ヴェリティの報酬と赤金横丁の夜
迷宮の調査を終え、帝都の大門をくぐる頃には、空は濃紺の帷に包まれていた。
赤金横丁に街燈が灯り、冒険者たちが夜の宴へと繰り出す賑やかな音が聞こえてくる。
「うーーーん、ふぁー。……約束通り、無事に送り届けたぜ、お姉さん」
二人が、表通りと赤金横丁の角に建つ西龍館の前まで歩いて来た時、キロは、大きく伸びをした。
そんな彼を、魔女のヴェリティはどこか熱を帯びた瞳で見つめていた。
「ええ、本当に助かったわ。あの罠を切り抜けたのは、あなたの実力のおかげね」
彼女はそう言うと、キロの腕に自分の豊かな胸を押し当てるようにして絡め取った。
肉感的な肢体から漂う甘い香りが、夜の風に乗って鼻をくすぐる。
「『無事に戻れたらお菓子を奢って』って言ったけど、逆だったわね。……ねえ、今夜は私の部屋に寄っていかない? 古都の良いお酒があるの。あなたになら、もっと特別な『労い』をしてあげてもいいわ」
ヴェリティは艶のある低い声で囁き、キロの耳元に吐息を吹きかけた。
誘惑混じりの提案は、帝都の男なら誰もが理性を失うほど妖艶なものだった。
しかし、キロはそこそこの盗賊らしい、少し困ったような、だがどこか飄々とした笑みを浮かべた。
「お姉さんの誘いは魅力的だけど、俺は今日、働きすぎてクタクタなんだ。酒と『労い』は、またの機会にしてくれよ」
彼は器用に身をかわすと、ひらひらと手を振って「彷徨える勇者の休息亭」の方へと歩き出す。
「……ふふ、振られちゃったかしら。でも、ますます面白い男ね」
ヴェリティは不満げな声を上げつつも、その口元には笑みが浮かんでいた。
彼女のような立場の女性を、これほど軽やかにあしらう男など、古都にもそうはいない。
一方、休息亭の二階露台では、帝都が誇る二人の麗人、「至高の聖女」ビディと、「魔剣の天使」ルーシーが、夜空を眺めながら、静かに語り合っていた。
「キロのやつ。そろそろ帰って来てもいい頃合いなんだけど、ひょっとして、あの美人魔女に誘われて、何処かにしけ込んだりしてるんじゃないかしら?」
ルーシーが心配顔で、麦酒を呷った。
「さあ、どうでしょう。キロさんは自由をこよなく愛する方ですから。ヴェリティ様の強引さは、少しお気に召さないのではないかしら?」
ルーシーの懸念をよそに、ビディは優雅に紅茶を味わいながら、静かに笑みを浮かべた。
その時、露台の下から眠たげな声が聞こえた。
「やあ、ルーシー、司教様、日暮れにお茶会かい?」
キロが、露台の二人を見上げて、ふにゃりと笑っていた。
「ちょっと、遅いじゃないの!?。今夜はあんたの奢りなんだから、そんな所で突っ立ってないで、早く入ってきなさい!」
先ほどまで心配していたのが嘘のように、笑顔に戻ったルーシーは、露台の席を立つと、筒杯を持ったまま、足取りも軽く、一階の最奥の寝椅子へと降りていった。
「ビディ、貴女も早く!。今夜はあいつの金で、とことん飲むわよ!」
ビディは苦笑を漏らし、それでも嬉しそうに微笑むと、ルーシーの後を追うように、静かに階下へと向かうのであった。




