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16 「オメーどこ中だよ」



「……オメーっていっつもその和服なのな。たまには洋服とか着てみたらどうよ?」

「む?」


 休日のブルームフィールド邸、談話室にて。

 いつも通りマスターに紅茶を淹れる仕事をこなしていれば、同じくソファにてくつろぐガーネットからそのようなことを言われてしまった。

 ……若干、湿り気を帯びた瞳で。まさか俺がこれを連日着回し、不潔だとでも思われているのだろうか。だがこの漢酒上、なめてもらっては困るというもの。

 俺は鼻を鳴らし、見せびらかすように和服の裾を捲ってみせた。


「分からぬか? 密かに夏仕様……裏地のない単衣ひとえを──」

「いやそこは疑ってねぇんだわ別に臭くねぇし。存在が血生臭いっていう意味ならそうだけども」

「兄さんはいつでもいい匂いですよっ! こうして吸ってると……すぅ~~~……はぁ~~~……はふ♡ クラクラします♡」

「違法性と中毒性のある薬キメてる?」


 ヒョコっと背後から抱き付きうなじの香りを吸う刀花に、リゼットのジト目が刺さる。

 にわかに活気づきはじめた談話室内。その最後の面子である姉上もまた読んでいた本をパタンと畳み、こちらに向けて片眉を上げた。


「分かりませんか愚弟? キラちゃんは『好いた殿方の違う格好もたまには見たい』と言っているのですよ」

「京都の女だからって都合のいい解釈した京都弁やめてくんない?」

「私、京都出身ではありませんよ。一時期京都に住んでいたというだけで。ちなみに酒上の実家、及び一族の里は恐山の別位相に秘匿されています」

「君達、青森出身だったのん……?」

「知りませんでした……!」

「妹ちゃんまでビックリしてるじゃねーか」


 俺も知らなかった……。


「クス、酒上家の興りはもっと闇が深いですよ? あくまで伝承ですが。今より千年は昔、あらゆる人種と強大な妖魔達を一つの巨大な壺に閉じ込め──」

「言わんでいい言わんでいい! そんな『その儀式に使われた壺が酒瓶だったから酒の字がついた』とか『儀式に巻き込まれた人間にたまたま坂上田村麻呂の血縁がいたから、君達姉妹には元々童子切安綱の適正があった』とか『神をも殺す現人神ヒトを産み出すための儀式だったから名字が元は"酒神"だった』とか『引きこもってる酒上家は近親婚しまくってまだ超人を産み出そうとしてるから、その血の運命さだめで君達姉妹も近親に抵抗がないどころかむしろ興奮する』だなんて初期設定や裏設定なんて誰も興味ないんだから!!」

「キラちゃんにお伝えしましたっけそんな詳細に……?」

「私、結構興味あるんだけど……」


 マスターに同じく。やはり滅ぼしておいた方がよい家系なのではないか……?

 殺すべきかそうでないか腕を組んで唸っていれば、ガーネットが目を三角にしてプンスコ怒っている。


「ったく。なんで好きピの洋服姿が見たいってだけの話でこんな脱線すんだよ。ドパガキの組んだプラレ○ルか?」

「分かった、そこまで言うなら着替えてこよう。とはいえ俺は生粋の日本男子。俺の持つ洋服など面接用のスーツか昔のバイト着や制服、あとは……マスターとの船旅で──」

「っ、っ」


 甲板で踊る時に着た"たきしーど"を挙げようとすれば、リゼットがしきりに首を横に振る。

 途中で言葉を区切った俺に不審な目が集まる中、マスターに念話で問いかける。


『どうした、マスター』

『た、タキシードは、着たらダメ』

『なぜ?』


 すると彼女はプイッと横を向き、


『あ、あなたの素敵な姿は……私だけが知ってれば、いいのっ』


 どうやら可愛い独占欲の発露だったようだ。これだから俺の可愛いご主人様(おひめさま)は!


「失敬、では着替えてくる」

「お、おう?」


 耳の先っぽを真っ赤にするご主人様に満足し、俺はスリッパをパタパタ鳴らして部屋を出る。そうして自室に入り、しばらく開けていなかった衣装箪笥を漁った。"たきしーど"以外の洋服となると……ふむ、ふむ。

 その場で着替え、戻った俺は談話室の扉を意気揚々と開けた。


「これでどうだ?」

「オメー、ロ○ソンで働いてたんか……」

「せめて謎の英字が入ったシャツとかで来るかと身構えてたのに、もう初手からまともじゃないのよね」


 白と青の縦縞が眩しい。最初に目についた洋服及びバイト着を着たのだが、不評だったか?

 ガーネットとリゼットの微妙そうな目に「うぅむ」と踵を返し、俺は再び着衣を変えて談話室に戻る。


「では、これならどうだ?」

「職場がフ○ミマに変わっただけじゃないの」

「サイズが合ってないせいか、はち切れんばかりの胸板に乳首が浮いてんの腹立つな。こんな店員立ってたらホットスナックよりホットな視線注がれちゃうでしょ」

「では……これならば?」

「サ○クルKは死んだ! もういない!! だがファ○マと一つになって生き続ける!!」

「あなたもしかして無類のコンビニマニアなの?」


 どうやらご満足いただけない様子。洋服なぞどれも一緒だろうに。これだからチャラチャラした服は! そして姉上はなぜかサー○ルKが消滅していたことに衝撃を受けていた。コンビニ運営も諸行無常だ。


「戦鬼くんさぁ……せっかく素材は良いんだから、もっとわんぱくになろうよ。肌とか出してこの場にいる頭お花畑女どもの情緒を根絶やしにしようぜ! でけぇ胸板! バキバキの腹筋! 締まったケツ!」

「出したらダメなとこ出てるじゃないの」

「であれば、うぅむ……」

「愚弟が最早この場で着替えはじめているのですが、よいのですかこれは?」

「コイツの全裸なんてもう見飽きたわ」

「兄さんはいつでも色っぽいですよぅ」


 肌を出す洋服……う~む?


「こういったものか?」

「白のタンクトップに青い短パン着るのはわんぱくが過ぎるだろ虫取りにいく十秒前じゃんね。わんぱくになれとは言ったけど、わんぱく小僧になれとは言ってねんだわ」

「サヤカが死ぬほど笑ってるんだけど」

「姉さん……」


 顔を逸らして身体をプルプル震わせる姉上の背を、刀花が何とも言えぬ表情で撫でている。相変わらず姉上の笑いのツボはよく分からん……。

 以上が皆にまだ見せていなかった手持ちだったのだが、気に入らないのかガーネットがピンクの髪をガリガリと掻きながら立ち上がった。


「あーもう! 貸せ貸せ! 着こなしってのはこうやんだよ、同じ素材でもなァ! 『シュガー・メイプル・シナモンロール……ウェイクアップタイム! サン! ロク! キュー!』」


 ステッキから迸る魔力を浴びた洋服がカラフルに瞬く──!


「おらっ。タンクトップも黒を基調にして赤線とか入れて、んで真ん中にナンバーをバーン! 下も同色でバーン! そんでトドメにちょっとブカッとさせてドーン! どうよ!? 乙女なんて皆大好き、高身長バスケットボーラーに早変わりってわけ!」

「おぉ~!」


 閃光が収まれば、そこには放課後の体育館などでお目にかかれるバスケ部男子の姿があった。

 先程のものと丈はそう変わらぬはずだが、しかしリゼットや刀花などは目を輝かせている。


「へい、ダーリン。こう、襟とか握って額の汗拭いてみ?」

「こうか?」

「や、やだ……ジンったら、お腹が……!」

「姉さんも一転して瞬きも忘れて見入ってます」


 服で汗を拭っただけだというのにこの熱気はなんだ。だが少女達から向けられる熱い視線、悪くない気分だ! ここは気の効いた台詞の一つでも言っておくか。


「──今夜は、お前に"だんくしゅーと"したい」

「ジン黙ってて」

「ドキドキ……!」

「ね、姉さん……?」


 姉上しかドキドキしてくれなかった……。


「……こういうコスプレでもいいなら、ねぇセンパイセンパイ?」

「んあ? なに? リクエスト? 金取るよ?」

「いいから」

「いいんか……」


 リゼットがガーネットに耳打ちをし、聞き届けた魔女が再びこちらに光線を向ける。するとまたしても衣装が変わり……、


「あら、あら! 似合うじゃない!」

「王子様風の軍服かぁ……いいね。でも白が似合わないからって、黒は色的に放送コードに引っ掛かるな。いやいけるのか? デ○エス・イレだってアニメ化したし……ソシャゲ化がポシャってコンテンツ死んだけど」

「し、死んでないわよっ。永劫回帰してソシャゲだって出るもん……! ソシャゲさえ、ソシャゲさえ出てれば……!」

不死英雄エインフェリアは皆そう言って塵となって消えた……」

「むふー、兄さんは何を着てもカッコいいですね♡ 姉さんは何かリクエストありませんか?」

「ふ、ふむ。そうですね……では」

「おん?」


 次は姉上が耳打ちをする。姉上もまた和服を愛する者だが、洋服の好みについては聞き及んでいないな。

 興味を引かれつつ、再び光線を浴びる。そうして現れたるは──、

 長い丈の上着! 赤いシャツ! 背中に負う『天下無双』の金刺繍!! これは……!?


「まさか長ランの特攻服とはね。オメーどこ中だよ!?」

「意外なチョイスというか、時代が出るというか……」

「ね、姉さん……?」

「ふ、ふむ、悪くありませんね。えぇ……チラチラ」


 見るからに頭の悪い者が着るような服だが……姉上が熱い視線をチラチラと送ってくる。姉上は馬鹿が嫌いなはずだが……。


「いやまぁちょっとは分かるけどね? 皆に優しい王子様より、私にだけ優しい殺し屋を愛するもんなんだから乙女って生き物はよ。ヤンキーと文系少女のラブコメなんて使い古されたテンプレだし。そういう漫画読んで密かに憧れてたんだろうなぁサヤちゃん」

「こほんっこほんっ」

「わ、私も実はちょっと好きかも……」

「この分かりやすい大和撫子とお嬢様はよ……」


 咳払いで誤魔化そうとする姉上は可愛い。姉上はちょっとヤンチャな方が好きなのかもしれないな。俺とて既に大量殺人犯やんちゃなのだが?

 少し得意になって腕を組んでいれば、ガーネットが興味深げに上着の裾など摘まんでいる。


「いうてこんな特攻服トップク着たシャバ僧、もう成人式くらいでしか見ないけどなぁ。もしくは東京リベ○ジャ○ズのオフ会。こんなので街なんか出歩いたらもうシャバシャバだぜ? 水入れすぎたカレーかってくらい激シャバ。イマドキいねぇよなぁ!?」


 ふ~む。


「思うにヤクザの刺青の如く、刺繍に威圧感が足りておらんのではなかろうか。どう思う」

「じゃあ薔薇とかいっぱいつけて、このご主人様を想って」

「虎と竜も入れましょう! 妹を想って!」

「……う、裏地に、私と弟の相合傘など……」

「最後シャッバ!! でもやっちゃう!! あたしとしてはアクセとかが足んないと思うんだよね。もっとシルバー巻くとかさ。あとは背中の文字も親しみやすく『町内安全』とかにしてぇ……」


 そうして特攻服やら何やらを更に魔改造され──そういえば午後からティアの教会にて清掃ボランティアを手伝う約束をしていたのを思い出し──、


「来たぞ、ティア。夜露死苦」

「か、カチコミですぅー!? オラオラですかー!?」


 あわや教皇庁と全面戦争になりかけるのであった……やはり洋服などたまに着るくらいでちょうどよい……。

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