13 「アヤメの許可取った?」
「ふぅ……」
──私、リゼット=ブルームフィールドはお気に入りのティーカップを傾けつつも、少し物憂げな吐息をつく。
自室の窓から見える空は、雲一つない晴天。正午前の太陽の輝きもどこか爽やか。そしてそれをクーラーのガンガンに効いた部屋にいながら、湯気を立てる紅茶を嗜みつつ眺める。文明人にのみ許されし贅沢をこれでもかと享受しながらね。季節にすらマウント取ってるわ私。ありがとう、夏休み。フォーエバー、サマーバケーション。
机の上にはお気に入りのティーセット、お気に入りの茶葉で淹れた紅茶、お気に入りの詩集、そしてソシャゲ用のタブレット。まさに完璧。完璧な夏休みフォーメーション。
……では、あるのだけれど。
「……」
ふとね、思うの。
「…………」
──二回目のエッチって、どう誘ったらいいのかしらね……。
「──」
いえね? 別に盛ってるってわけではないのよ。淑女はたとえ一度身体を許しても、軽々に二度目を許したりはしないの。どこぞの黒髪ポニテの妹とか、茶髪ショートの看板娘みたいな桃色な脳みそとは違うのよ。
ただね? やっぱり憧れのご主人様と†真実の愛†でようやく結ばれておいてね? あれから一度もお誘いがないっていうのはね? それはちょっと違うでしょ。殺すわよ。
やっぱりあれなのかしらね。ハーレムの弊害ってやつ? だって簡単に身体を許す女が複数いるのよ? その子達が彼のことを事あるごとにスッキリさせちゃってるから、私に対してそういう欲求が向いてこないというか? 機会の損失というか? これもう独占禁止法違反でしょ。なんてふしだらなの!!
「ふぅ~~~……」
一度、深く息を吐く。
落ち着きなさい、リゼット=ブルームフィールド。言い換えれば、私は彼にとても大事にされているということ。つまり彼にとって、私が一番特別。まぁ当然の事ですけど。だってご主人様だし。それにあの夜も……と、とっても大事にしてくれて……よ、よかったしっ……?
「……ねぇ、トーカ」
「はーい?」
なぜか私の部屋で、それもベッドに寝転がって漫画を読んでいたトーカに声をかける。細かいこと言うようだけれど私服で寝そべるのやめてくれない? 汚れるでしょ。あと汚れると言ったらあろうことか私のベッドで変態と変態とで3ピー(規制音)したって記憶が甦りそうになるからそこにいてほしくないのよねこの子にはほんと信じられないいまだに許してないからねなんで今も友達やれてるのかしらね私達。あー汚い(直球の罵倒)
「よいしょ。どうかしました?」
パタンと漫画を閉じ、まるで飼い主に呼ばれた大型犬のようにポニーテールを揺らしてヒョコヒョコとこちらに来るトーカ。
対面に座った彼女にお菓子を勧めつつ、私は「んと……」と少し言葉を濁した。
こんなことを相談できるのは……やはり同年代で、一緒に住んでて、なんだかんだ共に過ごす時間が長い彼女しかいない。一応、女の子達だけのグループラインもあるけれど、文面で証拠が残るのはちょっと……あとあのセンパイもうるさいし。
「──」
それに……言葉には絶対に出さないけれど。
トーカは、真剣な相談には真剣に応えてくれるという信頼が、友達としてある、から……。
「……?」
私のモジモジとした気配に、トーカはポリポリとクッキーを齧りつつも待っていてくれる。どことなく、居住まいを正しながら。
そうして私はゴクリと唾を飲み込み……蚊の鳴くほどの声量で、言葉を紡いだ。
「相談なのだけれど……に、二回目の、ぇ……ぇっちって……どんな感じで誘ったの……?」
「……むふー♪ お答えしましょう!」
すると彼女はどこか嬉しそうな笑みを浮かべ、胸をポヨンと叩いて見せる。そういうカラッとしたところ、好きよトーカ。
私がポットから注いだ紅茶で唇を湿らせ、トーカは笑顔で「えっとですね~」と頭を指でトントン叩く。その笑顔と仕草で、それが彼女にとって本当に楽しい記憶であることが伝わってくる。
「二回目はなんだかんだ言って、初めての時から間が空いて、異世界の塔で二人きりの時でしたね」
「あら、そうなの? もっと機会があったものかと……」
「ふふ、兄さんは妹を世界一大切に思っていますからね♪ こんなに太股もお尻もムチムチで、Gカップおっぱいかつ血の繋がった可愛い妹といつでもエッチできる環境で……あえてそれをしない勇気に! 私は敬意を表します!」
まぁ世界一大事にされているのは私なんだけれどね。言わせておきましょう。あと胸を揺らさないで目障りよ。
視線で続きを促せば、トーカはコテンと首を傾げて逆にこちらへ問う。
「つまりリゼットさんは、兄さんとまたエッチしたいわけですけど、恥ずかしいから誘えないということですよね?」
「違います。不当に損失されている機会に、異を申し立てたいだけよ」
「兄さんは絶倫さんなので、意図的に機会をふいにしない限りそれは平等に与えられているはずです。つまりリゼットさんがヘタレさんなだけです」
「は~~~~~???」
私が……こ、ここここの私が? 言うに事欠いてヘタレですってぇぇぇ……???
「………………だって、恥ずかしいもん……」
「リゼットさん、かわいーです♡」
そうよ私がヘタレなだけなのよ。私から誘う勇気がないから、こうして情けなくも女友達に頼ってるのよっ。一度エッチしたからって恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!!
「ぐす、トーカぁ……」
「そんな涙ぐまなくても……大丈夫ですって。普通に誘えば、兄さんだってたまらずノッてくれますから。そしたらあとは流れに身を任せてという感じで、ね?」
「『普通』ってなに? いつ誘うの? 朝? 昼? 夜? 場所は? ここ? それともホテルとか利用した方がいいの? 服とか下着は? 替えは用意しておいた方がいいの? 避妊具もこっちが用意しておいた方がいいの? でもそれってはしたない女って思われない? そういう料金って割り勘? それともジンに出させた方がイイ女感って出る?」
「リゼットさんって処女卒業したんですよね?」
したわよ! それがなにか!?!?
疑わしげに見る妹に、私は目を三角にしてむすっとする。
「な、なんか文句あるの」
「いえ……リゼットさん、最近余裕あったのにな~っと。ふと思いまして」
「今はないみたいな言い方やめてくれる?」
「ないので……」
「あるわよ。光の速度は目で追えるのになんで見えないの」
「いくら私でもないものは見えないんですよ」
「あるって言ってるでしょ」
「ではそれをこの絵から出してみてください」
「あるって言ってるでしょう!!??」
「ないです~……」
これでないなら"ひとつなぎ○大秘宝"だって実在しないわよ!!
「はぁ……! はぁ……!」
「リゼットさん、落ち着いてください」
「他の子は……いつもどんな風に誘ってるの。あなたそういうの絶対知ってるでしょ」
「どうしてキュートでお清楚な妹を見てそう思われたのかは存じ上げませんが、まぁ知ってます。たとえブラジルでエッチしてても妹は察知します」
「教えて。ネタ被り……こほん、参考にしないでもないから」
「リゼットさんは本当にオンリーワンに貪欲ですねぇ」
「恋人って普通はオンリーワンな存在だって知ってた? ねぇ?」
「ごめんなさい難しい英語わかんないです」
「元国民的アイドルだってそう歌ってたわよ。で?」
「ん~、私は普通にストレートで『兄さん、エッチしましょう!』って誘いますし」
「それは知ってる」
「綾女さんは、休日デートの流れでよくホテルに兄さんを連れ込み……いえ、あれは最早エッチのついでにデートしてるみたいなものですけど。あれはもう拉致ですよ!」
「どうしてああなっちゃったのかしらねあの子は」
「ガーネットさんは、あんまりご自分からは誘ってませんね。ただ最近はザクロさんに煽られる形で『やってやろうじゃねぇかこの野郎!!』って感じでなし崩し的にやられちゃってます」
「容易に想像できる……」
「あ、姉さんはそうしたい時に、二人だけの秘密のサインを交わしてますよ。知りたいですか?」
「貞淑だけれどちょっとエッチ過ぎるわね……や、やめとく。知ったら二人の動作が気になりすぎて目が離せなくなりそう」
「ティアさんは泥酔した時によく服をはだけますので、その時に襲われてます。襲われてると言いましたが、あれは恐らく故意です」
「私達の中で最初に子ども産むのがあの人になりそうなのちょっと納得いかない。いつ修道女辞めるの?」
「エリィさんは……人間形態のお仕事で失敗して元気がなくなっちゃった時とかに、たま~にって感じですね。エッチって自己肯定感上がりますから! それもカッコいい兄さんに力強く求められちゃったらもう! ……ゆえに機会の少ないリゼットさんがこうして噴き出してしまっているわけですが」
なんか言った?
「あの子って結局どういう関係として数えればいいの?」
「リゼットさん、関係性というのは必ず白と黒とで分かれるわけではないんです。グラデーションなんです。エリィさんも人間初心者でお勉強中ですからねっ。ですが恋人同士ではない小さなツンツンメイドさんと、慰めるためとはいえ身体の関係だけは持っている……というのはだいぶエッチだなって思います。いったいどんな会話がなされながら営みをおこなっているのか……早くヒアリングして文章に起こしたいです!」
「完成したらすぐに読ませて」
私、気になります。学校生活や社会、ネットの疲れからか全肯定ヒロイン、もしくは心のママが増える一方で、最後までツンツンした女の子がいてもいい……自由とはそういうことよね。私も斯く在りたいわ。ところで社会情勢とヒロインの属性って本当に関係あるの?
「こほん。まとめてくれる?」
「リゼットさんは色々と気にしすぎです。気軽にいっちゃいましょう。恋人同士でエッチな営みは恥ずかしいことではないのですから!」
「あなた達が色々と気にしなさすぎなのだと思うけれど……恥じらいとか」
「え~、そんなことないですって。お昼なのに髪が濡れてたり、ボディソープの香りが強かったりしたら『あっ』とは思いつつも気付かないフリとかしますし。逆に汗とかエッチな香りをさせてても努めてスルーしますよ? 私だけでなく皆さんだってそうしてます」
「え、そうなの? 全然気付かなかった……」
「だってリゼットさん、ずっとお部屋でゲームしてますし……こういう関係にあって、さすがに全く気を遣わないなんてことないですよぉ。まぁ一度、姉さんの口許に兄さんの下のお毛毛が一本くっついちゃってるの見た時はどうしようかと思いましたが」
「私の知らないところで寝取られ本の描写みたいなことしないでくれる? ……ど、どうなったの?」
「ガーネットさんが『メイク崩れちゃってるゾ☆』と然り気無く取ってくれて事なきを得ました。危うく姉さんが恥ずかしさで死んじゃうところでしたよ……」
なんか知らないところで結構ハラハラしてるのね、あなた達。
私は紅茶をそっと一口含み、そっちの事情を明かしてくれたトーカに告げる。
「まぁ、あなた達もそれなりに気を遣ってることは分かったわよ。それで? ジンにはしたない女と思われずに私のメンツも保てる魔法のようなエッチの誘い方とか誘い文句って何かないの?」
「台無しです~……ですがエンジンかかってきましたね」
倫理観がバグってきたとも言うのよね。
「んん~……妹が思いますに、リゼットさんはまだまだ既存の価値観に囚われすぎていると思うんですよね」
「まるで悪いことのよう」
「私はリゼットさんのことも大好きですので、兄さんとももっと仲良くなってほしいんですよ」
「あ、あら……そぉ?」
「もちろん私もリゼットさんと仲良くしたいですし、兄さんからも『リゼットともっと仲良くしてやってほしい』って言われてますからね!」
「も、もう、あなた達ったら……」
頬が熱くなり、私はプイと目を逸らす。あなた達ってほんと、私のこと好きよね……まったく、まったく。
「む、むむ……? 今思い出しましたがリゼットさん、兄さんに『他の子にシたこと全部して』と言っていたような……そして今、二回目のご相談をわざわざ私に……? はっ──!?」
あ、ごめんなさい照れてて聞いてなかったわ。
しかしトーカは何か天啓でも得たかのように目を見開き、二度三度「なるほどぉ……」と頷いていた。
「そういうことでしたかリゼットさん……兄さんにアプローチすると見せかけその実、私にもアプローチを……」
「え、な、なぁに?」
「いえ、分かりました! 異世界の時には同室の綾女さんの胸をお借りしましたが……遂に私達も、そういう段階に来たということですね! 少し恥ずかしいですが、兄さんの童貞を捨てさせた妹として一肌脱ぎましょう!」
「なになになに怖い怖い」
この子は何を言っているの?
何か恐ろしいことが起こりそうになっている。肌でそう感じた私がトーカを止めようとしていれば──コンコン、と扉がノックされる音が響く。
そうしてガチャリと扉が開くと同時、私の眷属がぬうっと影から姿を現した。絶対にタイミングが悪い!
「マスター、刀花。そろそろ昼飯時……む? 何か楽しいことでも話していたのか?」
「べ、別に……」
「兄さん! お昼のご予定は空いていますかっ?」
「ちょっ──」
私が止めるより先に、先行有利! とでも言うが如くトーカは先制をきめる。
あわあわと口を動かしている間にも、ジンは着物の袖を巻き込んで腕を組み、その瞳を中空に向けて思案する。
「昼か? 特に予定は入っていないな。特売日ゆえ、買い物は朝の内に姉上と済ませてしまった」
「でしたら兄さん!」
「おう?」
するとトーカは琥珀色の瞳を煌めかせ、自分の兄を満面の笑みでこう誘ったのだった。
「私とリゼットさんと一緒に──ラブホ女子会、しませんかっ? きっと楽しいですよ!」
い、いくのっ? ラブホに!? このメンツで!? 私ラブホとか初めてなんですけどっ!? そもそも『ラブホ女子会』ってなに!? アヤメの許可取った!? 私みたいなお嬢様がラブホになんて行くわけないでしょムリムリ!!




