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22 「吉良坂おもしろ一家」



「ダーリン、なんか買うもんある? 奢ってやんよ」

「コンビニで買うものなど……ああ、いや。ではこれを頼む」

「善意をコンドームで返されたガーネットちゃんの心境考えたことある? つか、別に……デキナイとか、まだあるし……」

「薬にばかり頼るというのも、人体には良くなかろう。大切な身体ゆえ労らねばな」

「……へ、へんっ。んなこと言って、アイドルの彼女に避妊具買わせる羞恥プレイがしたかっただけだろ? 見え透いてんだよ変態め。そういうの、あたしが彼氏だったら絶対やらせるもん。あっ、袋いらないです。すぐ使うんで」

「すぐ使うのか?」

「んなわけ。あたしってばエコアイドルだから☆」

「店員の顔が赤かったぞ。エコというよりこれではエロだな」

「やだあたしのダーリンってばゴミみたいにやかましい」


 和服の袖に「おらっ」とジュースやらお菓子やらを詰め込まれ、ガーネットの"えこばっぐ"と化した俺。

 そうして俺達はふと立ち寄ったコンビニを退店し、足をガーネットの居城たるタワーマンションへと向けた。地獄から帰還した折、ザクロにも報告をしておかねば。ブルームフィールド邸の面倒を見てくれていたガーネットに代わり、ザクロは仕事面で二人分の仕事をしてくれていたようだからな。ドッペルゲンガーの面目躍如といったところだ。

 二人で雑談を交わし、並んで"たわまん"の扉を潜る。常駐する警備員もにこやかに黙礼するのみ。住民であるガーネットはおろか、この俺にも慣れたものだ。

 そのまま流れるようにエレベーターを経て、廊下を渡り、居室の前へ。首から提がるカードキーを「ほっ」とほどよく豊かな胸で弾ませ、鍵を解除した。


「たで~ま~」

「帰ったぞ」

「いやお前の部屋じゃねえけど」


 部屋の電気が灯っていることからして、ザクロも仕事から帰っているようだ。

 そのままズカズカと歩き、居間へと繋がる扉を開ければ──、


「ばぶぅ、おちごと疲れたぁ……まっま、ちゅきぃ……♡」

「あらあら。ザクロは甘えん坊ねぇ……♪」


 そこには。

 母の膝で赤ん坊のように甘える、社会人女性の姿が──!!


「いやまぁ普通に靴あったから知ってたけどね? でも自分と同じツラしてる奴がオカンにバブバブしてんの見るのだいぶきちぃな……」

「ぶっ!? うおい姉貴! だけじゃなくダーリンもいるじゃねぇか!! ノックくらいしろや! あたしが『実家で声高そう』なアイドルだって思われちゃうでしょうが! おぎゃっ(半ギレ)」

「テメェの城に入るのにノックはいらねぇ的なこと大総統だって言ってただろ。お母さんもあんがと、このザクロ(バカ)の相手してくれて」

「いいのよぉ~。この歳で娘が二人に増えるなんて思ってなかったけど、お母さん実はちょっぴり嬉しいし♪」

「まんまぁ……♡」


 ガーネットの母──吉良坂瑠璃(ラピスラズリ)はそう言って、糸目気味な瞳のまなじりを更に下げる。ただでさえほんわかした女性であるというのに、その仕草により爆発した母性でザクロが再び赤ちゃんになって腰に抱きついていた。

 そんなザクロ(いもうと)に嫌気が差したのか、ガーネットは「うげ~」と舌を出して冷蔵庫の方へと向かう。それを横目に、俺はソファで戯れる母娘の姿を観察した。


「ふむ……」

「な、なんだヨ……」


 恥ずかしがるザクロだが、頬は母の膝に埋めたまま。それを母も、当然のように受け入れている。


「ふ……」


 良いことだ。

 ドッペルゲンガーとは本人の姿、記憶、思考、どれを取っても瓜二つの生命体。ただ在るのは『自分がドッペルゲンガーである』という認識のみ。『容姿も記憶も本物だというのに、自分は偽物である』とな。

 果たしてそんなドッペルゲンガーが、その母に娘として受け入れてもらうこと……そう働きかけるのに、どれだけ勇気の要ることだったか。それが受け入れられた時、どれだけ安心することだったか。そしてそれを当然のように受け入れる母君の度量よ。やはり人妻は素晴らしい。俺のせいでザクロに自我を与えたようなものだったため、密かに仲立ちした方がよいのではと画策したものだったが……家族の絆に、どうやら俺の助力などいらなかったようだ。

 そんなゆったりとしたエプロンを着用する、黒い長髪の主婦。娘の髪を撫でる手に母性を宿す女性の目が、こちらにも向く。


「童子切さんも、お帰りなさい。なんだか娘達が迷惑をかけたみたいで」

「いや、逆に俺の我儘を聞いてもらっている立場だ。こちらこそ、大事な娘御を勝手に不老不死にしてしまってすまないな」

「もうなってるの?」

「いや。任意の時に閻魔に連絡するまでは、これまで通りだ」

「へ~。いいなぁ、ガーネットもザクロもずっと可愛いままなんて。お母さん、ちょっと羨ましいっ」

「じゃあなっちまえばいいじゃん。不老不死に」

「童子切さん……うるうる……☆」

「さ、探しておこう……」

「ちょっと目を離した隙にダーリ──こほん、刃が引いてて草。おらどけっ」

「ぎゃっ」


 ザクロの頭を足蹴にし、しれっと母の隣を確保するガーネットは相変わらず"まざこん"である。可愛い娘二人に挟まれて、母君は「あらあら」と頬に手を当てニコニコご満悦のようだが。


「ったく、茶も出さねぇでバブバブしやがって。あい、粗茶ですが。お母さん、あたし、ザクロ、ダーリ──刃」

「お母さんに構わずいつも通り『ダーリン♡』って呼んでいいのよ~?」

「うるせっ。そんで──」


 夏らしくよく冷えた麦茶を入れたグラス。

 配られるのは……五つ。


「そこで所在なさげにしてるマイファーザーも。なんで立ってんの?」


 最後の一つは、己の父に。

 とはいえ、姿は"まるで見えない"のだが。見えるのは着用している研究職用の白衣と靴下、そして眼鏡だけだ。

 そんな奇特な姿をした男は、上着の袖の動きを見るに頭をかく仕草をし、穏やかだがどこか陰気くさい声を出す。


「いや……僕、影薄いから……」

「果たして薄いのは影だけなのか。その謎を探るべく、ガーネットちゃんは親父の頭皮に手を当てた。あっ、ふーん……あー……ね?」

「えっ、そんなにヤバいかな!?」

「いや実際透明だからよく分からん……禿げ上がる前に、お母さんが解毒薬作れるといいな。透明にしたのもお母さんだけど。もう何年も父親の顔見てないんだが?」

「ごめんねぇお父さん」

「は、ははは……うん、いいよいいよ……」


 虚ろな笑い声を上げて、その男は母と娘の対面……俺の隣に腰を落ち着ける。

 この透明人間こそガーネットの父親──吉良坂黒鉄(くろがね)。妻や娘と同じ魔術師であり、職務として日々魔法薬の研究をしているという。俺は何度か顔を合わせたくらいだ。

 調合の腕前は母君の方が上らしいが、その母君は今や主婦に専念している。時折その腕を見込まれ、知人や夫に助言や指導もしているようだが……ご覧の通り、その効能はたまにお茶目だ。その血は確実に娘に遺伝している。おもしろ一家めが。

 そうして父君はグラスを傾け、茶色い液体を服の内側に流し込んだ後、こちらに向け申し訳なさそうに頭を下げた。


「ああ、失敬。僕のことは気にしないでくれていいからね、酒上さん」

「……そういったわけにも。これでもそちらの可愛い娘御二人を娶る男。多少の襟も正そう」

「はは、真面目だね。いや、ナチュラルに豪快というべきか。娘二人取られちゃったね、お母さん」

「本当にねぇ~。まぁでも相手が見つかってホッとしてるかも。だって"これ"だし……」

「日本一可愛くて優秀な魔法使いで可愛いガーネットちゃんを"これ"とな!?」

「あたしらの親ならもっと土俵際で粘らんかい! 『可愛い娘を嫁にはやらん!』ってよ! はっけよい!」

『酒上さん、こんな娘ですがどうぞよろしくお願いします……』

「任された。必ず幸せにすると誓おう」

『娘そっちのけでそういうのやーめーろーよぉーーーー!!』


 結婚の約束紛いのことを真顔で言えば、ガーネットとザクロは真っ赤な顔で二重奏を奏でる。

 頬の熱を冷ますかのようにガーネットがグビグビと麦茶を飲み、威嚇するようにダンと音を立ててグラスを置いた。


「あのさぁ……よくないよ? そういうので遊ぶの。むしろ大人気アイドルに寄り付く悪い虫を追っ払う気概をだねぇ」

「だってぇ。あなたって無駄にプライド高いし、気は遣えるけどノリを優先する時もあるし。強がりなのにそのくせウジウジ悩むし、一人で抱え込んでこっそり泣くし。そんなあなたがここまでべったりになっちゃう男の子なんて、もう二度と現れないでしょう? だったら多少のことは飲み込んで、もうこっちで捕まえといた方がいいわよね~って。まぁそんな気回さなくても、既にラブラブみたいだけどね☆ らぴっ☆」

「あの、マジで、マジでやめてくんない……別にラブラブじゃねーし……ちげーし……」

「ガーネット、これなぁに?」

「あ? ……歯ブラシだけど?」

「誰の?」

「……こ、コイツの」

「このお寝間着は?」

「……コイツの」

「彼のグラスだけデザイン違うみたいだけど?」

「コイツ専用のカップだからね」

「男性用の洗髪料がお風呂にあったけど」

「コイツのっスね」

「お父さんとお母さんに何か言うことある?」

「………………今後とも、あたしらの愛しのダーリンをよろしくお願いしやす……」

「はい、よくできました☆」

「姉貴はさぁ……」

「我は汝……汝は我……!」

「いてぇいてぇ! おっぱい掴むな千切れる!」


 対面の女子三名がわちゃわちゃと騒ぐ様を、俺と父君は眺めていることしかできない。姦しいとはこのことだな……。


「ふふ、娘とその彼氏がラブラブでなによりね。あ、でもぉ……炎上するようなことはほどほどにね?」

「ほどほどでも駄目だろ」

「だって心配よぉ。冷蔵庫の中にずらっと並んだ『絶対避妊薬デキナイ』見たら……」

「ちょっ!? ひ、人ん家の冷蔵庫の中勝手に覗かないでくんない!? やっ、ちがっ、あれはっ、ひ、避妊に対して意識の低い頭お花畑の友達用のでっ」

「孫の顔を見るの、案外早そうねぇ。ね、お父さん」

「ははは……」

「おい刃! テメーもなんか言ってやってくれ! デリカシー皆無のあんぽんたん夫婦によぉ!」

「安心してほしい。この無双の戦鬼、避妊に対して意識は高い」

「あらあらまぁまぁ。私達、お邪魔だったかしら?」

「……ほどほどにね、二人とも」

「ここぞとばかりにさっき買ったゴム見せつけてんじゃねーーーー!! もーーー!! ばかぁーーーー!!」

「姉貴のせいであたしまで恥ずかしくなってきた……」


 薄野家では母が豪快で、父が厳格で。

 ブルームフィールド家の父は頑固で。


(親の前というだけで、子というのは相応に愛らしくなってしまうものなのだな)


 これまで会ったそれぞれのものとはまた異なる、新しい家族の形を見て。

 その喧騒を心地よく感じながら。俺もいつかガーネットやザクロと、そうした家族を築きたいと……そっと、胸の内で願うのだった。


「ところで酒上さん」

「む? どうした父君」

「──本当に、気を付けるんだよ?」

「お、おぉ」


 ……訂正だ。

 透明人間で表情は見えんというのに、なかなかどうして。


「ククク……」


 どの家庭であれ、父親というのは特に厳しい。


「だが父君。言葉を返すようですまないが、そなた達はデキ婚だと聞いたが?」

「だから言ったんだよ。ほら、似た者家族だから……」

「……うむ」


 ……気を付けよう。

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