 「足音だけかしら? あなたが消したいのは」


 ビディが微笑みながら、キロの茶碗に琥珀色の紅茶を注ぐ。


 しかし、彼女の足元は少しも慎ましくはない。


 円卓の下で、彼女の長い脚───白い網長靴下(あみタイツ)に包まれたその曲線が、キロの脚に絡みついていた。


 「お茶会にしては、少し刺激が強すぎるね、ビディ。……誰かに見られたら、君の聖女としての評判が台無しだ」


 「いいのよ。この露台(バルコニー)は、ガルバンさんにお願いして、貸し切りにしてもらったわ。……」


 ビディはそう言うと、椅子を立ってキロの背後に回った。


 柔らかな胸がキロの背中に押し付けられ、彼女の細い腕が彼の首に回される。雨の冷気と、彼女の体温。


 その対比が、キロの五感をじりじりと刺激した。


 「……ねえ、キロ。昨日のお仕事、少しだけ無理をしたでしょう?」


 「何のことだい。俺はいつだって、そこそこの仕事しかしないさ」


 「嘘をつかないで。あなたの肩に、わずかな強張りがあるわ。……私の目は節穴じゃなくてよ」


 ビディの指先が、治癒師としての卓越した精度で、キロの肩の筋肉を解きほぐしていく。


 だが、その愛撫は次第に治療の範疇を超え、彼の耳元をなぞり、黒い貫頭衣(Tシャツ)の裾から胸元へ、そして更にその下へと滑り込んでいった。


「……ふふ、ここも少し硬くなっているわね。……私が、魔法よりずっと効く『癒やし』を施してあげましょうか?」


 雨音は激しさを増し、周囲の視界を真っ白に染め上げていく。


 露台(バルコニー)を囲む蔦の葉が激しく揺れ、二人だけの空間を外界から完全に切り離した。


 キロは、首筋に押し当てられたビディの唇の熱を感じながら、彼女の腰を引き寄せた。


 純白の盛装(ワンピース)が雨の雫を吸って、彼女の抜群の肢体にぴたりと張り付いている。


 「……司教様にしては、随分と淫らな治療法だ」


 「あら、これは神々がお認めになった、たった一人のための秘蹟(ひせき)ですわ……」


 ビディの熱い吐息が、キロの首筋に零れる。


 雨音がすべてを隠してくれる。


 キロは、目の前の聖女が、自分の前でだけ見せる蕩けたような表情を指先でなぞり、ゆっくりと彼女を自分の方へと向き直らせた。


 重なり合う唇。


 混じる吐息。


 雨に濡れた露台(バルコニー)で、二人の怠惰な午後は、誰にも邪魔されることなく、深い愉悦へと沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ