古都の巨星、休息亭に降臨す
赤金横丁の午後は、突如として緊張感に包まれた。
「彷徨える勇者の休息亭」の重厚な扉が開かれ、帝都の冒険者たちとは明らかに異なる、洗練されつつも圧倒的な武威を纏った二人の影が店内に足を踏み出した。
先頭を歩くのは、鍛え上げられた肉体を機能的な鎧に包んだ有名な上級熟練戦士ヨハン。
古都を拠点とする有力トライブ「金色の月光団」の第九統率長であり、その眼光は鋭くも理知的だ。
その後ろには、「千年の暁」の現頭目であるウェンディが、険しい表情で続いている。
「おい、あれ……『金色の月光団』の第九統率長じゃないか?」
「マジかよ、超大物の来訪だぞ。あそこに入れば、一生食いっぱぐれねえって話だぞ!」
「閃光の槌」のエイモスや「光の右手」のパウルら駆け出し勢が色めき立ち、憧憬の眼差しを送る。
有力トライブへの加入は、多くの者にとって最高峰の立身出世の糸口だからだ。
一方で、「疾風の虎」のセルゲイや「銀の針」のカイルといった中堅たちは、酒場の不穏な空気を察し、静かに麦酒の杯を置いて状況を見守った。
店主のガルバンが付け台の奥で身構え、用心棒のエゴンとライルがさりげなく扉の脇に移動する。
「いらっしゃい。……古都のトライブ様が、うちのようなしがない酒場に何の用だい?」
ヨハンが答えようとした瞬間、二階の露台から、美しい笑い声が降ってきた。
「まあ、ヨハン。それにウェンディまで。わざわざ帝都まで私を追いかけてくるなんて、よほど暇なのかしら?」
緑の連体着衣に身を包んだヴェリティが、高踵靴を鳴らして階段を下りてくる。
肉感的な肢体を揺らし、薄い黄緑色の肩掛けを翻す彼女の姿に、ウェンディは声を上げて駆け寄った。
「ヴェリティ様! ヴェリティ様の元へ刺客が向けられたとの報告がありまして……心配で居ても立ってもいられず参りました!」
「刺客? 私のところに? ……そんな気配、全くなかったけれど?」
元頭目の無事を確認して安堵の息をつくウェンディに対し、ヴェリティは心当たりがない様子で小首を傾げる。
数日前の夜、闇の中でキロがすべてを完璧に処理したことを、彼女は知る由もなかった。
ヨハンは、統率長として、そして良き理解者として、ヴェリティに信頼の籠もった視線を向けた。
「君が帝都でお茶を楽しんでいる間に、古都では君の安否を巡って一騒動起きていたんだ。魔導顧問殿。どうやら、君を快く思わない連中が裏で動いていたようでね」
「ふふ、そんなことが……。ヨハン、あなたたちが来てくれたなら心強いわ。心配をかけて悪かったわね」
「なあ、今のうちに売り込んどくか?」
無所属の戦士ジェルジが、中堅治癒士のフィリップに耳打ちする。
娼婦のアンナやエスメラルダは、大物たちの放つ気に当てられながらも、ちゃっかりとヨハンに色目を使おうと身なりを整え始めた。
そんな中、女給のミラとメルは、ヴェリティが注文していたお代わりの菓子を運ぶべきか迷っていたが、ヨハンが軽く手を挙げて制した。
「店主殿、積もる話もある。すまないが奥の席を貸してほしい。」
ガルバンが、ヨハンが指した最奥の寝椅子席を見ると、そこはもう、も抜けの殻で、居眠りしていたキロの姿は消えていた。
「……おや。あいつ、いつの間に出て行ったんだ?」
有力トライブの重鎮たちが現れる直前、何か気配を察知したのか、キロは女給のメルに「外の空気を吸ってくる」とだけ言い残し、裏口から音もなく出て行ったのだ。
ヴェリティは、空席となった寝椅子を見て、蓮っ葉に唇を尖らせた。
「本当に、逃げ足だけは神懸かっているわね。……いいわ、ヨハン。ゆっくり古都の話を聞かせてもらいましょうか」
古都の有力トライブの上級幹部が揃った「彷徨える勇者の休息亭」の夜は、かつてないほど濃密な熱気を帯びようとしていた。




