12 「ばかっぷるの定義」
「「このバカップルがーーー!!」」
「ぬお?」
早朝のブルームフィールド邸にて。
花壇の水やり当番に当たっていた俺が屋敷へ戻ろうとすれば、ガーネットとザクロが同じ音域、同じ動作で玄関を蹴り破り、そのまま己の"たわまん"がある方角へと箒で飛び去っていくのが見えた。
「"すーぱーあいどる"の二重奏を朝から聞けて縁起がいい」
単純に「二倍うるさい」とは言わず、肯定的に言い換える。俺は京都の者だからな。
玄関を潜り、下駄から室内用のスリッパに履き替えつつ、さて「バカップル」などと形容されてしまった少女に当たりをつけておく。とはいえ簡単な話だ。リゼットは就寝中。刀花も昨夜には、リゼットにお勧めアニメの視聴を遅くまで強いられていたため今朝は遅い。綾女は実家。ティアとエリィも今朝は特に当番が割り当てられてないはず。
となると……俺は食堂を通り抜け、奥の厨房へと足を踏み入れながら聞く。黙々と味噌を溶きながら、どこか深淵を覗き込むような瞳をしている姉へと。
「どういった会話をして、あの結論に至ったのだ」
「む……」
一度二度と瞬きをし、意識をこちらに手繰り寄せた姉上は、俺に向け流し目を送る。相も変わらず、ゾッとするほどの色気を醸し出す少女だ。
そんな大人顔負けの色気を宿す少女だったが……すぐに憮然として唇を尖らせてしまったため、今は可愛いお姉ちゃんの顔となってしまった。ガーネットとザクロは、姉上の可愛い表情を引き出すのが上手いな。
「……キラちゃんとザクちゃんが」
「ああ」
厨房に設置された簡易椅子に座り、相槌を打つ。結局あれは『ザク』でいいのか。赤いからいいのか。
「二人がどうした」
「急ぎの仕事へ向かう二人に『我が愚弟からいってらっしゃいの口づけを貰わないのですか?』と、冗談交じりに聞いたのです」
「すれ違いざまに"らりあっと"は食らったぞ」
「すると照れてしまったのか、逃げるようにしてあの捨て台詞を……」
いつものガーネットだな。攻められると弱い。
だがどうしたことか、姉上はどこか喉の奥に魚の小骨でも刺さっているかのような、微妙そうな表情を浮かべたままだ。今更、ガーネットの舌鋒に傷付く友人関係は築いておるまい。
「気になることでも?」
「……バカップルでは、ありませんよね?」
「……ほう」
憂うように頬へ手を当てる姉上。まぁ聞こう。たとえ我が麗しの姉上にして、頭に"すぅぱぁこんぴゅうたぁ"が複数台分あると豪語する天才少女が、果たしてどれほどしょうもない悩みを抱いていたとしてもだ。俺は姉上の生活にも寄り添うデキた弟だからな。
「何を以て、"ばかっぷる"ではないと判断した」
「キラちゃんとザクちゃんはまず、いってらっしゃいの口づけを交わすことに反応いたしました。すると二人は『いってらっしゃいの口づけを交わすカップルはバカップルである』と認識しているわけですね」
「だろうな」
「しかしとある調査によりますと、カップルが口づけを交わす頻度に関しまして、それは平均にして『ほぼ毎日』という結果が出ております」
「ふむふむ、それで?」
「……私とお前は、まぁ、確かに、一日に一度は口づけを交わす間柄ではありますが」
「そうだな。モジモジする可愛い姉上に今すぐしたい心地ではあるが」
「こほんっ。ゆえに……バカップルでは、ありませんよね? およそ平均的な回数のみ口づけを交わす私達姉弟は」
ここで本当に不思議そうに首を傾げるから、俺のお姉ちゃんは『実はそれほど頭がよくないのでは?』などと思われてしまうのだ。
つまりガーネットのテキトーな捨て台詞に対し『データに当てはまらないのに、なぜそのようなことを?』と不思議がっているのだな。酒上鞘花……やはり天才か……。
俺は立ち上がり、益体もない話を打ち切るように「そういえば」と口に出しつつ、姉上へと距離を詰める。
「まだ、姉上とおはようの口づけを交わしていなかったな」
「へ? え、えぇ……そう、ですね?」
「姉上……」
「あ──ふあ……♡」
その距離を零にし、可愛いお姉ちゃんと唇を重ねた。常に妖艶な雰囲気を出す彼女だが、こうした不意打ちの際には少女らしい可憐さも見せる。少しの緊張でフルフルと震える長い睫毛、ぎゅっと瞑った瞳、紅潮する頬……まっこと、可愛い少女よ。
そうして少しの間、互いの唇を触れさせ、離れる。離れるとは言ったが、まだ少し距離を詰めれば唇が触れてしまう距離ではある。聞きたいことがあるのだ。
吐息が触れる距離にて、彼女はくすぐったそうにしつつ弟の言葉を聞く。
「して、姉上の言う"ばかっぷる"の定義だが……どうやら口づけの回数が根拠のようだな」
「は、はい……あっ……♡」
潤む瞳が彷徨うのを見て、堪らなくなりもう一度口づけをする。
「これで、我々は"ばかっぷる"か?」
「んっ……♡ い、いえ、まだ……ぁ♡」
三度目。コンロの火はとっくに消した。
背伸びをし、こちらの着物の襟を小さく握る姉上はまるで童女のように愛らしい。だが同時に赤より紅い唇も、長い黒髪から香る高貴な白檀の香りも、こちらの胸板に触れる柔らかい乳房の感触も、男の本能を刺激してやまない。
唇を離し、至近距離で見つめ合う。姉上の吐息が少し熱くなってきているな。
「──」
何も言わず、四度目。
姉上の細い身体を抱けば、彼女もまた控え目にこちらの胴に腕を回してくれる。
互いの体温を感じながら口づけを交わす……悪戯をするように彼女の唇を食めば、体温がかぁと上がった。可愛い姉上だ。
そうして数十秒ほど密着し合い、身体を離す。もう互いの身体はポカポカしているが……?
「これで、なったか?」
「…………まだ、です……♡」
えぇい! 最早"ばかっぷる"になるまでやるぞ!!
小鳥のように小さく啄む口づけから、遂に舌を絡める大人の口づけまで。
そうして朝から二桁に及ぶ口づけを交わし……『これ以上すれば布団に直行してしまう』と危惧するあたりで止めた。
官能的な吐息を漏らし、肩で息をする姉上は、どこか取り繕うようにして人差し指を立てた。
「と、まぁこのようにして……『同棲する恋人は一日に一回以上』、そして『平均は二回から四回』というデータに基づきまして……それ以上の回数をこなしてしまった私達は現在、ようやくバカップルと形容される男女となったわけですね」
「なるほどな」
「はい、お勉強になりましたね。これからキラちゃんなどに『バカップル』などと言われたら、それほど回数をこなしていない時に限り反論しましょう」
「あまり使いどころが見出せんが、まぁ覚えておこう」
「……ところで愚弟。お前は昨日、キラちゃんと何度口づけを交わしましたか?」
「む? 七回ほどだな」
「……………………ほう。そうですか、そうですか」
姉上が静かにキレている。姉上は『どの口が』と、口に出す資格のない人間から繰り出される冗談が嫌いなのだ。
恐らく後日には折檻を受けるであろうガーネットに合掌していれば──ゆらりと、厨房へ入室する愛らしい影が。いまだ寝間着で寝ぼけ眼の、俺達の可愛い妹であった。
「ふにゃ……兄さん、姉さん、おはようございまふ……」
「おはよう、刀花」
「はい、はい。おはようございます刀花ちゃん」
「……むふー。姉さん、おはようの……ちゅう~♡ あ、歯磨きはしてきましたのでご安心を」
「ぴゃっ、と、刀花ちゃ──」
おぉ……。
我が目前にて展開されるは、黒髪美少女姉妹による百合の花園。
まるでのり付けされたかのように密着し合う姉妹の唇。時折漏れる熱い吐息と、唇の端から垂れる唾液がなんとも官能的だ。二人の間で押し合いへし合いされて潰れる豊満な乳房など、不調法ながらも「挟まりたい」と思わずにはいられない。今朝は刀花の髪も下ろされ、髪型が黒髪ロングとなっている部分も耽美さに拍車をかけているだろう。
そんなめくるめく姉妹愛が展開され……満足した刀花はペロリと姉上の唇を一舐めし、ニッコリと笑う。
「むふー♡ 姉さんとのおはようのチューで目が覚めましたし、元気も出てきましたっ」
「はっ……♡ はふ……♡ そ、それは、なによりです……」
「兄さんとキスした残滓を感じてついディープキスまでしてしまいました。姉さんとキスして、兄さん成分も取り入れられてお得! というわけで、元気の出た妹は朝ごはんができるまで、お庭で素振りしてシュギョーしてきますねっ♪」
「は、はい……」
ぴゅ~と風を切って去りゆく妹と、腰砕けになる姉上。
そんな姉妹の睦み合いを傍らで見続けていた俺は、「ふ~む」と顎に手を当てつつ難しげに唸った。
「二人の唇が一切離れていなかったため、先の口づけを一回と数えると……これでも二人は"ばかっぷる"ではない、ということになるのか?」
「うるさいですね……」
"ばかっぷる"の定義は難しい……姉妹の濃厚な朝の口づけを見て、俺は今一度世界に問いかけるのだった……。




