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17 「ちょっと地獄に」



 たとえ夏休み中であろうと、無双の戦鬼は職務を果たさねばならぬ。むしろ通学に時間を取られぬ分、常ならば中々手を出せぬ分野にも挑戦できる良い機会であった。

 俺の果たすべき使命は様々……ご主人様の給仕、妹の遊び相手、看板娘との労働、アイドルの応援、姉との家事、修道女との"ぼらんてぃあ"活動と多岐にわたる。

 だがやはり。

 無双の戦鬼が求め、しかしいまだ手に入らぬ宝──"不老不死"については、夏休みの内にもう一つほど、至るための手法なり道具なりを手にしておきたいところである。

 と、いうことで──、


「邪魔をするぞ。久方振りだな、幼き閻魔よ」

「よくもわたくしの前に再び顔を出せたな現世の悪鬼……わたくしのガーネットたそに手を出さんとする汚泥めが……」


 過去に幾度か訪れていた地獄に再び潜り、俺は『閻魔の間』へと押し入っていた。いつぞやに姉上が言っていた不老不死になるための手法『閻魔帳に記された名前を消すこと』を試すべく。

 俺を迎えるのはだだっ広く簡素な広間、そこに鎮座する閻魔大王が就くための巨大な椅子、文机。

 そして、その巨大な椅子と机の間に設けられた、小さな椅子にちょこんと座る、黒地に紅い彼岸花をあしらった少女……父親からその役目を引き継いだ小娘、『閻魔まい』だ。切り揃えられた短い黒髪と生意気そうな瞳からして、ひねくれた座敷わらしを思わせる。

 以前にはガーネットと共にここを訪れ、閻魔まいがそのファンであることを知り、そうして俺とデート中であることも露見しその逆鱗に触れたのだったな。

 半年ほど前の記憶を回想していれば、閻魔まいは書き仕事を中断し、俺の背後にある扉へと吠えた。


「警備係! なにをしている! この賊を屎泥処しでいしょにでも放り込んでおけ!」

「無駄だ。ここへ来るまであらかた邪魔になりそうな者共は眠らせておいた。獄卒と罪人の区別などつかんため、目についた者を片っ端からな。そうでもせねば、落ち着いて話もできんわ」

「魂のサイクルを担う要所をなんだと思ってる……ただでさえお前は、大きく世界に貢献するはずだった五百に近い魂を内へと捕らえたままにし、生きているだけで人類の発展を停滞させる存在だというのに。頼むから死んでくれ」

「文句なら無双の戦鬼(おれ)を造った間抜け共に言え。全員、地獄ここに来ただろう?」

「パパ……こほん、先代がそれはもうカンカンに怒って、わたくしが文句を言う暇もなく無間むけんに落とした。刑場は時間の流れが異なるため、もう循環に帰っているだろう……はぁ、なぜこんなことに。この体たらくを知られれば、また親父殿にどやされてしまう……」


 ただでさえ激務である地獄の公務員が痛そうに腹を手で押さえる。以前にはその役職の重圧に苦しんでいる様子だったが、それは今もそう変わらんらしい。とみに辛気くさい職場では、心が潤うはずもない。

 助け船の無いこの場では、話を進めるしかない。そう悟った閻魔は、それはもう恨めしげにこちらを睨み上げながら問う。


「いったい何の用だ……」

「なに、すぐに終わる。その閻魔帳に記載されている名をいくつか消してもらいたいだけだ」

「す・る・わ・け・が・ないだろうそんなことを! 公文書偽造をこの閻魔が!」

「無論、ただでとは言わん。地獄の沙汰も金次第というからな」

「昨今、我々の界隈ではそうした金は受け取らんようにする動きがあるぞ。地獄であっても金に清潔さを求める……時代の流れだな。地獄では使い途もそう無いため、はっきり言ってどうでもいいのだが……」


 死んだ目でブツブツ言っている。年若い乙女の娯楽が、貯金と罪人の悲鳴で埋められるはずもない。

 金のアテは外れた。だがそんなこと、もちろん織り込み済みだ。

 俺は指を鳴らし、扉の外で待機していた二人組に合図をする。厳正で強大な閻魔を下すために連れてきた二人、それはもちろん──、


「やっほー、まいちゃん久し振り~☆ きらっ☆」

「あたしもやっほー! 久し振りだけど初めまして☆ 妹のザクロちゃんだお☆ きらきらっ☆」

「あーーー! ガーネットたそにザクロたそだーーー!!」


 閻魔のこの反応からして、既に地獄でも話題になっていたようだなザクロのデビューは。さすがは電波も届く地獄。受信料は払っているのか?

 恐らく俺がここへ来た時点で期待していたのだろう、閻魔まいはその鋭利な瞳をキラキラと輝かせ、にこやかに入室してくるピンク髪アイドル二人へブンブンと手など振っている。勝ったな。


「金銭でないと言うのなら……も、もしかして、わたくしのためだけに歌を歌ってくれたり……?」

「おいおいナメんなって、まいちゃん。金払えば受けられるサービスを、不老不死の対価になんて差し出さねーよ」

「つまりぃ、金積まれても絶対しないサービスを、まいちゃんにだけ特別にしてあげちゃう☆ お見舞いするぞー!」

「ドキドキ……!!」


 興奮で頬を紅潮させる閻魔にガーネットとザクロはペロリと唇を舐め、二手に分かれた。

 そのままツカツカと閻魔まいの座る椅子へと歩みを進め、肘掛けに尻を預ける二人。

 そうしてガーネットとザクロは、閻魔まいの小さな耳に唇を寄せて……、


「「いらっしゃ~い……♡」」

「ッッッ!? き、煌栄姉妹のナマASMR──!?」

「それだけじゃないゾ♡ 膝枕もぉ、耳かきもぉ……」

「耳舐めもぉ……最後には息だって吹きかけちゃうゾ……♡ こ・ん・な・ふ・う・に……ふうぅ~~~~~……♡」

「あ゛っっっ♡♡♡ こ、この吐息、ポリ袋に保存していいやつですかっ!?」

「おっと急にアクセル踏んできたなこの幼女」


 これが俺の用意した、今代の閻魔大王に対する秘策である。

 我がアイドルは、プライベートの中でアイドルとして振る舞うことを嫌がる。プロとして。しかしこれを頼んだ時、二人は笑顔で頷いたものだ。

 このアイドル達は可愛い女の子が好きなのはもちろんのこと、なにより……俺に対して意地悪をするのがもっと好きだからだ。


「うぇ~い、戦鬼くん見てるぅ~?」

「今からオメーのアイドルはぁ、可愛い女の子ちゃんに色々とサービスしちゃいまぁ~す♡」

「くっ」


 これから目の前で行われるであろう、恋人である俺にすらしてくれぬサービスの数々。それを俺は、今から見せつけられる……頼んでおいてなんだが、歯噛みをする心地だ。しかし少女達の不老不死のためならば耐えてみせる! どれだけ羨ましく思おうともな!

 そうして二人は閻魔まいを椅子から下ろし、血の色をした敷物の上へ寝かせる。

 柔らかくも瑞々しい張りのある太股に閻魔の頭乗せたガーネットは、どこからともなく耳かきを取り出し、こちらに見せつけるようにして少女の耳を掃除し始めた。


「お痒いところはございませんか~?」

「わわわわわ、ミニスカートだから直接肌の温もりがっ! い、いい匂いもするぅっ!」

「痒いところはどこかって聞いてんだよ鼓膜貫くぞ。お痒いところはございませんか♡」

「ど、どちらかと言えば自分の髪が頬にかかって、そっちの方が……」

「は~い、お姉ちゃんが耳かきしてるから、そっちはザクロちゃんがやったげるね☆ 手の指で掻くか足の指で掻くか、どっちがいい?」

「──足で」

「しょうがないにゃあ……おぉっと今日に限って蒸れやすいブーツなんて履いて来ちまった。やめとく?」

「加点要素でなぜやめるんです?」

「おらっ! 足先で頬っぺたグニグニしてやんよぉ!」

顔面足蹴感謝ありがとうございます~~~♡♡♡」


 あまり羨ましくはなくなってきたな。いや耳かき自体は羨ましいが。しかしまぁ今代の閻魔がアホの子かつ、このようなサービスを行うアイドルに解釈違いを起こす厄介ファンでなくて助かった。


「はい、反対も~♪」

「が、ガーネットたその、お、お腹っ! 腰ほっそ! わたくしの頭より細いのではっ!」

「はい立って~♪ それじゃあお姉ちゃんと両耳のお掃除したげゆね♡ にゅる……グチュ……♡」

「わーーーーー!!! わーーーーーーわーーーーーーーーー!!!!」

「「うるせぇ」」


 そうしてところどころ俺ですら羨ましくなる奉仕を受けた閻魔は、熱い吐息をつきながら己の椅子に戻る。息も絶え絶えに。


「しゅ、しゅごかった……」

「どう? まいちゃん。やってくれゆ?」

「はふ、はふ……い、いいでしょう。ガーネットたそとザクロたその願いとあっては。サービスも素晴らしかったですし」

「きゃあん♪ まいちゃんありがとー☆」

「ふふ、えぇ。では、ガーネットたそとザクロたそについては、そのように。不老不死になりたくなったら、いつでもお声がけください。その時に名前を、閻魔帳から消して差し上げましょう」

「サンキュー! へっへ~、なんだよ不老不死なんてチョロいもんだな!」


 二人に背中を笑顔でバンバン叩かれる中、しかし閻魔は瞳を細めて続けた。


「──とはいえ。そこの悪鬼が地獄に堕ちることも条件に加えさせていただきますが」

「「えっ」」

「ふん……」


 勢いよくこちらを見上げるガーネットとザクロに対し、肩を竦める。

 まぁ、引き出せたほうだろう。本来であれば、閻魔は生者を贔屓になど絶対にせんのだからな。二人のサービスと、俺への罰でそれが手に入れられるのならば、むしろ破格なほどだ。

 予想できていたことに対し一歩進めば、しかしガーネットとザクロがこちらの袖を握ってそれを止める。不安げに眉を下げて。


「いやいやいやダーリンちょい待ち」

「なに『それが当然』みたいな感じで行こうとしてんのさ」

「なんだ、心配でもしてくれるのか」

「っ、たりめぇだろ。だって日本式の地獄っつったら……」

「刑罰の時間とか、めっちゃ長いんじゃ……?」


 二人の目がチラリと閻魔を伺う。すると閻魔はパタパタと熱い頬を手で扇ぎつつ「えぇ」と頷いた。


「ご存知の通りですよ。とはいえ、刑場と現世の時の流れは異なります。刑期を終えるまで……現世の感覚で言えば一週間ほどで、そちらに帰れるでしょう。そこの鬼が刑の苦しみに耐え抜き、精神を壊していなければ……ね」

「抜かせ」

「い、一週間って。それって刑場に換算したらどんくらいよ……?」

「──約七百京年。二人の名を消すのですから、二人分の責め苦を味わってもらわねば。これからこの鬼は七百京年もの間、地獄の炎に焼かれ、熱した鉛を飲まされ、無数の剣山と釘に貫かれ、獄卒に嬲られることになるでしょう。しかし、安いものだろう? お前の苦しみ如きで、愛する者を永遠にできるのだからな」

「ふ、その通りだ」

「「いやいやいやいや!!」」


 挑発的な笑みに、応えるようにして不敵な笑みを返す。

 まさしくその通り。有限で無限が買えるというのだからな。ガーネットとザクロは不満そうだが。


「いやそこまでしなくていいって!」

「も、もしダーリンが、ほんとに壊れたら……!」

「阿呆か。俺は無双の戦鬼、泣く子も漏らす最凶の悪鬼だぞ。俺にとって地獄なぞ、揺り篭にも等しい」

「……言っておくが、痛覚を遮断できると思うなよ。自慢の魂の鎧も没収する。お前はこれから泣いて許しを乞う。叫べぬほどに叫び続ける。お前を地獄に落とした者を恨み、呪い続けることになるだろう。引き返すなら今だぞ?」

「クハハハハ……これだから弱輩は舐められるのだ」

「なんだと?」


 冷たく細められる瞳に、鼻で笑って返した。


「ク、ハハハ……」


 間抜けが──この俺を誰だと思っている。


「誰が俺の刑罰を担当するのかは知らんが──これから約七百京年もの間、その獄吏は、首を食い千切られるかもしれぬという恐怖を絶え間無く味わい続けることになるのだからな。まったく、その者が可哀想でならんよ」

「……言ったな、無双の戦鬼。ならばわたくしが直々に罰を与えてやる。わたくしのアイドルに手を出した罪、その身で贖え」

「その非力さで、我が角の一本でも折れるのか試してみるがいい」

「別れを告げろ」

「優しいな」

「……お前は悪鬼だが。その献身と覚悟には、敬意を表する」

「ふ、そうか」


 最後通牒に、俺は二人の頭を撫でる。今にも泣き出しそうな、俺のアイドルの頭を。


「では少し、暇をいただくぞ。皆にはよく言っておいてくれ」

「ま、マジで……?」

「らしくねぇよ自己犠牲なんて……」

「少しの休暇を犠牲とは言わん。だがそうだな、しばらく会えぬため、その間励みになるような言葉をもらおうか」

「「な、なに……?」」


 目を潤ませる愛しいアイドルに、俺は唇の端を上げて乞う。


「先程、閻魔にやっていた囁き……帰ったら、俺にもしてくれ」

「「っ……バカじゃねぇの……」」


 正当な報酬を得ることを馬鹿とは言わん。 

 力の抜けるような俺の願いに、しかし二人の王は笑みを浮かべる。勝ち気で、俺の大好きな笑みだ。


「いいぜ……テメーが帰ってきたら、もう耳が溶け落ちるくらい甘々なボイスを聞かせちゃる」

「もう勃起が止まらないくらい、エッチなASMRしてやんよ!」

「ククク、もう既にいきり勃ってきたな!」

「行くぞ無双の戦鬼!」


 小さな閻魔に促され、入り口とは反対に位置する扉を潜る。

 そうして俺はまた一つ、少女達を永遠にするための宝を手に入れる。なかなかによいペースだな! 笑いが止まらんわ!


「ククク──」


 そのため俺は地獄に堕ちる。

 刑期にして約七百京年。現世においては一週間。


 その間、俺は一度たりとも──、


「ハーーーーハハハハハハハハハ!!!!」


 笑いと勃起が止まらんかったわ──!!

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