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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第6章 はるとくろえ

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第74話 姉と戯れる

 はるが泣き始めてしまった時、どうしてか、私は安心してしまってた。


 私の頭を必死に抱き留めながら、ぼろぼろとあなたは涙を零す。


 熱くて、なのにどこか冷たい雫が、私の頬にぽつぽつと雨を降らせてく。


 ああ、そうだ。はるはいつもこうやって泣いていた。


 私が学校で嫌がらせを受けた時とか、誰かに酷いことを言われ時とか。


 私よりも怒って、私よりも泣いていた。


 もちろん、今のはるに、そんな気持ちも、記憶もないだろうけど。


 でも、あなたが泣いてくれるのを見ていると、どうしてか、私の呼吸は少しずつ落ち着いていく。


 私が見過ごして、無視して、踏みつけた私自身を、あなただけは見つけてくれているような気持ちになれるから。


 私が上手く大事に出来ない私自身を、あなただけは大事にしてくれているような気がするから。


 泣いてる理由は聞けないけど、でも、あなたの指が、そっと私の泣き跡をなぞっていくから。その意図はおのずとわかってしまう。


 たとえ記憶を失っても、たとえもう『お姉ちゃん』でなかったとしても。


 あなたは、変わらず、私が知っているあなたなのだと。


 たった、それだけのことで、安心してしまう。


 はは、我ながら酷い奴だね、大切な人が泣いてるっていうのに。


 でも、今はもう少しだけ、この涙に甘えていたい。


 落ちる雫が、伝う頬から少しずつ、私の何かを溶かしてく。


 暗く、痛く、重い、そんな何かをじわりじわりと。


 そうして、あなたの零した雫が一つ、ぽつりと私の眼元に落ちた。


 その涙はゆっくりと、私の頬伝って落ちていく。


 まるで、私が零した涙みたいに。







 ※






 それから、どれくらいの時間が経ったんだろう。


 10分のような気もするし、1時間のような気もするし。


 ふっと何かの気配が消えた時、あなたの身体はゆっくりとベッドに倒れ込んでいた。


 それとなく視線をあげると、少し荒れた、でも静かな呼吸があなたの身体を伝って聞こえてくる。


 …………寝ちゃったかな。泣き疲れたんだね。


 音を立てないよう頭をゆっくり起こして、無理な姿勢になってたあなたの身体を、私はそっとベッドに横たわらせる。


 そうすると、少しはるの呼吸音がゆっくりと、穏やかになった気がする。


 そんな様子に微笑んでから、ふっと顔をあげたら、気付けば窓の外はすっかり暗くなっていた。


 ……言ってる間に夕食かな。私も自分のご飯買ってこないと。


 はるは……もう少し、眠らせといてあげよう。疲れてるだろうし、怪我をしたばかりなんだから、脳は少しでも休めておかないと。


 なんて思考をしながら、そっと腰を上げかけた時、くんっと何かが引っかかった。


 しばらく、首を傾げてその引き先に目を向けると、眠ったまま、ぎゅっと握られているはるの手があった。


 その包帯を巻かれた白い手は、私の裾を掴んで離す様子がない。赤ん坊が反射で物を掴んでるみたいだ。


 しばらくどうにか、起こさず手を抜き取る方法を考えたけれど、やがて無理だと諦めた。そして、私は椅子に、そっと腰を落とし直す。


 あーあ、これじゃあ、ご飯買いに行けないぜ。なんて、音を立てないように苦笑いを浮かべながら。


 そんな私の様子なんて露知らず、うちの眠り姫は眼元を紅くしたまま、すぅすぅと寝息を立てている。


 私は、そんなはるの頬をそっと撫ぜながら、少しだけ息を吐いた。


 頭の中は、正直、まだ少しぐちゃぐちゃしてる。


 感情という感情を吐き出し尽くしたような。熱を持った何かが、頭の中でぐるぐると回り続けている感覚がする。


 親父に告げた言葉、零してしまった涙、そしてそれを恐らくはるに気付かれた。


 …………弱みを見せるにしても、もうちょっとだけ、隠しておきたかったな。第一印象くらい、もうちょっとだけ、かっこいいお姉ちゃんで居たかった。


 そう想いはするけれど、すぐに出会ったばかりのはるが、ぷるぷる震えていたのを思い出す。なんなら、私と初めて私を抱きしめてた時も、はる、ちょっと涙目だったな。


 じゃあ、お手本が悪いよ、お手本が。なんて嘯きながら、一人で思わずくすっと笑う。


 はるにどう思われるかは、じつはこの際は二の次なんだ。


 私がそうすると決めたから、私が傍にいると決めたから。


 だから、この手は離さない。もうそれだけは、決めてしまった。


 親父の意図はわからないし、何を思って立ち去ったのかもわからないけど。


 もう大丈夫、もう誰にも文句は言わせない。


 だってこれは、もはや私のエゴなのだから。


 たとえ、誰に見放されても。たとえ、誰に見下されても。


 私はもう、迷わないから。


 …………だからまあ、肝心のはるにちょっと頼りないなこいつと想われても、気にしない……ことにしましょう。


 だって、私がお世話すると、一方的に決めちゃったからね。変な虫に付かれたと、はるには諦めてもらうとしよう。


 そうやって息を吐くと、少しだけ胸が軽くなる。


 一杯泣いたからだろうか、一杯泣いて貰ったからだろうか。


 身体は熱くて、目も喉も、少し腫れた感じがするけれど。


 胸の奥はどうしてか、風が通ったみたいに、微かに軽い。


 抱えていた痛みや迷いが、涙に溶けて、どこかに流れ落ちて行ったみたいだ。


 ふぅっと息を吐くと、身体から少しずつ強張りが解けていく。


 それから、眠るあなたに、そっとにんまり微笑んだ。


 残念。もう、私から、逃がしてなんてあげないから。


 「…………なーんてね」


 そう嘯いていると、ふと、少しだけ身体が疼く感じがした。


 …………少しむずがゆいような、…………何かを求めているような。


 少しだけ思考して、思わず独りであーっとぼやく。


 ちょっとだけ……ちょっとだけ、身体が温もりを求めてる。


 一杯泣いて、一杯感情を消費したからかな、ちょっと補充が必要なのかな……。


 しばらく自分の肩をさすって、軽く誤魔化しを図ってみるけど、何かが欠けたような感覚はなくならない。


 どころか、少し火照った感覚が、思考をぐらぐらと揺らしてくる。


 うーん……、もうすでに2回しといて、あれだけど、あんまりよくないことなのは解ってる。


 好きでもない相手に、そういう欲求を向けられることを、人間は恐れるものだ。


 だから、うん、本当はやらないほうがいいのは解ってる。


 だけど……うー…………本当は、ずっと我慢してたんだよなあ。


 ちゃんとはるの記憶があったら、親父との決別が済んだ時点で、いっぱい慰めてもら気だったし。…………初めてとか、そういうのも出来たらしたかったなあ。


 …………だから、なんというか、その。


 身体の火照った感覚が、理性をぐいぐい押しのけて、私の背中を押してくる。


 一瞬だけだから、今なら気づいてないからと、悪魔の如き囁きで。


 「……………………」


 うー…………しゃあないか。今なら誰も見てないし、ひとりで発散するにも、病院でそういうのし辛いし……。


 だから、その……ごめんね、はる。


 心の中で、そんな謝罪をしながら、眠れるあなたの髪をそっとかき上げる。


 そうして、穏やかに寝息を立てる綺麗な顔に、私はそっとかがみこんだ。


 このまま抱きしめて、キスをして、溶け合って――――。


 なんて夢想を抱きながら、私はほんの一瞬、微かに触れる程度に唇をそっと交わした。


 柔らかくて、温かくて、少し溶けるみたいに。


 頭の奥を暖かくて、蕩けるような何かが通っていくような。


 そんな感覚に、一瞬、微かに身を震わせて。


 「……………………っ」


 …………………………?


 唇を交わした一瞬、粘膜と粘膜が触れあう最中。


 私の身体の震えと共鳴するように、触れた唇が微かに―――揺れた。


 顔を上げてしばらくじっと、眼を閉じたままのはるを観察する、どことなく汗が滲んで、火照ったようなその顔を。


 …………ていうか、表情が、何かを堪えるみたいに、ちょっと変な感じになってる。


 唇を指で、ふみっと押した。


 寝ているはるの身体がぴくんと跳ねた。今度は結構わかりやすい。


 そのまま、ふみふみと紅く柔いその場所を、想うがままに愛でてみる。すると、眉根が段々と寄せられて、ぷるぷると小刻みに顔が震えだす。


 「………………はる?」


 そう問いかけるけど、返事なし。なるほど、そのまま狸寝入りを決め込む気なのね。


 なので、あえて指を外して、そっとそのまま待機してみる。あえても音も立てず、気配も動かさず。目を閉じたままでは何をしてるかわからないように。


 そうして、数分の沈黙が流れて、恐る恐る、はるの瞼が微かに持ち上がった頃。


 「――――フッ」


 その耳元に、小さく息を吹きかけた。


 「―――ひゃぁんっ!!??」


 同時にはるの身体がバタンと暴れ出して、どたんと勢いよく足がベッドを打った。


 しばらく、急な反応に自分自身でびっくりしたはるを見つめる。


 …………この期に及んで目を閉じてる。まだ眠ってる気でいるのだろうか。


 まあ、そっちがその気なら、こっちだって考えがあるのだけれど。


 「なるほど、眠り姫は、お目覚めのキスをご所望なのね」

 

 そういってはるの腕をがっと抑える。まあ、その気になったら振りほどける程度の力で。


 「へッ?! やっ、えと、違くて!」


 そうして、さすがに諦めたのか、眼を開いて顔を真っ赤にしたまま、はるはあたふたと言い訳をし始めた。目に涙を貯めて、慌てた表情は、嗜虐心を高めるから止めて欲しい。ただでさえ、色々溜まっているというのに。


 「ふーん、そういう可愛い顔しちゃうんだ。ふーん?」


 たっぷりの笑顔でそう告げると、焼きだこみたいにはるの顔が、さらに真っ赤になっていく。


 「にゃ!? にゃ、えと、あにゃ!? あにゃにゃにゃ!!??」


 そうして、しばらく人語を失ったはると、どったんばったん暴れ倒して。


 結局、様子を見に来た看護師さんに、二人揃って怒られるのは、また別のお話。


 その夜、はるは顔を真っ赤にしたまま、私のことをこわごわとした瞳で見ていたけれど、それもまた別のお話。


 ま、誰が悪いって言ったら、10割、私が悪いんだけどさ。


 ………………うーん、立派なお姉ちゃんって難しいな。


 

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