24 「恋の入口に立つメイド」
「先輩、足をどけてくれ」
「ん」
戦鬼業の合間、自室にて本を読んでいれば。
既に起動済みの掃除機を片手に、金髪ミニスカメイドことエリィが入室してきた。
一定の屋敷清掃は当番制であり、その比重は下僕である俺やエリィに自然と偏る。そもそも当番に組み込まれておらぬ者もいる。我がご主人様などがそうだ。王族に掃除機を握らせたとあっては従僕の名折れよ。俺のマスターが一人で掃除機もかけられない女の子だからというわけではない。実際かけられはしないのだが……。
そうして本日の掃除機業務を担うメイドは、俺が持ち上げた足を縫うようにして掃除機を動かす。ティアやエリィなどがこの屋敷に来てまだしばらくも経ってはいないが、その手つきなどは慣れたものだ。
俺が文字から目を離さぬままでいれば、エリィはテキパキと今一度指示を下す。
「尻もどけてくれ」
「ん」
「ついてる手も」
「ん」
「もう一度足」
「ん」
「右手を前に」
「ん」
「左足を後ろに」
「ん」
「……ふ、ふふ」
「なにがおかしい?」
「なにもかもだ。子どもが散らかした後のレインボースプリングみたいになっているぞ」
どうやらエリィの指示を聞いている内に、変な姿勢になっていたようだ。恐らく故意であろうが。
伸びた足や腕をコードのように戻していれば、一瞬『コイツきもいな……』と視線を細めたエリィが掃除機の電源を切る。
「……」
「む?」
そうしてそのまま退室するかと思えば、なにやら鋭利なトパーズの瞳をじぃとこちらに注ぎ続けている。そう近くに立たれたとて、身長も低く肉も薄い少女では何の妨害にもならないからよいのだが……いや、太股と称するには細すぎる太股に張り付く"がーたーべると"が目前で揺れ、『太股は太いから太股である』と持論を持つ俺でもこれはこれでと思わなくもないが……本に興味でもあるのか?
声をかけた方がよいかと逡巡していれば、小さなメイドはその瞳に興味と関心、そして少々の疑念をない交ぜにした色を湛え、可憐な唇で言葉を口ずさんだ。
「先輩は……本が読めたのか?」
後輩とはいえ馬鹿にしすぎだろう。
視線のみをジロリとそちらに向け、さすがに抗議する。俺はどちらかといえば文系戦鬼なのだが?
「伊太利亜や和地関などは知らぬが、日本の識字率はほぼ百でな。そしてあらゆる情報が"でじたる"となろうと、その媒体が文字であることにそう変わりはない。バイトの"まにゅある"も文字だ。文字が読めねば、少なくともこの国ではまともに働けんぞ」
「そ、そんなことは分かっている。ただ、その……」
「なんだ。俺を殺戮するしか能の無い殺戮兵器だとでも?」
「それは実際そうだろう」
そうだな……。
「……ガラではないと言いたいのだろう。だが仕方のないことなのだ。各教科の課題は終わらせたが、図書委員の仕事を失念していてな。ゆえにこうして、苦心しながらも読み進めているというわけだ。"ぶっくりすと"? とやらを作るために」
「ああ、やはり作業だったのか。鞘花様のように、好き好んで読んでいるものかと」
「ふん。人間がこうして文字を遺すのは、種族として学ばなければならない物事が多岐に渡り、そのくせその生涯があまりにも短いからだ。そんな人間風情が涙ぐましくも積み上げた知識の結晶、明日を少しでも良くするための道標……そういった点であれば、本というモノに敬意は表そう。しかしこうした小説となると、いまだに楽しみ方が見出せん」
「楽しみ方?」
なぜかその場にペタンと腰を下ろすメイド。人心にいまだ疎い人間初心者メイドの興味を引く話題だったか? いや、姉上との接点を増やしたいだけかもしれんな。
小首を傾げるエリィを横目に、俺は手にする本の頁を指先で撫でた。
「何を面白いか、楽しいかと思うのは人間によって千差万別。それは当然のこと。一日で二百冊は出版されるという本を相手にしたとて変わらぬ」
たとえば姉上であれば、紡がれる話の構成やそこに込められる人の重い感情を楽しむ。リゼットであれば軽妙な会話劇や、思わず声に出して読みたくなるような印象的な台詞などが織り混ぜられた小説を好む。
「共感、発見、もしくは既存する価値観の破壊……小説を読む目的は人によって様々だ。だが俺には、そういった目的が最初からない。ゆえ楽しみ方というものが分からんと言ったのだ」
「ちなみにそれは?」
「マスターから借りた。姉上の勧めてくれる本は、俺には難易度が高い」
「可愛い女の子が表紙に書かれているが」
「実際、可愛い女の子しか出てこぬぞ。しかも女の子同士で恋愛もする。俺はこれを他人にどう勧めればよいのだ……とりあえずこの女、れ○子が悪いことしか……」
「──後で私にも読み聞かせてくれ」
早速、利用者が出てしまった。布教に成功したリゼットが喜ぶな。
「多くは共感なのだろうが、俺はあまりそうした読み方は得意でなくてな」
「殺人でしか物事を楽しいと思えないからか?」
「たわけ。あのような殺人こそ楽しくないわ。覚えておけ、エクスカリバー。課されただけのつまらん仕事を、楽しいと思える社会人などおらん」
「思想が強い」
「ふ……だが俺のように漢らしさに満ち、そんな男が愛らしい少女に奉仕する物語などがあれば、時間も忘れて読み耽るのだがな」
「無いだろうそんな奇特なジャンルの本は……」
「まぁ、とはいえだ。"ふぃくしょん"というのは作り物だが、そこに込められた作者の想いは本物だ。同様に執念もな。およそ喜怒哀楽が詰まっておるゆえ、人間初心者なメイドには良い趣味かもしれんぞ?」
「う、読書か……」
なぜそこで気まずそうに視線を逸らす。人には『本が読めたのか』などと言っておいて。
「まさか……」
「に、日本語が読めないだけだっ。聖書は読める!」
「む、そうだったのか? ティアは日本語を会得していたが……」
「私は……翻訳の術式で、なんとか……」
ああ、だから先程も『読み聞かせてくれ』などと変な言い回しをしていたのか。
「……まぁ、お前もなにかしら趣味を見つけた方がいい。趣味とは世界を広げるための窓であり、己の機嫌を取るための手段でもある。あるに越したことはなかろうよ」
「趣味……趣味か……私には、まだ……」
「可愛いものが好きなのだろうが? ならば刀花に縫い物を習うでもよし。それができぬのであれば、俺をデートにでも誘え。水族館の時のように、またぬいぐるみでも贈ってやる。己の手を動かさずとも、何かを集めるだけでもそれは趣味足り得る。それを通じ、こうして人と人との接点ができるわけだからな」
「で、デートなど……不潔な……!」
「あれほどベッドの上で甘えた顔をしていたというのに、不潔ではなかろう。大変に可愛かったぞ? エリィちゃん。また二人きりで楽しもうではないか……」
「っ! ~~~っ!」
頬にかかる短い金髪をくすぐるように撫でれば、真っ赤な顔でペシペシと背中を叩いてきた。聖剣としての力も使わず、細っこい女の子の腕力で叩かれても甘えているのと変わらぬぞ。
「ふんっ」
「ククク……」
しばらく俺をポカポカしていれば、エリィはプイっとそっぽを向いて部屋を出ていった。からかい甲斐があるとつい意地悪をしてしまう。あとでティアを挟んで謝っておくか。
「……む?」
だが、数十分も経たぬ内に再び扉が開かれる。
戻ってきたエリィは、しれっとした顔でコロコロとカートを押していた。目が覚めるハーブの香り漂うポットと、幼い子が読むような絵本の乗ったそれを。
「……な、なんだ」
「クク、いいや」
自然と笑みが漏れる。
そうして笑う俺を前にしても、ジト目で二人分の茶を淹れてくれるメイドに、首を横に振った。
「なに。可愛い後輩を持ったと、そう思っただけのこと」
「……ふん」
恐らく姉上に頼んで貸してもらった絵本を小脇に抱え、エリィは対面ではなくこちらの隣に腰を下ろす。制汗剤のように爽やかな香りが鼻をくすぐった。
「……この距離の方が、読めない字などあった時に手間が省けるだろう」
聞いてもいない言い訳を宣う後輩メイドに、しかし笑いはこらえた。見る者全てが甘え下手と思うだろうが、俺にとっては百点な後輩である。耳まで真っ赤にしおって。
「ふ、よき心懸けだ。『知りたい』と思うことは、読書に対する立派な動機となる」
加えて言えば、『あなたのことが知りたい』などと伝えれば、それはもはや告白同然の台詞だ。
趣味は世界を広げる窓だが、それを他人に合わせるとなると、それは恋への扉となる。お前の担い手も、十数年前に通った道だ。やはり刀剣とその担い手はどこか似てしまう。
もちろんそんなことを口に出せば逃げてしまうため、言葉を飲み込んでいれば。
そんな恋の入口に立っているとも自覚せぬメイドはモジモジしながら、上目遣いでこちらを見る。物欲しげに、首から下がる『頑張ったで表』を揺らしながら。
「……す、スタンプ」
「ん? ああ、『頑張ったで表』か。よいよい、押してやろう……どれ、また一枚全て埋まったな。なんぞ、俺にしてほしいことなどがあれば、褒美として叶えよう」
「………………」
「……ああ、そうだ。可愛いぬいぐるみばかりを集めた"げぇむせんたぁ"など見つけたのだが、いかんせん男の身では入りにくくてな。手が空いた時で構わん、共に行かないか?」
「……(こく)」
こうして俺から誘ってやらねば、欲しい褒美も口に出せん。まったく、可愛いメイドめが。
「──」
そうして下僕二人で並びながら。
我々は束の間の、落ち着いた読書の時間を過ごすのだった。
とはいえ……、
「……」
「な、なんだ先輩……?」
隣に座ることと、字を教えるため覗き込む形となった結果……。
改造メイド服の緩い胸元と、これはまた緩いブラによってチラチラと垣間見える胸の先端には少々落ち着かぬ時間を過ごしたが。
次の機会には、可愛くピッタリとした下着も買ってやるとするか……。




