雨音に溶ける蜜
帝都を濡らす、しとしとと降り続く午後の雨。
赤金横丁の喧騒は雨音に吸い込まれ、いつもより少しだけ世界が狭く、そして密やかに感じられた。
『彷徨える勇者の休息亭』の二階。
そこには、普段は開放されていない、蔦の絡まる小さな露台がある。
雨除けの庇が深く張り出したその場所で、キロは円卓に肘をつき、気怠げに外を眺めていた。
「雨の日は嫌いじゃない。……足音が消えるからね」
キロの呟きに応えるように、紅茶碗が皿に触れる繊細な音が響く。
目の前には、聖職者の法衣を脱ぎ捨て、例の純白の短い丈の盛装に身を包んだビディが座っていた。
雨の湿気を含んだ金髪が、いつもよりしっとりと首筋に張り付き、その色白な肌を際立たせている。
「足音だけかしら? あなたが消したいのは」
ビディが微笑みながら、キロの茶碗に琥珀色の紅茶を注ぐ。
しかし、彼女の足元は少しも慎ましくはない。
円卓の下で、彼女の長い脚───白い網長靴下に包まれたその曲線が、キロの脚に絡みついていた。
「お茶会にしては、少し刺激が強すぎるね、ビディ。……誰かに見られたら、君の聖女としての評判が台無しだ」
「いいのよ。この露台は、ガルバンさんにお願いして、貸し切りにしてもらったわ。……」
ビディはそう言うと、椅子を立ってキロの背後に回った。
柔らかな胸がキロの背中に押し付けられ、彼女の細い腕が彼の首に回される。雨の冷気と、彼女の体温。
その対比が、キロの五感をじりじりと刺激した。
「……ねえ、キロ。昨日のお仕事、少しだけ無理をしたでしょう?」
「何のことだい。俺はいつだって、そこそこの仕事しかしないさ」
「嘘をつかないで。あなたの肩に、わずかな強張りがあるわ。……私の目は節穴じゃなくてよ」
ビディの指先が、治癒師としての卓越した精度で、キロの肩の筋肉を解きほぐしていく。
だが、その愛撫は次第に治療の範疇を超え、彼の耳元をなぞり、黒い貫頭衣の裾から胸元へ、そして更にその下へと滑り込んでいった。
「……ふふ、ここも少し硬くなっているわね。……私が、魔法よりずっと効く『癒やし』を施してあげましょうか?」
雨音は激しさを増し、周囲の視界を真っ白に染め上げていく。
露台を囲む蔦の葉が激しく揺れ、二人だけの空間を外界から完全に切り離した。
キロは、首筋に押し当てられたビディの唇の熱を感じながら、彼女の腰を引き寄せた。
純白の盛装が雨の雫を吸って、彼女の抜群の肢体にぴたりと張り付いている。
「……司教様にしては、随分と淫らな治療法だ」
「あら、これは神々がお認めになった、たった一人のための秘蹟ですわ……」
ビディの熱い吐息が、キロの首筋に零れる。
雨音がすべてを隠してくれる。
キロは、目の前の聖女が、自分の前でだけ見せる蕩けたような表情を指先でなぞり、ゆっくりと彼女を自分の方へと向き直らせた。
重なり合う唇。
混じる吐息。
雨に濡れた露台で、二人の怠惰な午後は、誰にも邪魔されることなく、深い愉悦へと沈んでいった。




