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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第7章 はるとくろえとみんな

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第81話 こはくは話す

 『――――ってことがあって、はるが、事故で記憶を失くしちゃったの』


 『だから、しばらく、迷惑かけるかも。ごめんね』


 夜中に突然、そんなメッセージが黒江から飛んできた。


 え、って、しばらく文面を見たまま、何のことだかわからなくって。


 慌てて返信したけど、黒江の既読はさっぱりつかない。


 大慌てでしの姉の部屋に行ったら、しの姉もスマホを持ったまま難しい顔をしていた。


 「しの姉……、くろえから連絡来た?! 灰琉先輩が……」


 荒れる息でそう口にすると、しの姉は静かに頷いて、そっと私にスマホの画面を見せてきた。映っていたのは、私と同じメッセージが載った画面。細かい違いはあるのは、どうにも生徒会関連の連絡っぽい。そして、しの姉からの返信に、既読がついてないのも全く同じ。


 「ど、ど、どうしよう!? 私、何したらいいのかな?!」


 気持ちがぐちゃぐちゃになって、考えがぐるぐる回るのに、何をしたらいいのかもわからない。いつも、したり顔で窘めてくるしの姉も、どこか考えこむような顔のまま。そんな表情が、余計に私の不安を煽ってくる。


 「…………どうしたらって、言ってもな。すぐに出来ることは正直ないかな。私達は別に、医者じゃないわけだし」


 そうして、しの姉がぼそっと漏らした言葉に、思わずうぐっと言葉が詰まる。そりゃあ、そうなんだけど、なんかしなきゃというか、なんかやらなきゃというか。


 「でも…………灰琉先輩、大丈夫かな……黒江も、あいつ……絶対……」


 口にしながら、想い起こされるのは、冬休みに入る前、黒江が必死に灰琉先輩に想いを告げようとしていた姿。


 そうだ、だって、あの二人はただの姉妹じゃなくて。………………それとは別の、特別な…………。


 思考がその事実に到達した瞬間に、ふっと足元が抜けてしまったような感覚がした。


 折角、悩みながらでも、ちゃんと想いを伝えられたのに。灰琉先輩も少しずつ、黒江に向き合っていけてたはずなのに。


 それが、全部―――なくなっちゃったの?


 好きだった人が、勇気を出してやっと想いを告げた人が、自分のことを忘れるなんて、積み上げた想い出もなくしちゃうなんて……それは一体、……一体、どれほどの痛みがあるんだろう。


 考えても分からない、到底想像できるものじゃない。


 でも、そんな喪失が、今、現に、黒江のことを蝕んでる。


 そこまで、想って、思わず何も言えないまま俯いた。


 後に続ける言葉が、何も見つからなかったから。


 「………………」


 そんな、私をしの姉は、何処か悼むように、そっと見つめてた。


 「ねえ……しの姉。明日……黒江の家に行こう? ちょっとでも、励まさないと、あいつ…………」


 大丈夫、だろうか。ちゃんとご飯食べてるかな。ただでさえ、無理しがちな癖に、こんなことがあったら…………。


 「ああ…………そうだな。……だけど、私は少し役員たちと相談してから行くから、先に行っててくれ。大人数で行っても、あいつは、気を遣うだけだろうからな」


 そんなしの姉の言葉に、私は思わずあっと声を漏らした。


 …………そう、そうだ。今の黒江は、きっとあんまり余裕がない。なのに、みんなで押し掛けたらそれはそれで困らせてしまう。…………全然、思い至らなかった。


 だけど、しの姉は、そんなことにもすぐ気が付いて…………私、自分のことで頭一杯で…………。


 「そう……だね…………ごめん」


 思わずちょっと、しょげて顔を伏せる。ていうか、私が行っても大丈夫なんだろうか。黒江に負担をかけるだけなのかも……。


 ただ、そうやって落ち込みかけた私の頭に、ぽんっと優しく手が乗った。視線を上げると、しの姉は静かに私を見ていた。


 「……黒江を頼むな? あいつはきっと、私や役員の前では……多少、気を張ってしまうだろうから」


 じっと、何かを信じるような表情で。


 「少し、話でも聞いてやってくれ」


 「多分、黒江は、こはくが一番話しやすいと思うから」


 そんな、しの姉の言葉の意味を、その時、私はちゃんとわからなかったけど。





 ※





 今になって、しの姉が言った言葉の意味を、ようやく理解する。


 零れたコーヒーが、机を静かに伝ってく。それはまるで、あいつの心から零れた、淀みそのもののよう。


 「………………ちょっとわけてよ、その苦しいの」


 多分、くろえはしの姉や生徒会のみんなの前だと、こんな顔は出来なかったんだろう。


 だって、こいつクソ真面目だから。要領がいい感じ出してる癖に、根本のところで不器用なんだから。


 「一応…………友達でしょ? …………私達。…………だから」


 きっと、生徒会のみんな前では、こいつは『副会長』になってしまうのだ。


 灰琉先輩の前では、『姉妹』になって、家族の前でもどうせ物わかりのいい『妹』でもやってるんだろう。


 そうやってずっと何かを演じて、抱えたものの重さを、誰にも言えないままで。


 「――――そんな、独りぼっちみたいな顔しないでよ」


 心の澱みを、こんな風に零れだすまで、ずっと抱えたままだったんだ。


 だから、しの姉は、私を先に行かせたんだろう。


 私はこいつにとって、『姉妹』でも、『恋人』でも、『副会長』でもない。


 ただの友達。お互いに何の役割もない。


 だから、こいつは、私の前では何の役も演じられない。


 だから、抱えたものが、抑えられない。


 「あんたが、どれだけ灰琉先輩を大事にしてたかは……知ってるよ。だから、記憶喪失なんて、あんたに耐えられるわけないじゃん……」


 口にしながら、じっと見つめた黒江の顔は、表情が抜け落ちていて。まるで眼窩が底なしの空洞になったみたい。


 真っ黒な孔からは、何も零れていないけど、眼元についた泣き跡がその喪失を何よりも物語っていた。


 「気を張らなきゃってなるのも分かるよ。灰琉先輩のために頑張るのも、ちゃんと『副会長』しようとしてるのも、別に否定しない。…………でも、全部独りじゃ背負えないでしょ」


 ふと思い出すのは、いつもの放課後、灰琉先輩が困ったように言っていたこと。


 『くろえは何でもできるから、全部独りでやろうとしちゃうんだよね……私は、そこだけ、ちょっと心配……』


 ああ、なるほど、確かにと。今更ながら、合点がいく。


 「…………その様子だと、ちゃんと誰かに、弱音も吐けてないんじゃないの? だから、ちょっとくらいさ――――」


 教えてよ、そう口に仕掛けた時。


 ばたんと、小さくない音がして、黒江の手が机に落ちた。机を叩いたとか、力が抜けたとかじゃなくて、落ちた。そう表現するしかないくらい、不自然なそんな音。


 まるで、操り人形の糸が、その場で切れてしまったように。


 「ダメなの――――」


 そうして、漏れ出た黒江の声は。


 「今、止まったら――――」


 静かで、低くて、無機質で。


 「もう、立ち上がれなくなる―――だから」


 どこか、遠くて、か細くて。


 まるで、迷子の子どもが、宛てもなく帰り道を探しているみたい。


 いつも、凛々しくて、堂々と、不敵に笑っていたはずの黒江の姿は。


 今では、小さく、縮んで、そのまま消えてしまいそうだった。


 「だから――――」


 その言葉の続きを、しばらく待って―――。


 やがて、そこで途切れてしまっていることに気が付く。


 言わなければならないのに、言えないのだろう。


 しなきゃいけないとわかっているのに、出来ないのだろう。


 私なんかの前で、この強情な奴が、弱みを見せている時点で、もう限界なんだ。


 いつまでも、零れたままのコーヒーが、そんな事実を告げている。


 思わず、胸がじくじくと痛むのを感じながら、ふぅっと重い息を零した。


 灰琉先輩のことは、本当に心配で。自分が忘れられたことも、確かにショックだ。


 悲しいし、痛いし、苦しい。


 でも、同時にわかる。


 こいつが……黒江が、抱えた痛みは、きっともっと、深くて、重くて、痛い。


 想像なんて、いくらしても、きっと追いつけないほどに。


 しばらく、何も言えない時間が続いた。


 どうにか、言葉を探すけれどうまく見つからない。半端な慰めも、根拠のない楽観も、今のこいつに響くとは到底思えない。


 そうしている間にも、ぽたぽたと黒い雫は机から落ちていく。さすがに、そろそろ拭いた方がいいのかな……。


 そう想いはするのだけど、どうしてか、私の指も上手く動かない。


 そうやって、気安く触れてしまうことが、どうしても躊躇われる。


 愛してるなんて、私は知らない。恋してるなんてことも、私は知らない。


 誰よりも特別な人も、それが失われてしまう痛みも、私の平凡な16年の人生の中には、どこにもなかった。親戚のお葬式とかさえ、私は経験したことがない。


 そんな私が、一体何を言えるのだろう。


 考えた、わからない。思えば思うほど、軽薄で、場違いな気がしてくる。


 だからといって、こいつをこのまま、この暗がりに独り置いてけぼりする気にもなれなかった。


 だって、今、こうやってこいつが弱みを他人に晒せる機会は、もう、きっと数えるほどかしかないのだから。


 なら、私のするべきことは―――。




 「―――この前、しの姉と喧嘩したの」



 

 口を開いた。


 黒江の視線が僅かにあがるけど、表情はまだ読めない。


 「私が食べたかったアイスをね、しの姉が勝手に食べてたの」


 それでも、構わず口を開き続ける。


 「もう、ありえない! って怒って、散々喧嘩したんだけどさ。そしたら、しの姉が『そうはいうけど、琥白はそのこと一言でも誰かに言ったか?』っていいやがったの」


 出来るだけ、朗々と、ちょっと恥ずかしい話だから、照れないように。


 「私が、そのアイス好きなのはね、家族みんな知ってたんだ。だから、言わなくても、これ私のーって思ってて。言わなくてもわかるじゃん! ってその後もブチ切れてたんだけど……」


 どもりかけた舌を、必死に回して言葉を紡ぎ続ける。


 「よく考えたらさ……確かに私、これ私のなんて一言も言ってなかった。解ってくれてるでしょって気に、勝手になってた。しの姉も、そのアイス結構好きなの分かってたのにさ……」


 こんな言葉に、意味があるのか、何も知らないまんま。


 「だからさ、意外と、ちゃんと口に出すのも大事って言うか…………」


 着地点を見定めないまま喋り出したから、思わず語尾がどもってしまう。本当に自分が言いたかったのが、こういうことなのかどうかすら、正直解からない。


 「傍にいるからこそ、ちゃんと聞きたいって言うか…………」


 分からない、こんな言葉に意味があるのか。


 分からない、最愛の誰かを失った人が、どんな気持ちになるのか。


 私には、何も分からない。


 分からないけど――――。


 ふと、ポケットにハンカチを入れていたことを、想いだす。


 それをポケットから取り出すと、それでいいのか、よく分からないまま、零れたコーヒーにそっと被せた。


 じわりと茶色の染みが、その白いハンカチに広がっていく。零れたコーヒーが作る水たまりは、段々と小さくなっていく。


 「私は…………聞きたいんだけど」


 そっと机の上を拭き終えてから、床に零れたコーヒーにも腕を伸ばして、どうにか拭き取る。うーん、でもさすがにハンカチ一枚じゃ拭ききれないかな……。


 「あんたが、どんなこと想ってるのか……」


 とりあえず、ざざっと拭いて、後はまあティッシュで拭けばいいかとふんっと鼻を鳴らす。うん、我ながら大雑把な性格が出ておりますな。


 「別に、聞いて何になるってわけでもないけどさ…………」


 そうやって、机の下からよっと身体を出したころ。


 ふっと、黒江の顔を見上げると。


 少し細めた目が、どこかぼんやりと、私のことを見つめてた。


 「教えてよ、ただ、聞きたいだけだから…………」


 少し疲れたような、少し呆れたような。


 お世辞にも、華麗な説得に成功したわけでは決してない、そんな表情。


 私は机の上に顎を載せて、なんとはなしに、そんな黒江を見上げる。


 これじゃダメ? ってお伺いを立てるみたいに。


 黒江は何処か胡乱な眼で、そんな私を見下ろして。


 最後に小さく、ため息をついていた。


 「…………琥白は、お節介だね」


 私は机に顎を載せたまま、小さく頷く。


 「よく言われる。…………自分でもよくないとは思ってる……」


 それのせいで、中学で、ちょっとハブられてたしね。


 「…………別に貶してないよ」


 そんな私の言葉に、黒江はふぅっと息を吐きながら、小さな声を漏らしてた。


 「嘘吐けぇ…………」


 あまりに露骨に、目線を逸らしとるやろがい。


 「…………嘘じゃないし」


 そうやって、返す言葉も、なんだか拗ねたような感じだし。


 「いや、嘘でしょ」


 そこからの返しは、我ながら餓鬼っぽかった。


 「……違うって言ってるじゃん」


 案の定、黒江もちょっとムキになっていて。


 「違わない」


 「違う……」


 「うーそーでーす」


 「嘘じゃない!」


 そんな、子どもみたいなやり取りを、しばらく繰り返した後。


 最終的に、私が拗ねた黒江の物まねをしてみたら、黒江はどこか可笑しそうに吹き出してしまった。


 そんな黒江の笑い声を聞いてたら、私もなんだか次第におかしくなってきて。


 しまいに、二人揃って笑いだす。


 どうして、笑っているのかすら、途中でどうでもよくなって。


 そうやって、しばらく二人でお腹を抑えて笑ってた。


 何も変わらぬいつものように、ただの普通の、ちょっと素直じゃない友達同士みたいに。


 そうして、笑う黒江を見ていたら、なんだか私の胸の痛みも、気付いたらふっと消えていて。


 机の上には、傾いたままカップと、コーヒーの染みたハンカチだけが残ってた。

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