酒場の情景
赤金横丁に店を構える冒険者たちの溜まり場『彷徨える勇者の休息亭』
その重厚な扉を押し開ければ、そこには熱気と麦酒の匂い、そして様々な境遇にある者たちの剥き出しの会話が渦巻いていた。
酒場の店主ガルバンは、付け台で上機嫌に鼻歌を歌いながら筒杯を拭き、看板娘のミラが「はいはい、麦酒三つね!」と忙しなく円卓の間を縫う。
その脇では、強面の用心棒のエゴンやライルが壁に背を預け、鋭い眼光で不埒な輩がいないか目を光らせていた。
そんな喧騒の最奥にある寝椅子。
そこに、冒険者界隈で「そこそこ腕の立つ盗賊」として知られるキロがいた。
引き締まった細身の体に、黒い長袖の貫頭衣と細身の黒い穿袴という、冒険者には不似合いな軽い出立ち。
色白で甘い顔立ちをした彼は、周囲の騒ぎを子守唄に、微睡みの中にいた。
周囲は露ほども知らないが、実は彼は、超々凄腕の忍者であり、高位魔法や禁忌の錬金術を極めた者である。
面倒事が嫌いな彼は「そこそこ腕の立つ盗賊」を偽り、時折助っ人の依頼を受け、また誰にも知られずに、独りひっそりと迷宮に潜っては、お宝を手に入れて金に換えている。
ふと露台に目を向けると、そこにはこの酒場の荒々しさを忘れさせる、対照的な二人の麗人がいた。
「至高の聖女」ビディは、眩いばかりの純白の丈の短い連裳に白い網長靴下を合わせ、優雅に紅茶碗を傾けている。
その向かいには、黒と白の縦縞柄の連体着衣に黒の網長靴下という、挑発的な姿の美貌の女剣士「魔剣の天使」ルーシー。
二人は微睡むキロを時折一瞥しながら、静かにお茶を楽しんでいた。
一方、酒場の喧騒は止まることを知らない。
「……おい、アンナ。今夜は空いてるんだろ?」
娼婦のアンナの肩を抱き寄せようとするのは、駆け出しの癖に粗野で乱暴者のジェルジだ。
「悪いわね、先客がいるのよ」
アンナは冷たくあしらうが、ジェルジはしつこく食い下がる。
「よせよ、ジェルジ。みっともねえぞ」
中堅パーティー『銀の針』の頭目、カイルが呆れたように声をかける。
その隣では、初心者パーティー『光の右手』の頭目、パウルが「いつか俺たちもカイルさんたちみたいに……」と仲間と作戦会議を広げていた。
キロは薄らと目を開け、その光景を眺める。
(……さて、次はどのパーティーが『まともな計画』を立てるかな。死人が出そうな面倒な依頼は御免だが、まともな依頼なら引き受けてもいいな……)
彼は、自分が助っ人に入ったパーティーから死人を出し、疫病神と悪評を立てられないよう「そこそこ腕の立つ盗賊」として真面目に力を尽くしている。
だからこそ、『まともな計画』か、そうでないか、非常に重要になるのだ。
「キロさん、あんたまた寝てるの?」
ミラが麦酒を運びながら呆れた声を出す。
キロは甘い微笑を浮かべ、再び寝椅子の背に体を預けた。
「……いいじゃないか、ミラ。ここは休息亭だろ?」
超々凄腕の忍者は今日も、しがない盗賊として、最高の怠惰を満喫しているのだった。




