7 「ごめんなさい、ティア@二回目」
「今日の買い出し当番は……エリィと一緒か」
長期休業中となると、住民が常に家にいるため物品の消費も激しくなる。おかげで買い出しの頻度も増え、こうして当番の回りも早い。
冷蔵庫の横に貼られた、各人の必要なものが逐次書き込まれるリストをひっぺがし、眺めながら踵を返す。今日は……それほど多くないな。
(一人でも可能だが……いや)
勝手に行こうかと思ったが、内心で首を横に振る。
(エリィとは、異世界旅行以降あまり話せていなかったからな)
その後には英国遠征などもあり、なんだかんだといって二人で話す時間を取れていない。あやつがティアにべったりというのも理由の一つではあるが。
(良い機会だろう)
玄関前の大広間に出ながら、うむと頷く。
あやつはティアの相棒であり、リゼットや刀花の友人かつメイドでもあり、姉上の信奉者でもある。
そして……妖しげな催淫効果があった料理の影響とはいえ、一度は悪鬼に抱かれた女だ。皆がいる時などはいつも通りツンツンしたメイドであるが、俺と二人きりである時にはどういった対応をするのか知りたい。あのメイドとはまだまだ関係性が発展途上だ。これからも長い付き合いとなるのだから、時折親睦は深めておかねばな? 大袈裟な反応が見ていて楽しいというわけでは決してないぞ?
そうして俺は口角を歪に上げつつ、階下から声を張って呼び掛けた。
「エリィ! そろそろ出掛けるぞ!」
『っ!? わ、分かった……! 少し待っていてくれ!』
一瞬、戸惑うような吐息が聞こえたが、真っ直ぐで愛らしい声が返ってきた。『なぜ貴様と』などと渋られるかと思ったが、与えられる役割には忠実なメイドなのであった。この邸宅に世話になっている身として、リゼットへの義理立てもあるのだろう。
そうして広間で腕を組んでしばし待ち……何を手こずっているのかと思うほどには待ち続け……。
そろそろあのメイド服に隠された薄い尻をひっ叩く頃かと思い始めていれば、上階から小さく控え目な足音が聞こえてきた。ようやくか。
壁に預けていた背を剥がし、視線を上げれば──、
「ま、待たせたな……」
……そこには。
清楚な、一人の淑女がいた。
生真面目そうに切り揃えられた短い金髪や、大粒のトパーズを埋め込んだかのような瞳はそのままに。
しかしその装いが……常に着込んでいるメイド服とは異なっている。
白の色合いが爽やかなシャツの、袖口や襟部分に誂えられたフリルは上品かつ可憐。その中央を飾る赤いネクタイは彼女の凛とした雰囲気にも合致しておりよく映える。ふんわりと裾に向け広がってゆく黒いギャザースカートは丸っこい膝を隠すほどの丈に留め、少女らしさと女性らしさを両立させていた。小さな頭にちょこんと乗った薄茶色のベレー帽も小洒落ておる。なぜ美少女という生き物にはベレー帽が似合うのか。
「……」
「……」
そんなゴキゲンな格好をした少女が目前で立ち止まり、無言で向き合う。
まるでこれからデートにでも向かうかのような出で立ちの少女だが……買い出しに行くだけだぞ。恐らくこの見立てはリゼットの趣味だろうが、それほど衣類を贈られたのが嬉しかったのだろうか。ああ、そういえば先日の"ぷろふぃーる"にも『可愛いものが好き』とは書いてあったな。
「……もじもじ」
「ん……」
常であればツンツンとした視線も鳴りを潜め、どこか落ち着きなくその辺をさ迷っている。"えこばっぐ"でも探しているのか? それならば戦鬼の袖に常備してあるぞ。俺は倹約戦鬼であり、"えこ"戦鬼なのだ。俺の生み出す"神の杖"が無料で、レジ袋がなぜ有料であるのかつくづく疑問に思う。
(ふむ……?)
たかだか買い出しに行くだけだというのに、さてはこやつめ何か勘違いを……む。
(先程俺は『出掛けるぞ』と言ったが、『買い出しに行くぞ』とは言っていなかったか)
もしやこの聖剣め。悪鬼からデートに誘われたとでも思っているのか?
だがなるほど得心がいく。それならばメイド服を脱ぎ、最近買ってもらったばかりのおべべを、時間をかけてまで着てくるのも納得だ。よく見れば、控え目にだが化粧もしているな?
(なるほど、なるほど)
クツクツと笑う。
これだから空回りする生真面目な少女を見るのは楽しく、そして止められんというのだ。
モジモジそわそわして、こちらの反応を窺う人間初心者な少女。リゼットと同程度の背丈が、その小動物のような仕草でより小さく見える。凹凸の少ない身体の線を華やかな服が包み込み、どこかおしゃまな中学生を見ているかのようだ。
そんな少女を前にして。もちろん悪鬼たる俺は、唇を不敵な形に曲げつつ──、
「では行こうか、エリィ。しかし見違えたな、その洋服。いったいどこの育ちのよいお嬢様が、この屋敷に逗留しているのかと思ったほどだ」
「あ──」
……手を、差し伸べた。
予定は変更だ。買い物なんぞ後でもできる。今はこの少女が世界で唯一知る男として、その責務を果たさねば。
ついでにその出で立ちも褒めれば、エリィは頬を染め更に視線をキョロキョロさせる。
そうして差し出されたこちらの手に、躊躇いを見せながらも……、
「と、当然だ。私は世界一の聖剣なのだからな……♪」
隠し通せぬ頬の緩んだ笑みのまま、そっと柔らかな手を重ねてくるのだった。やるではないか聖剣エクスカリバー! どうやら他の少女達との交流は、着実にこの聖剣の人間らしさを育んでいるらしい。かつての俺と同じだな。
そうして指の第一関節を引っかけるのみのいじらしい手繋ぎのまま、街へと繰り出した。真夏の太陽に照らされ焼けたアスファルトの香りが、我々に嗅覚から夏を刺激して止まない。
「ど、どこへ行くんだ……せ、先輩?」
「そうだな……」
周囲から寄せられる視線(特に男)に少々ビクビクしながら、エリィが聞く。
ハッキリ言って無計画だが、おくびには出すまい。ティアはエリィのことを『ベタなのが好き』と言っていたはず。こうして手を引かれるまま男に道行きを任せているあたり、デートに関しても男に一任したい方針なのであろうことが察せられる。
夢見る少女の夢は壊すまい。宝を破壊することも時には愉悦となるが、今は愛でたい気分なのでな。
(可愛いものが好き、か……)
どこか不安そうにするエリィを隣に置きながら、思考を巡らせる。日差しも強いゆえ、早く決めてやらねば。彼女のこの言葉数の少なさも、抱かれた男を前にしてどういった反応をすればいいのか分からないという戸惑いの表れであろうからな。
可愛いものがあり、日差しも遮れる場所……ふむ。
「こっちだ」
「ど、どこに……?」
「すぐに分かる」
優しく手を引き、目当ての場所へと誘う。商業区画のため人通りは増えてしまうが、そこは俺の射殺す視線で人間を散らす。
そうしてどこかひんやりとした空気が漂い始める区画……その一施設の自動ドアを潜った。ついでにチケットもまとめて買っておく。受付の者にそれを見せ、ゲートを潜れば──、
「こ、ここは……!」
落とされた照明。透き通る青。そして優雅に泳ぐ魚群の影。
一枚のガラスを隔て、陸とはまさしく世界を別とする水槽。その煌めきを瞳に映すエリィが、この施設の名を呟いた。
「水族館……!」
「ああ」
ここであれば涼も取れ、可愛いものも多くいる。小魚はもちろん、イルカやペンギンもおるからな。他人の視線も暗がりが多いゆえそう気になるまい。
「す、好きなだけ見て、いいの、ですか……!?」
「クク、いいぞ」
「~~~~っ!!」
変な敬語を使ってしまったからか、子どものようにはしゃぐ姿を見られて恥ずかしかったのか……微笑むこちらの顔を見て、エリィは俯いて頬を上気させる。
「下に魚はおらんぞ。そら見ろ。なんぞ映画にもあった縞々の魚だ」
「カクレクマノミ……か、かわいい……こんなに小さいんだ……♡」
今一度手を引き、近場の水槽に視線を向けさせてやれば途端に表情が華やぐ。可愛い生き物というのは、少女を自然と笑顔にする力を秘めている。小さな魚にはあり、無双の戦鬼には無い力だな。羨ましいことよ。俺は魚になど興味がないゆえ、大人しくそれらを前に夢中となる少女を鑑賞させてもらうとしよう。
「──」
そうしてゆっくりと、落ち着いた雰囲気に包まれる館内を歩く。夏休みゆえ人は多いが、水と闇に囲まれた場では、なぜか人間は静謐を守りたがる。おかげで悪鬼や人間初心者の聖剣でも、気兼ねなく過ごせている。
色鮮やかな小魚。色とりどりの海月。大型の水槽には勇壮さすら感じさせる巨大魚もおり、こちらの目を楽しませる。鱗の星々が煌めく、青の宇宙に魅入る少女の姿もまた……。
「……不思議だ」
「む?」
先程贈ったペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めつつ、足を止めたエリィが小さく呟く。飼育員に甘えるペンギンが大層気に入っていたようだったためそれを贈ったのだが、お気に召しているようでなによりだ。
まるで水の中にいるようなアーチ型の水槽に囲まれて。神秘を纏う聖剣が、感じ入るような上目遣いでこちらを見ている。
「貴様は悪魔で……敵なのに。確実に嫌いなのに。どうしてか、日々憎めなくなってきている……」
「さもあろう。誘拐や監禁における被害者とて、加害者に同情するかのような心理を働かせる時がある。この悪鬼とて、四六時中悪事を働いているわけではないからな。普通の人間として過ごす姿を見ている時間の方が長かろう。そうした側面を見続けた結果、情が湧いてきているのだろうよ。いわば、慣れだ」
「……貴様は四六時中、可愛い女の子を誑かしているだろう。充分な悪行だ……こんな小さな私さえ、デートに誘って……」
正確には買い出しに誘ったのだが、言わぬが花だ。
口許をペンギンのぬいぐるみで隠し、エリィは非難がましく瞳を湿らせる。
「この……悪鬼め」
「ククク、楽しかったか? エリィちゃん」
「え、エリィちゃんと呼ぶな! 私は子どもではないっ」
「む、確かに。既に男の味を身体で知っておるものな」
「~~~っ!? あ、あれはっ、へ、変な料理のせいで……私の、本心では……」
恥じらいから、ぬいぐるみに赤い顔を押し付けるいたいけな少女。いかんな。そのように可憐な姿を見せられると、あの夜に抱いた熱く柔らかな身体の感触を思い出してしまう。
「うぅ……どうして、貴様はぁ……」
「気に入った少女と睦まじくなりたいと思うのは男の性質だ」
「どうして私なんかと仲良くなりたいんだぁ……」
「共にいて楽しいからだろう」
「っ、私は……楽しくなんて……」
「そうか? 楽しくなかったか。俺は楽しかったが」
「うぅ……うぅ~~~~~……!」
涙目で睨まれてしまった。本当に童女のようだな。
複数の人間が不思議そうな顔をして横をすり抜けていく中、エリィは「あ~」だの「う~」だの言葉にならぬ呻きばかりを漏らしている。
そうして瞳に涙を溜めたままで、威嚇するように言う。
「先輩なんて、キライだぁ……」
「ふん。それでもよい……とは、先日にも伝えたな。『嫌いなまま好きになれ』と。よいよい」
「好きになんて……ならないぃ……」
「曲がりなりにも身体を重ね、こうしておめかししてデートをしてくれるのにか?」
「な、ならないぃぃぃいぃ~~~~……!」
「フハハハハハ!!」
その妙な意地の張り方に笑ってしまった。聖剣よ貴様、余程俺のことが好きだろう。生真面目な気質ゆえ、一度身体を許してしまった男に対し採点……いや、判定が甘くなっているのだ。『生真面目な自分が許したのだから、相手もそれに見合う男であるに違いない。もしくはそうなってくれる男のはずである』とな。もちろん、こちらとしてもそうした対応をするのも吝かではないが。
シャーと目を三角にして威嚇する少女に、微笑ましくなり肩を揺らした。
「可愛いな、エリィちゃんは」
「『可愛い』とも『エリィちゃん』とも言うなっ! からかっているだけのくせにっ」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」
「えっ、え? どっち……あっ、や、やはりからかっているのではないかっ! この嘘つき! あ、あの時だって、『優しくする』って言ったのに!」
「む。優しくしたであろうが」
「そ、そんなこと……ない、もん……」
う~~~~~~~~む。
いかん……これは、いかんな。
爪先でいじらしく"のの字"を描く、いじらしい乙女の姿に……少々、いや大変に気分が……ふむ……。
「──では今一度、『優しくしてやろう』か」
「っ、そ、そんな、駄目だ……それも、こんな昼間から……」
「昼間でなければよいのか?」
「てぃ、ティアだって……そう、私にはティアが……」
「ここにおらぬ聖女は関係あるまい。一個人として尊重し、お前を誘っているのだエリィ。人間として成長を始め、魅力を放ち始めた少女よ」
「──っ」
一刀剣として。こうしてお洒落に気を遣い、男の言葉に振り回され、その関係性に悩むほどになった心の成長は大変に喜ばしい。
再びぬいぐるみを抱く少女。顔を隠したまま、くぐもった声を布越しに放つ。
「……本当、か?」
「なにがだ」
「……私が、魅力的などと……」
「所有者の意思から離れ、己の意思で男とデートする少女など魅力たっぷりだ」
「……………………さ、ない」
「む?」
長い沈黙の後、ボソっとした呟きに聞き返す。
「なんと?」
「っ!」
するとエリィはぎゅうっとぬいぐるみを抱いて──、
「本当に、次はちゃんと……優しくしてくれないと、許さない……」
ククク、ハハハハハハハ……。
「ああ、いいだろう」
「そ、それとっ、ティアには、絶対内緒に……」
「ああ、ああ。いいだろうとも。いたずらに修道女の脳を破壊するのはよろしくないからなァ……?」
「ち、ちなみに……ティアとは、あれ以来……?」
「しておらんな」
「あっ……♡ そんな、私そんなつもりでは……はっ♡ はっ♡ ごめんなさい、ティア……♡」
自分が愛する女。そしてそんな女が愛する男。
その男に。愛する女以上に抱かれてしまうという事実に、エリィの脳が背徳で焼かれている。癖になるかもしれんな?
「………………どこで、する?」
いとけなく聞く純朴な瞳に、涎が垂れそうになった。いかんいかん。
努めて紳士に。恋に恋するような人間初心者な乙女には、夢を見続けさせてやらねば。それが、いまだ小さい世界しか知らぬ少女への果たすべき責務よ。
柔らかく、そして指先のすっかり火照った小さな手を引く。
「征くぞ。近くに行きつけの"らゔほてる"があってな」
「そんな場所行きつけにするな。や、やっぱりやめ──」
「たっぷりと甘やかしてやるからなエリィ……」
「っ……こくり……♡」
そうして──。
……"ぬいぐるみだけを抱く"少女をベッドへ寝かせ、優しく、優しく……甘やかした。
先には『責務』などと言ったが、無論、責任感のみで抱くわけではない。
同じ刀剣としての親近感。共に人として成長していくという共感。なにより、"俺を嫌いなままでいてくれる"というのは、この聖剣にしか持ち得ぬ輝きだ。そんないけずさが、戦鬼の目を焼いて止まない。
ガーネットとてよく俺のことを『嫌い』と宣うが、あのアイドルは俺に対する好きが嫌いを上回っている。だがこの聖剣は、その逆だ。この者の抱く好きが、嫌いを上回ることなどまだまだないだろう。
その距離感が……どこかたまらぬ。聖剣が妖刀に日々絆されていくように、俺もまた日々……聖剣に惹かれていっているのだ。
「せん、ぱい……♡ はぁ、はぁ……♡ ティアより先に……赤ちゃんを、産ませる気なのか……ばか♡ ろりこん♡ やっぱり、キライ……♡」
そんな事実を努めて優しく……その矮躯に刻み付けるのだった。




