20 「ア゜ーーーッッッ!!!!」
『……だ、ダーリン……あ、あいしてゆ……♡』
今、ダーリンの話した?
私、リゼット=ブルームフィールドがお手洗いから自室に戻る途中、随分と小声だったけれど……確かにご主人様お耳が『眷属』に類する言葉を検知しました。
聞こえたのは、彼の居室から。その呼称からして、ピンクのセンパイとイチャイチャしてる? 彼が地獄に出張してからまだ一週間経ってないけれど、もしかしてセンパイと通話なりなんなりしてる? このご主人様を差し置いて? そんなの許せないんだけど? 突入──!!
「ジンいるの?」
「ぎゃーーーっ!」
お昼の日差しが射し込む廊下をズカズカと歩いて扉を開ければ、そこには予想通りセンパイがいた、のだけれど……。
「……なにしてるの、それ?」
「あ、あ~、ね?」
怪訝に尋ねれば、センパイは挙動不審気味に視線をさ迷わせる。
物の少ないジンの居室、その中心。そこにはジンを送り出したことの責任からか、ここ一週間近くメイド服なんて着て家事手伝いをしてくれているセンパイの姿がある。
そしてその隣に……なんか、家庭科で使うようなトルソー? みたいなのが立ってる。なにあれ? なんでそれに顔を近付けてたの? あ、まさか……。
「可哀想に、センパイ……私の剥製を切っ掛けに、ただのマネキンを恋人だと錯覚しはじめるなんて」
「まず恋人の剥製を作る異常性愛者に哀れまれる筋合いがねぇんだわ」
「べ、別にいいでしょそれはっ。あなた達だってアリみたいに群がってたくせにっ」
「それはまぁそう。だがマネキンに欲情するほど狂ってはないぜ! まだ、な……他のメンツは知らん」
「じゃあなにしてるの。まるでASMRでも録ってるみたいよ」
「なんで話題としてそっちが先に出てこねぇのよ。やっぱリゼットちゃんが異常性愛者だからだろうな……こっから先はD○サイトとかの大人の世界だからよ。未成年キッズは部屋に戻って横揺れでもしてな。しっ、しっ」
……なによ。
「……教える気がないならそう言いなさいよ。もう私、行くから……し、知らない、から……っ」
「あぁん、もう! 泣くな泣くなツンデレなのにヨワヨワメンタルお嬢様がよ可愛いな! あたしが恥ずかしかっただけで、別に邪険にしたわけじゃないって! ごめんごめん!」
「すん……泣いてないもん……」
慌ててこちらに駆け寄り、私を抱き締めるセンパイ。別に傷付いたとかそんなんじゃないもん……ただもうちょっと、言い方とか気にしてほしいだけで……。
急に来た花粉症で鼻をスンスン鳴らしていれば、センパイは優しく私の髪を撫でて吐息をつく。
「んもう、リゼットちゃんってば。屋敷の人口が極端に減ると、すぐ誰かのところに吸い寄せられちゃうんだから。寂しがりすぎ」
「違うし……ご主人様としてお屋敷に異常がないか見回ってただけだし……」
「はいはい。つーわけであたしは屋敷に人がいない&リゼットちゃんが部屋に籠ってるのをいいことに、ダーリンの部屋できたるイチャイチャASMRの練習をしてましたよっと。あー恥ず」
「……なんで?」
「そらまぁ……約束しちまったからね。出所のご褒美でASMRを。あたしのために頑張ってくれてんだから、あたしもそれに応えなきゃなって思っただけ。ケジメよ、ケジメ」
ジンがいないここ一週間の働きぶりといい、それに伴って自分のアイドル業をもドッペルちゃんに任せて私達のことを優先してくれていることといい、そして今回のこれといい……この人って、そういうところあるわよね。
ちょっと照れ臭そうに視線を逸らすセンパイの背を軽く叩き、一歩下がる。泣いてないけれどハンカチで目尻は拭っておくわ。泣いてないけれどね?
私は軽く咳払いし、改まってセンパイに向き直る。チラチラとマネキン……ダミーヘッドマイクを見ながら。
「事情は分かったけれど……そんなのも持ってたの?」
「配信受けいいのよ。こうしてぎゅう~って抱き締めて、心臓の音とか聞かせたげたら喜ぶんだわ。うちの赤ちゃん達がね」
「ふぅん……」
視線を注ぐ。物言わぬ、人の頭蓋骨と上半身を模したマイク……そして、そこでむぎゅっと潰れた、形のいいセンパイの胸に。これを赤子を抱く女性の慈愛溢れる絵として取るか、もしくは……。
「……ちょっとエッチじゃない、それ?」
「だいぶエッチだろ。マイクにおっぱい押し付けて録るわけだからな! ところで先日には刀花ちゃんと『ちょっとエッチなこと』してたみたいだけど何してたの。電波に乗せられる?」
「べ、別に……ちょっと一緒に寝ながら、指とか、その、触り合ってただけ……」
「いやそれもだいぶエッチじゃん。フフフ……手ックス!! ダーリンがいないからって、どいつもこいつも性欲爆発させてんな!」
このセンパイうるさ……マイク壊してそう。
ペシペシとマイクの頭を叩きながら、センパイは小悪魔的な八重歯を見せて笑う。
「やれやれだぜ。いやまぁ溜め込むより、今みたいに個々人でキチゲを解放してくれんのは仮メイドとして助かるけどねん。そんなに寂しいなら、リゼットちゃんも誰かしらについて行けばよかったのに」
「嫌よ。トーカは『ウズウズするので武者修行してきます!』だなんて言って、サヤカもそれに保護者としてついて行って……」
「世界つよつよランキング上位者相手に喧嘩売りに行ったんだべ? ついてったら迫力満点のバトル描写が見れたかもよ? あたし的には『金色の魔帝剣使い』ことオルレアンのボクっ娘ジャンヌちゃんか、『竜皇妃』こと中国のドラゴン娘、紅暁麗ちゃんあたりがオススメかなぁ。なぜなら可愛くておっぱい大きいらしいから。戦利品として持ち帰ってきてくんねぇかな。捕虜の扱いはあたしに任せてくれ。なおジュネーヴ諸条約は適用しない」
「私の世界はこのお屋敷と学園だけでお腹いっぱいなのよ。少食だし。絶対いらない」
「ちぇ~。んで薄野ちゃ……こほん、綾女ちゃんは普通にバイトでお貴族様にゃ手伝えねぇし、ティアたそとエリリンはバチカンに戻って報告会だもんな。そら暇を持て余した吸血姫様もあたしんとこ来るわ。愛い奴め、うりうり」
「さ、寂しくないし……」
肘をグリグリ押し付けてくるセンパイにプイっと顔を背ける。勘違いしないでよね……もう。
「暇なら不老不死に関するネタでもチャ○ピーに聞いとけば? 今後ダーリンが急に出張なんて行かないようにサ☆ いやまぁサヤちゃんに聞けば秒で答えてくれそうだけども」
「……なんかそのサヤカが『もう大丈夫ではないでしょうか』って」
「あーン? ダーリンこと無双の戦鬼はほぼ永久機関で、刀花ちゃんはイザナミ由来の神性で、サヤちゃんは房中術で、エクソシスト組は神への祈りで、今回の地獄行脚であたしとザクで……んで手持ちに、うちのボスから貰った『賢者の石』っしょ? 綾女ちゃんか君のが一つ足りなくない?」
「さぁ……」
私も首を傾げる。その時のサヤカは、吸い込まれそうなほどの深淵を宿した瞳で私のことをじっと見ていたけれど……ま、まさか、私の奥底に隠された力が!? ふふ、ないわよねそんな都合よく。なろうとかカクヨムの小説じゃないんだから。そんな力あっても困ることの方が多そうだし。
ふ、と若干虚しいため息を漏らし、私は「それで?」と視線をダミーヘッドマイクに戻す。
「実際、どんな感じ?」
「げ、やらなきゃいけない流れ? そりゃまぁ、こうやって耳元でポショポショ喋るわけですけれども……」
不可思議なピンクの髪を耳にかけ、センパイは前屈みになって唇を寄せる。
「そんで、まぁ……あ、愛の言葉を囁くわけですよ……」
「やってみせて」
「ガーネットちゃん、自分の努力をひけらかさない大和撫子なもんで……」
「むぅ……」
「あぁんもう! プクッとしてんの可愛いな! そうやっていくつものワガママを叶えてきたという凄みがあるッ! その可愛い膨れっ面に免じて……や、やってやんよ」
ファンサで『愛してるぜ~!』なんて普段から言ってるのに、やっぱりガチ恋してる人に対しては違うのね。センパイこそ可愛いわよ。恥ずかしいから言わないけれど。
そうして整った顔立ちをポッと染めて、センパイは私に見つめられながら深呼吸。
「すー、はー……だ、だだだダーリン……」
そうしてセンパイは、キスしてしまいそうなほどの近距離まで迫り、
「あ、ああああい、あいあいして──ア゜ーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!」
「ボイトレ仕込みの超音波出すのやめて」
窓がビリビリ震えてるし、これが本物のジンだったら絶対に鼓膜壊れてたわ。私は絶対何かすると思って構えてたから、咄嗟に耳を塞いで事なきを得たけれど。
「人に見られてすんの無理じゃーーー!!」
「本人相手じゃもっと無理なんじゃない? ってちょっと! ジンのベッドに顔を埋めないでよ!」
「リゼットちゃんと刀花ちゃんの香りがする……」
「うにゃっ!?」
だ、だって、トーカと一緒に寝たのここでだし……もう!
「ふ、ふんっ。そんなのでご褒美なんてできるのかしら?」
「で、できらぁ! つか、そのためにこうやってコソ練してたんやろがい!」
「どうかしら。ま、私はセンパイの可愛い顔見られて満足したからいいけれど」
「ほならね? 自分でやってみろって話でしょ。あたしはそう言いたいですけどね」
「なんで私が」
「ビビってんの?」
「は?」
やややややってやろうじゃないのよ……!
私だって別の世界線じゃ配信者になってるらしいし、むしろ予行練習としてちょうどいいわ!
「ど、どいてちょうだい」
「やっぱ飼い主とペットって通じるものがあるんだなって」
「うるさいっ」
いらないことを言うセンパイが両手を上げて、私に席を譲る。ふんだっ。
「こほんっ」
なによ、これくらい。マイクになんかそれっぽいセリフ言うだけでしょ? こんなの簡単なんだから。
そうして私はちょっと鼓動を高鳴らせながら、センパイみたいに前屈みになって髪をかきあげ……、
「じ、ジン……す、すすすすす──」
すすすすすすすすすすすすすすす……!!
「──ふぅ。やっぱり本人に直接言ってこそ愛の言葉は輝くというか? 練習じゃなく自然と紡がれる言葉こそが美しくエレガントっていうか?」
「で、出たっ! リゼットパイセンお得意のちゃぶ台返しやーーー!!」
「あーもうっ、あーもうっ!」
意地悪なセンパイの冷やかしに、真っ赤になってギュッとスカートの裾を握る。もうもう!
私はベソをかきながら、カーペットに爪先で渦を描いた。
「……思ったより、恥ずかしかった」
「な。やっぱ人型だからかなぁ……妙に意識が。いや中途半端だからこそ、ここはもっと突き抜けるべきか?」
「な、なに?」
センパイは胸元に手をやり、「ぬ、ぐ……」と苦労しながら何かをズルリと取り出す。そんな何かを仕舞っておけるほど大きくないんだから無理しないでも……。
そうして取り出した何かを、センパイはカイロを貼るかのようにペシーンとマイクに叩きつけた。って、それ……!
「ジンの顔写真……!?」
「いつも持ち歩いてんだよ、こういう時のために」
どういう時……?
「ほな、恥はかき捨てということで……一緒に囁き合おうやリゼットちゃん」
「だ、だからなんで私がっ」
「──将来、あたしの所属事務所にV系部門ができたら、リゼットちゃんのこと後押ししたげゆ☆」
しょうがないわね。
コネを重視した私は、いそいそと左耳の方へと移動する。センパイは右耳ね。
「じゃあ、いっせーので、な」
「う、うん。あ、ちょっと待って。言うのって、いっせー『の』? それともいっせーの『で』? 言い終わった瞬間? 言い終わってワンテンポ待ってから?」
「自分だけで絶対に恥をかきたくないという執念を感じる」
絶対に道連れにしてあげるわ……私の精神もジャパンナイズされてきたわね。
「ど、どんなこと言うの」
「あー、じゃあ本人には絶対言えないくらい甘いので。こういうのは初手で限界突破しといた方がいい。ヒトは恥をかいて大きくなる」
「一流アイドルみたいなこと言うのね」
「イェス、アイアム──!!」
なんだか変な雰囲気になりつつも。
お互いに汗をかいてドキドキしながら、私達は一人の男性を挟むような形で唇を寄せ──い、いっせーのっ!
「じ、ジン、愛してるわ……♡ たとえ太陽が翳っても、月が満ち欠けても、私の中にあるあなたへの愛情は、未来永劫変わることはありません。好き、大好き……ずっとずっと、そばにいて……♡」
「あ、愛してるぜ、ダーリン……♡ 今回の件では惚れ直したし、なんなら学校の屋上でキスした時から……あたしはずっと、あんたが好き……♡ ちょっと待たせちゃうかもだけど、いつかはダーリンだけのアイドルになったげる……♡ そしたらいっぱい、そういうことしよーね……♡」
きゃーーー! きゃーーー!!
恥ずかしさで涙が出ちゃいそうになっちゃってるけれどっ。でもセンパイのセリフを聞いた私も、逆に私のセリフを聞いたセンパイも、なんだか妙な連帯感のようなものが生まれて……、
「へへっ♪」
「ふふっ♪」
そう、まるで一戦終えた後の戦友みたいな気持ちで見つめ合い──ん? なんか背後に気配が……。
「──いやはや。模範囚として認められ、早々に帰宅してみれば……これほど熱烈な"らゔこーる"で出迎えてくれるとはっ! この無双の戦鬼、感動の涙を禁じ得ない! ぬおぉぉぉぉぉっ! 俺も愛しているぞマスター! ガーネット! クハハハハハハハ!! いやしかし長年の禁欲状態だったため、腰が勝手にカクつきおるわ!!」
ア゜ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!?????




