迷宮の罠
人狼が潜んでいたとされる大広間を抜け、さらに奥へと続く細い回廊を進んでいた時のことだった。
ヴェリティは人狼の残した痕跡を追うことに集中しており、その足取りは上位魔女らしい自信に満ちていた。
「やはり不自然だわ。人狼たちがこれほど組織的に動けたはずがない……誰かが背後で手引きをして――」
彼女が次の石畳に足を踏み出そうとした瞬間、気怠げに後方を歩いていたキロの目が鋭く光った。
「お姉さん、止まれ!」
キロは素早く手を伸ばし、ヴェリティの細い腰を引き寄せた。
突然のことに彼女が均衡を崩し、キロの胸元に倒れ込む。
「な、何を……っ!」
彼女が抗議の声を上げるよりも早く、彼女が踏んだ石畳がわずかに沈み込んだ。
直後、左右の壁から凄まじい速度で数条の鋼糸が飛び出し、空気を切り裂いた。
もしキロが止めていなければ、彼女の美しい脚や肢体は無残に切り刻まれていただろう。
「……これ、人狼の仕業じゃないわね」
ヴェリティが青ざめた顔で鋼糸を見つめる。
キロは「そこそこの盗賊」らしく、大袈裟に肩で息をしながら、震える手で腰懐から鉄の輪っかに束ねた解錠具を取り出した。
「ひっ、ひどい罠だ……。お姉さん、これは古都の『月光団』が使うような高度な機械式罠じゃないか? 俺みたいな優秀な盗賊じゃなきゃ、見逃してるところだったぜ」
キロは這いつくばるようにして床を調べ始めた。
実際には、彼は超々凄腕の忍者としての卓越した感覚で、数丈先にある感圧板の微かな違和感を見抜いていた。
だが、彼はあくまで「そこそこ腕の立つ盗賊」の技術として、慎重に罠の起点を探る。
「見てな、こういうのはこの隙間に道具を差し込んで……ほら、カチッて音がしただろ?」
キロが手慣れた手つきで鋼糸の張力を緩めると、罠は沈黙した。
彼はあくまで一般的な盗賊が用いる罠解除の技術だけで、鋼線の罠を無効化したのだ。
「……助かったわ、キロ。あなた、本当に、そこそこどころじゃない技術を持っているのね」
ヴェリティは安堵の溜め息をつき、自分を救った若い男をまじまじと見つめた。
一方のキロは、わざとらしく額の汗を拭い、惚けた顔に戻る。
「よしてくれよ、今のはただの運だ。俺は臆病だから、地面の汚れが気になっただけさ」
キロはそう言って、ふにゃりと笑ったが、ヴェリティの胸中には、この盗賊に対するさらなる好奇心と、ぼんやりとした信頼が芽生え始めていた。




