34 「剣神With妖刀」
刀花とティアの奏でる激しい剣劇音を聞きながら、庭先のテラスでご主人様の給仕をする。
ティアとエリィが引っ越してきてからよく聞くこの物騒な音色にも最早慣れたもので、リゼットも優雅にカップを傾けながら観戦などしている。その紅い瞳は、呆れたように湿っぽいが。
「……今のティア、フェイント何回入れた?」
「二百十四。内、押し切れそうならそのまま斬る意思を乗せたものが百三ほど。その内、二度ほど刀花は反応しそうになったため、さすがに腑抜けてもバチカンの剣姫。剣の扱いが巧みだ」
「お馬鹿みたいな数字」
見ているだけで疲れたのか、リゼットは目に纏っていた魔力を霧散させ、そのままスマホを弄り始めた。
「飽きないわよね、ほぼ毎日。『シュギョーしましょう!』なんて言って」
「我が妹は身体を動かすことが好きだからな。相手を務めてくれるティアとエリィには感謝している」
「メチャクチャ青い顔してるけれど」
「真剣でやっておるからな。とはいえ、あれはあれで奴も楽しんでいるだろうよ」
「本当に……?」
セーラー服と修道服、黒髪と白金髪を揺らして鍔迫り合う二人を疑わしげに見るご主人様だが、俺はクツクツと肩を震わせた。
「剣客という生き物はな、マスター。己より強い者との死合いを自然と求めてしまう生き物なのだ。畢竟、剣に魅入られ、剣になりたいのだよ。刀花と打ち合うようになってから、ティアの技量も遥かに上がっている。研ぎ澄まされていく己を実感し、楽しくないわけがない。剣の果てへと至る道よ」
「ふぅ~ん」
体育嫌いのご主人様は気のない返事。俺はご主人様にも日々身体を動かしてほしいと願っているぞ。なぜならいつか、リゼットの中に眠る王族の力を解放すれば、真っ先に刀花に狙われてしまうことが目に見えているからだ。今の内に体力をつけておくといい。
そんないつか来る激突の日を思っていれば、一陣の風が吹く。下から吹き上げるような、爽やかな夏の風だ。
「きゃっ」
「おっと」
それはご主人様の麗しい金髪をさらい、加えて俺の和服の裾をもたなびかせ──、
「はっ──!? 兄さんのチンチラチャンス!」
「あなた、チンチラなんて飼ってたの?」
「股間に一匹な」
「サイテー」
和服の際には下着を身に付けない俺の、チンチラがこんにちはしようとするのを見逃す妹ではない。兄が妹のパンチラを見逃さないように、妹もまた兄のチンチラを見逃さないようにできている。世界の在り方とはそういうことだ。
「ちょっ、刀花様っ!?」
『刀花様!?』
だが今は時期が悪かった。
焦る聖女とそれに振るわれる聖剣の声が響き渡る前に、光輝く刀身は妹の左肩に吸い込まれ──、
「ありゃ?」
「『きゃーーーーーー!?』」
切断される妹の左腕に、斬った側であるティアとエリィの悲鳴が上がった。
天高く舞い、そのままボトリと生々しい音を立てて落ちる妹の左腕。あまり見ていて気分のいいものではないな。リゼットなど一瞬そちらを見て何が起こったか理解した瞬間、稲妻のように視線をスマホに戻している。輸血パックの血は大丈夫だが、あまり"ぐろ"耐性の無い吸血姫様なのであった。
「あばばばばば……」
ティアは青い顔のまま、刀花と俺を交互に見ている。刀花へは心配の目を、そして俺には『お、怒られる……?』と怯えた目を向け忙しそうだ。無論、妹を傷付けられた俺はティアをジロリと睨んでいる。
だが一方で刀花は「おおっ!」と琥珀色の瞳をキラキラさせ、肩の切断面を眺めていた。ちなみに血は一滴も流れていない。
「初めて誰かに腕を落とされちゃいました! 兄さんのチンチラに気を取られてしまっていたとはいえ、ティアさんやりますね♪」
「あの、あのっ、こ、殺さないでくだしゃい……」
「? どうかしました? 面白くなってきたところじゃないですかぁ♪ ちょうど思ってたんですよぉ。『ハンデ戦もやってみたいな』って♪」
「ひえぇ……」
「あの妹こわ」
聞き耳だけ立てていたリゼットがドン引きしている。だから言っただろう。剣客は死合いを求めるのだと。死ぬる一線を越えた先にこそ、剣の果てがあると信じているのだ。
「つ、続けるのですか刀花様……」
「むふー、もちろん! でも、ちょっとこれじゃ……」
落とされた左ではなく、妹は右腕を上げる。既に握られている日本刀がチャキリと鳴いた。俺の霊力を汲み上げて造った、何の変哲もない一振りだ。『何の変哲もない』とは言ったが、アレで斬れぬものなどそうそうないような業物として仕上がってはいるがな。
だが左腕を落とされた刀花は、直感的に『これでは不足』と理解する。ゆえ、その琥珀色の瞳が向かう先は当然──、
『……俺が出陣よう、刀花』
「お仕事中ごめんなさい、兄さん♪」
本来の得物たる童子切安綱に他ならない。
人間形態から刀の姿へ移行し、フワフワと浮いて彼女の手に収まる。言葉では謝る妹だが、その声色はほんのりと嬉しそうだ。俺もまた、妹に久し振りに握られて嬉しい。
「むふー♡」
そうして「はむっ」と刀花は鞘を咥え……見せつけるように抜刀する。
「──っ」
それだけの動作で。
放たれる鋼の煌めきで。
対峙するティアは、彼女の放つ剣気に押されていた。世に『剣神』と呼ばれる者が、己の刀を抜いたのだ。実力があればあるほどに、理解できるのだろう。
「はぁ……! はぁ……!」
これは──まずい、とな。
「ふふっ、やっぱり兄さんは手に馴染みますね♡」
『重畳。日本刀の身として、この上ない褒め言葉だ。無論のこと俺も、妹に握られ高揚している。良い担い手に使われることほどの誉れはない』
「あん、『使われる』だなんて。愛し合う兄妹の共同作業ですよう」
『クク、失敬した』
優しい刀花は、兄を道具として使うことを嫌う。ゆえに刀を振る修業であろうと、童子切安綱を握ることはそうそうない。
そんな刀花が、童子切安綱を握る時。それは『斬るべきものがあった時』や『童子切安綱を使うに能う相手を見つけた時』などだ。多くの場合、こういった時の刀花は……興奮しているため注意が必要である。
それを肌で感じるのか、一呼吸入れるためティアは「あ、あの~……」と遠慮がちに刀花へ声をかける。その手に、聖剣を油断なく構えたままに。
「そ、そういえば、刀花様が先生を振るう姿ってなかなか見ないですね~、て感じでぇ……」
「なかなかそういう機会もないですしね~」
及び腰のティアと、ニコニコ笑う刀花。
確かに、刀花は童子切安綱をそう使わない。
『……』
本人は自覚しておらんかもしれぬが。
生まれし頃より血族から離れ。唯一無二の姉を亡くし。
そんな孤独な少女の寄る辺が、たった一本の日本刀しかないなど。そんな日本刀を、あまつさえ"兄"と慕うなど。慮外のチカラを持つがゆえ市井にも馴染めず、殺戮兵器を慕うしかなかったなど。
そのようなこと……あまりに悲しいではないか。憐れではないか。
ゆえに我が妹は日本刀としての俺を使わず、兄としての俺を無自覚に頼るのかもしれない。
「ふふっ、高ぶります。『機会がない』と、そうお伝えはしましたが~」
「は、はい……」
「──兄さんを振るうと、たいていすぐに動かなくなっちゃいますので」
「ッッッ!?」
ほぉ……。
世界最高峰の剣客の為せる業か。咄嗟に首を横に傾けるティア。
「──」
その首筋に……うっすらと、赤い線が引かれていく。血が滲むことにより、それが斬撃の跡であると理解できるだろう。もっとも──、
「……え」
『は、い……?』
呆然とした声を出す聖女と聖剣。
ああ、斬撃を放ったのだと理解できただろう。その首筋の傷が証拠だ。
……いつそれを放ったのかは、理解できなかったようだがな。
「クス、クスクス……避けられちゃいました♡ 左腕がないせいでしょうか? それともティアさんが強いからでしょうか?」
世界最高峰の剣客ですら、一切知覚できぬ一閃。
それを勘で避けられた刀花は、うっとりとしてティアを見る。新しい玩具を与えられた稚児のようだ。
いよいよもって、ティアはガクガクと震え出す。
「も、もしかして、やっぱり怒ってます刀花様っ!?」
「いえいえそんなことは♡ えい♪」
刀花が童子切安綱を、己の影に突き立てた。
するとその刃先は影を媒介し、ティアの影からその身を貫かんと背後から迫る。
「ひえぇっ」
「わお♪」
死角からの一突きを、ティアはなおも避けた。悲鳴を上げてはいるが、刀一本分横にトンと避けるのみの、無駄もなく美しい回避であった。
『ククク……』
だが……童子切安綱は妖刀である。
影から突き出た刀身の一部分が歪み──形を変えて現れた悪鬼の上半身が、更に刀を振るうとなると話は違ってくるだろう。
不出来な枝葉のように。刀身から生えたとしか表現できぬ、悪鬼から放たれる斬撃。歪みと生理的嫌悪を掻き立てる剣術こそ、妖刀の妙よ。お行儀の悪い剣で失礼する。
「きゃーーー!!??」
迫る血刀に本気の悲鳴を上げたティアは、光の速度で後方へ下がる。閃光の異名は伊達ではないと思わせる素早さだ。黄金週間で綾女を隣に一戦交えた時も、この移動術で手を焼かされたものだ。
とはいえ──、
「ばぁ♡」
「ひっ」
さっさと刀を影から引き抜き、ティアの跳ぶ先で"切っ先を向けて待っていた"刀花に、ティアの声がひきつる。光の速度で回避できようと、それより早く動ける相手に光速移動術など意味をなさないのだ。
「くぅっ」
槍衾のようにブスリとなる未来を回避すべく、ティアは空中で無理に身体を捻る。そうすることで切っ先は回避したが、そのままもんどり打ち芝生の上を転がっていく。
「はっ、はっ……!」
「いらっしゃいませ~♡」
仰向けになり息を乱す聖女。彼女が見上げるのは夏の晴天ではなく、にっこりと笑い刀を振り上げる妹の影。
「むふー、兄さんは巨大戦艦。ティアさんは高速戦闘機を相手にしてるみたいで楽しいです♪」
「くっ!」
なりふり構わぬティアは太股のスリットから拳銃を一丁抜き放ち──、
「ダメで~す♡」
左足を振り上げる刀花。
引き金を引くティア。
ドンドンドンと、肺すら震わせる重低音が響く。それは長大な銃身を誇る改造拳銃から鳴るものか。それとも銃声のたび何度も足を振り下ろす妹の学生靴から鳴るものか。
「ひ、ひえぇ……!」
「おぉっ!」
全ての弾丸を踵で踏み潰した刀花だが、ティアに体勢を立て直され、鍔迫り合いの形になる。血に染まる刀身と、黄金に輝く刀身が激しく火花を散らした。
『ちっ、近いっ! 先輩近い! これじゃ、き、キスぅ……!』
「鍔迫り合いって剣同士じゃキスになっちゃうんです!?」
『呑気なことを言っているがティア、首の傷はいいのか?』
「えっ。そんなのとっくに聖剣の回復機能で……あれ? でもなんかヌルヌルして……」
『てぃ、ティア! 血が! 傷も広がっています!』
「なんでですーーー!?!?」
『妖刀に傷を付けられてなぜ無事でいられると思う。童子切安綱にかすり傷でも付けられようものなら、再生不可の呪いがその場で刻まれる。そんな中で俺と鍔迫り合いなどしてみろ。呪いの侵攻速度は爆発的に上昇し、およそ数十秒後にその部位を切断するだろう』
「し、死にます……マジで死ぬ……! 鍔迫り合いから、全然動けなくって……!」
「クス、どうしますティアさん? ここからどう脱してくれるんですか!? 刀花に見せてください!!」
「ひーーーん!!」
ワクワクする刀花。情けなく泣くティア。
もちろん逃がす気はない。これでも超越者の一人たるバチカンの剣姫だ。一度殺した程度で、死に絶えることはなかろうという信頼はある。
「わーーー! わーーー!!」
「わくわく……!」
そうしてブチブチと嫌な音を立て、ティアの首が三分の一ほど切断され──た、ところで。
屋敷の玄関がゆっくりと開け放たれ、嫋やかな和服少女の手を叩く音が庭に木霊するのだった。
「三時のおやつができましたよ。それとも、お取り込み中でしょうか?」
「わぁい! 姉さんの三時のおやつ大好きです~♡」
時間切れだ。
刀を引っ込めた刀花は歓声を上げ、拾い上げた左腕をグチュリとくっつけそのまま食堂へと駆けていく。
「た、助かりました……」
「先輩と、キス……」
「……これって本当にあなた達が求める剣の果てへの道なの?」
「な、なにかあったのですか?」
九死に一生を得る聖女や、戸惑う少女達の声を置き去りにして。
やはり妹に振るわれるのも、たまには良いものだな!




