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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第7章 はるとくろえとみんな

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第75話 私は丸くなる

 黒江のお父さんが去り行く姿を、じっと眺める。


 たった三日、一緒に居ただけの関係だけど、どうしてか小さくなっていく、その背中から目が離せなかった。


 たくさん喋ったわけでもない、どういう感情を向けるのが正しいのかも、わからない。


 なのに、どうして気になるのだろう。


 そんなことを考えながら、隣に立って、同じ方向を向いていた黒江に、ふと目を留める。


 やっぱり、彼女に似ていたからだろうか。実の親子なんだから、当然と言えば当然だけれど。


 何も覚えてない私の隣に、ずっといてくれる、不思議なこの人に似ているから。


 私は、眼が離せないんだろうか。


 ……なんて、余韻を感じること、およそ数秒。


 不意に視界ががくんと揺れて、振り返るとまた別の現実がそこにはあった。


 目一杯に浮かべられた涙、顔を真っ赤にして、私と黒江のことを両腕でぎゅっと抱きしめるその姿。


 …………記憶を失くしてから、初めて出会う、覚えてる人。


 私の、お母さん。


 世界的に特別な写真家で、いつもあちこち飛び回っていて、誰より近くて、誰より遠い、そんな人。


 「はる―――お母さんのこと、わかる?」


 そう涙ながらに問われて、どことなくおずおずと首を縦に振る。なんとなく、隣で微笑んでいる黒江の様子を窺いながら。


 当たり前だけど、全ての記憶を失くして赤ん坊になったわけでもない以上、覚えている人と覚えていない人がいる。


 お母さんや、田川さんのことは覚えてる。黒江や、黒江のお父さんのことは覚えてない。


 それが、なんだか知らないうちに、心無い選別をしてしまっているような、そんな言い知れない罪悪感を連れてくる。


 だから……だろうか、思わずぎゅっと、隣に居た黒江の袖を握ってしまった。


 胸の奥がぐるぐると痛んで、少し俯いてしまう。


 そうでなくても、私なんかのために、お母さんがこうして仕事を休んでくることなんてなかった、きっと沢山迷惑をかけてるはず―――。


 「…………はる?」


 そんな私に、黒江とお母さんが同時に、微かに首を傾げた。大丈夫? って尋ねるみたいに、私は思わずはっとなって顔を上げ、ぶんぶんと首を横に振る。


 「ううん……大丈夫、気にしないで」


 そして、そう言ってみたけれど。


 「…………どう想う? くろえ」


 「どうって、はるの『大丈夫』は基本信じちゃダメだよ、お義母さん」


 なぜか、少し怪訝そうな視線の二人に、じっと覗き込まれる。


 …………あれえ? なんか、記憶を失う前の私、あんまり信用されてなくない?


 探るような両サイドの視線から、どうにか眼を逸らそうとしたけれど、生憎どこにも逃げ場がない。


 しかも身体はお母さんに抱きしめられる形で抑えられて、片手はがっちりと黒江に握られている。当てもなく、しばらく身体を逃がそうとしたけれど、離れようとすればするほど、ぎちっと二人は詰め寄ってくる。


 「とりあえず、記憶が戻るまで、はるは『大丈夫』禁止ね?」


 「ええ?!」


 「私もそれがいいと思う。困ったらちゃんと相談して」


 「にゃんで!?」


 そう叫んでみるけれど、二人の胡乱な視線は揺らぎもしなくて。


 久方ぶりの親子の再会は、こうして、なんとも言えない感じで始まったのでしたとさ。


 ぬぅ…………何故に。














 ※



 そうして、これから主治医になる先生と顔合わせをして、私はこの地元の病院改めて入院することとなった。まだもう少し容態が安定するまでは、病院で様子見ということらしい。


 とはいっても、身体が少し痛いのと、記憶が飛んでいる以外は健康体。なので、私には特にすることがない。病院が変わっても、それは変わらずなのですね。


 「うぬぬ…………」


 なので新しいベッドの上で、独りごろごろと転がっていたら、がらっと扉を開けて黒江が顔を出してきた。


 「戻ったよー、はる」


 「おかえり…………あれ、お母さんは?」


 そう尋ねると、黒江は少し頭を掻きながら、首を軽く横に振る。


 「まだお医者さんと話してる。今後のこととか、色々調整してるんだと思うよ」


 「そっかー…………」


 そういって、黒江はすとんとベッドの隣の椅子に腰を下ろした。私はふーんと頷きながら、スマホを持って尚ごろごろする。特にみるべきものもないけど、なんとなく。


 「ところで、はる」


 そうして寝返りを打ちかけたことろで、黒江は何気なく私に声をかけてきた。


 「なんでしょうか」


 私はスマホに目を向けたまま、素知らぬ感じで返事をする。


 「お義母さんと、ちょっとぎこちないでしょ?」


 寝ころんだ身体に釘を、ぐっと刺されたように息が詰まった。そのまま、素知らぬふりで寝返りを打ってみるけど、背を向けた後頭部に、黒江の指がぐりぐりと当てられる。


 「そ、そんなこと…………」


 ない、と言いきるには、少し気まずさが勝ってしまう。


 そうして、思わず黙ってしまうけど、結局それが何よりの肯定になっているような気もする。


 そんな私に、黒江はふぅっとため息をついていた。すると背後で、そっと動くような気配がする。


 それが気になって振り返ってみると、黒江は、軽く腰を上げた後、私の枕元にゆっくり腰を下ろしてた。そのまま、寝ころんでいる私の頭を、静かに優しく撫でてくる。


 「別に責めてないよ。よくよく考えたら、むしろ、自然だしね」


 髪がさらさらと私の頬を撫でて、その隙間を黒江の白い指がそっと通り過ぎていく。私はうまく言葉が紡げないまま、スマホを静かに手放した。


 「…………うー……」


 「だって、はるとお義母さんが仲直り……ていうか、ちゃんと喧嘩できたの、小学校卒業する時だし。今の、はる的には、お義母さんと、ちょっと壁感じてるでしょ?」


 言葉にしていないのに、まるで言い当てるように、私の胸の内が当てられる。なんだか、それが少し恥ずかしくて、思わずを目を逸らしてしまう。


 「………………仲直り……できたの? 私が? お母さんと?」


 どうやったんだろう。何を言ったんだろう。今の6年しかない私の記憶の中には、そんな手がかりも一つもないけど。


 「うん、あの時は大変だったよー、はるは泣きっぱなしだし、お母さんもつられて泣いちゃうし。その癖、二人とも頑固だからさ、なかなか折り合いつかなくて――」


 なんて思っていたら、黒江の口から滔々と、当時の様子が語られていく。なんだろう、別に記憶にないのだけれど凄く恥ずかしい。まるで、当時の映像は浮かばない癖に、感情だけはダウンロードされているような…………。


 「ぬぬぬ…………」


 頬が熱くなるまま、枕に顔をうずめていたら、それを労わるようによしよしと頭を撫でられ続ける。


 「だからまあ、今のはるから見たら、ちょっとギャップがあるのは仕方ないよ。そういうもんじゃない」


 そうやって言い聞かせられていると、まるで自分が、小さな子どもになったみたい……。いや、六年しか記憶がないので、子どもと言えばそうなのですが。しかし身体は、そこそこ大きいので、そこの羞恥心だけは残っているといいますか……。


 言語化できない感情に、しばらくもじもじしていたら、くすっとおかしそうに笑われた。


 「………………どうしたの?」


 そんな笑い声に釣られて振り返ると、黒江は穏やかで優しい顔のまま、大人びた笑みを浮かべてた。


 「だからね、ちょっとずつ、また創っていったらいいよ。寂しかったら、寂しいって言って。困ったら、困ったって言ってさ。お母さんとも、またきっと仲直りできるから。今のお母さん、はるが知ってる頃より、ずっと傍に居てくれるよ? ……ちょっと愛情過多だけどね」


 そんな彼女の少し可笑しそうな笑みを見ていると、なんだか胸がぎゅっとなって、思わずまた顔を枕にうずめてしまった。


 わからない、そんなこと、本当に出来るだろうか。


 昔の私が出来たからといって、今も出来るとは限らない。


 第一、その出来た理由を、もし私が失くしてしまっていたら。きっと、もう二度と……。


 そう想いはするのだけれど、小さな子どものように、寝ころんだまま黒江に頭を撫でられていると、なんだか強制的に安心させられてしまう。


 身体が初めからそういう風に出来ていて、まるでそれを知り尽くされているかのよう。


 黒江の掌がゆっくりとなぞられていく感覚が、私の不安をじわりとじわりと優しく解くように溶かしてく。


 「…………出来るかな」


 そうして、胸の内からぽろっと零れたような、そんな言葉に。


 「出来るよ―――大丈夫」


 黒江はそう言って笑ってた。なんてことはないように、まるで、もう答えを知っているかのように。


 私はそんな感触に身を委ねたまま、すぐそばにあった黒江の服をぎゅっと掴んだ。


 そうしていると、胸の内をじくじくと虐めていた感覚が、ゆっくりとなくなっていくような気がしたから。


 そのまま私を目を閉じて、身体きゅっと小さく丸めた。


 まるで産まればかりの赤子みたいに。


 撫でる手に甘えたまま。


 「…………大丈夫かな」


 「―――大丈夫」


 瞼の裏の、真っ暗な、暗闇の中。


 そんな、彼女の声だけを、聞いていた。

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