8 「難易度の高い女ティア」
「本日の行程はこれで完了か?」
「はいっ、先生♪」
日曜、正午。
数時間かけて磨いた教会の壁や床、拾い集めたゴミなどを見下ろしていれば、こちらに歩み寄るティアが笑顔で頷いた。
日曜の教会は朝から礼拝や説法を行うのが常だが、今日は牧師や修道女などが一斉に掃除を行う日であった。救いを求める子羊を相手に、相談場所が小汚いようでは示しがつかん。ゆえに『掃除』と一言に言ってもなかなかの手の込みようであり、こうして朝から昼までたっぷりと手間暇をかけることとなった。
白亜の礼拝堂が見下ろす中庭にて、使い終わった竹箒を壁に立て掛ける。和服に付いた埃などを払っていれば、ティアがニコニコ笑顔でこちらに聞いた。その垂れ気味で優しげな瑠璃色の瞳を、一層じんわりと温かく細めながら。
「それにしてもどうしたんですかぁ、先生? いきなり『手伝いたい』だなんて。先生、宗教はお嫌いなはずですのに。もしかして、信仰心がお目覚めに……なんて?」
「はん」
聞いていて分かっているだろうに。鼻で笑って答えた。この無双の戦鬼、元来神など信仰する機能を持ち合わせてはいない。神などと……俺にとってそれは信仰する対象ではなく、殺す対象の名よ。
周囲にいる修道女達もこっそりと興味深そうに聞き耳を立てる中、俺はティアに向け牙を見せて笑う。
「今日の仕事は、大掃除が終わり次第終了と聞いたぞ」
「そう、ですね?」
不思議そうにコトリと小首を傾げれば、白金色の長い髪と、尻まで隠すフードの端が揺れる。
そんな美しい修道女へ、不敵に笑って告げた。
「ならばここから先の時間、この悪鬼が貰い受ける」
「ふぉっ? と、言いますとぉ~……?」
「──デートの時間など、長ければ長いほどよい。だから柄にもなくこうして神の庭など掃除してやったのだ。全てはティア、お前と長く時を過ごすためにな」
「ふおぉっ!?」
言いつつその柔らかな手を取れば、ティアは途端に滑らかな肌を朱に染めた。聞き耳を立てていた周囲の修道女からも黄色い声が上がる。ティアが職場に俺達の関係をどのように伝えているかは知らんが、悪鬼がこの聖女に懸想をしていることを隠す必要などあるまい。
あわあわする聖女様の手を引きつつ、同じくあわあわする修道女達の一人に声をかけた。
「では、我々はこのままデートに行くぞ。構わぬな?」
「へっ? は、はい……! あの、お疲れ様でしたブラザー酒上……ペルフェクティオ様、いいなぁ……」
「クハハ……!」
「ふおぉ~~~……」
羨望の眼差しに見送られながら、教会の敷地を出る。無論、先程から照れてばかりの可愛い聖女と手をしっかりと絡めながら。
ズンズン歩くこちらに、ティアは火照る肌を隠すようにして俯きつつ言う。
「あのあの、先生……? しょ、職場でぇ~、そういうのはぁ~、困っちゃうと言いますかぁ~……」
「好いた女をデートに誘うことすら、貴様等の信仰する神は許してくれんのか?」
「先生、修道女は恋愛禁止なんですよ……」
「して、本音は」
「……………………エイメン」
年若い修道女達がいる中で、小娘である己がいの一番に男から声をかけられ、あまつさえそのままデートに直行すると言うのだ。本人は聖句を唱えて煩悩を祓おうとしているが、頬がデレっと緩んでいるぞ。悪い気はしなかったに違いない。俺も『この聖女は俺の女である』と周囲に主張でき、良い気分だった。
満足げな鼻息を鳴らす俺に、ティアは空いた手の人差し指でこちらの胸をいじらしくツンツンとする。
「も、もぉ~……明日からどんな顔して職場に行けばいいんですかぁ~……」
「少なくとも、今のような顔をしていれば『楽しいデートだったのだな』と丸分かりであろうな」
「は、はじゅかちぃ~……! もう、先生ったら……もうもうっ……♡」
ケツとタッパのでかい女は好きだ。その上、浮かれた様子で甘い声を出しつつ、男に甘えてくるアラサーもまた好きだ。
「デートに誘うだけでデレデレしおってからに、可愛い小娘め。男に安く思われてしまうぞ?」
「これでも私、世界で三番目に強い剣士なんですよ。そんな私より強い殿方にしかときめきませんので、実際は滅茶苦茶に難易度の高い女なんですよ。誤解なされませんよう! いえホントに。難易度の高い女なんですからね!?」
「さすがは初夜にておもむろに『ちょっと本気で抵抗してみていいですか?』などと言い放ち、返事も待たず光の速度で鬼の首を刎ねようとした女だ。言うことが違う」
「最強のエクソシストがそのまま襲われちゃうというのは色々と沽券に関わりますので~……」
最強の祓魔師を抱くというのもなかなかに一仕事だった。あの夜には初雪が如き乙女の身体を想い、努めて優しくしてやっていたというのに。
もちろんそんな斬撃をすんでのところで止めた俺はそれを"合意"とみなし、反抗する生意気な小娘をそのまま組み敷いてブチ犯した。お望み通りにな。悦んでいたのでよし。
そんな要求の高い困った聖女様だが、愛しい女のワガママや甘えを受け止めてやるのも俺の務めだ。そうしてやれるのはこの俺のみ。彼女がそうしてくれるのも俺へのみ。それはつまり、
「つまり俺だけの聖女というわけだな?」
「……そ、そうでぇ~す……♡」
ええいクソが。途端にしおらしくモジモジする姿がたまらなく愛らしいな! やはりアラサーが十代のような可愛い仕草をする時にしか得られぬ栄養素がある。摂取するとあまりの可愛さにときめいてしまうが、副作用として苛ついてしまう。この可愛い小娘めが!
悪鬼から良くない目で見られていると自覚しているのか、ティアは上目遣いのまま話題を変えた。
「ところでぇ~……ど、どちらに行かれる予定なので? 修道服のままだと、大通りとかに出ちゃうとちょっぴり悪目立ちしちゃうかな~って……事前に言っておいてくだされば、卸したての私服を用意しましたのに」
「ああ、その必要はない。それに伝えてしまえば"さぷらいず"にならんだろう。それともティアは"さぷらいず"をしてくる男は嫌いか?」
「ちゅきぃ……♡ しかし『必要はない』って……ま、ましゃか……w」
服を用意する必要がないという文言で、ティアはデュフデュフと笑い出した。
「ましゃか、このまま……ら、ラブホテルデートですかぁ~!? ふおぉ~……! せ、先生ったらもうっ。いけませんよ? うら若き十代の乙女達を差し置いて、私のような結婚適齢期かつ妊娠適齢期の美修道女をお昼から誘ってしまうなんて! 主は決して、お許しになんてなりませんっ。ですがぁ~、私より強い悪鬼にぃ~、無理矢理連れ込まれてしまってはぁ~、か弱き聖女としては~、抵抗できないって言いますかぁ~……? むしろ子を産み育むのは少子高齢化の進むこの国に対する奉仕なのではぁ~……? 私も子作りに協力したいな、みたいなぁ~~~??? な、な~んちゃって、なんちゃって!!」
「ところで異世界から帰って、妊娠検査薬は使用したのか」
「怖くてしてません」
仕事の締め切りを見て見ぬふりする社会人のような動きはやめておけ。
「そこは『不妊の加護がありますから』とでも言っておけばいいものを……」
「そんなの分からないじゃないですか」
なぜちょっとキレ気味なのか分からない。
「……身体に変調など感じれば、すぐ俺へ連絡するのだぞ。飛んでいく」
「だ、大丈夫ですよぉ……ですがその時には……でへ」
「責任も取れば、秘蹟編纂省との仲立ちもする。ああ、いい機会ゆえ聞いてみるが、エリィにもそうした加護が?」
「あの子、初潮来てませんよ」
誤解を招かぬよう言っておくが、聖剣の人型化に際しそういった細やかな女性としての機能が実装されているか未知数である……という意味であることをここに申し添えておく。確かに俺は悪鬼でロリコンだが、そんじょそこらのロリコンとは一線を画す正義のロリコンだからな(矛盾)
意地悪な言い方をしたティアの頬を、両側から片手で掴み「ぶにゅう~……」とぶちゃいくな顔に整形しつつ、こちらの思惑を晒した。
「先日、マスターに洋服を見立ててもらっていただろう」
「ぶにゅ……しょ、しょれで?」
「ならば俺からは和服を贈ろうと考えたのだ。ゆえ、我が妹分の一人が経営する和雑貨屋にこうして向かっている。『必要はない』と言ったのは、つまりそういうことだ。容赦なく着てもらうゆえ覚悟しておけ」
「和服っ。先生やお姉さまが着ておられる民族衣装ですねっ?」
「民族衣装……まぁ、そうだな」
伊太利亜人女性からすれば、確かに和服は『民族衣装』か。少々不思議な響きだ。だが日本人ですら和服を常用せぬこの現代、もしかすれば日本人でさえ和服のことを『民族衣装』とどこか距離を置くような表現で示す時が来るのかもしれん……悪鬼は悲しい……。
日本の未来を憂う間にも、しかしティアは新しい服を着られると知り瞳を輝かせていた。お洒落ができることが嬉しいのは老若男女で変わらぬ事実だろう。
その高揚ぶりに慰められつつ歩を進み続け……俺達は陰陽局支部長・六条このはが経営する和雑貨屋『式守』の自動ドアを潜った。
「このは。できているか?」
「あにさまっ。はい、もちろんですとも!」
店員用の若草色の着物を着た中学生女児に声をかければ、気持ちの良い返事が返ってくる。さすがは俺の優秀な妹分だ。
そんなこのはは、どこか刀花に似せた髪型である赤い組み紐で纏めた黒髪を靡かせつつ、「こ、こんにちは~……」と恐縮するティアに笑みを投げる。
「いらっしゃいませ、ユースティア=ペルフェクティオ様。かの高名なバチカンの剣姫様にお会いでき、恐悦至極に存じます。そのお召し物を用立てられますこと、重ね重ねまこと光栄の至りでございます」
「ふおぉ……仕事のできるちっちゃな女の子可愛い……あ、あの、えと、和服って、日本人以外の人でも着て大丈夫なのでしょうか~……?」
「はい大丈夫ですよ! デザインの指定とお金は既にいただいており、品物も用意しておりますので……さささどうぞこちらへ」
「えっ。つまり私のスリーサイズも知って……? えっ、いつ? 先生? えっ?」
「行ってこい」
このはに引っ張られ、試着室に連れ去られていくティアを見送る。ブルームフィールド邸に来た初日に、各数値を己で暴露したことを忘れたのか? 無論、ここ一ヶ月でその垂れ気味の乳が微増量されていたこともこの悪鬼は把握済みだ。なぜ知っているのか……? 俺は無双の戦鬼だからだ。端的に言えば俺が揉んで育てた。
『それでは着付けの方、失礼いたしますね~……おぉ』
『い、いったいなにが『おぉ』なのでしょうかっ? お腹周りですかっ!? 腰のお肉周りですかっ!?』
『いえいえ~、大丈夫ですよ~。工夫すれば全部入りますので~』
『工夫しないとダメな身体ってコトです……!?』
そうしてカーテンで仕切った向こうから『うっ……!』だの『ふっ……!?』だのと息が詰まるような吐息が時折聞こえてくる。強く締められているな。身体の起伏がない方が似合うというのは通説だが、姉上のように一部が豊かだと、ああして強く締めねばまろびでてしまう。仕方のないことなのだ。
日本酒の陳列を眺め無聊を慰めていれば……すったもんだありつつも着付けが終わったのか『あにさま~?』とこのはに呼ばれる。
試着室の前に立ち、準備万端に告げた。
「いいぞ。見せてくれ」
『それでは……どうぞっ』
『は、はひっ』
シャッとカーテンが一息に捲られ、お召し替えを済ませたティアが姿を現す。
その身は質素倹約を体現する白黒の修道服から一転して、彼女の柔らかな雰囲気に合致する淡いクリーム色の和服に包まれていた。その仄かな明るさはティアの特徴的な白金の髪とよく映えているように思う。一方で帯は黒く、美しい百合の花が咲いている。修道服と似た色合いだが、やはり花があると文字通り華やかとなるな。
先端のカールした髪も三つ編みにして前に垂らしたティアは、テレテレと上目遣いで聞く。
「え、えっと、どうでしょうか~……」
「いやはや。美人は何を着ても似合うと言っては元も子もないが、男の好む服を着てくれたとなると一際似合って見える」
「に、似合ってます? ほんとに?」
「ああ、大変に美しい。毎日着て見せてほしいと思うくらいだ」
「……でへ♡」
そのだらしのない笑みも、和服を着用しているとより愛らしく見える。これは贔屓目だがな。
その出来映えにこのはも満足しているのか、どこかドヤ顔でこちらに親指を立てていた。
「ご満足いただけたようでなによりですっ。ああ、本日ご都合のつかなかったエクスカリバー様のものは、お屋敷に郵送でよろしいので?」
「そうしてくれ。俺達はここからお揃い和服デートに移行するゆえな」
「お、お揃い和服デートですかぁ!? ちなみに先生、お揃い和服デートって?」
「目的もなくぶらつく。それだけだ」
「ほ、ほほ~う……?」
「ふふ、ご利用ありがとうございました! またのお越しを~♪」
このはに見送られ、揃って和服を着た男女が道を征す。
目的もなく歩くことに当初は疑問を覚えていたティアだったが……次第に道行く者達に注目され、あまつさえ『綺麗』や『お揃いでお似合い』といった黄色い声が届けば、その頬も羞恥と歓喜で染まっていく。
「たまにはこうして、当て所なく歩くのみというのもよいものだろう?」
「は、はい……」
「楽しいか?」
「は、はひっ」
「……幸せか?」
新しい服装を見せびらかし。
周囲から称賛を投げられ。
そして熱々の恋人同士であることを、道行く者達に周知させ……。
「し、しゃあわせぇ……♡」
「ククク……」
修道女に不足しがちな承認欲求を、その視線や声によって大いに満たされ。
フニャフニャとなる和服伊太利亜人女性を、俺は肩を震わせつつ愛でるのであった。




