迷宮の休息と古都の火種
北の迷宮の第三階層、人狼の群れが潜んでいたとされる大広間の手前で、二人は小休止を取ることにした。
ヴェリティは周囲に火の精霊による警戒網を張ると、近くの石段に腰を下ろし、ふうと溜息をついた。
その姿は帝都で見せる妖艶な上位魔女というより、重責に疲れ果てた一人の女性のようだった。
「……ねえ、そこそこの盗賊さん。あなたは気楽でいいわね」
ヴェリティは肩掛けを脱ぎ、豊かすぎる胸元を揺らして大きく伸びをした。
キロは少し離れた場所で、いかにもそこそこの盗賊らしく、周囲の暗闇を怯えたように見張りながら答える。
「俺はただの案内役だ。古都の偉い魔女様が、そんな顔をしてちゃ、様にならないぜ」
「トライブの魔導顧問なんて、外から見れば華やかだけど、中はドロドロの権力争いの被害者よ」
ヴェリティは自嘲気味に笑い、古都の裏事情をぽつりぽつりと漏らし始めた。
古都の有力トライブ「金色の月光団」の内部では、今、次期総長を巡る派閥争いが激化しているという。
「今回、私が魔物の群れを追って帝都まで来たのも、実は体裁のいい厄介払いなの。私がトライブ内で発言力を持ちすぎるのを嫌った連中が、失敗しても成功しても角が立つような仕事を押し付けたのよ。
指導管理官なんて聞こえはいいけれど、実態は火中の栗を拾わされているだけ」
彼女はそう言って、鞄から取り出した小さな焼き菓子を口に運んだ。
「……甘いものだけが、私の味方。ねえ、この後もし上手く調査が終わったら、休息亭で一番高いお菓子を奢ってくれる?」
キロは盗賊らしい呆れたような顔をして見せた。
「お姉さん、俺の報酬がその菓子代で消えちまうだろう?。だがまあ……あんたがそんなに大変なら、無事に地上まで案内するくらいはしてやるよ」
キロの言葉に、ヴェリティは少しだけ驚いたように目を見開いた。
この男からは、やはりただの盗賊にはない余裕が感じられる。
「あら、意外と優しいのね。頼りにしてるわよ、案内役さん」
ヴェリティは立ち上がり、再び魔女の顔に戻った。
彼女が知らないだけで、キロは既に数え切れないほどの魔物の気配を、ヴェリティに気づかれることなく処理していたのだ。




