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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第7章 はるとくろえとみんな

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第84話 姉とのこれから

 「えー?! 灰琉先輩と面会できないの?! 折角来たのに?!」


 あの後、琥白と一緒に病院までやってきたのだけれど、灰琉との面会は止められてしまった。


 「ごめん……そうみたい。まだ家族以外との接触は避けた方がいいって……」


 相談した主治医にそう言われてしまっては、私達にはどうにもできない。琥白は半泣きになりながら、あうあう言っていたが、やがてすとんとしょげてしまった。


 そのまま、病院のエントランスで、どことなく所在なさげにしていると、ふっと近寄ってくる影が視界に映った。


 「よーう、いたいた。あけおめー」


 声に引かれてそちらを見ると、白乃さんがいつもの調子で、穏やかな笑みでこっちに手を振っていた。相変わらずというか、なんというか、いつも通り自然体な人だ。


 「ああ……そういえば、新年初ですね。明けましておめでとうございます」


 軽くそう応対すると、琥白ははっとして、おずおずと私に頭を下げてくる。そういえばこっちも、明けましては言ってないね。


 「ん、今年もよろしく。……で、途中から聞こえてたんだが、灰琉とは面会できない感じか?」


 そう言いながら白乃さんは弄るように、琥白の頭を撫でる。琥白はそれに、どこかうろんな瞳を向けていた。


 「…………みたいです。まだ家族以外と接触したら、負担が大きいだろうって」


 そうやって告げる私の言葉に、白乃さんはうんうんと頷いていた。まるでそうなることが分かっていたかのように。


 「…………ていうか、しの姉。生徒会のみんなと来るんじゃなかったの?」


 そんな琥白の言葉に、白乃さんは軽く頷いて、肩をすくめた。


 「ん? まあ、今後の相談はしてきたさ。お見舞いはそれこそ、大人数じゃ負担になるだろうから、代表で私だけのつもりだったけど」


 なるほど…………相変わらず、気遣いの出来る人だ。軽薄なのが玉に瑕だけど。


 「そうですか……生徒会のみんな、何か言ってました? 私、大分無茶なお願いしちゃってるかも」


 多分、三学期は結構迷惑をかけることになるから、そこは少し気がかりだった。そんな私の言葉に、白乃さんはしたり顔で、にやっと笑う。


 「いいや? 全員、ただただ、お前と灰琉のこと心配してたよ。迷惑なんて気にするなともな。そもそもお前、二学期働き過ぎだったしな――」


 そんな白乃さんの言葉に、思わず私はうっと黙ってしまう。まあ……二学期ちょっとやりすぎたのは、私も反省してる部分ではある。他のみんなの仕事を多少奪ってた節すらあるし…………。


 そんな私の様子を、白乃さんは満足げに見つめると、ぴっと一つ指を差してきた。それから、さも当たり前のように言葉を続ける。


 「―――それと、黒江。お前、()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 そうして告げられた言葉の意味を、一瞬、図り損ねた。


 「えと…………白乃さん、それ具体的には?」


 かかりきりって言っても、そんな全部を、皆にやってもらうわけにもいかない。


 「えーと、……来季の予算は全部柿崎に投げていい。卒業式と入学式の準備とか、備品リスト作成も川口が代行する。部会の招集・部屋取り、他雑事は木瀬がやる。新歓は……とりあえず私がやるわ。体育祭以降は手が空き次第追々って感じかな」


 思わず、言葉が喉で詰まった。言われたそれは、私が本来するべきことの、九割方を占めていた。


 「いや、さすがに、そんなにお任せするわけには…………」


 いくら家庭の事情とはいえ、ほとんどの仕事を、みんなにお願いすることになる。仕方のないこととはいえ、さすがに迷惑なんじゃ。


 そう言いかけた瞬間に、ぽすっと弱めの手刀が、私の額に振ってきた。白乃さんは、軽く欠伸をしながら、なんてことはない表情を私に向けていて。なぜかついでに、琥白も私に手刀を当てていた。


 「問題ない。手が足りなかったら、他の部活や委員会にも手伝わせるしな。幸い、お前が二学期に作った貸しが、あちこちに山ほどある。お前が困ってるってなったら、大体は、喜んで協力するだろうよ」


 そうして言われた言葉が、まあ妥当であることはなんとなくわかる。白乃さんは、そこらへん、現実的に出来ないことは言わない人だ。この人が出来ると言ったら、多分、出来るのだろう。ただ、なんとなく、今までの自分の感覚と違いすぎて、現状を上手く理解できない。


 「…………ああ、でもあれだ。打ち合わせくらい、顔出せよ。そんで愚痴の一つくらい吐きにこい。なんなら灰琉も連れてきていいしな。柿崎と川口が、多少は勉強見てやれるはずだから」


 「そこは、しの姉が見るんじゃないんだ」


 「そりゃあな、琥白は私の成績知ってるだろ?」


 「うん、お世辞にも、生徒会長とは思えない成績してるよね」


 「褒めるな、褒めるな」


 「ほめてなーい」


 そんな八木原姉妹のやり取りを、私は思わずぼーっと、ただ見つめてしまう。


 …………事実上、私は三学期、副会長という役割を、放棄してもいいって言われてるのか。


 ここ数日、その役割と今のはるとの生活を、どうバランスとるか、ひたすらか考え続けていた。だから、ありがたいことにはありがたい。


 でも、本当に、そこまでの迷惑をかけていいのかが、どうしてもうまく自信が持てない。


 本当に、私は、そんなに誰かに、頼っていいんだろうか。


 「白乃さん……でも、やっぱり」


 そう口から、声が零れた瞬間に。


 「―――不安か?」


 白乃さんは静かに、そう告げていた。私の眼をそっと見返しながら。


 思わず、少し押し黙る。


 「いつか言ったと思うが、私は今の役員は、お前をサポートできる奴らを選んでる。言い換えるなら、お前が仮にぶっ倒れても、ちゃんと代わりが出来る奴らを選んでるってことだ。でないとサポートにならんからな?」


 言いながら白乃さんは、じっと半眼で私のことを見つめた後、にやっと意地悪気な笑みを浮かべた。


 「それともあれか? 信頼できんか? 私らじゃ力不足だと?」


 そうして告げられた言葉は、さすがにぐうの音も出ないというか。出せないように言われているというか。


 私は諦めて、両の手を上に広げた。


 「それ言われたら、何も言い返せません…………」


 そんな私の答えに、白乃さんは満足げに頷いていた。


 「そうしとけ、お前は、一回、人に任せることを覚えた方がいい、それに―――」


 そうやって、何も言えない私を、脇の琥白はにやにやと笑いながら見つめてて。


 「―――誰かに任せるって言うのも、結構勇気がいることだからな」


 結局、その後、はるの所に行くまで、何とも居心地の悪い感じがした。


 肩の荷が下りたというか、強盗のように、みんなに奪われていったというか。


 いまいちの心の整理がつかないまま、はるのところに向かう私へ、二人は笑って手を振っていた。





 ※





 病室で膝元にくるまるはるの頭を撫でながら、その柔らかい髪の感触を感じながら、ぼんやりと考える。


 やるべきこと、やるべきこと、やるべきこと―――。


 つい昨日まで、山のようにあったはずのそれが、馬鹿みたいに一瞬でなくなってしまった。


 …………いや、もちろん、本当は何もかも無くなったわけではないけれど。肩の荷は確実に少なくなった。


 重みにつぶされて転んでいたら、通りすがりの色んな人に、あっというまにそれらを追いはぎのように持っていかれたみたい。


 安心感と同時に、これでいいのかなという不安も少しある。


 何かをしている間は、少なくとも、自分が何者かであるという実感が確かにあった。


 でも、何もしなくてよくなった時、私はそれに耐えられるんだろうか。


 するべきことをしなくてよくなったときに、私は私の価値を信じられるんだろうか。


 心の中に浮かぶのは、幼い頃の微かな情景。役に立たなければ、存在する意味がない……そんな親父の言葉から、独り立ちはしたはずだけれど。


 心の奥では、まだ少しだけ、不安が募る。


 目をつぶる、はるの頭をそっと撫でた。こうしている間は、この人に求められている間は、私の存在にも意味があるのだろうか。逆にもし求められなくなってしまったら…………。


 終わりのない思考がぐるぐる回る。そんなこと、考えてもきっと何にもならないのに。


 「………………黒江?」


 そうしていたら、ふっとはるの目が私を見上げた。何かを窺うように、私のことを静かに見つめてる。


 「…………なんでもないよ」


 そう告げた。これは、今のあなたに口にするような、言葉じゃないから。


 だって、あなたは記憶を失って、幼くて、不安で、心細いのだから。


 私の余計な痛みを背負う余裕など、どこにもないのだから。


 だから――――。



 「………………ほんとに?」



 「……………………」



 「…………なんか、泣きそうな顔してる?」



 「……………………そう……見える?」



 「………………うん、なんとなく……だけど」



 「………………そっか」



 言葉と一緒に息を漏らした。



 まだ、それ(弱さ)をあなたの前で、晒すわけにはいかない。



 だって、あなたは不安なのだから。だって、あなたは幼いのだから。



 だから。



 「………………泣いてもいいよ?」



 「………………」



 「…………記憶がない私なんかじゃあれかもだけど」



 「………………」



 「その…………泣いたら、ちょっとすっきりするんだ」



 「………………」



 「辛くて、苦しくて、悲しくて……冷たいのは変わらないけど」



 「……………………」



 「泣いたらね……心の中に抱えた、そういう嫌なのが、ちょっとだけ……なくなる気がするから」




 「………………」




 「だから……えっと、私なんかの前でよかったら…………」




 「……………………」




 「………………泣いてもいいよ?」















 きっと。


 きっと、あなたは、全てを忘れてしまっても。


 もし、私たちが何も知らずに、また出会っても。


 あなたはきっと、それでも、私の心に気付いてくれると想うんだ。


 ねじくれて、素直じゃなくて、すぐに隠してしまう、こんな私の想いも。


 あなたはきっと、気付いてしまうと想うんだ。


 あなたと、言葉を交わした最後の夜。


 そんなことを、二人で笑い合っていたっけね。


 それはもう、この世界で私しか、覚えていない記憶だけれど。


 それでもきっと、あなたは私を見つけてしまうんだ。


 だって、幾ら想い出を失くしても。


 あなたはずっと、あなたのままなのだから。


 そうして、きっと。


 私はまた、そんなあなたに恋をするのでしょう。


 たとえ、あなたの心から、私がいなくなっても。


 何度も、何度も。


 あなたを好きになってしまうんだ。


 何も言わないまま、私の頬に伸びたあなたの手を、そっと握った。


 そのままその手を、抱きながら、静かにゆっくり眼を閉じる。


 祈るみたいに、願うみたいに。


 何も言わないあなたの腕に。


 そっと静かに傅いた。


 ぽつっと小さな音がする。


 一粒だけ、小さな雫が、落ちた音だった。













 ※



 そうして一か月、時間が経った。

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