古都の密談と駆け出しの野心
「金色の月光団」第九統率長、ヨハンが重厚な足取りで腰を下ろした寝椅子席。
そこは、つい先刻まで一人の盗賊が眠っていた場所だったが、今は古都の権力闘争の密談の場へと変貌していた。
ヨハンは、ヴェリティの隣で心酔したような眼差しを送るウェンディを一瞥してから、低く、威圧感のある声で本題を切り出した。
「……さて、ヴェリティ。積もる話もあるが、まずは現状を共有せねばなるまい。今回の件、君の命を狙って刺客を送り込んだのは、おそらくマラートの一派だ」
ヴェリティは、緑の網長靴下に包まれた脚を優雅に組み替え、光沢のある連体着衣を震わせながら僅かに眉を寄せた。
「マラート!?、第十一統率長……。あの方、次期大統率長の座を狙うのに、何をそんなに焦っていらっしゃるのかしら? 私を排除したところで、月光が彼に屈するわけではないのに」
「彼らにとって、君の人脈と発言力は、非常に邪魔な存在だ。
君を消すことで、総副長の威信を低下させ、 トライブ内の派閥均衡を崩し、一気に選任評議会を握るつもりなんだろう。
古都の幹部会でも、君の長期不在を突いて、発言力低下を画策する動きがある」
ヨハンの言葉は、有力トライブという組織特有の、血生臭い内部抗争を浮き彫りにした。
金色の月光団は全国的な組織であり、その十二の統率群は常に切磋琢磨し合うと同時に、冷徹な権力争いの渦中にあった。
「見ろよ、あの様子……。大トライブの上級幹部様だぜ。凄ぇなあ。俺もいつかトライブの幹部になって、みんなから羨ましがられる様になりたいぜ!!」
フリーの戦士ジェルジが、駆け出しパーティー「光の右手」のパウルに興奮気味に言った。
「俺だってそうだ。有名になって、いつか絶対、あの中に入ってやる。そして綺麗な女の子を隣に座らせて旨い酒を飲むんだ」
最奥の寝椅子で密談する三人の大トライブ上級幹部を見ながら、駆け出し冒険者の面々は、自分の未来の姿を、彼らに重ねるのであった。
一方で、中堅冒険者パーティー「銀の針」の頭目のカイルは、聞こえてくる、駆け出し冒険者の、浅薄な野心(とも呼べない「妄想」)に、顔を顰めながら、トライブ特有の窮屈さを察し、静かに付け台で麦酒の筒杯を傾けていた。
「それで、ヨハン。これからどうするつもり? 私に古都へ戻れと言うのかしら」
ヴェリティは透ける絹の肩掛けを翻し、蓮っ葉な笑みを浮かべて尋ねた。
「いいや、今は下手に動くべきではない。君は予定通り、この帝都での調査を続けてくれ。今回の刺客の失敗……忽然と姿が消えてしまったことに、奴らは当惑しているはずだ。
その隙に、ウェンディを筆頭に『千年の暁』が派閥の足並みを乱す工作を行う」
「ヴェリティ様、お任せください」
ウェンディが力強く頷く。
彼女にとってヴェリティは絶対的な道標であり、その名誉を守るためならば、いかなる過酷な任務も厭わなかった。
「……そう。それなら私は、もう少しここで 帝都の空気を楽しませてもらうわ」
ヴェリティの視線は、一瞬だけ、裏口の開閉音があった方向に向けられた。
誰もが大トライブの名声に群がり、彼女の地位と美貌に目を奪われる中で、ただ一人、何の興味もなさそうに逃げ出した「あの男」のことが、魔女の頭の片隅に妙に引っかかっていた。
だが、彼女はそれを口にはしない。
今はただ、ヨハンが運ばせた高価な葡萄酒を、楽しむだけに留めた。
有力トライブの重鎮たちが揃った「彷徨える勇者の休息亭」の夜は、立身出世を夢見る若者たちの熱気と、古都から持ち込まれた冷徹な陰謀の匂いが混ざり合い、これまでにない密度で更けていった。




