33 「初めての贈り物」
今日はご主人様と共に、二人きりで珍しくも外出中である。
夏休みゆえ屋内ですら人通りも多く、無論のことそんな中を歩けば十人中十人がリゼットに目を奪われる。凛として黄金の髪をたなびかせ、複合商業施設の単なる照明さえ"すぽっとらいと"にしてしまう彼女の美貌は、密かに眷属も自慢するところである。ゆえに有象無象が群がらぬよう、俺という番犬が必要というわけなのだな。
「……」
とはいえ。
今日は、番犬役以外にも役割を課されているが。
それについて俺が内心で少々苦い顔をしていれば。立ち並ぶ店舗へ興味深そうに紅い瞳を向けていた彼女が、今一度こちらへ問いかけるようにそれを向ける。その頬を、ほんの少し楽しげな朱に染めながら。
「何がいいかしら? お父様への贈り物」
「……ふぅ~む」
「あ、まだヤキモチ焼いてるの?」
「ヤキモチではない」
「実父にヤキモチ焼く男の人とか、重すぎない?」
言葉では呆れているが、しかしリゼットはどこか嬉しそうだ。俺がリゼットへ向ける愛情の重さを感じるがゆえだろう。彼女は『愛』と称するものは大概好きだからな。
男の嫉妬は見苦しい。そう自覚はしつつも、俺の唇は自然とへの字に曲がってしまう。アレはご主人様の父で、そして俺はご主人様の恋人。そのような間柄で、分かり合えようはずもない。
あの忌々しい血ダニを憎々しく思い浮かべていれば、リゼットは俺が何を考えているか分かるのか「もう」とまなじりを下げる。
「仕方ないでしょ。私、こういうことでアドバイス貰える男性の知り合いなんていないんだから」
「ご主人様にとっての男は、俺だけでいい。だというのに、他の父への贈り物選びに俺を連れ出すという。せんき の のう が やかれる ── !!」
「トーカみたいなこと言い出さないの。だから実父だって──そうだ実妹と付き合ってたわねあなた……」
「そもそもなぜ贈り物など」
「だ、だって……」
コツコツと小気味良い音を奏でていたブーツが、商業施設のタイルに『のの字』を描く。
「愛され……こ、こほんっ。少なくとも、嫌われてないってことが分かったのだもの。それに、こういう親子っぽいことってしたことなかったし。だから、その……たまには、いいかなって、思ったのよ……わ、悪い?」
「くっ」
健気にも感謝……とまではいかずとも、歩み寄ろうとするリゼットの心意気は決して悪いものではないだろう! このいじらしい上目遣いを見て、『悪い』などと誰が言えようか! 悪いのはやはりあの血ダニだ!! 彼女の広い懐と豊満な乳房に感謝するのだな!!
俺が心の中でアーカードへ後ろ回し蹴りを何度もお見舞いしている間にも、リゼットは「えっとね?」と、どこかいとけない少女のように言葉を紡ぐ。
「最近、お手紙のやり取りしてるんだけどね? お母様のことも、少しだけだけど教えてくれるの。学生時代のこととか、卒業してからのこととか。あと私も知らなかったのだけれど、お父様にあの剣を教えたのも私のお母様だったんですって。すごいわよ? お身体が弱いのは今も昔も変わらないようだけれど、十秒だけなら剣を振れて、それでお父様に勝っちゃうんですって! 最強の吸血鬼によ? 私のお母様って、実は結構すごい人だったみたい!」
リゼットは知らぬことだが、あれは恐らくフランス王家の剣術。幕末には病弱な天才剣士などがいたものだが、彼女の母君もその類いだったのだろう。
そんな親を自慢する娘に、俺も不機嫌だったというのについ唇が綻んでしまう。
「……ふ、そうか」
「あ、ご、ごめんなさい。勝手にテンション上がっちゃって……」
照れる彼女に、首を横に振る。
彼女の境遇を考えれば、親自慢などそうそうできることではない。親の愛を確信する子どもの、なんと愛らしい輝きであることか。
可愛い一人の女の子の姿に、俺は毒気を抜かれ……せめてもの抵抗に少しだけため息をついて言う。
「……仕方あるまい。上手い助言などはできんだろうが、マネキン役くらいにはなるだろう」
「あ……」
言外に全面協力を申し出れば、リゼットは幸せそうに微笑む。
「ありがとう、ジン」
「よい。これほど煌めく宝を見せつけられてはな」
「た、宝って、もう……」
俺の前ではしゃいでしまったのがよほど恥ずかしかったのか、ご主人様は頬を染めてプイッと横を向いてしまった。可愛いご主人様め。
「そ、それでっ? お父様……というか父親って、まぁ普通の男性でもいいのだけれど。娘から何を贈られたら喜ぶものなの?」
「単刀直入に言えば、愛する娘から何を貰おうと父というのは嬉しいものだ。俺も昔、幼少の刀花から似顔絵を貰った時には、感動の涙で枯れたダムを潤したものだ」
「じゃあP○5とエ○デンリ○グ贈っても喜んでくれるかしら?」
待つがいい"げぇみんぐ"お嬢様。
「おっほん。無難に、ネクタイなどがよいのではないか? 普段使いもでき、耐久性にも優れ、長持ちしやすい」
「そ、そう?」
己の趣味を出そうとするお嬢様の軌道を全力で修正する。趣味の沼に引きずり込もうとするのは、些か時期尚早だと眷属は思う。加えてあの血ダニに『娘がこれを贈ってきてくれたのだが、我輩はどうすればいい……』などと相談されたくはない。
「奴は紳士服を日々着ているようだからな。そうしたものはいくらあっても困るまい。定番、王道というやつだ」
「ふむふむ。確かに、初手から奇をてらい過ぎるのもよろしくないわね。私、初めてのお店では定番メニューから頼む派だし。それじゃあ……」
フロアの案内図を眺め、紳士服売場へと赴く。一般層向けの施設といえど、それなりの品物が揃っているのが日本の店舗の良いところだ。
そうして整然と陳列された多種多様なネクタイを前に、リゼットは可憐な唇をムムムと突き出して悩む。
「どの柄にしようかしら……」
「この黒字に金糸で念仏が縫ってあるものなど似合いそうだぞ」
「除霊されそう。あなたに買ってあげようかしら?」
「お。この猫型ネクタイなど……」
「猫型っていうか、もう猫が首からぶら下がってるじゃないのこれ。どんなTPOを想定したら、こんなネクタイを着けることになるのかしらね」
「して、どちらにする?」
「迷ってないのよ。もう、お父様のことが嫌いだからって意地悪しないの」
怒られてしまった。だが念仏のものは戦鬼的に少々イケていると思った。英国紳士には似合わんだろうが。
「ん~……」
リゼットは前屈みとなり、カチャカチャとネクタイを選別する。やはり手に取るものは、紅や金を基調としたものが多い。英国のブルームフィールド本邸も、そうした色合いが多い物件だったが……。
「紅や金色を好むのは、種族的なものなのか?」
「ん~……? そうねぇ。紅とか金とか、あと黒も、吸血鬼の伝統的配色とされてるわ。闇に溶け、血を滴らせ、そして気品を忘れない。そんな種族達のね」
そう言ってリゼットは、真紅のネクタイを一つ取る。
「……シンプルすぎるかしら。というか、既にいっぱい持ってそう……」
「贈り物は込められた想いこそ肝要。『娘がくれたネクタイ』となれば、それはまた異なる色合いとして奴の瞳に映るだろうよ。心配はいるまい」
「……も、もうちょっと、見てみる」
そう言いつつも、しれっと俺の持つカゴの中にキープしておくご主人様。その頬は赤く、初めて父に贈り物をする高揚に染まっていた。
「う~ん……」
両手に持つネクタイを見比べ、難しげに唸っているご主人様。リゼット=ブルームフィールド。
「──」
その横顔を、俺は見守り続ける。
リゼット=ブルームフィールド。胎内で母の生気を吸い。父に力を封じられ。愛人の娘にして未熟者として扱われ。東国に流され。悪鬼と出会い。
そして今……、
「……ふ、ふふ♪」
「ん?」
そんな少女の横顔が、ふとおかしそうに笑みを浮かべる。
疑問の声を放てば、リゼットは両手にネクタイを持ったまま「ああ、ごめんなさい」と笑みを深めた。
「ほら、異世界で海水浴した時あるじゃない?」
「ああ」
「あの時ったら私、『去年の私に、あなたは一年後、最強の眷属を従えて、友達と一緒に異世界で呑気に海水浴してるわよ……って言っても、きっと信じてくれない』みたいなこと言ってたじゃない?」
「……ああ、言っていた」
「ふふ……だから、おかしいの」
その紅の瞳には、僅かに涙が浮かんでいたように見えた。
「こうして──『お父様への贈り物を、眷属と一緒に選んでる』だなんて。私、きっと、もっと信じられないわ」
「……マスター」
ほんの少し、胸が苦しくなる。彼女の辿った道を思って。
だが、これは全て現実であり、彼女が己の力で掴み取ったものだ。信念の発露だ。
彼女が憎しみに呑まれ、妖刀を欲望のままに振るっていれば? 無双の戦鬼を英国に差し向けていれば? きっとこのような未来には、辿り着けなかったはずだ。
全ては──彼女の気高さがもたらしたものなのだと。俺はそう断言する。振るわれなかった俺が証人だ。
どこか痛みを伴うような、そんな笑みを浮かべる我がご主人様。
己の幸福を心の片隅で信じきれておらぬ、小さく憐れな少女。
俺はそんな少女に向け……、
「マスター」
「う、うん……?」
「『よかったな』、マスター」
「っ……う、うん……!」
こちらの言葉に、彼女はスンと鼻をすする。
そうしてそれを誤魔化すように、彼女は再びネクタイを物色し始める。己の父に似合う、よりよい物を探すために。そんな可愛い娘の姿を、俺は横でひたすらに見守り続ける。
「ふ……」
そう、よかった。
よかったな、マスター。幸せに、なれて。




