15 「陰○論」
──眉間へ放たれた聖弾は正確無比であり、背後から迫り来る斬撃もまた狙い過たず、無情にもこちらの首を切断しようとしている。
「ク、ハハハ……」
『っ!?』
光の速度で襲い来る明確な"死"を、だが悪鬼は肩を震わせ笑い飛ばした。久方振りに、この戦鬼に届き得る力の奔流を浴びたこと。殺戮兵器の本領である戦場を肌で実感したこと。それらがたまらなく、我が唇を喜悦に彩る。
そしてもちろん──その後に待つ、こちらの勝利と相手の敗北の味を想えば、それは一層甘美なものとなろう。
「ふっ……」
『うあっ──!?』
正確無比ゆえに避けやすい前方の弾丸を"吐息のみ"で逸らし、逸らした先にある剣筋に当て、背後の斬撃を明後日の方向へ向かわせる。
そうしてこちらの防御後の隙を狙おうとしていた二人……ティアとエリィに向け、
「頭が高い」
『くっ……!?』
質量を伴う漆黒の霊力を押し付け、無理矢理跪かせた。最早一歩も動けまい。
ビリビリと空間に亀裂が走るほどの力場の中。悔しそうに唇を噛む二人の姿を認め、俺は「うむ」と頷いた。ゆっくりと圧力を解きながら。
「速度が売りのバチカンの剣姫が膝をつく。これで勝敗は決したな?」
「うぅ……また一歩も先生を動かせませんでした……」
「……ごめんなさい、ティア。私が弾丸ごと斬れていれば」
ブルームフィールド邸、午後の庭先。
俺との"すぱぁりんぐ"を終え反省会をするティアとエリィ。普段はあまりこうした運動はしないが、今日は俺から誘った。ティアに是非ともやってもらいたいことがあったからだ。一歩でも俺を動かせれば向こうの勝ち、無力化すれば俺の勝ちとし、一つ願い事を聞いてもらうと。
項垂れるティアへ、俺はほくそ笑みながら膝を折り、その耳許で囁いた。
「では約束通り……今夜、俺の部屋で」
「っ、わ、分かりましたぁ……」
「……ち、ちなみに、私は……?」
「エリィも来い。体躯を見るに、よく似合いそうだ」
「そ、そうか……仕方ないな。いや勝負に負けたからには仕方ないなっ! 騎士道精神ゆえになっ!」
「クックック……」
そうして夕食も取り、風呂にも入り、リゼットを除く屋敷の住人が寝入った頃に──、
「うむ、うむ。やはりよいな」
「は、はじゅかちぃ~~~……」
「大丈夫ですよティア! よくお似合いです!」
「一番似合ってる子に言われてもぉ~~~……!」
我が自室では、ティアとエリィのセーラー服姿が顕現していた。うむうむ、これはよいものだ!
いつぞや上司の指示で転校してきた衣装を、なぜかまだ箪笥に隠していたティアだったが……やはり衣服は着用してこそだな! ボリュームのある乳に押し上げられた上着の、その裾から垣間見えるムチッとした腹肉も! ミニスカートの裾から伸びる大根のような太股も美味そうだ!
そうして上着とスカートの裾を一生懸命下に引っ張り隠そうとする小娘が、満足げにしている俺に涙ながらに聞く。
「い、いきなり『セーラー服はまだ持っているか?』だなんて……どうしてぇ……」
「なに、この制服の"ぽてんしゃる"を再確認する出来事が直近であってな。そこでふと、お前も以前に着ていたことを思い出したのだ」
「聖女にまた女子高生のコスプレをさせるなんてぇ……」
えぐえぐと泣くティアだが、やはりこれはよいものだ。髪型を無理のあるツインテールにしている部分も痛々しくて素晴らしい。リゼットや刀花がセーラー服を着用したとて、この独自の味は出せまい。本人も言うこの『こすぷれ』感はこの聖女だけの輝きだ! その隣でティアに寄り添うエリィは普通に似合っている。その矮躯に合い犯罪臭すら漂っておるが……些末なことだ。
そんなある意味でセーラー服の似合う二人の手を引き、ゆっくりとベッドへと誘う。
「さて、ではそろそろいただくとしよう」
「へぇっ!?」
「くっ、やはりこれが目的か。いけないティア! ここは私が身代わりに……! この悪鬼は重度のロリコンなので、私が満足させてみせます! きっとティアには手を出させません!」
「えっ。い、いやぁ~、別に代わってもらうほどでも~……そ、それに私だってなんだかんだまだセーラー服だってイケるクチでぇ……」
「──阿呆か、どちらも美味しくいただくに決まっているだろう。これほど美しい少女二人を、この俺が逃がすとでも思っているのか?」
『あ……♡』
二人の胸をトンと押し、その背をベッドへと預けさせる。
片や熟れた身体を持て余す修道女にして聖女。片や未成熟な肌を瑞々しくも晒す人間初心者な聖剣。一方は透き通る瑠璃色の瞳を潤ませ、一方はトパーズの瞳を半眼にしてこちらを睨み上げる。共通するのは、そんな瞳の奥に隠された淡い期待。男として、それに報いるとしよう。
「──」
そうして不敵に唇を歪め、俺のみに許されし女の肌へと手を伸ば──、
「あっ!? ちょっと待ってください!!」
「む?」
「ティア?」
……伸ばそうとしたところで、ティアから待ったがかかった。こうした行為は久し振りゆえ、土壇場で臆したか? やはり酒を先に注入しておくべきだったか。
「……そぉ~」
そんなことを思っていれば、ティアが妙な行動に出ている。ベッドの隅へ移動したかと思えば、こちらに背を向けスカートのウエスト部分を摘まんでいるのだ。正確には、更にその奥を覗き込んでいる……?
「ふむん?」
「あ、せん、ぱい……♡ だ、だめ……♡」
手持ち無沙汰のため、先にエリィのなだらかな乳を制服越しに愛でていれば。いったい何を検分したのか、なにやら重い表情を携えたティアがこちらに戻ってきた。
そうして改めてベッドの縁に腰掛け、しかつめらしい顔で言うではないか。
「先生……すみません、今夜はやめておきましょう」
「ほう?」
「あっ♡ やっ♡ せんぱっ……え?」
エリィまでもが二度見する。まさかこの生臭坊主が、本気の顔で情事を拒否するとは。これはよほどの事情があると見て間違いない。
ブラの中まで潜り込ませていた手を一旦引き抜き、俺もまた神妙に視線を細めた。ツンツンメイドはまたあとでたっぷりと甘やかすとして……。
近くにあった椅子を引き寄せ、それに座りながら問いかける。
「聞こう。なぜだ? 避妊の加護が機能していないなどか?」
「いえ、それは万全に機能しています。聖女は悪鬼のおち○ちんになんて負けませんし、赤ちゃんなんて絶対に孕みません」
「ならば構うまい?」
「いえ、これはある種、乙女の尊厳にもかかわると申しますか……殿方に対してもお目汚し失礼と申しますか……」
「……太ったのか? 確かに腹肉が少し──」
「もっと深刻です。そして体重が増えたのはおっぱいが大きくなったからです。そうに違いありません」
「む、そうか」
しかし、乙女の体重より深刻な物事などあるのか……?
眉を寄せつつ、ティアに視線を注ぐ。エリィもまた隣で不思議そうに首を傾げていた。二振りの刀剣でもってしても、それは解決が難しい事柄なのだろうか。
詰問というより、配慮の色を込めてティアを見つめていれば……彼女は少し逡巡を見せつつも、意を決した瞳でこちらを見た。
「先生。先生を一人の殿方と見込んでお伺いしたいことがあるのですが」
「聞こう。そしてお前の惚れた男として全力を尽くすと誓う」
ニコリと微笑む聖女。
そうして清廉なる修道女は、こちらを射貫くほどの瞳で神妙に聞くのだった。
「──陰毛について、どう思われます?」
背筋を伸ばした俺が馬鹿だった。
「エリィ、こっちに来い。今夜は孕むまでやるぞ」
「そ、そんなっ♡ だめだ先輩……♡ 私にはティアがっ……♡ あっ──」
「無視して寝取られセックスおっ始めようとしないでくださいよぉおぉぉぉぉ~~~~!!!!」
えぇいうるさい! どうでもよいわ下の毛のことなぞ!!
エリィを再度押し倒した俺の襟首を掴み、ティアが情けない泣き顔のままガクガクと揺らす。
「ぶっちゃけ! 下の毛ってどう思います!? もっと詳しく言えば最近ご無沙汰で処理を怠っていたアラサーの下の毛って需要あると思います!? 私には分からないんですよぉ!!」
「揺らすな鬱陶しいっ。上の毛だろうが下の毛だろうが、それの有無などただ人によるだけだ!」
「だから先生に聞いてるんですよぉ! 有り派ですかっ? 無し派ですかっ? 殿方の好みに合わせたい乙女心を理解してくださいよぉ!!」
「俺にどうしろと言うのだ」
「──今夜は語りましょう。陰毛論を」
そのようなゴミクズ論など文字通り粘着テープで除去しておけ。
「えぐえぐ……」
「……ぬぅ」
だが涙を流す小娘を前に、興が削がれたのもまた事実。それほど悩むほどのことかと思うが、これは俺が男の身体を取っているからなのかもしれん。
しばし見つめ合い……俺は折れた。そして酒を用意した。酒精を入れねばやってられんだろう。俺もティアも、もちろんエリィもな。
そうして一つの卓を囲み、グラスを傾けながらそのしょうもない話を聞く。
「それで?」
「先生的には下の毛は処理しておいてほしい派ですか? それとも逆にもっさりしていた方が興奮するタチなんです?」
「……考えたこともなかったな」
ワインを口に含みながら、俺は想像する。
下の毛の有無による美醜の差か……見た目、好みの観点で言えば関心などないが……。
「だがそうだな、機能面で言えば無い方が舐めやすくはある」
「でもパイパンって子どもっぽくありません?」
「すまん、なんだ"ぱいぱん"とは。そしてエリィはなぜモジモジしている」
「エリィがパイパンだからです」
「む……? あぁ」
話の流れを汲み、理解する。生えてない状態ということか。ふーむ……だがその価値観がよく分からん。
「毛がないと、子どもっぽいのか?」
「そう仰る方もいます。しかしそう仰らない方もいます」
「ならば毛があるとよいのか?」
「そう仰る方もいます。しかしそう仰らない方もいます」
「どっちなのだ」
「だから聞いてるんじゃないですかっ!! 先生は陰毛に対して意識が低すぎます!!」
「こんな話の中セーラー服でキレるな」
正直に言ってそれの有無など心底どうでもいいが……そう言ってしまうと突き放されたと思うだろう。
俺は慎重に言葉を選びつつ、ティアに向けゆっくりと言葉を紡いだ。
「要は、程度の問題というわけだろう。無ければ子どもっぽく見られ、一方で有りすぎると無精者と見られることがある。そして一律に評価できぬそれを気にして、俺に質問を投げかけているという認識で合っているか?」
「そうです……陰毛の濃い修道女を嫌いにならないでください……」
「別にならんが……」
「この悪鬼はロリコンであるため、ツルツルの方が好みなのでは? ふ、ふん、やはり変態か……♪」
「勝手に決めるな」
そしてなぜどことなく嬉しそうなのだ。
俺は馬鹿らしい論にふんぞり返り、鼻を鳴らして告げた。
「服や、それこそ髪型と同じことだろう。似合っていればそれでよい。もしくはそうだな……陰毛に拘りを持て。貫く信念は余人に美しく映るものだ」
「覚えがありますので?」
「そういえば刀花が昔『妹という種族はツルツルでなくてはいけないのです』と言って、念入りに処理していたのを思い出した」
「では無い方がお好みで?」
「いや。うぅむ、思い返すと分からなくなってきたな……リゼットや姉上のうっすらとしたものや、それこそ刀花やガーネットの処理したもの……綾女やエリィの天然ものなど……むむ、確かに言われてみれば微細な違いが気になってくる……」
「こんなところで勝手に明かされる下の毛事情。エイメン」
恐らく酒と深夜の"てんしょん"によるものと思われる。だが当人にとっては大事なことなのだということが分かってきた。人によって拘りがあるということもな。
うんうん唸っていれば、ティアが酒なのか恥じらいからなのか赤ら顔でため息をつく。
「なんなんですかね、この毛。デリケートゾーンを守るためとかいいましても、暑かったら蒸れますし。衝撃から守るといっても、言うほどクッション性なんてありませんし。でも人体にとって必要だからこそ生えてくるわけで。しかし一方で生えてこない方もおられるわけで。え、どっちなんですか? って。好みに関しましても、生えてる方がいいとされる方もおられて、逆に生えてない方がいいとされる方もおられて。ほんとなんなんですか? 陰毛って。これもういまだ解明されていない、人体に残された二つの内の神秘ですよ。脳と陰毛」
「陰毛に嫌な思い出でもあるのか……?」
「日本人は黒髪の方が多いですから目立ちませんけど、私ってほら髪がプラチナカラーじゃないですか。つまり陰毛もプラチナカラーなんですよ。修道院の質素な造りの中、ベッドシーツや床に燦然と輝く私の縮れたプラチナ! どれだけ丁寧に処理したとしても、まるでゾンビのように湧いてくる不死者が如き陰毛! 嫌になりますよもう!」
「ならばツルツルにすればいいだろう……」
「アラサーでパイパンはちょっと美意識に反するといいますかぁ……」
「ならば勝手に整えればいいだろう……」
「どれくらいがお好みかなって♪」
「知らん……いや、そうだな」
「ふお?」
立ち上がる俺に、ティアは瞳をパチクリとさせる。
酒上家家訓『無理解は罪』である。ここはティアに寄り添うべく、より深く知るべきだ。これまでの会話で、思ったこともある。
見上げるティアを見下ろしながら、俺もまたしかつめらしく頷いた。
「どうも零か百かで考えすぎていた気もする。ところで処理に関してだが、思うに髪型と同じく拘りをもって整える者もいるのではないか?」
「へ? ああ、そうですねぇ。逆三角形ですとか、I字型ですとか。オシャレさんはハート型なんかにしちゃったりして」
「試させてくれ」
「はい?」
「試させてくれ」
「……………………………………はい?」
俺はティアをお姫様抱っこし、そのままベッドに放り投げる。
──白刃煌めく剃刀を片手に。
「あまり有益な助言を行えなかったのは、俺がそれに対して無知だったからだ」
「あのっ、あのっ……!」
「ゆえに、知ろうと思う。まずはよく観察し、そしてこの俺自らの手で少しずつ整えていく。その"ぐらでいしょん"を見る中で、育まれる価値観、もしくは美意識もあろう」
「まさかのコスプレ剃毛プレイに発展!? せ、先生、聖職者にそれはちょっとマニアックすぎると申しますか──」
「エリィ、手伝え。女性的観点もまた必要だろう」
「ティア、しっかり見守っていますからね!」
「え、マジですか……? ほんとに、え、ちょっ、ふおっ、ふぉぉ~~~~~~~~~!!!???」
……翌日の、日曜朝の礼拝にて。
多くの信徒を前に、聖書を携え説法するティアを見ながら、俺は顎に手を当てていた。
「なるほど、これは確かに趣深い……」
「え、刃君カトリックに入信するの?」
隣の席に座り、不思議そうにして聞く綾女だが……そうではない。
……澄みきった瑠璃色の瞳を前に向け、ステンドグラスから降り注ぐ朝日を後光のように背負う聖女。
「っ……!」
一瞬目が合い、修道女は慌てて逸らす。その意味を知る者は、この教会に悪鬼のみ。
まさかであろう。この神秘的で、最早厳かですらある雰囲気を纏う修道女が。
──よもや下の毛を淫紋が如く"はーと"型に、それも悪鬼に処理されているなど誰も思いもすまいて。




