31 「ロマンティックでアダルティなこと」
「ただいま戻りました~……と、おや? 何されてるんですか先生?」
「見ての通り、靴磨きだ」
今日も今日とて休日の午後。
ブルームフィールド邸大ホールにて、俺が暇を持て余し靴を磨いていたところ……ティアが一人で帰宅を告げた。修道女という職が世間一般的に社会人と称するのかは分からぬが、彼女は夏休みもなく日々忙しそうに飛び回っている。
「ふぅっ……」
残暑の熱から少々じんわりと汗をかく聖女は、長く黒い頭巾に覆われた、これまた長大な白金色の髪へ風を通すかのようにバサリと一度髪をかき上げる。
そうしてムワッとした色気を醸しつつも。小さな椅子に腰かけひたすらワックスをブラシでしっとり浸透させる鬼を、キョトンとして見下ろした。
「それは……リゼット様にオイタをした罰ゲームか何かで?」
「なぜそうなる。単に無聊を慰めていただけだ。磨けば光るものも嫌いではない。二学期とて近いゆえな」
シャンデリアの明かりに透かすように、手に持った学生靴の仕上がりを確かめる。うむ、ピカピカで結構。
ズラリと並んだ学生靴やブーツにまた一つ完成品を加えていれば、ティアはまたもコテンと小首を傾げる。
「珍しいですねぇ、先生がお暇だなんて」
「ふん、そういう日もある。男が混じれぬ陣立てであれば、悪鬼とて遠慮もしよう」
リゼットや刀花は同級生の女子と遊びに。綾女もまた橘やその他の同級生女子との付き合いを。ガーネットと姉上は二人きりでデート(姉上が嬉しそうにそう言っていた)を。エリィは慣れぬ人型化ゆえの定期検診で一時帰国中である。
そう、つまり今ここには──、
「この屋敷には今、俺とティアの二人しかおらんぞ」
「ふおっ……!?」
伝えれば、ティアは妙ちくりんな奇声と共に肩をビクンと跳ねさせる。なにやら青い顔と赤い顔を行ったり来たりしながら、ブツブツと「急に私のターン来ちゃった私のターン来ちゃった私のターン来ちゃった……!」と呟いているが。
「せ、先生、そういうのは三日前……いえ一週間前くらいに事前告知しておいてくださらないと、心と身体その他諸々の準備がですね……」
「また毛の心配でもするつもりか? 恋する乙女ならば機先程度は制してみせよ。『恋は戦争である』と酒上家家訓も告げている」
「そ、そんな『恋する乙女』だなんて……でへでへ」
「それと、いつまで靴のまま突っ立っている。手持ちのものは終えたゆえ丁度いい。脱がしがてら、磨いておいてやる」
「ふっ、ふおぉ……」
丈の長い修道服、その裾の内側へと手を伸ばし、足を包むロングブーツのベルトを緩める。防護の術式も込められた特注品ゆえ、膝を包むほどには長く意匠も凝っている。これは磨き甲斐がありそうだ。
そうして跪き、彼女の足に手を添え靴を脱がしていれば、ティアは瑠璃色の瞳をうっとりとさせ譫言のように呟いてなどいる。
「お、王子しゃま……♡」
「たかが靴屋を、高く見積もってくれたものだな」
乙女の瞳に写る己の滑稽さにクツクツと肩を揺らし、脱がした靴を磨きにかかる。まずは土や埃を馬毛のブラシで落とし……、
「……あの、一応言っておきますけど嗅がないでくださいね?」
「すぅぅうぅぅ~~~~~~~」
「嗅がないでくださいってばぁっ!」
「む、フリかと。だが安心しろ。そう嫌いではない匂いであった」
「シクシク……嗅がれました……夏場で蒸れた足の匂い嗅がれちゃいましたぁ……」
「バチカンの剣姫でも汗はかくのか」
「修道女として修行中の身なんで、そういう環境適応的な能力は普段からカットしてるんですよぉ……」
「なるほど、殊勝な心懸けだな。好いた女の香りも好む悪鬼としては助かる」
「……あ、アラサーイタリア人女性、くさくないです……? あの、西ヨーロッパの人って遺伝的にアポクリン汗腺が多いらしくってぇ……いえ聖女は決してワキガとかではないんですがぁ……」
「男として答えるならば、とても魅力的な香りがすると伝えておこう」
「っ! で、でへへ……あ、あの、よろしければ、もっと嗅ぎますぅ?♡」
「どれ……クンクン。ゔっ」
「『ゔっ』!?」
「昼食にネギ入りカレーでも食ってきたのか?」
「聖女ワキガじゃないんれすけお!!??」
「冗談だ。う~む、これはそそる……」
「ふおっ、ふおぉぉ~~~……」
恥ずかしげに腕を上げた修道女の、その少し湿った脇に鼻を擦り付ける。う~む、"すぱいしぃ~"……。
「な、なんかマニアックなことしてる気がします!」
「二人きりゆえ、多少は弾けても構うまい」
「ふ、二人きり……! そうでしたっ。え、えっと、では、そのぉ~……ロマンティックでアダルティなこと、もっとしちゃいます?」
「なんだ。性交か?」
「ロマンティックが裸足で逃げ出す直球! もっとほら、あるじゃないですか! 子どもの目がない今だからこそっ、出来る大人の駆け引きというものがっ」
「性交か?」
「でっ、ですからっ……!」
………………。
「……………………性交です」
「よし、ではやるか」
「あんっ♡」
デカい尻をスパァンと叩けば、聖女は甘く鳴く。今日こそ避妊の加護をブチ抜いて孕ませてやるわ。
そうして彼女の肩に腕を回し、その垂れぎみの乳を揉みしだきながら部屋へ連れて行かんとする。いまだうだるような夏の気温、聖女の身体は既に火照っていた。
「あ、あの、先生……」
「どうした、また怖じ気づいたか? それとも先に酒でも入れるか」
「あっ、いいですねぇ。ちょうど出先で美味しそうな日本酒をお礼でいただきましてぇ」
「それは重畳。クク、昼間から酒と肉欲に溺れるか。これは確かに、子どもには見せられぬ光景だな」
「……でへ♡ あ、そういえばお酒のお話で思い出したのですが。日本のお酒って、だいたいはお米じゃないですかぁ」
「『日本酒』という括りとするなら、まぁそうだな」
「他にも芋とか焼酎とかもありますけど……実は前から、『そういえば飲んだことないなぁ』って思ってたものがあるんですよ」
「む……?」
ティアやエリィとはたまに晩酌を交わし、世界中から掻っ払っ──拾ってきた、多様な酒を飲んだものだが。まだ飲んだことのない酒などあったか?
大食堂前にて立ち止まり、俺が首を傾げていれば……ティアは瞳を好奇心に輝かせ問いかける。
「──ワカメ酒って、どんなお酒なんです?」
「……」
……ふ~~~む。
「海藻で造るお酒なんて初めて聞きましたけど。やっぱりソルティドッグみたいに塩っけのあるお酒なんですかね? 私、気になります! 先生はご存じですか!?」
「……まぁ、知っている」
「おぉっ! さすがお酒大好きオーガ様! それはどんな──」
「二つある。一つは徳島県、鳴門産のワカメエキスを使用した酒であり……あぁ、これがそうだ。口当たりが甘く、女性でも飲みやすい」
「おぉ~! これがぁ!」
「そして、我が国においてはもう一つ」
「ふお?」
和服の袖から出した"りきゅーる"の酒瓶を、俺は彼女の下腹部に当てて言った。
「──女の身体を酒器に見立て、太股と下腹部の間に注いだ酒のことだ。酒の中でゆらゆら揺れる陰毛がまるでワカメのようである、とな」
「私、日本人ってやっぱり救われるべき民族だと思います。エイメン……」
痛ましげに修道女が十字を切る。素晴らしき日本文化であろうが?
「どれ、今の俺は気分がいい。未成年の目もないゆえ、実演してやろう」
「え゛っ、それってもしかして私に──」
「よっこいせ」
「先生がしてくださるんです!?」
俺は和服を脱ぎ散らかし、全裸のまま正座となって己に徳島の酒を注ぐ。これこそワカメ酒の中のワカメ酒よ。
──シャンデリアの明かりを受け、我が下腹部にたまった酒がキラキラと煌めく。その輝きを前に、ティアは魅入られたかのようにぼうっとし、ゴクリと喉を鳴らした。
「フ……喉が、渇いてきたのではないか?」
「──甘く見ないでください、先生」
「ほう!」
挑発すれば、しかし剣姫は不敵に笑い……一息にその修道服を脱いだ。ゴテッとした装飾過多の下着もだ!
「尊敬する方にお酒を注いでいただいておいて……こちらから注ぎ返さないなど、社会人としてあり得ません!」
「ほほう!」
豊かな胸をぶるんっと揺らしたティアもまた、こちらに相対するかのように正座で座る。
そうして俺から奪い取った酒瓶を傾け、トクトクトク……と己の下腹部に注ぐではないか!
(おぉ……!)
俺は内心、舌を巻く。
俺のものは古式ゆかしい黒のワカメ酒。
しかし見ろ。向こうは白金色に煌めく、"すぺしゃる"感溢れるワカメ酒だ! その煌めき、まさしく天上から滴り落ちた雫とさえ見紛おう! 興奮してきたな!
「ククク……成長しておるようだな、小娘」
「お酒は『一緒に乾杯をしてから』の方が美味しいし、楽しいですよね? お酒の席は楽しくないと!」
「真理である。これは楽しい酒になりそうだ!」
「でへ、先生ったら興奮しちゃって♡ ワカメ酒じゃなく、ワカメお茶になってますお♡ そこに立派な茶柱が♡ ドゥフw それでは──」
「うむ──」
「「乾・杯!!」」
さて──!
「……………………」
「……………………」
……さて。
「……こうどちらも注いでは」
「先生どうしましょう、動けません」
ブルームフィールド邸、午後の大ホール。
そこには、全裸で向き合い、下腹部に酒をためたまま動けなくなった間抜けが二人。
「せ、先生、お先に飲んでくださいよっ。首でも舌でも伸ばしてっ」
「俺もなみなみ注いだため、少し動けば溢れる。そして鬼の矜持として、酒の一滴も無駄にはできん。ティア、なんとかしろ」
「なんとかと言いましてもっ。あ、あれ? ちょっと待ってください……め、めっちゃクラクラしてきまひた……」
「むっ。なるほど、粘膜から直接酒精が取り込まれ……! 何を自分だけ飲んでいるのだ……!」
「し、下の口が勝手にぃ……でへへぇ……まぁまぁ、飲み干しましたら私がそっちも飲みますんれぇ~……」
「時間をかけるなよ」
あまり時間をかけると誰か──むっ、なぜか早々に帰宅してきたお嬢様の気配!
「ただい──ぎゃーーーーーーー!!」
「「あ゛ーーーーーーー!!??」」
そうして無事にティアは急性アルコール中毒の危機から逃れ、俺はこの惨状を見たご主人様から『最悪の結末』を喰らうのだった。




