露台の審問
昼下がりの「彷徨える勇者の休息亭」。
ルーシーが、疑念をキロにはぐらかされた後。
二階の露台では、帝都と古都を代表する三人の麗人が、一つの円卓を囲んでいた。
至高の聖女ビディは、優雅に紅茶を傾け。
魔剣の天使ルーシーは、豪快に三杯目の麦酒を空け。
上位魔女ヴェリティは、運ばれてきた特大の菓子を頬張る。
「……ねえ、ところで」
ヴェリティが突き匙を置くと、赤い髪を揺らして一階の寝椅子を見下ろした。
「あのそこそこの盗賊さん。昨日、迷宮の罠を外した時の手つき、あれを思い出していたんだけど……。ただの盗賊にしては、無駄が無さ過ぎだったのよ」
その言葉に、ルーシーがニヤリと笑って身を乗り出す。
「あんたもそう思うかい? あたしもさっきアイツを突っついたんだよ。ビディと何やら『密な空気』で話してるしさ。ねえ、ビディ。あんた、あの優男の本当の腕前、何か知ってるんじゃないの?」
矛先を向けられたビディは、微塵も動じず、完璧な所作で紅茶碗を皿に戻した。
「……さあ。私はただ、ヴェリティ様やキロさんが、怪我もせず無事に帰って来られたことを、嬉しく思っているだけですわ。先ほども、その無事のご帰還を、祝福して差し上げただけですのよ」
「ふーん……お祝い……ねえ、……。」
ルーシーは、値踏みするようにビディを見たが、それ以上は何も言わなかった。
ヴェリティは意地悪そうな笑みを浮かべ、露台の手すりから身を乗り出して、一階で寝ているキロに向かって声を張り上げた。
「キロ! ちょっとこっちへいらっしゃいな。お姉さんたちが、あなたの隠し事について相談しているのよ!」
(……ちっ、面倒だな)
寝椅子で薄目を開けていたキロは、心の中で舌打ちした。
無視して寝続けることもできたが、ヴェリティのあの声だ。これ以上放置すれば、実力行使で引きずり上げられかねない。
キロはわざとらしく重い腰を上げ、あくびをしながら階段を上った。
「なんだい、お姉さんたち。俺は今、人生で一番大事な昼寝の最中なんだ……」
露台へ足を踏み入れたキロを、三者三様の視線が射抜く。
ヴェリティの視線は、獲物を解剖しようとする魔女の好奇心。
ルーシーの視線は、好敵手の裏側を暴こうとする剣士の直感。
そしてビディの視線は、すべてを包み込みながらも「さあ、どう切り抜けるのですか?」と楽しんでいる聖女の慈愛。
「キロ、あんだあ古都の言葉っでやづぁ知っでっげ?」
ヴェリティが唐突に、古都の古い方言で問いかけた。
「……? 何だいそれ、呪文か何かか?」
キロは一瞬の迷いもなく、小首を傾げて惚けてみせた。
修練によって大陸中の言語を一通り覚えている彼にとって、古都の方言など赤子の手をひねるようなものだが、ここでは、無知なそこそこの盗賊を演じ通す。
「ふーん。じゃあ、これならどう?」
今度はルーシーが、電光石火の早業で小刀を抜き、キロの鼻先へ突き出した。
常人なら腰を抜かす速度。だが、キロはわざと一歩遅れて尻もちをついた。
「わわっ! 何するんだよルーシー、危ないじゃないか!」
「……あんた、今の、一瞬だけ身体が反応しかけてたよね?」
ルーシーが目を細める。
「反応だって!?、誰だって目の前に刃物が出されたら、反応するだろ!」
「ふふ、二人とも。あまり彼をいじめては可哀想ですわ」
ビディが柔らかい声で割って入った。
「彼はただの、錠開けと罠の解除が得意な盗賊さん。それ以上でも以下でもありません。……ねえ、キロさん?」
ビディの瞳がキロを捉える。
その瞳の奥底には、互いを知る者同士の、沈黙の共有があった。
彼女が助け舟を出してくれたおかげで、ヴェリティとルーシーの追及は、一旦止んだ。
「まあ、ビディ様がそう仰るなら、今はそういうことにしておいてあげるわ」
ヴェリティは不敵に笑い、キロに菓子の最後の一切れを差し出した。
「でも、いつかその仮面の下を、じっくり見せてもらうからね」
「……仮面なんて持ってないよ……」
キロは差し出された菓子を一口で頬張ると、逃げるように露台を後にした。
背後から、三人の美女たちの華やかな笑い声が聞こえてくる。
(……やれやれ。帝都で一番恐ろしいのは、迷宮の怪物じゃなくて、あの露台にいる女たちだな)
一階の寝椅子に戻り、深く息を吐き出す。
「そこそこの盗賊」を続けるのも、なかなか骨が折れる。
キロは再び腕を組み、騒がしくも平穏な日常の喧騒の中で、眠りの楽園へと己が意識を沈めていくのであった。




