表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/26

18 「絶対に貸さないから!」



 ブルームフィールド邸、夜。


「つーわけで、君達のダーリンは地獄に出張しちゃったため、シャバに出てくるまでイチャイチャできません! すまん!!」

「むっすぅ~~~……」

「いやホントすまんて」


 私、リゼット=ブルームフィールドが腕を組んでむすっとしていれば、実際本当に申し訳ないと思っているのか、センパイは大広間の絨毯に頭を擦り付けている。


(ふぅ~~~ん)


 そんな事後報告をされた私は……理解は示しつつも、少しだけ気に入らない。

 そういう大事な話をなんでご主人様抜きで決めちゃうの? とか。会えない間は私のこと放ったらかしなの? とか。高校生としての夏休みは期間限定なのに、一週間も離れて過ごしちゃうの? とか。

 ……まぁ、そんなことを口に出すのも優雅ではないので、私は黙ってセンパイを見下ろすのみ。大事な話だからこの場には他にもトーカやアヤメ、サヤカ、ティア、エリィと、彼と深い関係のある女の子がセンパイを囲うようにして揃っている。だからこの場では、ちょっとご主人様として見栄を張らないとね。

 トーカやアヤメは心配したり、サヤカは「やれやれ」と呆れて頭を振る中、センパイは頭を上げ、眉を八の字にしたまま軽く手刀を切った。


「いやあたしも『そこまでしなくても』とは言ったんだべ? でもさぁ……」

「でも、なに」

「あ、あたしのために身体張ってくれるの、普通にメロついちゃって後押ししちゃったんだわ……メンゴ」

「……ふぅん」


 照れ臭そうに目を逸らすけれど、珍しく本心を明かしたセンパイに思わず吐息が漏れる。天邪鬼な彼女が本心を詳らかにするだなんて。彼を地獄に送り出したことを、本当に申し訳ないって思ってるみたい。まぁでも、確かに……。


「いつもならジンを押し退けて『あたしの尻くれぇあたしが拭くぜ!』って、むしろ自分から行くタイプだものね」

「おぉ~。リゼットさん、ガーネットさんのエミュ上手です! さすが仲良しさんですね♪」

「う、うるさいわね……」


 トーカの笑みにプイと顔を背ける。センパイは普段から傍若無人だけれど、責任感が人一倍あることは十分承知してるってだけだし……。


「ふんだ……あ、いえ、まぁ、じゃああなたに地獄に落ちてほしいって言ってるわけじゃないからね?」

「わぁーってるって。実際、ダーリンにしかできねぇ仕事だってのも分かってるしよ。一応、"体験"はさせてもらったから……」

「体験、ですか? キラちゃん?」


 深淵の光を宿したサヤカの瞳が、心配そうに細められる。体験……?


「いやあたしもさすがに手ブラで送り出すのも根性なしというか、プライドが許さないっつーか? 閻魔ちゃんに言ったわけよ。『どれくらい痛いか、十秒くらい試させて』って」

「ど、どうなったのですか……?」


 宗教家だからか、地獄という概念を前にティアが震えて聞く。

 するとセンパイはその時のことを思い出すのか、青ざめて、汗でぐっしょりと服を濡らして言った。


「……一秒で『痛みで思考が真っ白になって』、二秒で『喉が裂けるくらい助けてって叫んで』、三秒で『心の底から絶望して』、四秒で『世界を呪って』、五秒で『頼むから死なせてほしいと願った』ところでシャットダウン。あれほど長い五秒もなかったね……痛みの感覚自体は後でダーリンにころしてもらったけど……冗談抜きで体重減った」

「じ、刃君、大丈夫なのかな……壊れちゃったり……」


 ガチトーンで振り返るセンパイに、アヤメも青ざめて彼の心配をする。彼に限って滅多なことにはならないとは思うけれど……。


「ち、ちなみに、刃君はそれをどれくらいの期間……」

「や、約七百京年っす……」

「無間地獄ではないですか……その他の地獄のおよそ千倍の苦しみを味わわされる、最も過酷な地獄ですね……」

「えぇ……?」


 サヤカの説明に私も頬がひきつる。

 だ、大丈夫、よね? 本当に死んじゃったり……?


「……一応、閻魔ちゃんから『推奨はしませんが』って渡されたタブレットがある。これで、刑場の様子を覗けるんだって。時間軸が異なるから、見るたび飛び飛びにはなるらしいんだけど」

『っ』


 センパイが取り出したタブレットに、皆が息を呑む。

 それってつまり、ジンが拷問されてる様子が映るってこと、よね……?

 センパイが上目遣いで、遠慮がちに聞く。


「……み、見る? あたしは責任を負う者として見なくちゃいけないと思ってるから見るけども」

『う……』


 さすがに皆が二の足を踏んだ。誰だって、愛している人が拷問されている姿なんて見たくないでしょう。絶対に夢に出るし、最悪晩ごはん戻しちゃうかも……あ、でもサヤカは──。


「言っておきますが。姉の手によるものは『愛の鞭』、有象無象によって行われるものは『不愉快な暴力』ですからね? リゼットちゃん?」


 そんなツイ○ターのハ○マイオニーみたいな構文で……というか思考読まないでよ笑顔が怖いわ。


「んじゃあ映すぞ? 自己責任で耳でも目でも好きなの塞ぎなぁ!」


 自分にも活を入れるかのようなセンパイの声に、トーカは決意を秘めた瞳でタブレットを覗き込み、アヤメは耳を塞ぎつつも目だけは薄目を開けて、サヤカは完全に耳を塞いで目も背け、ティアは「あわあわ」と口を動かしつつも視線を逸らさず、エリィは涙目になってその場にしゃがみ込んで知覚を遮断した。

 そうして私は……彼のご主人様として全てを受け入れるため、意を決してタブレットに視線を注いだ。たとえ女の子として醜態を晒そうと、自分の眷属が頑張ってるんだから! それに相応しい女主人として!

 そうして電源の入れられた液晶に映し出されたモノは──!!


『ゆくぞっ、"ごーしゅーと"!』

『きゃあ! ちょっ、つよっ! あっはは! もう、にぃに『火車ブレード』強すぎです! ──おっと、そろそろ始業時刻ですね。にぃに……こほん、無双の戦鬼、持ち場に戻れ。今日は煮えたぎる鉛を浴びるほど飲んでもらうぞ』

『いいだろう、よこせ』

『はい、どうぞ♪』

『やれやれ、見目は良い幼女が注いでくれるとはいえ、こう何千年も同じものばかり飲んでいてはさすがに飽きが来る……いや、これも刑罰の内か。これ以上の贅沢は言うまい。あちち』

『み、見目は良いだなんて。にぃに、そんな……♡ わ、わたくしでよければ、もう何年も勃ち続けているそちらのお世話だって……♡』

『痛みや熱さなどはどれだけ苛烈に持続しようが、少女達への愛でもって凌駕できる。ゆえ、真の刑罰はこの退屈さか……おい、まい。今度、閻魔のオヤジも連れてこい。刑罰を受けながらでも、麻雀程度は打てよう』

『ぶ~……では三麻で』


 ……………なんか。

 火車でベイブレ○ドしてたかと思ったら、座敷童子みたいな幼女にお茶(なまり)注がせてるんだけど。湯呑みなんて用意して。骸の山に座りながら。え? なにこれ本当に地獄? そういうサービスじゃなくて? あと『にぃに』ってなに? あなた十二人くらい妹いる?


「……………………」


 私達は沈黙したまま、顔を見合わせ……、


「では……解散──!!」

「サヤカ、サヤカもういいわよ」

「な、なんですか? イタズラをしては駄目ですよ? 私は見聞きしたものを一生忘れられないのですから。本当に、冗談ではなく、本当に本当に駄目ですからね? あ、あっ、やっ、こわいっ、ぴゃあぁっ」


 センパイの号令に、私達はぞろぞろと散っていく。あー、心配して損した。

 プルプル震えて怯えるサヤカの背中を撫でて安心させた後、私は一旦自室に戻る。


「一週間、かぁ……」


 手慰みに金の髪を指で梳き、私はクローゼットの方へと足を向けながら呟いた。

 ハッキリ言って長い。そう私は恋人と四時間以上触れ合わずにいると精神が不安定になる女。

 しかしこれは必要なことだったとも分かっている。私達の不老不死化は彼の悲願だし、それを私の我儘で止めさせるというのも……まぁご主人様の意向は全てに優先するのだけれどね? 私が眷属の意思も大切にするベスト・オブ・ご主人様だからであってね?


「ま、大丈夫でしょ」


 心の中でそんなことを宣いつつ、しかし私は余裕の表情。

 いつまでもね、無様な姿を見せたりバッドエンドへと誘うばかりの女じゃないのよ。私にはこれがあるんだから──!!


「よっ、こいしょ……!」


 かなり重いそれをクローゼットから出し、ベッド脇に置く。

 見上げるほどに高く、抱き付けるほどに逞しく、そして香りも再現した、この──!


「夏休みの自由研究で試作した、この『等身大ジン・スタチュー』があればね!」


 私に必要だったのは、彼の温もり……つまり剥製だったのよ!


「惚れ惚れするわね……ぎゅ♡」


 胴へと回した腕に伝わる和服の肌触り、肌の質感、筋肉の固さ、腹筋越しに感じる臓腑の柔らかさ。

 抱き心地も完全に再現したこれがあれば、私は一週間、優雅さを保つことができるはず……!


「ふふ、お風呂入ろっと。今夜は一緒のベッドで寝ましょうね、ジン♪ ん、ちょっと目線が気になる……」


 後頭部をカパッと外し、視線の向きを調整するレバーを摘まんでグリグリと……よし、いいわね。『眠る私を愛おしげに見守るジンの瞳』だって再現可能なんだから。抜かりはない。

 そうして口付け代わりに指先でチョンと頬にイタズラし、着替えを持ってお風呂へ。


「ふんふ~ん♪」


 思わず鼻歌なんて口ずさんでしまう。

 ふふ、ごめんなさいね皆。皆は一週間とはいえジン・ロスに苦しむでしょうけれど、私は心穏やかに過ごさせてもらうわ。もちろん貸してと言われても貸してあげない。私が自由研究を決める時『剥製なんてどう?』って言ったらドン引きしてたの忘れてないからね。


「さて、と」


 髪と肌の手入れ、歯磨きを済ませた私は、ほんの少しだけステップを踏みながら階段を登る。超高級フィギュアを所持してるオーナーってこんな気分なのかもね。無敵よ。何があっても『でも私の自室ではジン・スタチューが待ってくれてるし……』って。これが心の余裕……!?


「今日はもう早めに寝ちゃおうかしら♪」


 そうして私はニコニコ笑顔のまま、自室の扉をガチャリと開け──、


「はぁはぁ……! 兄さん……兄さんの香り……! 届かない分だけ愛おしくなるこの香りが妹を狂わせます……!」

「ふわー……ホントに刃君そっくり……こ、これって量産とかできないのかな……? 私の部屋にも欲しい、カモ……」

「いやいや綾女ちゃん、絶対高ぇって。ほら見てみ? このプラ○ム○スタジオの時○狂三ちゃん等身大スタチューのお値段をよ。百万円て。いったい狂○ちゃんの何がこれほどオタク君達を狂わせるんだ……いや可愛いんだけどね? でもヤンデレならうちのサヤちゃんだって負けてないんだが!!?? つーわけで○三ちゃんのコスしてサヤちゃん♡ 色々入んなくて零れちゃうかもしんないけどそこはまぁ、ね? あたしが手で支えるんで……」

「ちょっと何を言っているか分かりませんね……ちなみにこれの製作には私も携わりましたよ。弟の肌を剥ぎ、臓器を抜き取り、骨を接ぎ……クスクス♪」

「やっぱ狂○ちゃんの風上にも置けねぇわこのクレイジーデカパイ大和撫子」

「でへへ、こういうフィギュア? はこうして服の内側を見るのもお楽しみの一つでぇ……この先生には果たして付いているんでしょうか~……?」

「そ、それ以上いけないティア。付いていたとしてどうすると言うのですか」

「え? それはもちろん、実用性ありますねって♡」

「じ、実用っ……!? ごくり……せ、せんぱいの……」


 は? なに? 私のジンに群がるこの盗っ人達は?

 扉の前で呆けていれば、スタチューを豪快に脇へと抱えたセンパイがこちらに手を振る。


「うーっし。おうリゼットちゃん、剥製借りるぜ。これから一週間、この剥製は大広間に置いて、寂しくなったら誰でも"使える"公衆便所として──」

「やだぁーーーーーーーーー!!!!!!」

「秩序のためです、リゼットさん!」

「ごめんねリゼットちゃん、一週間だけ我慢してね……」

「本人がおらぬと量産できませんので……堪えてくださいましね、リゼットちゃん……私もお姉ちゃんとして、その、たまに使いたい時もあるかと……」

「消毒すればどんなことにも使っていいんです? いいんですよね?」

「使う……私が、先輩を……つ、使う……???」

「やぁーーーーだぁーーーーーー!!!!」

「うおっ、刀抜いたぞこのお嬢! え、えらいことや……戦争じゃ……」

「むふー、順番決めですねっ。負けませんよぉ~♪」


 ──そうして森深くの洋館では、

 明け方になるまで、一つの剥製を巡った虚しい剣戟音が響いていたという……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ