35 「メイドは呪われてしまった!」
「どうぞ、お茶です。ハーブティーですが、ハーブはお嫌いではなかったでしょうか。ガーネット、ザクロ、綾女?」
「でぇじょうぶだ。ミニスカ美少女メイドが出すなら、おしっこだって美味しく飲むって君の先輩も言ってたゾ☆」
「姉貴と同じ好みと味覚してるから大丈夫だよん☆ あとおしっこかけられて喜ぶのは姉貴も同じだから、我慢できなかったらいくらでもかけてやっていいよ☆ トイレ増設! 広い屋敷なのにトイレ一つしかなくて不便だと思ってたんだよな~」
「殺すぞ。あ、ごめんアイドルにあるまじき発言だったから言い直すね☆ 死ね」
「あはは……あ、ありがとう、エリィちゃん」
今日の談話室にはオフのガーネット、ザクロ、綾女、そして給仕役のエリィと俺がいた。
出されたお茶と焼き菓子を遠慮なしに食らうガーネットは、相も変わらず不可思議なピンクの髪をなびかせ、楽しげに笑みを浮かべている。
その隣に座るザクロもまた、バチバチとガーネットに目で火花を送りつつも、茶菓子を貪っている。姉と差別化を図るべく染められた瞳と髪の赤い差し色がよく似合い、小悪魔感を強める仕上がりとなっていた。
その正面のソファに座る綾女は、騒ぐ吉良坂双子とエリィの給仕に曖昧な笑みを浮かべていた。あまり他人に強く突っ込みを入れられない彼女にとって、この二人の相手は手に余るかもしれん。隣の俺が助けてやらねば。
「じぃ……」
そんな、どこか賑やかくも和やかなお茶会が開かれようとしていたところ。
誰よりも先に、不審な行動をする者がいた。件のミニスカ金髪ショートカットメイドである。皆にカップを配膳した後、なにやら席にも着かず神妙な様子で少女達の顔を凝視しているではないか。己の左手首を掴んでいるのも、どういった心理の表れなのか。
メイドに凝視されているのに気付いたガーネットが、茶菓子を取る手を止め疑問の声を上げる。
「ん? どったのエリリン。もしかしてマジでトイレ? 出りゅ? でも飲尿プレイはガーネットちゃんの事務所がね……ダンデライオンって喫茶店なら、多分特別料金でやってくれるかと思われる」
「う、うちはそんなサービスしてませんよっ!」
「ダウト。なぜならそこの看板娘がエグい性癖してて、下手すりゃ既にやってる可能性すらあるから。アンサー?」
「してませ──あ、あ~……えっと、その、ち、近いことなら……?」
「な? 正体見たりって感じだろザクちゃんよ」
「おしっこ飲んでる時にハーブティーの話すんのやめてくんない」
「レモンティーならまだしも、ハーブティーとションベンには何の相関性もないやろがい!!」
「レモンティーとションベンにだってねぇわ!!」
「じぃ~……」
「え、マジでどしたん……?」
ぎゃあぎゃあとした騒ぎにも、しかしエリィは動じず視線を固定させたまま。
さすがのガーネットやザクロもおふざけをやめ、メイドを心配げに見つめる。綾女も同様だ。
そんな三人の瞳を受けたエリィが「実は……」と、切れ長のトパーズの瞳を伏し目がちにして言う。
「……身体の調子と言いますか、どうも人型形態時に不備が見受けられまして。その原因を探っていました。不躾な視線をお許しください」
「ほほう、不備」
魔法使いたるガーネットとザクロの瞳に、好奇の光が宿る。聖剣エクスカリバーを深く調べられる機会と思ったのかもしれん。
茶で唇を湿らせたガーネットとザクロは、ミニスカートから覗くスラリとした足を組み、エリィに親しげな笑みを向けた。
「ま、ま。ここはこの天才魔法使いたるガーネットちゃんと赤い彗星に任せたまえよ」
「誰が赤い彗星やねん。まぁでも? 相談くらいになら乗ってあげられるよん♡」
「あ、私も、あんまり役には立たないかもだけど……出来る限り力になるから。何でも言ってね、エリィちゃん!」
「あ、ありがとうございます……!」
感激したように、エリィがじんわりと目を細める。
これまで修道院や秘蹟編纂省では、ティアと同様に対等な人間関係を作れてはいなかったはず。
それがどうだ。今やこうして、親身になって相談に乗ってくれる者がいる。この聖剣も、一人の女の子として順調に歩みを進めていることの証だ。
無論、この場では俺もまた、彼女に親身になる者の一人だった。
「性別は異なるが、同じ人型を持つ刀剣同士。俺もなんぞ、言ってやれることがあるやもしれん」
「っ、お、おお……」
む。
感激でもしてくれるかと思ったが、エリィはぎこちなさそうに頷き、プイと視線をそらした。なんなのだ。胸を押さえて「"また"だ……」と呟く意味さえ今は知れん。
少し微妙となった空気を敏感に感じ取り、委員長たる綾女が場を回そうとする。
「そ、それで、不備ってどんなのかな? 身体の不調ってこと、だよね?」
「あ、は、はい。以前はそのようなことなかったのですが……」
「どっか痛むのん?」
「はい……時折、胸というか、その奥が痛くなったり、暑くもないのに汗が出たり……」
「ほーん……? 自律神経が乱れてるとかかね」
「人間生活というか習慣に慣れてないから、不自然な生活スタイルを無意識にしてるとかじゃね? ちゃんと寝てる? 寝不足は美少女の怨敵だゼ☆ ザクッ☆」
「いえ、修道院暮らしでしたので、規則正しい生活は心得ています。それを守っている、とも」
「規則正しい生活をするのは良いことだねっ。じゃあどうしてだろう……せ、成長痛、とか?」
「成長……どう、なのでしょうか……?」
首を捻るエリィが両手を、己の胸にペタンと添える。生身の膨らみより服や下着の膨らみの方が大きいそれを見る限り、成長しているようには見えないが……。
皆で首を傾げる。俺も今のところ心当たりがない。命を捧げられた妖刀と、祈りで形を取る聖剣ではそもそもの造りが異なるのかもしれん。
早々に手をこまねいていれば、ガーネットが眉を上げて更に聞く。
「製造元には問い合わせた?」
「先日定期検査がありましたが……異常はない、と」
「ほな異常ちゃうかぁ……」
「でもな、エリリンは困ってるって言ってんねん姉貴」
「ほな異常かぁ……なんか心当たりとかはないのん?」
「一応私も、自分なりに調べてみたのですが……」
するとさっきまでしていたように、エリィはガーネットの顔を覗き込む。
「胸が痛む時、脈もまた早くなっているような気がするのです。時としては、誰かが近くにいた時が多かったような気が……」
「ほうほう。国民的アイドルのガーネットちゃんに一目惚れしてるとか? 溢れ出るスターの威光に無意識に緊張してるとかじゃない?」
「いえ、ガーネットからは何も。ザクロも同様です」
「なんか素でそう言われるとショック……」
「しかし、やはり……」
項垂れるアイドル達をよそに、エリィの瞳がジロリとこちらを向く。その様子に、綾女が瞳をパチクリとさせた。
「ど、どうしたの?」
「いえ、あたりはつけていたのです。もしや、と」
「……もしかして、刃君?」
「む?」
綾女やガーネット、ザクロから『また何かしたのか?』と言いたげな視線が届く。心当たりが多すぎて分からんな。
するとエリィがスリッパを鳴らして、ツカツカとこちらに寄る。
そしてどうしたことだろうか。手首の脈を押さえて「やはり!」と言うではないか。まるで鬼の首を取ったかのようだ。
「やはり貴様が原因だ、先輩! 貴様を視界に入れると、そして近くに寄ると、胸が痛む! 発汗もみられる! なぜか落ち着きもなくなる!」
「む」
「あん?」
「おん?」
「あー……」
「この悪鬼めっ。意図的かは知らないが、何かしらの呪いを振り撒いているのだろう! 私がその証拠だ! 白状するがいい!」
俺、ガーネット、ザクロ、綾女がなんとも言えぬ声を出す間にも、エリィは名探偵が如く口を滑らせ、無い胸を張ってなどいる。
呪い。ふむ、呪いか。俺の想像が正しいのであれば、それは確かに俺が振り撒いた呪いではあるか。
「んあぁ~……」
さて、どうしたものか。皆もそう思うのか、意味を成さぬ呻きが漏れる。そのまま言ってよいのか? この人間初心者の刀剣幼女に?
すると姉より堪え性がないのか、ザクロが口を猫のように曲げて言う。
「むふん。ザクちゃん的にぃ♪ それは『こ──」
「ノンデリ・ノーライフッッッ!!!!」
「ぶべっ! が、ガチビンタはひどない!?」
「殴った方の手だって、心だって、痛い……!!」
「昭和の熱血やめろ」
なるほど、言っては駄目なようだ。危なく俺が殴られるところだった。
だがエリィは必死なのか、何かを口にしかけたザクロに詰め寄る。
「知っているのですかザクロっ。教えてください! この呪いの解呪方法を! この悪鬼は絶対に面白がって解いてはくれませんので!」
「うえっ。え、え~っとですねぇ……おう拳構えんのやめろ。あの~、あれだよ……こ、こ……『コンコン♪ お狐さま許してコン♪』ってお願いすれば、解ける……かな? ほら、ジャパンのおまじないって言ったらお稲荷さんみたいなとこあるし……?」
「こ、コンコン、お狐さま許してコンっ……♪ うぅっ、恥ずかしい……!」
「「う゛あ゛ーーー!!!!」」
恐らく狐の耳に見立てた手を頭に添え、ピョンピョン跳ねて言うエリィにガーネットとザクロは悶え、奇声と共にこちらに"らりあっと"をしかけてきた。可愛さは時に暴力を生む。
「こ、こほん。しかしこれで解呪されたはず……と、解けてません!」
「狐由来じゃなかったのかもなぁ、メンゴ☆」
改めて俺に近付き、しかし赤面するエリィは涙目になった。
「あ、綾女は何かご存じですかっ」
「えっ、とぉ……」
困ったように笑い、綾女は頬をかく。
「えっと、呪いとか仰々しいものじゃなくって……びょ、病気とか、かなぁ~……?」
「そっち方面では一番病気な看板娘に『病気』とか言われんのだいぶ尊厳踏みにじってるだろ」
「先輩っ!」
「びょ、病気……? 綾女も同じ病気なのですか……?」
「うっ。ど、どう、かな~……? す、ステージが、違う、カモ……?」
「ステージ?」
「病気の病期ね。エリリンがステージ0なら、綾女ちゃんは問答無用でステージ4」
「お気の毒ですが……手の施しようがないほど淫乱です……」
「病気で淫乱になるのですか!? 私も!?」
「な、なりませんっ!」
「なっとるやろがい!!」
「んなこと言ってるけど姉貴も4だろ。絶対避妊薬あるからって、実はこれまで全部中だ──いってぇ! 左もぶちやがった! 両頬腫れてパンパンマンになっちゃうでしょうが! 右も左も打ちやがって。聖書載ったぞテメー!!」
「ガーネットちゃんにビンタされる者は幸いである。ありがたく受けとりたまえよ。これ、今月の給料だから」
「我は汝、汝は我──!」
「つーことはオメーも中だ──ぎゃー! その熱い拳はN◯SAにでも積み立てとけや!!」
「うおぉ非課税パンチ!!」
「うおっ全部衝撃が来る!!」
喧嘩を始める二人の横で、エリィはワナワナと震え己の両手を見つめる。
「淫乱で、暴力的になる病気……?」
「そうかな……そうカモ……」
「お、恐ろしい……!」
キッと俺を睨むエリィ。
「……うぅ」
じぃと見つめ返してやれば、数秒も経たぬ内に赤い顔で俯く。ああ、呪いが進行しておるようだな。
「っ、こ、紅茶を淹れ直してきますっ」
耐えきれなくなったのか、エリィは切り揃えられた短い金髪を忙しげに揺らし、カートを押して部屋を去っていく。
その小さな背中を見送り……三人は三者三様のため息などついた。
「あー、くそ。可愛いにゃあ」
「ちょうど欲しいと思ってたんだよなァ~。情緒未発達のツンツン幼女からしか得られねぇ栄養素」
「刃君……優しくしてあげないと駄目だよ?」
「優しくしているため、ああなった」
皆が温かい目をする中、俺は愉快げにクツクツと笑う。
「ク、ハハハハ……」
ああ、聖剣エクスカリバーよ。正解だ。
──貴様、恋にかかっているぞ。




